|
民主党への政権交代が現実味を帯びてきた。これにより日本の新しい政治が出来ることを期待するし、自分も4年前まで民主党の代表室で、あるいは次の内閣で日本の改革を考えてきたものとして大変嬉しく思っている。
しかし、私も政から民に転じて4年たち、経済界でそれなりの仕事もしてきた。その目から見ると社会の久しい因襲を打破して、革新政治を断行し成功するのは本当に難しいと思う。
江戸時代の松平定信の「寛政の改革」水野忠邦の「天保の改革」、北宋の名臣、王安石の改革など最初は期待されるが、徐々に苦しくなり、人々の反感を買い、失敗に帰することが多い。
先日、報道ステーションで岡田克也幹事長のインタビューを見た。公務員改革などで大阪橋本知事の例などをあげ「厳しい改革でも公けの仕事をしていると考えれば耐えれる」というような話をしていた。
私は最初の岡田幹事長時代に総務局長、岡田代表時代に役員室長代理として岡田氏を補佐してきた。そのときもあまりの純粋さに「白河清き流れに耐えかねて・・」の川柳を思い出したが、今回も同じ危うさを感じた。
写真は、信州松代藩で人情の機微をよく理解しながら改革を成功させた恩田木工の象である。出張時に友人が案内してくれた。
役人一同を集めて申し渡したのは
一、いくら緊縮策をしても松代藩10万石相当のことはしなくてはならない
二、俸給の天引きはしない。そのかわり勤務は厳格にして、断じていい加減なことはしない
三、厳格に勤務する余暇は銘々好きなことをして楽しめばよい。おのおの相応な娯楽がなければ務めも出来ないとしたものだった。
そして、「自分は今後、一切嘘は言わぬ。同時に命令したことは改変しない」としたという。
宿弊を救おうとする政治の革新ほど難しいものはない。多くの改革者はみな、新進気鋭である。松平定信、水野忠邦もそうであり、王安石もそうであった。
改革を進めるには、医者が患者に対するような最新の用意がいることを留意していただきたい。
|