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このところ、細川元総理と話すことが多い。
「百万人の人が官邸を囲むようなことがなければ、原発ゼロは実現しません。そのためには、従来の脱原発運動をしている人、保守層とウィングを広げて、多くの人と一緒に行動しなければなりません」という趣旨のことを言われた。私もまったく同意である。
原発ゼロの運動というのは、市民運動から始まって法律まで変えることを目標にするという意味で、公民権運動に似ている。
公民権運動の始まりは、市民の活動だった。白人に席を譲ることを拒否し、差別主義に公然と立ち向かった手本や勇気が人々の思想を刺激した。
1963年8月28日、運動が高まって、頂点に達する。ワシントンのリンカーン記念館の石段からモールにいたるまで集まった100万人の聴衆が、マーチン・ルーサー・キング・ジュニアの「私には夢がある」という演説に聞き入った。
細川元総理の言われる100万人というのは、ワシントンの100万人集会をイメージしているのではないかと思う。
残念ながら、「原発ゼロ」の運動はそこまで高まっていない。
「運動に参加する人々が膨れ上がって、ワシントンが耳を傾けなければらなくなったときにはじめて、真の変化が訪れる・・国を変えるにはそれしか方法がない」
2008年、ジョン・F・ケリー上院議員の言葉である。ワシントンを動かすのも、永田町を動かすのも同じである。
「原発ゼロ」を実現するには、国民運動だけではだめで、法律、政策を変えなくてはならない。日本人は、国際的に見れば、政府の政策を信頼している度合いが高い。数千万人の意識と行動を変えるには、法律と政策が変わらなくてはならないのだ。
「フラット化する世界」で有名なトーマス・フリードマンは09年の著書「グリーン革命」の中で、「最低でも100万人をモールに集め、・・全国的な再生可能エネルギーの義務などの価格シグナルを要求しなければならない。・・」と述べている。
「最低でも100万人」・・。大風呂敷である。だが、これを実現しなければ、「原発ゼロ」などできないのであろう。今度は何年かかるか分からないが、再び「大風呂敷」の挑戦を始めたい。
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