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戦後まもなく「三等重役」という言葉がはやった。戦争協力者ということで、創業社長やオーナーが公職追放され、繰り上がりで工場長クラスが社長や、重役になったことを揶揄したものだ。
「重役には三種類ある。一等は創業者等の資本家階級。二等は、エリートコースを進んでなるべくしてなった人。三等は戦後の財閥解体・追放で空白ができ、仕方なくにわか重役になった人だ」
今回の野田内閣を見ると、創業者である鳩山氏や菅氏、小沢氏のトロイカ体制から脱皮したせいで、空白ができ、繰り上がりで主要大臣になってしまったような人が何人かいる。失礼かとは思うが、元同僚として遠慮なく言えば、「三等大臣」で構成された「三等大臣内閣」とのように思える。
しかし、重要な事は戦後の日本経済の繁栄は、三等重役たちが担ったということである。三等重役は結果として大幅な世代交代となった。十歳以上若返り、40代、50代の重役、社長たちは粉骨砕身、企業の復興と日本経済の復興、創世に没頭した。これが、経済大国、日本を生んだのである。
また、40代、50代の時に社長、重役となった人々はその後、長期間にわたって経営権を掌握し、長期的に日本経済、日本企業をリードした。今回、若くして大臣になった人たちが、菅直人、鳩山由紀夫氏の年齢になるまで10年以上ある。日本政治家のキャリア・マネジメントしても望ましい姿であると思う。
私は、「三等大臣内閣」、とくに元同僚であった四十代、五十代の大臣にきわめて期待する。ただ、注意してほしいのは舌禍事件である。主要大臣になった人が若い時に「嶋さん、、原発を誘致したところではクジラをとっていたんだ。クジラ捕りは危険だ。クジラで死ぬのと、原発で死ぬのとを比較したら、確率は原発の方が低い。だから誘致したんだと聞いている」と面白可笑しく話したことがある。サービス精神から話したのだろうが、「綸言汗のごとし」の地位についたら、サービス精神は注意してもらいたい。
国民の幸福は選ばれた政治家、大臣がいかに自らを修養するかにかかっている。大臣の言は重いことを自覚していただきたい。
「大臣の職は、大綱を統(す)ぶるのみ。日間(にっかん)の瑣事(さじ)は、旧套(きゅうとう)に遵依(じゅんい)するも可なり。
但(ただ)人の発し難きの口を発し、人の処し難きの事を処するは、年間率(おおむ)ね数次に過ぎず。紛更労擾(ふんこうろうじょう)を須(もち)ふること勿(なか)れ」「言志録」51
小さな事にこだわらず、大きな方針と肝要なところだけをおさえる。ただし、人の発しがたき言葉を発して歴史をつくってゆく。それが大臣の仕事であるという意味である。
自らが、発展途上の「三等大臣」であることを自覚して「三等大臣」でしかできない、思い切ったことを発言し、実行してほしい。どうせ、来年九月には代表選がある。したがって、任期は一年である。
戦後の三等重役たちは、社長、重役になっても一等車に乗らず、三等車にのって駆け巡り「三等車にのった一等重役」と後に評せられた。三等大臣が近い将来、一等大臣と評せられることを切に希望したい。
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