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小説「光の道」 第35回 官房長官=次の首相の意向
七月十一日。赤坂プリンスホテル弁慶橋、清水の中庭は、雨上がりで緑が美しく映えていた。よく見ると葉の上に蝸牛(かたつむり)が這っていた。
「緑雲、高きこと幾尺、葉葉清陰をたたむ」早瀬は、夏目漱石の蝸牛を描いた漢詩を思い出しながら、片岡前総務大臣、飯田情報通信部会長を、竹村総務大臣とともに待っていた。緑雲は青々とした木の茂みを雲に見立てたものである。
六月二十五日に最終報告書を発表して以来、竹村は与党民自党の実力者を行脚した。最終報告書に書かれた提言を政府の方針にするためである。
早瀬はそのすべてに同席した。
「しかし、竹村大臣の説得力というか、執念には脱帽します。堂々と正論を主張される。正論ゆえにすべてを跳ね返すわけにはいかない。JT派の議員たちも徐々に意識が代わってきましたからね」
三週間の交渉は、一つの文書として形になりつつあった。
テーブルの上に置かれた書面の表紙には「通信のあり方に関する政府与党合意」と書かれていた。
「政府側の代表として朝香官房長官もサインしていただけることになっている。私も総務大臣としてするし、中井政調会長も了解済みです。しかし、問題はいまからお会いする二人です。この二人はロジックでどれだけ説得しても動かない」
中井政調会長は、小森派の番頭格。小森の後継である朝香官房長官がサインすれば、問題なくサインする。
「あと、ハンコ二つというところですね」
仲居の足音が聞えた。ふすまが開く。
「おつきでございます」
「やあ、竹村さん、少し遅れて申し訳ないが、一時には参議院に戻らなくちゃいかん。あまり時間がないのだ。飯田先生も同じらしい」
片岡と飯田がどかりと座った。
政治家が終わりの時間を切るというのは、議論をまとめることなく中座するための布石であることが多い。次の総理と目される浅香官房長官が会ってくれというから顔を立てただけで、話を聞くだけは聞くがすぐに席を立つつもりのようだった。夜に会食でもと誘っても、多忙と言う理由で本日の昼食になったのだ。
「ご多忙のことはよく存じております。さっそくですが、お手元の資料をご覧ください」
「早瀬さん、まず食事を。先生方は、食べられるときに食べておかないと、食事ができないのです」
竹村が早瀬を制し、料理を進めた。空腹でイラついているとまとまるものもまとまらないということも五年間の政治家生活で学んだことだった。
料亭、清水のほうもこころえたもので、二人がつく前から八寸などは先に出してある。
「それではいただきましょう。でも、時間がないですから、食べながらお話を聞きましょうか」
片岡が、料理を口に運びながら、「通信のあり方に関する政府与党合(案)」と書かれている表紙をめくった。
「高度で低廉な情報通信サービスを実現する観点から、ネットワークのオープン化など必要な公正競争ルール整備をはかるとともに、JTの組織問題についてはブロードバンドの普及状況やJTの動向などを見極めたうえで二〇一〇年までに、検討を行い、その後すみやかに結論を得る」
これが、全文である。片岡や飯田とは何度もすり合わせた結果、合意文書をつくるというところまでは了承されていたのだ。
「早瀬さん、前回のとき、JTの中期経営戦略という文言を入れることで互いに了解したはずだが」
飯田が料理に口をつけないままで言った。
「はい、飯田会長がそう言われましたので、『JTの動向などを見極めたうえ』と『など』という文言をいれました。これで『中期経営戦略』も読めるようになっています」
「ダメだよ、官僚の作文じゃないんだから。きちんと『中期経営戦略』ということばをいれなくては」
JT持ち株会社から飯田が要請を受けているのは明らかだった。
「JTの動向」だけだと、時の政権が政治判断すれば幅広い分野でJTを規制でしばることができる。「JTの中期経営戦略の動向」とすれば、JT一体化運用をねらった「中期経営戦略」をオーソライズすることができる。JTにしてみれば、もともとやろうとしていることをやればいいだけになるのだ。
「飯田会長のお言葉ですから、早瀬さんそれでいきましょう。『JTの中期経営戦略の動向など』。飯田会長これでいかがでしょうか」
「それでいい。では、私もいただくことにしましょうか」
飯田が箸をとった。
(『など』という言葉が入り、中期経営戦略だけでなく幅ひろく解釈できる文言になったことは飯田も気づいているに違いない。しかし、これが落とし所と思ったのだろうな)
早瀬はそう思いながら、パーカーの万年筆で「JTの動向など」を「JTの中期経営戦略の動向など」と修正した。
「竹村さん、組織問題を『二〇一〇年までに検討を行い』とあるが、これでは小委員会のメンバーが持たないですよ」
片岡が言うと、飯田が続いた。
「小委員会の報告書では『二〇一〇年ころに』となっている。ここは譲れないな」
「しかし、『ころ』というと、二〇一四年まであります。先送りにすぎるのではないですか」
早瀬が(先送りして組織問題はやらないということだろ)という言葉を飲み込んで、つとめて静かな口調で話す。
「竹村さん、『二〇一〇年ころに』というと八年でも、九年とも読める。ここは私に任せていただけませんかな」
(片岡さんに任せたら、完全に十年以降に先送りだろう。どうせ、そのころは小森首相も竹村総務大臣もいないと思っているのだ)
そう思った早瀬が、反論しようとすると、竹村が言った。
「本日、片岡参議院幹事長、飯田情報通信部会長にお会いすると閣僚懇談会で朝香官房長官に申し上げました」
閣議は、原則火曜日と木曜日に開催される。本日一一日は火曜日であった。閣議は内閣法四条で規定されており、内閣総理大臣が主催し、内閣官房長官が進行する。
閣議は内閣としての意思決定をする場所であり、内閣の方針、法律案の決定、政令の決定などが行われる。
慣例として、閣議引き続き、閣僚懇談会が開かれ、ここで閣僚が自由に意見を述べたり、情報交換をしたりする。形式的な閣議よりもこの閣僚懇談会の方が、政治的には重要だったりする。
「ほう、朝香官房長官はなんと仰っておりましたか」
朝香官房長官が小森首相の後継として、次の首相になるだろうというのが永田町の流れであった。参院会長をめざしている片岡参院幹事長、初入閣を切望している飯田には朝香官房長官の少しの動向でも知りたかったのである。
「はい、この『政府・与党合意』ができたら、『骨太の方針』にも入れて、閣議決定をしたいと申されておりました。本日、お二人にお会いすると申しましたら、電話で直接お話をしたいとのことです。おつなぎしてよろしいですか」
「さすが、竹村さんですな。私は官房長官になられる前の携帯電話番号は知っていますが、官房長官になって変えられた新しい、電話番号は知らない。古い番号に電話しても、留守電で後からかかってくるのを待つしかない。官房長官のお申し出をことわるわけにはいかないでしょう。飯田さんよろしいですな」
飯田がうなづくのを確認して、竹村が発信ボタンを押した。
先に時間の打ち合わせもしてあったのだろう、三回目のコールで浅香官房長官が出た。
「官房長官、今、片岡参院幹事長に代わります」
竹村が、携帯電話をハンカチでぬぐって、片岡に渡した。
「官房長官、参議院幹事長の片岡です。今、竹村大臣から苛められていたところですよ。情報通信部会の小委員長と、総務大臣ではどうも分が悪い。えっ、はあ、はあ」
片岡が、電話を聞かれないように立ち上がって、二十畳はある部屋の隅に行った。
二分ほど、小声での電話が続いた後、片岡の声が大きくなった。
「はい、官房長官、それは飯田部会長に直接言って頂いた方が、飯田部会長に代わってよろしいですか」
片岡が飯田を手招きし、二分ほどの会話があった。飯田が何度も頭を下げているのが早瀬には奇妙に見えた。
「はい、それでは竹村大臣にかわります」
二人が戻ってきて、竹村に電話を変わった。
「はい、承知しました。官房長官、ありがとうございました」
片岡が、日本茶を飲んだ後、竹村と飯田の方をむいて言った。
「今、官房長官から御提案をいただきました。焦点の二〇一〇年問題ですが、党は『二〇一〇年ころ』、懇談会は『二〇一〇年までに』とあり、政府と党が対立しているように見えるのはよくない。ともに情報通信の将来を真剣に考えている同志ではないかと。そこで『二〇一〇年の時点で検討を行い』としてはどうかとね。私としては官房長官もこの政府与党合意に署名していただけるとのことでもあり、承諾することにした。飯田部会長いかがですか」
「私も異存ありません。いやあ、さすがに次の首相と目されるだけのことはある。竹村さん、飯田が感服していたと浅香官房長官にお伝えください」
「私も政府の一員ですから、官房長官に異存あるはずがありません。それでは、ここでお二人の署名をいただいてよろしいですか」
「いえ、でもまだ、文面が修正されておりませんが」
早瀬がとまどいながらいうと、竹村が言った。
「秘書官を読んで下さい。正式文書をもっております」
「いやあ、これは参った。全部、竹村さんの筋書き通りだ」
片岡が理解ある大物を演じるように豪快に笑うと、飯田も追随して笑った。
飯田情報通信部会長、片岡小委員長、竹村総務大臣のサインがなされた。明日、すでに承諾済みの、朝香官房長官と中井政調会長のサインがなされれば政府与党合意は成立する。
最終文言は以下のようになった。
「高度で低廉な情報通信サービスを実現する観点から、ネットワークのオープン化など必要な公正競争ルールの整備等を図るとともに、JTの組織問題については、ブロードバンドの普及状況やJTの中期経営戦略の動向などを見極めたうえで二〇一〇年の時点で検討を行い、その後速やかに結論をえる」
「雨すぎて更に趣をなし 蝸牛、翠しんを渡る」漱石の漢詩である。「翠しん」とは緑の峰をさす。蝸牛が緑の峰を渡ったと早瀬は感じていた。
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