|
東京電力福島原発の吉田所長が3月11日、非常用復水機(IC)の仕組みをよく理解しておらず、誤った対応をしたと率直に語っている。
政府事故調査委員会の聴取で、「ここは私の反省点になる。思い込みがあった」とする。ICが実際に作動したのは20年間で初めてであり、「訓練、検査も含めてIC作動を長年にわたって経験したものは発電所内にいなかった」とした。
福島第一には原発が6基あった。同時多発危機に一人の人間が対応できる限界がある。
3月12日の私の日記抜粋
「枝野官房長官の記者会見、緊張感に満ちていた。原子力発電所、最悪の状況かもしれない」
インフラを担う通信会社の社長室長として、旧知の政権中枢の政治家から情報を収集していた。いっこくもはやく、復旧がせきむだったからだ。
携帯電話に政権中枢の人々の番号があった。発信を次々とした。彼らもまた、情報を欲していたのだろう。電話にでるか、すぐにコールバックがあった。
そのやりとりから「原子力発電所、最悪の状態かもしれない」と予測していた。
誰から聞いたか書いていないし忘れたが、日記には「メルトダウン?」と記してある。
「お父さんラーメン、赤十字を通じて1万5千食。病院の医師、スタッフの食事に使うとの事。これならいい」
当時、販売促進用に犬の「お父さん」ラーメンがあった。営業から「被災地に送りたいが、どうすればいか」との問い合わせがあった。
私は議員時代、党代表室の「危機管理監」もしていた。その経験から単にラーメンを袋のまま送っても調理できないとどうしようもないから、調理できる場所をと指示していた。病院なら調理場所があるだろうと「これならいい」と書いたようだ。
社長室長室で携帯電話、メールで情報を収集し、微力ながら少しでもお役に立ちたいと必死に動いていたことを思い出す。
「コンビニにおにぎりもラーメンもなし。品川(東海道線)、動いているといっても本数が少なく、待ちが多し」
日本全体が混乱していた。誤対応を真摯に語った吉田所長。私たちはこの教訓を生かさなくてはならないと思う。
|