島さとし(嶋聡)の「大風呂敷のススメ」

松下幸之助に学び、ソフトバンク社長室長3000日の後、多摩大学客員教授を務める元衆議院議員「島さとし」のブログです。

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 山口県知事選挙で、脱原発を掲げた候補が、敗北した。山口県は、保守王国だとか、善戦したとか言われるが、敗北は敗北であることを冷厳に見つめなくてはならない。とくに、選挙終盤は、オスプレイの岩国基地配備もあり、明らかに脱原発候補に追い風だった。

 私も政治家時代、かなり厳しい選挙を戦ってきた。しかも、時代は「小泉政権」。一度でいいから、追い風の中で戦ってみたいと思ったものだ。脱原発候補が、選挙終盤で5%差まで追いついたという情報があったときには、「刺し切れる」のではないかとすら思った。

 だが、結果は、山本候補25万。脱原発の飯田候補、18万。これは、善戦ではない。小選挙区なら惜敗率72%。比例復活も到底できない「完敗」である。

戦略条件はよくても、戦術的にそれを活かし切れない「市民運動」感覚の選挙戦であったことは極めて残念である。

 たとえば、高邑候補の5.5万、三輪候補の3.7万を飯田候補の18万と足せば、約28万で山本候補を上回る。韓国大統領選では、勝利のために、野党候補の一本化が模索されているというが、山口県でこのような動きがあったとは聞いていない。

 「市民運動」は「運動することがすべて」であり、結果を出す必要はない。怒られるかもしれないが、運動に注目させ、持続させるために「騒ぎ」にすればそれでいいのだ。しかし、「政治」は結果こそすべてである。

 脱原発にするかどうかという国のエネルギー政策は、政治以外のなにものでもない。ドイツのメルケル首相が、辛抱強く相手を説得し、経済界の賛同も得て、「脱原発」にもっていったような、「堅い、堅い板にじわりじわりと穴をあけてゆく作業」が必要なのである。

 究極的には、政治とは粘り強く「過半数」をとる作業である。膨大な中間派を味方にする。時には、敵さえも取りこんでゆく。そこにはどうしても「批判」が先に来る市民運動とは違うものがある。

 官邸前デモ、国会包囲網などあきらかに「脱原発」にむけての新しい動きがある。だが、首相周辺が、オルテガのいう「大衆の反逆」としてみているのはどうも間違いない。市民運動は、いずれ消えてなくなるという予想をしているのだ。

 昨日、国会包囲網の人々が歌う「ふるさと」は感動的であったが、「もはや主役はいない。あるのは合唱隊のみである」というオルテガの一節を思い出してしまった。

 今、まさに市民運動的限界を超えなくてはならない。新しい社会像の提示ができるかどうか。世論の永続性により、政治が対応するかどうかの分水嶺にあると思う。

 山口県知事選、脱原発候補の敗北を厳しく見据え、次の戦略を練る時である。



 

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