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現実主義者だった私が「脱原発」となった理由、経緯がが朝日新聞に掲載されました。
「多くの人々が嘆き悲しんでいるのなら、世の中が変わるきっかけをつくりたい」
ソフトバンク社長の孫正義は、6月の株主総会で、再生可能エネルギーの普及に尽くす考えを改めて示した。
原発に代わるエネルギーを孫が考え始めたのは、東日本大震災直後の福島で、嘆き悲しむ人々の姿を目の当たりにしたのがきっかけだった。
2011年3月22日。孫は事態の収拾が遅れる福島第一原発近くの人々を避難させなければ、と思いつめていた。前日には、17県の西日本の知事に電話をかけ、約30万人の避難場所を確保していた。
この日午前、孫はソフトバンク社長室長の嶋聡、社長室の加藤幹也(34)ら5人で車2台に分乗し、東北自動車道を進んだ。
(中略)
孫はこの時、「避難者を受け入れる」という故郷の佐賀県知事の古川康(55)の親書を、福島県知事の佐藤雄平(65)に渡す段取りをつけていた。
だが、孫の思いは、ほとんど空振りに終わる。
(中略)
「原子力に代わる発電手段を見つけないと解決にならない」。戻った孫は、電力政策を学んだ。講師は、再エネ導入を訴えてきた環境エネルギー政策研究所長の飯田哲也(54)ら。そして、たなざらしだった一本の法案を知る。
太陽光や風力などで発電した電気を、電力会社が買い取る「再生可能エネルギー特別措置法案」だった。
「そんな法案があったのか。通さないといけない」
孫は、その法案の成立に動き始める。
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