島さとし(嶋聡)の「大風呂敷のススメ」

松下幸之助に学び、ソフトバンク社長室長3000日の後、多摩大学客員教授を務める元衆議院議員「島さとし」のブログです。

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 23日、東京、神保町の教育会館で開かれた「菅直人の福島原発を語る会」に出席した。

 私は、菅元総理が最初の代表時代に代表補佐役を勤め、一緒にアメリカに行ったりした。よく、「イラ菅」とかいわれ、東洋型リーダーではないので、誤解を招くことも多い。だが、私は議員をやめてからも、お付き合いいただいている。あの突破力とねばりはたいしたものだと思っている。今回も講演前に挨拶をしたが、「本日は、勉強させてもらいに来ました」といったら「忙しいのにありがとう」と言われた。

 3月11日、2時46分、参議院の委員会中に地震が発生した。委員会室に下がるシャンデリアが大きく揺れていた。国会職員が机の下に避難していたがこれが落ちてきたら大変だと考えていたそうだ。

 その後、官邸に戻る。最初の原発情報は、「地震後、正常に停止」というものだった。しかし、その1時間後、正反対の深刻な情報が入る。「福島第一のすべての電源が停止」「冷却機能ストップ」。その情報を聞いた瞬間、「背筋が寒く」なったという。

 そのころの報道番組は、「メルトダウンが起きたら大変」という説明を繰り返ししていた。2300度の熱を持った溶けた燃料棒が圧力容器の20センチの壁を破り格納容器に落ちる。格納容器は厚さ3メートルのコンクリートでできている。2300度の高熱は、コンクリートの壁を削って行く。
 スリーマイル島事故のときは、やがて、地球の反対側にある中国に届くとして「チャイナ・シンドローム」と言われた。
 メルトダウンが起きたのは、3月11日、午後八時。地震の5時間後だった。それを東電が正式に認めたのは、2011年5月のことだった。

 そんな中、菅総理は細野補佐官に「最悪のシナリオ」を準備するように伝える。近藤原子力委員会委員長が作ったシナリオは、「事故が収束できなかった場合の強制移転の区域を170キロ、移転希望を認める区域を250キロ」とした。東京はすっぽりと250キロ圏内に入っている。そこに住む人口は5000万人である。

 関東大震災のときは「戒厳令」を出したが、今の日本には戒厳令はない。菅総理は、チェルノブイリ事故のときのゴルバチョフ大統領が何をしたかを参考に、総理としてどうすべきかを考えたという。

 幸いにして、最悪の事態にはいたらなかった。これは、日本に「神の加護があったとしか思えない」と菅総理らしからぬ言葉を聞いて驚いた。米国も最も心配した4号機の使用済み核燃料プールに、偶然がかさなり、水があったというのだ。

 第2次大戦のとき、「日本は神風が吹くから負けない」と言われた。原発事故が再び起きたとき、再び「神の加護」があるとは思えない。テロなどの人為的なことも考えれば、原発が100%安全とはいいきれない。

 原発事故をなくすには、原発をなくすしかないのである。

 再び、原発事故が起きたとき、
 

 

 

 

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