島さとし(嶋聡)の「大風呂敷のススメ」

松下幸之助に学び、ソフトバンク社長室長3000日の後、多摩大学客員教授を務める元衆議院議員「島さとし」のブログです。

小説「光の道」

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小説「光の道」 第18回 霞が関の風景

  「うーん、よくわからん」
 総務省から出て、霞が関の官庁街を歩きながら小宮はつぶやいた。
かつては、夕刻になると客待ちのタクシーが列をなしていた霞が関だが今はない。
 財務省なら銀行、国土交通省なら建設業界、そして総務省なら放送・通信業界の渉外部門が争うように、担当の官僚たちにタクシーチケットを渡した。

 公務員倫理規程の徹底で、接待はできにくくなった。会社でも、コンプライアンスが強化され、役人との会食は事前稟議が難しくなった。
タクシーチケットは渡してしまえば大丈夫なので、「最後の接待ツール」と呼ばれていた。だが、タクシーチケットにより、自宅までタクシーで帰り、運転手からビールやつまみまで提供されていた官僚たちの実態が国会で糾弾され、これも消えた。

 夕方の霞が関は静かになった。
「本日はお疲れ様でした」
振り返ると、ライブテレコムの松沢渉外課長が、武田と一緒に立っていた。
「ああ、記者会見、来ていたのですか」
「ええ、広報に頼みましてね、後ろの方で拝見していました。するどいご質問でしたね」
「そうだ、いいところでお会いしました。今度、少し、時間をいただけませんか。本日の早瀬座長記者会見がJT再編を行うかどうという政治的に大きなテーマであることはわかったのですが、私はずっと政治部なので背景がよくわからない。JTからは、何度も説明を受けたので、JTを分割すると株主代表訴訟になるとか、研究開発がおろそかになるとかの意見は刷り込まれているのですがね」

 JT広報の仕事は、国営電々公社の時代から政治家や官僚、記者たちに自分たちの主張をすりこむのが主流である。広報の政治担当から将来の社長候補性が集まる経営企画部にいったり、OBが与党民自党の議員になったりさえしている。

 これに対し、新電電やライブテレコムの広報は自分たちの商品について広報するのが主流である。どうしても、政策に対する説明を担当するのは傍流になってしまい、JTと比較してエネルギーのかけ方がちがう。

 新聞紙面をみると、JTからの情報を基盤にした「JT寄りの記事」が多くなるのはそのせいである。

 内海の毎朝新聞経済部長などは、露骨で松沢が名刺交換した時、言い放った。
「最初にいっておくけど、私は、新電電やお宅など、新規事業社は危ういと思っている。JT寄りと思ってもらって結構」

 そこから思うと、話を聞きたいという小宮などはありがたい記者である。
「今度と言わず、今からでもいかがですか。これから記事を書かれるのでしょうから、1時間ほどで手短に」
「助かります。では、どこに行きましょうか」
「車で十分ほどですから、新橋の私どもの会社にお越し頂けますか」

 これが、予算豊富なJT経営企画部なら、どこかのホテル、レストランになるに違いないし、その後、役員が自由に使える銀座のクラブにでも案内するに違いなかった。

 武田が、タクシーをつかまえた。松沢が、小宮を先に乗るように促した時、空を見上げた。
「どうかしましたか」
「帰雁です」
「きがん?」
「燕と入れ替わりに、北に帰っていく雁のことです。雁は木をくわえて日本にやってくる。長い途上で、疲れるとそれを海に浮かべて休むというのですがね。もちろん、伝説です。帰って行くときに、その木を再びくわえて帰っていく。残った木は、日本でなくなった雁たちの木ということで、供養のためにその木を集めて炊くのが雁風呂です。雁は、手紙の運び手でもあり、故郷へ手紙を届けてくれるという言い伝えもあります」
「松沢課長は、バード・ウォッチングが趣味なのです。三月に、イギリス出張に行ったときに、朝早くから公園に双眼鏡を持って散歩に出かけて、朝食の時、『日本では珍しい、コマドリが普通にいた。こちらではロビンというのだが、スズメみたいに普通にいるのだ』と興奮気味に話すのですよ。急に立ち止まって、どうしたのかと思ったら、鳥を見ていることが多いのです。さあ、乗ってください」

 武田が、タクシー前方座席のドアを開けながら、二人を促した。
「バード・ウォッチングですか。いい趣味ですね」
(帰雁か。俺も、再び、政治部に戻っていけるのだろうか。いや、戻りたいな)
小宮は、遅々として暮れることのない五月の空を見上げながら思った。

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