島さとし(嶋聡)の「大風呂敷のススメ」

松下幸之助に学び、ソフトバンク社長室長3000日の後、多摩大学客員教授を務める元衆議院議員「島さとし」のブログです。

小説「光の道」

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小説「光の道」 第20回 サッチャー革命と独占通信会社分割

 「松沢さん、小宮さん喉が渇かれたみたいですよ。二九階で、ビールでも飲みながら話しましょうよ」
 武田が、井桁が夜の会合に出て行ったのを確かめて話しかけた。
「そうだな。小宮さん、あまり時間がないかもしれませんが、場所を変えますか。当社の『吉兆』にご案内しますよ」
「ああ、ときどき記事で拝見する、高層階の社員食堂ですね。お願いします」

 会議室を後にして、エレベーターホールに向かう。渉外部の出口に一か所、オフィススペースから共同廊下に出るのに一か所、さらにエレベーターホールに入るのに一か所のセキュリティチエックがある。
「入った時も思ったのですが、ずいぶん、チェックが厳しいですね。日読新聞はこんなに厳しくないですよ」
「そりゃあ、新聞社は情報をいれるところですから。二年前、ライブグループは個人情報の漏えい事件を起こしました。業務委託会社社員が名簿を持ち出したのであって、直接私どもの社員ではなかったのですけどね。ライブグループはベンチャー企業ですから、再びそんなことを起こしたら立ち直れません。おそらく、日本一のセキュリティシステムだと思います」

 エレベーターが開いた。数名の社員がいたが、ベンチャーが起源の会社らしく、ネクタイを締めている者、Tシャツ姿の者と服装もバラバラだ。
エレベーターを降りて、社員食堂に入る。目の前に東京湾が広がり、レインボーブリッジが見えている。窓近くによると、薄暮の中、浜離宮が見えた。
「浜離宮が借景になっているのです。東京湾花火大会は、向かいの晴海ふ頭から花火が打ち上げられますから、特等席です。その時は社員の家族に開放します。大変な人気で抽選がなかなかあたりません。どうぞ」

 一角にあるソファを進められた。
「さすがに、ライブテレコムの『吉兆』ですね。まるで、ホテルのロビーラウンジのようだ」
「セルフサービスですけどね。ビールでよろしいですか」
 武田が、バー・カウンターにビールを取りに行った。
「アメリカ西海岸にある、グーグルなどは会社のレストランは二四時間あいていて、すべて無料だそうです。なかなか、そこまではいきませんが」
「ライブテレコムは、日本最大のインターネットカンパニーですから、意識するのはグーグルなのですね」

 「そのとおりです、日本の情報通信産業が世界的に見て国際競争力を失っている原因は、電話の発想しかないJTグループが、すべてを握っていることにあります。インターネットの世界では、距離も関係ありませんし、世界と直接つながっています。それなのに、JT西日本、JT東日本は県内通信のみ可能という時代遅れの形になっています。だから、持ち株会社を廃止して、自由に経営ができるようになれば、JTさんの為になると思うのですがね」

 小宮がちょっとしらけた。相手の為になるなどという言い方はほとんどが嘘だ。正確に言うと、自分たちには大いに利益がある。相手方にも少しは利益があるということだからだ。それに気づいた松沢が話を変える。

「明治以来、通信産業は国の独占とされました。通信ネットワークを造るには膨大な投資が必要ですし、回収には長期間かかります。それに道路と同じ社会インフラですから、複数で行うには二重投資になり、国家全体として考えれば無駄になります。それに、すべての地域に通信網を引くためには、都市部で利益を上げ、採算が取れない過疎地域に資本を投入するには国営で独占した方が都合よかったのです」

 「それが、電電公社ですね」
 「そうです。小宮さんは、政治部ご出身ですから私よりお詳しいでしょうが、一九八〇年代、サッチャー革命が起きました。国営事業や独占事業は、官僚的になり非効率的になる。したがって、いろいろな分野で民営化が行われました。日本でも国鉄がJRになったように、電電公社がJTになったのです。しかし、巨大な独占企業を民営化すると資本主義の中で自由にふるまい、いずれははすべてを駆逐し、価格も自由に決めるし、政治にさえ影響をあたえる怪物になってしまう。だから、当時から民営化と同時に、JTは分割すべきだという主張がありました」

 「ところが、いろいろな政治的思惑が重なって出来なかったのですね」
 「一九九〇年代の、JT分割議論でも、井桁が話したように、中途半端な持ち株会社によってグループの結束はより強化されました。その後、強すぎるJTを法律で規制して、競争事業者を育成しようという政策の流れがありました。そこに参戦したのが新電電と私どもの宋でした。そのころまでは、総務省官僚は、新電電を育成し、ドミナントであるJTと戦う魂があったのです」

「流れが変わったのですか」
 「小宮さん、『光る海、光る大空』というエイトマンのテーマに乗った、JTの光ファイバーのCMをご存知ですか。この歌に乗って、JTは光ファイバーを張り巡らしています。光ファイバーは、JTが七〇%のシェア。このままいけば二〇一〇年には八〇%のシェアになり、実質独占になります」
「八〇%。アメリカなら、企業分割の対象ですね」
「日本の独占禁止法ではそうなっていませんから。ADSLのときには、総務省も腹を決めて、徹底した開放政策をとったので、ライブグループが約四〇%、JT東西が三七%と競争状態になっていました。だから、ADSLは価格も月額三〇〇〇円台と安くなったのです。光ファイバーの場合は、七〇〇〇円台と高止まりしています」

 「でも、そんなに高くなったらJT組織問題が噴出するでしょう」
「電力会社も、光ファイバーを引いています。一〇数%ですが、とりあえずありますから、独占でないと主張しています。電力も、国営時代につくって電柱が使えますからね。自らが通信線を引いて、光ファイバーを引くのを『設備競争』といいます。もともと、電柱や管路を持っている国営スタートでないとできません。宅配の運送会社を始めるに、道路から自分でつくれというものですからね」

「そうすると、オープンアクセスというのは、宅配を始めるのに、道路を使わせてくれということですか。考えてみれば、当然ですね。とすると『サービス競争』というのは、東西JTから、道路である光ファイバーを借りて、宅配会社がやるように、価格やきめ細かいサービスで競争するということですね」
「お待たせしました。一杯、三〇〇円の特別価格ですからどんどん、飲んでください」
武田が、生ビールとおつまみをプラスチックのトレーに乗せて運んできた。

 「三〇〇円か安いな」
トレーはプラスチックだが、グラスは白く凍っていてビールがより美味しそうに見えた。
「ここの社員食堂には、牛丼の吉野家さんなども入っています。半年に一回ずつ、人気調査があって、悪いところはすぐに変わってもらいます。サービス競争が厳しいのです。おかげでいつも美味しい昼食をいただいています。業者さんからは宮沢賢治の『注文の多いレストラン』をもじって、『注文の多い社員食堂』とよばれているらしいですよ」

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