詩のウタ

詩はどこまで続くのか。

詩のオモヒデ

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入院したときのこと

こえたんさんの記事を読んで。


私が初めて入院したときのことを思い出しました。


昔から体だけは元気だった私。
賞味期限切れのものを食べても絶対おなか壊さない自信あったし(笑)



入社一年目のときでした。
営業っていう仕事には「ノルマ」的なものが付きまといますよねぇ。
もちろん私にもそういうのがあって。
まぁ「ノルマ」ではなく「目標」っていう形だったんだけど
どうも負けず嫌いが強かった私には「目標」とは思えず。


会社から提示されていた目標は「必達」。
自分自身で「必達」するための「目標」を設定していました。


私が入社した頃は、中途入社ばっかりで(私もそうでした)
「新人研修」みたいなものはなかったから
いきなり実践。
先輩と一日中同行して、ひたすら仕事を見て、覚えて。
最後には、その先輩のお客さんを引継ぎして、自分のお客さんにして
それ以外に新規開拓。

毎日痛いくらいの太陽と格闘しながら毎日外回りをしていました。
(おかげで10年後のシミが心配なんですけど・・・)


この先輩、ものすごぉ〜く「デキル」人。
私とは正反対の営業スタイルを持つ人で、彼のお客さんが私についてくれるか不安でした。


新人だし、そんなにしょっちゅう受注できるわけもない。
だから、必死に頑張ってました。
新人の特権は「新人ならではの必死さ」ですからね(笑)。



入社して4ヶ月が経過。
私が設定していた「目標」のおかげで、会社から提示されていた売上目標・件数は
ほぼ毎週連続W達成。
Wじゃなくても、売上か件数のどちらかは達成できていました。


でも、生活に変化が出てきたんです。

入社してから3ヶ月目くらいから、ご飯が食べられなくなりました。
朝ご飯はもともと食べないんだけど
お昼ご飯も晩ご飯も喉を通らなくなり。


そしてある日。
熱を出してしまいました。
解熱剤を飲んで、一時は下がったけど、また上昇。
救急病院に行ったけど、その病院に救急患者が来てしまって
座ることも辛くって次の日の朝一で病院に行ったら
「午後から入院してください」とお医者さん。


ちゃんとした検査の結果。
○頚部リンパ節炎(耳の下のリンパにウィルスが入って熱が下がらなかったみたい)
○腎臓結石
○肝障害
○貧血

が併発していると。
タバコは吸うけど、お酒は付き合い以外ではほとんど飲みません。
「完全にストレスですね」との診断結果でした。


無意識に頑張りすぎていたんですねぇ。
月曜日から金曜日まで入院していたのですが
その週も会社から提示されていた目標をW達成していたのを聞いて実感しました。


毎日3食きっちり食べながら点滴されて5日間で1.5キロも増えたし(泣)
毎晩熱が40度まであがってきつかったし
お風呂にも入れなかったし。


二度と頑張りすぎねぇって思いました(笑)



頑張らないといけない時ってあるけど
必ずしもそういう時ばかりじゃないと思います。
元気じゃないと、やっぱり調子狂っちゃうし
何より周りに迷惑かけちゃう。


休めるときには周りは気にせずお休みしましょう☆

大学行くぞ!-その3-

卒業式も無事に終わり。



実は。
すべり止めで地元と隣の県の短大を2つ受けてたの。
「いくら私立じゃないとはいえ、浪人させるお金なんてない」と両親はきっぱり。
幸運にも両方受かってたから、隣の県の短大に進もうと決めてた。


その短大の先生には、この短大のために歌のレッスンをしてもらってたの。
(ここは声楽科を受けていました)
でね。その先生が
「私、あなたに大学でレッスンしたい!でも、第一希望は沖縄なのよね・・・
 落ちたら絶対こっちに来てね。」って言ってくれていたのもあって。



で、その短大の近くのアパートを探しに行こうとしていた直前、思い出した。
「あ、今日結果発表だ」って(笑)。



聞くつもり、なかったんだ。
だって、落ちてるに決まってるもん(笑)。



でも、まぁ楽しかった受験だし、結果だけでも聞いとくかぁって電話してみた。
「すいません、○○番なのですが・・・」
「少々お待ちください・・・・あります。」
「は・・・?」
「○○番、ありますよ。」




放心状態。






思考回路がおかしくって、「あるってナニ?どういうこと?」みたいな(笑)。
気づいた瞬間、自分の部屋からものすごい勢いで居間へ降りる。


父:「詩、うるさい!もうちょっと静かに歩け!」
私:「おと〜さ〜ん・・・・・・・・・・・」
父:「何?どうした?」
私:「受かってる〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(/TДT)/あうぅ・・・・」
父:「は?」
私:「沖縄受かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ(/TДT)/あうぅ・・・・」
父:「ほんとか!??!?!?!?!?!」

とがっちり抱きしめあう親子(笑)。
2人でワンワン泣いてたところに母登場。

母:「あんたたち、どうしたの?!」
私:「受かってたのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ(/TДT)/あうぅ・・・・」
母:「何が・・・?(父に向かって)へ?ほんとに??沖縄?????」
父:「(。'-')(。,_,)ウンウン(/TДT)/あうぅ・・・・」




というわけで、急遽行き先変更(笑)。


お世話になった先生全てに連絡。
全員が口をそろえて「嘘でしょ???」


生徒を信じてよ(笑)。
でも、先生方みんな本当に自分のことのように喜んでくれて。





大学から合格通知が届くと共に、父がアパートを探しに沖縄へ。
「全部フローリングがいい」
「広い部屋がいい」
「お風呂場があるほうがいい」
など私の要望を全て却下(笑)。




そして4月1日。
両親と共に沖縄に来たのでした。

大学行くぞ!-その2-

地元とは20度以上の気温差がある沖縄。
特別に夏服着用が許されました(笑)。

そして迎えた試験日。
父と一緒に前日沖縄入り。
3日間に分かれていて、1日目の小論文で落ちるでしょって思ってた。
んで、残りは観光♪なんて気分で臨みました(笑)。



1日目。小論文。
学校の先生とやってた小論文の模擬試験の内容がそのまま出題されててびびった(笑)。
そして結果は・・・番号が張り出されていて。



2日目。音楽理論とピアノ実技と副科実技。
ピアノ以外は全滅状態。
だってさぁ。音楽理論もここは出ないだろって勉強しなかったところが出ちゃったし
和声だって意味わかんねぇ(笑)。
副科実技にいたっては、楽器がいつも触っているものと違っていて・・・

こりゃ落ちるって確信(笑)。
一応結果を見にいったら・・・なんで私の番号があるわけ?!(笑)。



3日目。面接。
2グループにわかれて、前半と後半でやったの。
私は前半のグループで1人ずつ呼ばれての面接。
待っている間、結構みんな友達っぽくて。
なんか1人浮いてる状態(汗)。
「どこから来たんですか?」って話しかけられ、あっという間に輪の中に。

で、面接。
仏頂面の人やおばあちゃんや。。。6人に囲まれ・・・・異様な雰囲気。
「最近、どんなニュースが印象に残っていますか?」
「ヨーロッパの貨幣がユーロになったことです。」

すると、仏頂面の人が
「あなたはユーロになったことで、ヨーロッパにどんな経済効果をもたらすと思いますか?」


はぁ?
ドンナケイザイコウカって・・・・
知らねぇよ(笑)。


すると、ほかの先生が一斉に
「○○先生、それはちょっといじめすぎですよ。」
「そうですよ、その質問はちょっと高校生には重いと思います。」
と次々にフォローしてくれて(笑)。

真ん中あたりに座っていた、おばあちゃんのような先生。
なんだか優しい目で私を見ていた気がしていたのは気のせい・・・?



面接も無事(?)終わり。
外に出たら、先に終わってた同じグループの人たちが。
「詩さん終わった?どうでした?」
「う〜ん・・きっと落ちたと思います。」
「私もですよ〜。」
「これで会うのも最後かもしれませんねぇ」
なんて話をして。
「これで4月に会えたらお互いキセキですね。」って。



で、大変だったのがお土産ですよ。
最終日まで残る予定がなかったので(笑)
急いでお土産買って。


次の日に「もう来ることはないんだろうな・・・」と青い海を眺めながら羽田へ。
地元への乗り継ぎ便。
「雪のため、欠航となりました。」

っておぃ。
明日卒業式なんですけど!(笑)。



急いで新幹線に乗り換えて、なんとか無事に地元に到着。




結果は1週間後。

大学行くぞ!-その1-

さっきの記事つながりで、大学に入学するまでのことを。


私の地元はここからずぅ〜っと遠くにあって(なんだか外国みたい 笑)
この大学の存在すら知りませんでした。



高校生になって。
一応、進学校と呼ばれているところに入学していたんだけど
進路を決めないとなぁと思っていた2年生のとき。
日本史が好きだったから、仏教大学でも行こうかなぁって思ってたの。
しかも、結構真剣(笑)。

仏教大学じゃなくても京都とか奈良の大学に行けたらいいなぁ なんて。


数学の模擬試験みたいなものを解いていたのね。
全然意味わかんなくて。
これじゃぁ0点だなぁなんて考えてて(笑)。


その時、ふと思ったの。
「音楽やろう」って。



小学生の頃からピアノと合唱と吹奏楽をやってて
合唱以外は高校生まで続けてた。
高校に入学する頃に、ピアノの先生に
「詩さん、音楽の大学進んだら?」なんていわれたこともあったけど
ピアノはあくまでも趣味って思ってた。


でも、この模擬試験で思っちゃったんだなぁ。
「音楽なら数学はない」ってね(笑)。




そして「何の音楽がいいかなぁ」って思った時
この曲が頭の中に流れてきました。

http://www.youtube.com/watch?v=oFSDyM8whtk



き〜まりっ♪(笑)。




普通、音大に入るには高校生になった頃から勉強をしなくてはなりません。
音楽には、音楽の勉強があるんです。
学校で習うことができないことがあって、意外に大変だったりします。


高校2年生の私は既に出遅れた状態。
学校の先生とピアノの先生に「音楽の勉強がしたい」と話しました。
そして、「沖縄の音楽が勉強したい」と。



偶然、近くの高校に九州出身の先生がいてこの大学の情報をいろいろと教えてくれました。



吹奏楽部の先生には「今からは無理だよ」って言われ。
ピアノの先生に紹介してもらったピアノの先生にも「今からは厳しいよ 」って言われ。


それでも、先生たちはいろいろと協力してくれて
○和声の先生
○コントラバスの先生(副科実技っていう試験もありました)
○ピアノの先生2人
○吹奏楽の先生には小論文とピアノ
○スベリ止めの大学のための声楽を教えてくれた先生

これだけの人たちが口を揃えて「無理」だと言いつつ、私に教えてくれました。
コントラバスを習いに行くにもお家から片道2時間ほどの距離。
休日というのに、両親が朝早くから私を送り迎えしてくれたり。




合格するためには
○国語(センター試験)
○日本史(センター試験)
○和声
○音楽理論
○ピアノ実技
○副科実技
○小論文
○面接


以上をクリアしないといけませんでした。




センター試験のあたりには、すでに推薦枠で大学に内定をもらっている友達もいて。
センター組みは図書館で必死に勉強。
私はその後に音楽室でコントラバスの練習をして
お家に帰ってピアノの練習をして
和声、音楽理論の勉強をして・・・


「詩、沖縄の大学受けるんだって?」
「うん、そうだよ。お土産買ってくるからみんなも宜しくね♪」


半分、観光気分だったのは・・・・しょうがないでしょ(笑)。

昔のチャット

最近おもしろいチャットに行くようになった。
ヤフーチャットなんだけどさ。

地域の部屋ってメインで話せないんだよね。
人数も多いしさ。

でも、その部屋は10人程度。
みんな、ものすごく面白い。


チャットといえば。
ちょうど10年前。
私が初めてパソコンを買ったとき。

チャットにはまったなぁ。


あの時はマイクロソフトのチャットだったんだけどさ
自分で部屋を開いてて。

どんなきっかけかは忘れたけど、自称中学生の子と一緒に部屋を開くようになって。
常連さんも多くなってさ。
すごく楽しかったんだけど、とある男性に好意を持たれてしまい・・・



結局は閉鎖しちゃったんだけど、ものすごく面白いチャットだったなぁ。
あの頃は、本当にチャット=雑談 って感じでさ。


ちなとかあぴとか元気なのかなぁ。
何してるのかなぁ。
かずは結婚して子供が生まれたはず・・・
子供は・・・もう10歳になるのかぁ。


また、みんなと話したいよぉ。

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