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民主党からの離党者が止まらない。昨日も参議院で3名、本日も中津川衆議院議員が離党するという。
野田執行部の政権運営は、どうも「与党」らしくないのではないかと感じ始めている。
日本の「与党」とは、統治を担当するのだから、いいも悪いも日本文化そのものである。政治における「日本文化」とはなにか。
政経塾時代に読んだ、イザヤ・ベンダサンの「日本人とユダヤ人」に「全員一致の議決は決議でないはずだ。ユダヤ人はしたがって、多数決しか認めない。だが、日本人は全員一致を大変尊重する。奇妙だ」とする。
たしかにその通りで、自民党の政策決定過程は、最後は総務会の全員一致で決めるとされる。これが、改革のスピードが進まない原因だとされ、野党時代の民主党は「全会一致文化」を否定していた。事務次官会議の廃止など、その典型である。
だが、このところの「与党なのにどんどん離党する不思議な民主党をみると、これは全員一致というのは、島国、日本文化の知恵なのではないかと思ってきた。
全員一致といっても、誰もが心から賛成しているわけではない。論議の過程で、我に利なしと方向を変えたか、真剣にその問題に取り組まず、「長いものにかまれろ」としたかどっちかである。多数決の場合は、それが増幅する。
与党経験が長かった自民党の場合、そこで自説を撤回した政治家には「借り」をつくったとして、後に執行部が「借り」を返すという気配り(?)がなされたという。
ところが、民主党政権では、すぐに「懲罰」となる。深く根差した日本文化を真っ向から否定しては、離党者がばらばら出るのも当然である。
もちろん、全会一致でなくても、進ませる方法がある。織田信長など、好例であろう。
信長の姉川の戦いの時、秀吉の発案で「明朝総攻撃」という方針が決まった。柴田勝家、丹羽長秀などは「新参者の猿が」と面白くない。談合して、明日はサボることにした。秀吉はこれを悟り、信長に意見具申する。信長はそれを入れた。
信長は二人を呼んで「さすが勇将。何時のところは違うのう。他の陣は怯えきって気勢が上がらぬのに汝のところだけは燃えているようじゃ。頼みにするのは汝だけだ」と刀を与えた。二人は大感激、寝ている部下を起こして、突進した。他の陣営もだしぬかれてはならじと勇戦し、大勝利に終わった。
これに対して、民主党は結党時の大功労者を「追い出してせいせいした」と側近が言ったり、排除したりしようとしている。これでは、離党者がばらばらでても当然である。
織田信長のような、硬軟おりまぜての手法を期待するのは無理なのだろうか。
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