島さとし(嶋聡)の「大風呂敷のススメ」

松下幸之助に学び、ソフトバンク社長室長3000日の後、多摩大学客員教授を務める元衆議院議員「島さとし」のブログです。

小説「光の道」

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小説「光の道」 第9回 政治家でないとJT社長はつとまらない

 春三月とはいえ、みぞれが降る「春寒」の日。JTの記者会見室は人でごった返していた。今年の決算では前年に続いて「収益日本一の座」となるのが確実なJTグループが中期経営戦略を発表するという。テレビのキー局や海外メディアも競うようにカメラを並べていた。
 奥の扉が開いてJTの依田社長が入ってきた。分厚い胸板、髪はシルバーグレー。きっちりと高級スーツを着こなした姿は、投資銀行のトップのように見える。
 依田は前社長のように技術屋ではない。JTの最大課題である労働組合との取り仕切りをつとめる労務屋あがりである。依田が得意とするのは、カネ(財務)とヒト(人事)でJTグループを統治することである。

 竹村総務大臣が、依田との会談のあと、記者に
「あの人は経営者ではない。政治家ですね」
 と批判的に言ったのを聞いた依田は
「認識がまちがっている。政治家でないと、JTの社長は務まらない」
と語ったという。
 JTは、「日本テレコム」でなく、「二本テレコム」だと揶揄される。労務を中心とする「事務系」と「技術系」の派閥に分かれ、二大派閥のポスト争奪戦が常にある。これに勝ち抜かないとトップにはなれない。依田の面構えは、権力闘争を勝ち抜いた自信からきている。
ところが、この日の依田の様子は変だった。表情は鬱々としており、肩も少し落ちているように見える。

 会見が始まった。目を少し落としながら、低い声で言った。
「固定系通信サービスの売り上げは、私どもの予想通り減収が続いており、売り上げ面での状況は今後も厳しいと認識している。収益改善には、より一層の努力が必要である」
 たしかに、電話の主流は固定電話から携帯電話に移りつつある。かつて、地方から東京に出てきた学生が最初にやることは電話の申し込みだと言われたが、携帯だけでアパートに電話を引かない学生も増えてきた。通話より、メールを重視するトレンドも変わらない。
 
 しかし、企業トップは株価に好影響を与えるために、実態より内容を少しでもよく見せようとするのが普通だ。決算書も、虚偽は許されないが、合法の範囲で化粧してあるのが普通である。金融危機による公的資金投入とその後の金融庁の検査によって暴露された不良債権問題はその典型である。

 「おかげさまで、対前年度は増収増益になると思われますが、厳しい経営環境にさらされております。固定系三社は、コスト削減に引き続き努力いたしますが、それでも減収減益。JTケータイも、競争力強化のために値下げ等を考えており、減収減益の予想です」

 記者たちは化粧された決算報告の後ろにある、企業の素顔を見抜こうとするのは普通である。だが、依田の「固定電話は減収続く」「収益改善のためにリストラも」という発言は、記者たちをとまどわせた。
依田が、記者たちのとまどいを確認したうえで、顔をあげた。
「このような、厳しい経営環境の変化に直面していることを認識しながらも、それを乗り越えるために、
グループは総力を結集しなくてはなりません。

 我々の目標は政府の方針に沿い
一、 二〇一〇年までに三〇〇〇万世帯に、光ファイバーを提供する
二、 電話網に代わる次世代ネットワークを構築する
 ということです。中期経営計画の詳細は経営企画部長の永井より報告させます」

 JTの発表した「中期経営計画」は新電電やライブテレコムを震撼させるものであった。アクションプランには、JTグループ各社が一致協力して次世代ネットワーク(NGN)を構築するほか、スムーズにサービスを提供するために複数のグループ会社にまたがる事業を統合したりする。さらには、大量の人員移動も持ち株会社の指示の下行うと宣言していた。持ち株会社の権限により、事業の整理統合や人員移動を行う。
 
 まさに、戦前の財閥持ち株会社の復活であり、九九年のJT再編の枠組みを完全に無視し、骨抜きにする計画であった。
 
「以上で、JT中期経営計画についての説明は終わらせていただきます。ご質問がありましたらどうぞ。恐れ入りますが、ご質問のまえに所属とお名前をお願いします」

 少しの沈黙があったあと、手が挙がった。
「毎朝新聞の内海と申します。次世代ネットワークの構築では、固定電話のJT東西と、JTケータイが一体として動くとあるのは、経営環境激変に対するまさに総力戦と考えてよいのでしょうが、これは、JT法と抵触しないのでしょうか」

 依田が、「いい質問だね」といわんばかりの表情をして、答えた。
「JT法に抵触はしません。今回はJTグループ内の役割の整理をきちんとして、それぞれ与えられたミッションを遂行しようというものです。あくまで『役割の整理』です。もちろん、JT法の枠内で行っているものですし、JT法が変わっているわけではありませんので、『JT再再編』にはあたりません」

 有田経営企画課長は、依田の後ろに控えながら、このやり取りを満足げに聞いていた。「役割の整理」という言葉は自分が考えたものである。JT法のぎりぎりのところをついているので、問題はないと思っている。
 
 中華料理を食べながら、事前に、JT中期経営計画を毎朝新聞の内海にしておいた。記者は一方的に、こちらの有利な情報を鵜呑みにするほど愚かではない。だから、少しだけ、こちらに不利なことも話す。その方が真実味もます。
「JT法に抵触しないか」というのを検討していると、少し心配な情報を流しておいた。内海はすぐに食いつき、本日の質問になった。

 当然、予想された質問なので落ち着いて答えられる。記者だってJT法を隅から隅まで呼んでいるわけではない。
 国営の電電公社が起源のJTトップから自信を持って「抵触しない」と言われるとそんなものかと思ってしまう。日本人はマスコミも含めて権威に弱いのである。

 有田は、依田の堂々たる受け答えに満足したが、一瞬、不安がよぎった。最初、おずおずと自信なげに始めたのは、反感を買わないために作戦だった。しかし、最後には依田の自金が出てしまった。新電電や、ライブテレコムらがどう動くかは未知数だった。

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