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野田総理が、脱原発デモの代表者と会談することを決めたという。ドイツではまず、国民が脱原発を決め、政治が後を追った。政治が後を追ってほしいと思う。
夏真っ盛り、お盆前なので「夏の挨拶」も兼ねてかつての同僚、先輩議員から誘ったり誘われたりで話をすることが多くなった。政界から民間に転じた私の目から、今の政権がどう映っているか聞きたいということもあるらしい。
ここ1−2週間の会談の中で、最も印象的だったのは「選挙後は、自民、民主が連立する」ということがすでに既定路線になっているということであった。政権交代のために、「打倒自民」で私が知恵を絞ってきた時代はすでに「歴史」になってしまい、イギリスやドイツがそうであるように連立政治という「歴史をつくる」時代になったのだと感じている今日、この頃である。
ただ、どうしても違和感がぬぐえないでいる。野田政権がやろうとしている「消費税増税」「TPP」さらには「原発再稼働」は自民党政権がやろうとしてできなかったことを、民主党野田政権で、自民党の協力をえて実現しているように見えるからだ。(政策的には、消費税増税、TPPは反対ではない)
野田総理は、政経塾の先輩であるし、私が政治に入る道を拓いてくれた人である。だから、どうしても好意的に見てしまう傾向がある。それでも「自民党野田派」というのは、「そうだよな」と思ってしまうのである。
先日、ある閣僚経験者と話していて、疑問が氷解した。
「野田政権の権力基盤は、財務省、アメリカ、マスコミなんだよ。盤石だよ」
私はこれに「経団連もですよ」と付け加えた。
財務省に代表される霞が関の官僚政治を打破し、政治主導の道を拓きたい。アメリカに追随する外交から脱却したい。財界との癒着構造も破壊したい。それにつらなる第4の権力、マスコミも記者クラブを廃止して、オープンにしたい。これらの、政権交代を目指していた時代の目標は、すでに「歴史」になってしまったようである。
しかし、いくらなんでもこれでは「自民党野田派」と言われてもしかたがない。選挙後連立するにしても、選挙には違いが必要である。それは、エネルギー政策であろう。
政権交代後、なれない政権運営を安定させるためにある程度、既成権力と妥協したのは百歩譲ってよしとしよう。だが、福島原事故は、民主党政権の時に起きたものである。この問題を政権政党として、直視し、新しい道筋をつけることが政権には必要である。それは、まさにドイツに学んだ「脱原発」である。そうでなければ、民主党は自民との連立さえ考えられないほど、惨敗するであろう。
5月の自民党独自調査では、自民党の議席数300だったという。「脱原発」という政策の独自性を出して、総選挙を戦わなければ、それこそ民主党自身が「歴史」になってしまう。
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