|
官邸前の、原発反対デモが雨にもかかわらず、勢いがとまらない。とうとう、昨日は鳩山由紀夫元総理がデモに参加した。永田町では、「元総理がデモに参加するべきではない」と批判の声もあるという。
私は議員時代、鳩山代表を補佐していた。もし、今も政治家だったら、補佐役としてどうしただろうと考えた。結論は、「止めないだろう」ということである。政治家の思想は行動で表すべきであり、総理まで経験した人が「かくすれば かくなるものと知りながら」の行動であろうと思うからだ。
官邸前の「原発再稼働反対」デモは、従来のような組織動員とか、一部の急進的な動きでなく、国民の意思の自然な表れである。
専門家は、原発は100年に一度の地震に耐えられるとか、1000年に一度でも大丈夫なようにするとかいろいろ言うが、そんなのは問題ではない。地震は、明日にでも起きるかもしれないのであって、その時は、日本の国土や自分の生活が破壊される。地震が多い日本にもはや原発はおくべきではないという、国民の生存本能から自然に出てきているのである。
エネルギー政策のような重要な問題ほど、ものごとは単純化して考えなくてはならない。国民、有権者一人一人が、常識に基づいて判断する必要がある。政治家は、大胆に単純化して、その問題を「思想=行動」として国民の前に示さなくてはならない。
エネルギー問題、原発問題という重要な問題を専門家と称する人々の、言論プレーにさせてはならない。瑣末な議論で、時間を引き延ばし、問題の本質をそらすというのは、電力村の得意とするところである。もはや、国民はそれにだまされない。
原発をどうするかという、重要な問題は、「微調整」で徐々に行ってはならない。先に「大筋」を変え、徐々に微調整をしていくというのが、順序である。
たとえば、「2030年には原発をゼロにする」と大筋を変える。その後、短期的な電力不足をどうするかを考えるのが順序である。決して、なしくずしの「原発再稼働」ではない。それを国民は本能的にわかっているのである。
8月末、日本はエネルギー基本計画を国民的議論の中で決定する。いわば、「大筋」である。鳩山元総理の行動が、ここまで影響し、「2030年、原発ゼロ」を選択する契機になればと願っている。
|