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日本の首相としての人格はどうあるべきなのか。さらには人物はどんな人が望ましいのだろうか。
明の時代に呂新語の著した「呻吟語」は「深沈重厚なるは、これ第一等の資質。磊落剛勇なるは、これ第二等の資質。聡明才弁なるはこれ第三等の資質」とした。
「静かであるがどっしりと深みがある人物、これが第一等の資質である。小さな事にこだわらず大胆で明るく積極的にこなす人物、これが第二等の人物である。頭が切れそうにみえて弁舌さわやかな人物、これは第三等の資質にすぎない」
菅首相が7月4日、与野党九党党首のテレビ討論に出演した。首相は谷垣自民党総裁の消費税制度設計に関しての質問には答えず、「逆に谷垣総裁にお答えしたい。10年間の自公政権でもかなりムダが入っていると思うが、その認識はお持ちか」と逆質問した。
読売新聞によると「あれでは野党の党首だ」とか、「菅さんらしいと言えるが総理らしくないかも」と政治家たちは感想をもったとのことだ。
菅直人首相の一連の発言を聞いていると、どうも「聡明才弁」のみが目立つ。政治家は才や知よりも心術が大切であり、徳望や見識を重しとすべきである。
聡明才弁でなくては政治家としてその地位を築けなかった事はわかる。だがもはや菅首相である。自らを修養し、豪放磊落、さらには深沈重厚たる資質へと進んで行っていただきたい。
我々がいかに善い政治家を、首相をもつかということが国民と国家の運命を左右するのである。
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