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2011年3月14日、福島原発3号機で高濃度の放射性物質を放出するドライベントの準備を進めていたことが吉田調書で分かった。
福島県が住民に周知するために報道発表がしたいと要請していたが、保安院は「絶対にダメだ」と返事をしたと朝日新聞にある。
3月16日の私の日記。「政府の発表、信頼がおけず。娘は海津(ふるさと)に預けることを決定した」とある。そのころ、多くの一般情報から、うすうす「情報統制」に気づいていたのだろう。
昨日の朝日新聞で、福島第一原発の所員の9割に当たる650人が10キロ離れた福島第2原発に避難していたことが分かった。ある意味、戦場放棄、戦線離脱である。
「フクシマ・フィフティー」が戦っているときの戦場離脱は責められてしかるべきと思う。だが、私は単純に責める気にはなれない。
私自身、人の親として娘を西のふるさとに避難させた。
歌人、俵万智さんの「西へ西へと逃げてゆく 愚かな母と笑わば笑え」が胸にしみた。戦場離脱した650人も家族があり、親があるだろう。
問題は「原発」にある。原発は、「ふるさとも歴史も、そして日本も喪失させてしまうか」、「誰かが死をとして突入するか」という究極の決断を現場社員に迫るのだ。
原発をつくっていた世界的企業のCEOと原発について話したことがある。
「経営には冒していいリスクと、冒していけないリスクがある。原発は冒していけないリスクであると思う」
今まで、原発を作っていた企業のCEOの言葉だけに重みがあった。
原発は社員に「命を賭す」決断を迫る。安易に再稼動をせまる経営陣は、そこまで覚悟しているのだろうか。
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