|
5月7日の自然エネルギー推進会議発足式、小泉元総理の言葉が印象的だった。
「一緒にできることがあれば一緒にやる。別々にやることがあれば、別々にやる」
私は、今まで大きな圧力の中で脱原発運動に携わってきた人に敬意をもっている。くらぶべくもない小さな経験だが、私も同じような経験をしているからだ。
30代前半、松下政経塾研究所長のときに私は「長良川河口堰反対」を提言した。「長良川河口堰大洪水」という本も出版したし、松下政経塾報で特集を組んだりもした。
私のふるさとは岐阜県貝津町。河口堰推進をする自治体であった。妻にも圧力の電話が入り、精神的にもずいぶん疲れたし、「政治家には絶対なれない」と威嚇されたりした。
「力なき正義は無力なり」を悟った私は、政経塾の研究所長という安定した職を捨て、政治家を目指した。その後、愛知13区で小選挙区で勝利し、衆議院議員となった。
地元選挙区では類似の「矢作川河口堰」計画があった。当時の菅直人代表にも視察に来てもらい、国会の建設委員会でも質問にとりあげた。時の建設大臣は亀井静香氏だった。
結果として、矢作川河口堰は中止になった。矢作川のある地元愛知13区で小選挙区で勝っていたのが大きかったと思う。その後、この流れは民主党の公共事業見直しの機運を作っていく。
選挙は一種の戦争である。戦争は政治目的を達成するために成される。原発ゼロを争点とする選挙で「勝利」しなければ、目標は達成されないのは当然である。
「原発ゼロ」を実現するためには、選挙に勝たなくてはならない。そのためには、今までの「脱原発」運動に携わってきた人にプラスして、中小企業経営者や、一般のビジネスマン、主婦、学生までにウィングを広げていかなければならない。
「一緒にできることがあれば、一緒にやる。別々にやることがあれば、別々にやる」この精神で、大きな勢力をつくれるといいと考えている。
|