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小説「光の道」 第52回 独占通信会社、経営企画部の力
「いったい、君たちは何をやっているのだ。あれでは中原と会う必要もなかった。君たちが、今まで中原にカネを渡してきたことや、これからの支援をチラつかせれば大丈夫だと言ったのでやってみたが、逆効果じゃないか。斎藤は何をしているのだ」
時の総務大臣、副大臣を呼び捨てにした新浦の怒声が大手町、JT持ち株の社長室に響いた。
永井取締役経営企画本部長は、新浦の前で頭を垂れるしかなかった。経営企画部の主流を歩き、料亭、銀座のクラブで与党だった民自党の通信族を籠絡してきた永井だったが、政権交代でその人脈は水泡に帰した。
「天下り」の臭いをちらつかせ、これも調略済みだった総務省の官僚も政治主導とかでまったく力を失った。
今まで、行ってきた政府・政治家へのロビイングルートが政権交代により、なくなってしまったのだ。政策プラットフォームで配布された「光の道―座長試案」も、政務三役会議が終わってから、斎藤副大臣の秘書がコピーを届けてくれて初めて知るありさまだった。
従来、総務省の審議会など、事務局を務める官僚を技術的に助けるという名目でJT経営企画部がほとんどの原案をつくっていた。すさまじき「癒着」であったが、それを不思議とも思わないのが今までの情報通信業界だった。
「まことに申し訳ありません。斎藤副大臣に聞いても、『あれは、大臣と一部のタスクフォースメンバーが原案をつくっていて、私も何も知らない』と言うばかりで・・」
「今年は、斎藤は選挙の年だろう。あんな役立たずではどうしようもない。組合の委員長に言って、候補をすげ替えろ」
永井が返答に窮していると、有田が答えた。
「はい、委員長はどうもそのつもりのようです。後任には、政治の動き方をよく知っている組合の専従あがりを入れると聞いています」
新浦が、なぜそんなことを知っているのかという風情で有田を見た。
「実は、毎月行われる組合との意見交換会に出ておりまして、委員長とも腹蔵なく話せるようになっております」
さりげなく、組合に強いことをアピールした。
「残念ながら、JT経営企画部が営々として築き上げてきた民自党とのパイプは、政権交代で全く意味がなくなりました。民自党の政治家たちは、与党だからこそ力があったにすぎません。民政党政権は天下り禁止をうたってうたっていますし、世間の風も冷たいので官僚たちも心が離れつつあります」
「打つ手なしということか」
新浦が天を仰いだ。
「いえ、あります。首をすげ替えたらどうでしょうか」
「だから、今、斎藤は次の参議院選挙で首をすげ替えると君が言ったではないか」
「いえ、斎藤さんのことではありません。中原大臣のことです」
「君はまた、何を言っているのだ。君のことだから、民自党の政治家の弱みを握って言うことを聞かせたように、中原の弱みでも握ったのだろう。三流メディアを使って、スキャンダルを暴露するなどというのは、社長にお聞かせすることではないぞ」
部下の有田に主導権をとられたせいか、ちょっとむくれ気味に永井本部長が言った。
「スキャンダルもあることはあるでしょうが、より戦略的なことは、今度の参議院選挙で民政党を勝たせないことです。参議院選挙勝利なら、九月の代表選挙は現職の鷹山総理が無投票で再選します。そうすると、主要閣僚の中原総務大臣は続投です。JTあげて、民自党を応援する。同時に、労働組合は全国区で出す組織内候補は別として、後は手を抜く。
まず、それが基本戦略です」
「しかし、選挙は私たちだけがやるのではない。そんなに上手くいかないだろう」
「もちろんそうです。それだけでは足りません。やはり、毛を吹いて、傷を求める作戦が一番聞きます。鷹山総理の政治資金規正法違反が、このところ週刊誌をにぎわしていますね」
「ああ、資産家のお母さんが、ポケットマネーから、鷹山事務所に寄付していたのを政治資金収支報告書に書いていなかったというのだろう。でも、別に賄賂を貰ったわけでもなし、そんなに悪い事ではないというのが世間の評価だろう」
小馬鹿にしたような、永井の言葉を受けながして、有間が鋭く言った。
「経営企画部の得意技は、ロビイングだけではありません。マスコミ操作、世論操作の空中戦も十八番です。JTの通信事故は、各マスコミに働きかけ、握りつぶしてきました。それに対し、ライブテレコムの事故は、新聞、テレビ、週刊誌、評論家、学者を総動員して、大きく取り上げさせ、ライブテレコムはつながりにくく、『やすかろう、悪かろう』のイメージを定着させました。
政治家や、官僚は政権交代で今までの投資が無になりましたが、飲ませ、食わせ、海外旅行までさせて飼い慣らした記者や評論家のルートはまだ健在です。評論家など、民政党政権になって官房機密費からの暮れのご挨拶もないと、ぶつぶつ言っています。経営企画部内の世論操作部隊を、鷹山総理の政治献金問題に集中投下するのです」
「そんな、政局にまでからむとは、やりすぎじゃないのか」
机を指で叩きながら、永井が言った。
「JTが分離されるかどうかの瀬戸際です。その他にも、いろいろとやります。こういうことは『やりすぎぐらいがちょうどいい』のです」
黙って聞いていた、新浦が言った。
「わかった。若い人たちでやってみろ。たしかに、中原が大臣の任にあるかぎり、JTが分離されるかどうかの瀬戸際だ。永井の方は、従来通り、委員になっている評論家や学者の抱き込みにはいれ」
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