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民主党代表選挙が終わりました。結果は菅直人氏721対小沢一郎氏491で、大差がついたように見えます。しかし、1票でも勝てば1ポイントという、小選挙区制度特有のマジックが党員、サポーター票の249対51の大差をもたらしたもので、議員票は206対200と拮抗していました。また、党員票も13万8千対9万票で、ポイント数をほど差があるものではありません。
結論として、菅直人総理が勝利したのでなく、小沢一郎氏がいわゆる「世論」に敗北したということでしょう。 「(戦争に敗北した後)国民は敗戦によって自分たちの利益を損なわれる事は受け入れるものですが、名誉を傷つけられる事は受け入れる事はできない。また、勝者の権利のようにもったいぶった言葉は絶対に受け入れる事はできない」とウェーバーの「職業としての政治」にあります。 前回、6月に菅直人氏が代表に就任して以来行われた「静かにしていてほしい」に端を発する「脱小沢」の名のもとの発言は、政権政党として感心できるものではありませんでした。今回の代表選挙をまねいたのは、民主党運営の責任を負う人たちの品格なきふるまいであったと私は思っています。 ローマが賢明であった一つの原因は、ローマの政治家は「勝って歩み寄る名人」だったのです。前回、6月の代表選挙勝利のあとの菅直人執行部はこの逆をしていました。 「職業としての政治」を再び。「我々は戦争に破れ、あなた方は勝った。これはもう決まった事だ。これから話し合うべき問題は、将来に向かってどのような責任が私たちに発生するのかという事だ。もちろん、主たる責任を負うのは勝者であるあなた方である」 挙党態勢という抽象的な言葉でなく、「勝って歩みよる」賢明さが新執行部にあるかどうか。それが日本の政治をローマのような賢明なものにできるかどうかの試金石である。 |
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昔から言いますよね「世論には逆らえない」非道も王道も「世論」が最後には決めます。それが選挙結果というジャッジメント。それをあーだこうだと言ってもしかたがない。「政治と金」と「コロコロ総理を変えるな」という世論にある意味政治家の人質を世論が判断した。
2010/9/15(水) 午後 4:11
小沢氏は世論に負けたというよりも、「徳がなかった」から負けたのです。(菅氏に「徳」があったという意味ではありませんが。)
国会議員の数では、206対200と相拮抗しているようにも思えますが。民主党の優秀人材の多くは、菅氏支持の立場です。小沢氏側近の山岡賢二議員、松木謙公議員などの顔ぶれを見ても、ウサンクサイ政治家であることは、国民の目にも明らかだからです。要するに小沢グループには、「数は多いが、人材がいない」ということが、はっきり国民の目に明らかになったということです。
別な言い方をするならば、「小沢氏の周りには、優秀な人材が集まらない」または、「藤井裕久議員などの立派な議員が離れていく」ということは、小沢氏の「人徳」のなさがはっきりしたということです。
嶋聡氏の政治哲学の根本は、儒家の「徳治政治」であるとかねてから主張していたはずですが、小沢氏が「徳治政治」からいかに逸脱した政治家であるかを見抜けないとは残念なことです。
そもそも「民主主義は多数決である」「数は力」という小沢氏の政治センスは、小沢氏が「覇道政治家」であることを証明しているではないですか。
2010/11/5(金) 午前 11:32 [ ヨウスケドン2 ]