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小説「光の道」 第45回 情報通信審議会、真実の姿
師走も押し迫った一二月八日。早瀬は宋社長とともにプレジデントに乗り、総務省に向かっていた。霞が関に続く道の両脇に立つプラタナスの落ち葉が北風に舞っていた。
総務大臣の私的諮問機関である総務省情報通信タスクフォース第三部会が、事業者のヒアリングを行うことが決まり、正式に要請されたのは二週間前。JTの新浦社長、新電電の小寺社長、ライブテレコムの宋社長の揃い踏みとなった。
「プレゼン上手の宋社長と直接対決するのをJTがいやがって、宋社長が出席できないようにするために、急なスケジュール設定をJT出身の斎藤副大臣に迫ったようですよ」
助手席に座った武田が小宮記者から聞いたのであろう裏話を明るく言った。
宋は反応しない。これから始まる直接対決で「JT組織再編は古証文」という流れを断ち切る勝負どころだと思っているからだ。
早瀬は、冷たい北風に託して思いやりのない政治に抗議している『詩経』の一節を思い出していた。「北風はそれ涼(つめ)たく、雪をふらして其れさかんなり。慈しみありて、我を好むものよ。手を携えてともに行かん」
車が総務省横のVIP用玄関についた。松沢ら渉外部のメンバーが宋を迎えた。渉外部によって事前に受け付け登録がしてあるので、スムーズにエレベーターに向かう。
「少し前にJTの新浦社長、新電電の小寺社長も到着され、会場に向かわれました」
松沢が話しかけても、宋は無言のままである。
節電のため、薄暗くなっている廊下を進む。会場になっている会議室前で、カメラのライトがついた。
会議室に入ると、情報通信タスクフォースの寺谷実座長ら委員のほとんどが席に着いていた。総務審議官、局長が座長から遠くの入り口側の下座に座る。ヒアリングをうける事業者席は奥である。座長に近い上座にJTの新浦社長、新電電の小寺社長。ライブテレコムの席は一番下座にある。傍聴者が注目する中、軽く会釈して宋が席につき、早瀬は随行者としてその横に座った。
寺谷座長の進行で、会議がスタートした。
「本日は、ご多用の中、斎藤副大臣をはじめ、皆様にご出席いただきありがとうございました。当部会のテーマはグローバル時代における情報通信政策はどうあるべきかであります。それを検討する二回目として、通信三社からのヒアリングを行います。それでは、まず、斎藤副大臣からご挨拶をお願いいたします」
斎藤が立ち上がり、お辞儀をした。早瀬の目には、JT新浦社長のほうを向いて頭を下げたように見えた。
「総務副大臣を拝命した斎藤でございます。中原総務大臣、所要のため遅れておりますので、私が代わってご挨拶申し上げます。
このタスクフォースは、JTの切り刻み論だけが大手を振って改革と考えられていた旧政権の議論から脱却し、世界で最高のブロードバンド環境を持ちながら、日本の情報通信政策に足りないものは何なのかという視点から議論いただきたい。中原総務大臣も、旧政権の議論は『一周遅れの議論』と言われています。
ただ、私は情報通信政策を担当する副大臣という立場から、JT組織論をいっさい封印するものではございません。国際競争力という観点から、どんな形が望ましいのか、皆様から忌憚なき意見をいただきたく思います。本日はよろしくお願いします」
JT労組出身の斎藤副大臣の面目躍如であった。あまりの露骨さに総務官僚は下を向いたが、まっすぐ斎藤を見つめている二人がいた。一人は、JTの新浦社長。もう一人が、ライブテレコムの宋社長である。
「それでは、ヒアリングに入ります。最初にJTからお願いします」
寺谷座長が、議事を進行した。
「本日はこのような機会をいただいてありがとうございます」
新浦社長が型どおりの挨拶をして、現状報告を始めた。経営企画部が用意した原稿を抑揚もなく、たんたんと読んでいるだけのようなプレゼンが続く。
電電公社時代から、JTは総務省、旧郵政省の事業者ヒアリングなどはまったく重視していない。総務省の情報通信政策がJTのサポートなく旧郵政省の官僚だけではできるわけがないと思っているからだ。審議会の委員だって、JTの研究所のデータにもとづいて話している操り人形にすぎない。
特に情報通信審議会などは、JTが作った原案をいずれは天下りで飼殺しにする官僚と、研究費や講演費でがんじがらめにした大学教授を使って、正当化する機関にすぎないのだ。
さらに斎藤副大臣は、NTT労組の組織内議員。
原稿をつくったのは有田経営企画部長だが、要は「お経」にすぎない。有田は、後ろの随行者席で余裕を持って発表する新浦社長を見ていた。
「最後に、一言申し上げます。このタスクフォースは『グローバル時代の情報通信政策』を議論していただく場です。まさに、新政権らしいテーマだと私どもは思っております。これからは、世界マーケットの中で考えることが重要です。
米グーグルや、アマゾンなどと日本企業がどう戦うかという国際競争の観点からお考えいただきたい。インターネットの時代になり、電話の規制は合わなくなっています。ブロードバンドの規制は原則自由にしていただきたい。
国際競争の中では、ある程度大きな規模と、資金力が必要ですし、ユーザーの視点で考えても利用者が不便を感じないように固定通信と携帯電話会社は統合すべき時期に来ています。現に韓国でも中国でも、統合の方向に向かっています。」
斎藤副大臣が、メモをとりながらうんうんとうなずいた。
「では、次に新電電の小寺社長、お願いします」
「本日はこのような機会をいただきありがとうございます。政権交代後、初めての事業者ヒアリングでありますので、新電電が参入して以来の経緯を少しお話させていただきます」
理論派の小寺社長が押し殺すような声で話し始めた。
「約二十年前の一九八八年。東京大阪間の通話料は、三分で四〇〇円でした。その後、新電電の加入などで二〇〇一年には三分、八〇円まで値下がりしました。
インターネットの時代となり、情報通信政策が『独占』から大きく『競争重視』に舵を切り、JTさんのメタル回線を借り受けることができるようになりました。ライブテレコムの宋社長らがADSL事業を展開され、一時、世界一速く、世界一安いインターネット環境が実現しました。
一方、今、問題になっている『光ファイバー』は様子が違います。電話線でなく、光回線を引くのはゼロから敷くのだということで、我々も設備競争をがんばりました。しかし、歴史的に優位性を持つJTさんならともかく、私どもが光ファイバーをゼロからひくというのは不可能との結論に達しつつあります」
そこまで話した時に、会議室入口がざわめいた。中原総務大臣が遅れて到着したのだ。寺谷座長に挨拶をし、斎藤副大臣の隣に座るや否や、パソコンを取り出した。発表の内容を記録しようというのだ。
「大臣が来られました。私の持ち時間は後わずかですので、結論だけ申し上げます。JTは、電電公社時代の設備の上で光ファイバーを引いており、圧倒的に有利です。もはや、JTのシェアが七〇%を超えており事実上の独占状態です。JTから光回線のインフラ事業を切り離し、各社が公平に使えるようにすることで競争を促進し、ブロードバンド環境を整備することが、グローバル時代の情報通信政策であると考えます」
斎藤副大臣が小寺社長を見て小首を傾げた。ブラインドタッチでパソコン入力をしていた中原は、小寺を見て、何度か頷いた。
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