|
小説「光の道」 第22回 光三国志 2006年初夏
「JT、新電電、そして私たちライブテレコムの三社の光ファイバーをめぐる戦いを、私たちは『光三国志』と呼んでいます」
「三国志ですか」
「ええ、国営公社からの伝統を持ち、圧倒的な力を持つJTグループが『魏』。独自の技術に支えられた新電電が『呉』。そして、劉邦ならぬ私どもの宋社長が率いるライブテレコムが『蜀』です。ライブテレコムは、いろいろな寄せ集め部隊であるところも蜀に似ています」
「ということは、松沢さんがおられる渉外グループが、軍師『孔明』というところですか」
「とても、とても。私どもは、JT持ち株の経営企画部とは全く違います。ライブテレコムの主流は営業です」
松沢が、ビールを手に取り、一口だけ飲んだ。少し、ぬるくなり苦い。
「そうすると、このところ、新電電とライブテレコムが手を結んで、JTに対抗するのは、『赤壁の戦い』で、呉と蜀が結んで、曹操の魏に対抗したのに似ていますね。あのときは、軍師孔明の活躍で連合軍が勝ちました。今度もそうなりますか」
赤壁の戦いとは西暦二〇八年、魏の曹操軍二〇万人に対し、蜀の劉備、呉の孫権連合軍五万が長江・赤壁で戦った三国志最大の山場である。
軍師孔明が、最初,弱腰であった孫権を説得。孔明が吹かせたとされる「東南の風」に乗った「火攻めの計」により、強敵孫権に大勝利したというものである。
「小宮さんは、三国志がお詳しそうですね」
「横山光輝の漫画三国志は全巻揃えていますからね」
ヒアリングで見せる、新電電の小寺社長と、ライブテレコム宋社長のJT攻撃は、完全に連合軍のように見えた。
「私がJTの経営企画部なら、光ファイバーの戦いは、『赤壁の戦い』のような決戦でなく持久戦の『五丈原の戦い』にします。孔明と戦った司馬仲達がやったように長期戦にするのです。そのうち、新電電やライブテレコムがあきらめるようにね」
蜀の諸葛孔明と魏の司馬仲達は三国志の最終版で、五丈原で戦った。司馬仲達は孔明の挑発には全く乗らず、ひたすら持久戦をした。相手を疲れさせ、撤退に追い込むという戦略であった。
「五丈原の戦いでは、孔明の出撃要請を受けて、呉の孫権も出撃しましたよね。でも、魏の奇襲にあってすぐに撤退してしまいますよね」
「孔明が『なんということだ。呉は勝てないまでも、もう少し粘ってくれると思ったのに・・』と嘆いたということですね。新電電がそうならないようにしなくてはいけませんね」
「注意された方がいいですよ。新電電は、もともと国際電話を扱っていた、国営の国際電々と、第二電々が合併したものです。ベンチャー気質と、JTと同じ国営気質の二つの派閥がある。後者はJTとツーカーです」
ライブテレコムのカリスマ性を持つ宋が率いる営業部隊は三大キャリア一であると誰もが認めている。家電業界でも「販売の松下、技術の日立」と言われた。カリスマ経営者はシンボリックマネージャーでもあるので、営業に秀でてくるようだ。
しかし、情報通信業界は家電と異なり、電気通信事業法、電波法など多くの法律で縛られる業界である。営業努力で、営々と積み上げた利益も、行政のさじ加減一つですぐに吹き飛んでしまう。
議論になっている、光ファイバーの接続料も、JTが認可申請を総務省の接続委員会に提出して、議論される仕組みである。いくらにするかまでは決めることができないが、納得のいく水準をJTが出してくるまで、認可申請をしないということは可能である。
ようは、政治、行政が経営戦略環境を決めることができるのである。戦略条件さえよければ、拙い戦術を補うことはできるが、戦略は戦術で補うことはできない。
JTはそれをよく知っているから持ち株会社経営企画部に精鋭をおいて、政治対応、行政対応を行う。経営戦略環境を整えるためだ。
ベンチャー出身のライブテレコムにはその発想はない。
新電電の派閥の一つである、国際電電出身者には、ライブテレコムが危うく見えてしかたないらしい。どちらかと言えば、同じ国営企業出身ということで、JTの方に肌が合うのだ。
「三国志は、再放送されたNHKの人形劇で私もよく見ました。でも、うちには孔明みたいな、かっこよくて、頭がすごく切れる人はいませんよね、松沢さん」
武田が、空になった水割りの氷をカラカラ回しながら話に入ってきた。
「孔明を三顧の礼で迎えなければいけないですよ。先輩記者から聞いても、JTはすごいところだそうですからね。独占を守るためには、なんでもする。JTに反対した政治家には落選運動を起こすらしいですよ。いくつかコメンテーターのレギュラー番組を持っている早瀬さんもそのうち、圧力で干されるだろうとの評判です。原稿を書かなければいけませんのでこれで失礼します」
小宮が席を立つ。窓の外には長江のように東京湾が黒く広がり、遠くにライトアップされたレインボーブリッジが見えた。
|