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小説「光の道」 第30回 2010年「頃」の政治的意味
国会近くにある民自党本部。永らく政権の座にある民自党議員にとって、党本部で行われる各種会合が活動の中心になっている。
国権の最高機関と言われる国会は、多数を持っている民自党が野党の意見を聞くふりをする場になっており、法律の修正もない。採決をすれば、賛成多数で法律が成立するからだ。国会審議は形式的なものであり、居眠りをしながら時間が過ぎるのを待つだけの場になっている。
これに対し、民自党本部で行われる各種の会合は実質的に政策に口をはさむことができる場になっている。省庁間や、族議員菅の利害調整の場になっているのが、本部で開かれる各種会合である。
「本日の情報通信調査会は、式次第にあるように、竹村総務大臣から『未来通信懇談会』の検討内容について聞くことと、先日設置された『通信・放送高度化小委員会』について座長をしていただいている片岡先生から御報告をいただくことになっています。では、竹村大臣」
座長を務める飯田情報通信調査会長が竹村を指名した。律義に立ち上がり、礼をして再び座った。
「『通信の未来を考える懇談会』は、私の諮問機関として設置され、東城大学の早瀬座長のもと、一二回の会合を重ねてきました。では、お手元の『報告書骨子案』にもとづいて説明いたします」
竹村の説明を居並ぶ議員は退屈そうに聞いている。すでに、報告書骨子案はJT経営企画部の面々が議員会館まで来ていかに問題があるかを「ご説明」に来ており、理解済みか、あるいは内容を理解していなくても反対すればいいということだけは了解しているのだ。
説明が終わるやいなや、瀬古衆議院議員が手をあげた。当選二回。JT持ち株を経て、父親の地盤を引き継ぎ当選した二世である。
「なんでも、座長の早瀬とかいうのが、JTの組織形態が今のままでいいという委員は一人もいなかったとか言ったとのことだが、本当にそうですか」
「私は、その時の懇談会には出席しておりませんので、直接聞いたわけではありませんが、そのように報告をうけております」
「あなたの懇談会でしょう。そんな無責任なことがありますか。JTはね、引けば引くだけ赤字になる光ファイバーを、自らが日本の情報通信を担うのだという責任感だけで、全国で必死に引こうとしているのですよ。そんなときに、未来懇談会が組織問題を持ち出してきた。現場は『おれたちにやめろと言っているのか』と怒り心頭ですよ」
片岡が、まあまあという感じで瀬古を制した。
「竹村さんもね、いろいろお忙しいのだ。ところで、竹村さん。なんでも最初に法律改正の必要がない機能分離を一気にやって、そのあと二〇一〇年までにJTを構造分離や資本分離をするという二段階作戦を考えているのだという噂を聞いているが、それはあくまで噂でしょうね」
「そんな思惑があるのですか。それは完全に党をなめている。国策を決定するのは与党民自党だ。二〇一〇年までにJTを資本分離するだと。たかだか大臣の懇談会が何を言っているのだ」
瀬古がふたたびはげしくつめよる。
「今、決まっているのは報告書骨子案まででございまして、片岡先生がおっしゃったようなことは全く白紙でございます」
竹村は言質をとられないよう、注意深く言葉を選んだつもりだった。しかし、甘かった。
「そうか。白紙ならちょうどよかった。私も先生方が熱心に議論していただいていることはよく知っている。私の小委員会の中間報告ができたので、参考にしていただきたい。飯田座長よろしいですか、中間報告を配布して」
民自党政調スタッフが、「今後の通信のありかたについて 中間報告(案)」というレポートを配布する。
「私は皆さんご存じのとおり、アバウトな人間なので一つだけ。三ページに『JT組織の見直しについて』のところを見てください。今後の通信を考えるなら、やはりJT組織問題は避けてとおれない。そこで『二〇一〇年頃にJT法などの改正を検討すべき』と入れようと思っております。ざっくばらんに言いますと、先生方にもJTの組織問題を今取り上げるのはけしからんというかたもおられると思う。事務局長をつとめる瀬古さんはもと、もとJTにつとめておられたのだから、思いもあるだろう。でも、瀬古さんも国のためなら仕方ないと言ってくださっている。座長、この方針でいいかどうか皆さんにはかってください」
「今の、片岡先生の中間報告についてご意見ございますか」
飯田座長が、しばらく時間をおいた。皆、黙っている。
「それでは、この方針で御了解いただいたということでよろしいですか」
数名の議員が「異議なし」と小さな声でささやいた。
「ありがとうございます。では、情報通信調査会としては『二〇一〇年頃にJT法などの改正を検討すべき』という方向性で中間報告書をまとめたいと思います。片岡先生、何かございますか」
「みなさん、ありがとうございます。私もJTの依田社長から怒られるかもしれんが、皆さんの総意だということできちんと説明します。竹村大臣、まあ、これを参考にしてください。でもあくまで先生方の意見は意見。未来懇談会の報告書と意見が合わないなら合わないままでいいと思いますけどね」
竹村は「やられた」と思った。政治の世界では「頃」というのに大きな意味がある。「二〇一〇年頃」というのは二〇一四年まである。その時の総理大臣は誰なのか。もっと言えば、政権が誰なのかもわからない。永田町では、これは「先送り」を超えて「やらない」ことを意味する。
二〇一〇年ころに検討をはじめて、実行に移すにはさらに時間がかかる。二〇一〇年までに、光ファイバーを三千万世帯に引くというJTの目標が達成できるまで、組織分離論を封じ込めるというものだ。
「依田社長に怒られる」どころか、JTの主張を後押しするものなのだ。
三千万世帯というのは、固定電話利用世帯六千万の約半分である。JTが引きやすい三千万世帯に光ファイバーを引いてしまったら、他の事業者が対抗しうる可能性はなくなる。競争はなくなり、JTの光ファイバー独占は完成する。
戦略は細部に宿り、悪魔もまた細部に宿る。「二〇一〇年頃」という言葉は、JT光ファイバー独占への道を開く、悪魔の囁きであった。
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