|
○正しきことは控えめに
北方領土の日の2月7日。返還要求全国大会で菅直人総理は、メドベージェフ大統領の国後島訪問を「許しがたい暴挙」と断じた。この大会では、たぶん拍手喝采だったであろう。外務省幹部も、北方領土プロジェクトに中国、韓国を巻き込み既成事実化をはかるロシアの姿勢に「言うべきは言わないと」と後押ししていたとのことだ。
しかし、幣原喜重郎氏がいうように「喝采を浴びる外交ほど危ういものはない」のである。さらにいえば、前原外務大臣が10日からロシア訪問の予定が組まれていたのだから、タイミングとしては最悪だったように思う。
もちろん、厳しい発言をして、ロシア側がひるみ、それを前原外務大臣が説明するという周到なシナリオがあったならそれもよいであろう。だが、ロシアが日本の発言に縮みあがるような状況には全くない。
前原大臣のロシア初訪問にあったのは、大統領による北方領土の軍備強化指令のもと、一丸となった大国ロシアの壁であった。
鳩山前総理のツィッターに外交のことをのべたものがある。
「吉野弘さんの祝婚歌にこうある。『正しいことをいうときは、少し控えめにするほうがいい。正しいことを言うときは相手を傷つけやすいものだときづいているほうがいい』外交交渉の要諦はここにあると昨今の外交案件を見てつくづく思う。外交こそ人間関係そのものである」
2011年1月15日から19日までの間、鳩山前総理がインドに行かれた。少人数の議員のミッションだったし、以前からアジア外交を研究していたこともあったせいか、お誘いいただき、私も同行した。
そこでの鳩山さんの発言、挙措動作はきわめて丁寧でそれでいて品格を感じるものであった。挨拶にも思いやりがあふれていた。同行記者が「やはり、血統ですかね」という言葉にもうなずかざるを得なかった。
「インド国民は、鳩山さんが大好きなんです」と語るインド政党幹部をみるにつけ、「外交は人間関係」ということをあらためて思った。
○信頼なきままの「許し難い暴挙」
ソフトバンク社長室の重要な仕事の一つが業務分掌表にあるとおり、ソフトバンクグループの渉外統括である。渉外の仕事を進める際に、判断の基盤としているのが、政治家時代に学んだ「外交談判法」である。
ビジネスの世界でも、政治の世界でも渉外、外交の要諦はかわらない。それは相手との信頼をいかに築けるかということである。
外交官出身の総理吉田茂は、難しい交渉はぎりぎりまで担当者に任せた。そして、うまくいかないと容赦なく更迭し、うまくいくと自分の手柄にした。これは外交の世界では常道である。吉田は、マッカーサー占領下の日本でもよくこの手を使った。
ただ、忘れてならないのは、吉田茂とマッカーサーの間には、なんとも言えない信頼関係があったということだ。現場レベルではぎりぎりの交渉をし、なかなかまとまらず、決裂となるとトップが出て行って交渉をまとめる。吉田茂には、マッカーサーとの人間関係があった。まさに外交とは、人間関係そのものである。
私も、ソフトバンク社長室の渉外の仕事でもこのことを肝に銘じている。担当者レベルではぎりぎりの交渉をする。それでもまとまらないときは、トップレベルに話をするのである。トップレベルは現場とは異なる長期的、総合的な判断をしてくれる。
この際に重要なことは、私が一事業者の視点を超え、国民経済にとっていいかどうかで判断しているかどうかということである。この視点に立つと、私は以前の政治家の立場になる。私が国益に沿って判断していると相手が思ってくれれば、政治家であるトップレベルの私への信頼は揺るがない。
菅直人総理は、ロシアの人々と人間関係、信頼関係ができているとは思えない。それでいて「許しがたい暴挙」と安易に発言したなら、ロシア側は激しく反発するしかなく、収拾の方法はない。
ロシアは確信犯であるが、いささかのルール違反であることも認識しているであろう。国際世論も少しは気にするはずである。それゆえに「正しきことを言うときはちょっと控えめにしたほうが」よかったと思う。どう考えても信頼がない状態での「許し難い暴挙」は言いすぎであった。
政経塾の後輩ということもあるが、前原外相が少し気の毒に思える。
|