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小説「光の道」 第41回 税金投入なしの大プロジェクト
「本日は、ご多忙のところ鷹山代表をはじめ、中原先生、松沼先生まで当社にお越しいただきありがとうございます」
社長室フロアにある応接室で宋は、控え目に話し始めた。
JT組織問題が来年から始まる予定だが、もしも民生党が政権を取ったら「二〇一〇年問題」は宙に浮くだろうというのが多くの予想だったからだ。
衆議院の任期切れまであと一年。総選挙が迫っていた。民主党は一七万人を超えるJT労働組合を支持基盤としている。JT組織再編問題は竹村委員会の「分離」どころか、「再統合」への力学が働くとさえ見られている。
「こちらこそ、世界を飛び回っておられる宋社長のお時間を早々にいただきましてありがとうございます。日本経済は先日のリーマンショック以来、かなり痛手を被っています。日本を立て直すためにお知恵を借りるためにやってまいりました。それから、もう一つ。今日は二人を紹介いたしたく一緒に参りました。中原次の内閣総務大臣と松沼政調副会長です」
鷹山の話し方はどことなく品がある。それが頼りないと言われる原因でもあるが、人の話をよく聞くと言われ、周囲に若くて優秀な人材が集まってくる。
「ほう、次の内閣総務大臣ですから、総選挙後で政権をとられたら、中原先生が総務大臣になられるというわけですね」
宋が、テレビの政治番組でよく見る中原の方をむいて言った。会うのは本日が初めてだったが、顔を何度も見ているせいか、前からの知り合いのように話した。
「それが、そうでもないのですよ。『次の内閣』はあくまで野党時代のもので、本当に政権を取ったときはまた考える。閣僚人事はあくまで総理の専権事項だということになっています。私はイギリスのように次の内閣がそのまま閣僚になるべきだと主張しているのですがね」
中原がチラリと鷹山代表を見て言った。テレビ番組で鍛えられているせいか、きわどいことを言っても嫌みは感じない。早瀬の方を向いた。
「早瀬先生、お久しぶりです。ここでは早瀬取締役ですか。取締役になられたので、テレビ番組出演を控えておられるせいか、ずいぶん御無沙汰してしまって。ご存じのように、私は県議会議員を経験していますので、地方自治行政は得意なのですが、情報通信行政は今一つなのです。また、ぜひ教えてください」
早瀬は、「通信の未来を考える懇談会」でJTに対して厳しい論陣をはり、分離を迫った。JTは各テレビ局の大スポンサーである。レギュラーとなっていた報道番組から次々と降ろされてしまった。JTの圧力が原因というのは誰もが知っていた。
中原がそれを知らないわけではないが、配慮して「取締役になられたので」と言ったことに早瀬は好感を持った。
「中原さん。是非とも総務大臣になってください。せっかく、鷹山代表がおいでになるというので、提言を用意しました。『光ニューディール計画』といいます」
早瀬がすばやく、A4用紙一枚の資料を配布した。
資料はできるだけ少なく、A4用紙一枚にするのは小森内閣のときの癖だった。小森総理はいっさいメモをとらなかった。その場で聞いて、腹で納得したことだけを記憶した。だから、専門用語はできるだけ使わずポイントだけを記すことに腐心してきた。
ところが、鷹山は違った。ボールペンを取り出してメモの準備をした。資産家の鷹山らしからぬ一本百円で売っている普通のボールペンであった。中原にいたっては、パソコンを取り出したのだ。
政権交代後、どんな日本をつくっていくかを真剣に考えている表れだと思い、早瀬は意気込んだ。
「政権交代したアメリカ、オバマ大統領のニューディール政策の本質は環境プラスITです。『米国再生の投資計画』は三〇〇万人以上の雇用創出と長期成長を目標にし、具体策として、『今後三年間で代替エネルギーの生産倍増』など六項目をあげています。一般に『グリーン・ニューディール』と言われていますが、中身を点検すると『五年以内に医療カルテの全電子化』、『二一世紀にふさわしい教室、図書館の整備』『ブロードバンドの拡大で地方企業の競争力強化』と六項目中、三項目がIT関係で占められています」
スタンフォード大学工学部を卒業し、大学で教鞭もとっている鷹山首相が身を乗り出してきた。アメリカは共和党政権から、「Yes、 WE CAN」を合言葉に、オバマ民主党に政権交代していた。鷹山が、それに倣いたいと思っていることを早瀬は意識していた。
「二〇〇七年に、保守党から労働党に政権交代したオーストラリアも政策のメインテーマはITです。労働党、ラッド政権は国際競争力向上のため、政府・民間の合弁会社を設立し、全オーストラリアの住宅、学校、企業の九割を光ファイバーで結ぶという計画をぶち上げました」
「オーストラリア、ラッド政権は政権交代後、一年以上経過していますが、支持率は七割を超えています。マキャベリの君主論に、『大事業を行い、前任者とは違う器であることを人々に示す』のが、尊敬を勝ち取るコツだとありますが、オーストラリアで三兆円とは大きな事業です。人口は日本の五分の一、二五〇〇万人ほどですからね」
鷹山代表のスピーチライターであり、「知恵袋」と言われる松沼政調副会長が控え目な口調で言った。
「日本もこれに倣うべきです。私が提言する『光ニューディール』構想のメイン事業は、現在のメタル電話回線五千五百万のすべてを五年間で光ファイバーに切り替え、日本列島を世界一のブロードバンド列島にすることです。遠隔医療、遠隔教育、テレワークなどの。ブロードバンドが全世帯に普及すれば、デジタル生活革命が起きます。『生活が第一』の民政党の公約をステップアップするものとしていいのではないでしょうか」
参議院勝利の原動力になった「生活が第一」という民政党の公約をもちだしたことで、場の空気がなごんだ。
「総事業費はいくらぐらいですか。『子供手当』とか『高速道路無料化』とか、マニフェストに掲げる目玉政策だけで、首が回らない状況なのです。政権を取った後、予算が組めるかどうか心配しています。医療や教育などは政権交代後、通信利活用のために規制や慣行を見直せばできると思いますが」
官僚出身で、官邸スタッフもしたことがある松沼がポイントをはずさずに聞いた。
「試算してみましたが、総事業費は、約四兆円です。そして、これが最大のポイントなのですが、この構想は税金なしでできるのです」
早瀬の資料に、ボールペンでメモをしていた鷹山が顔を上げた。
「オーストラリア方式です。政府も出資する光ファイバー会社をつくり、資金はプロジェクトファイナンス方式で調達する。現在は金余りですから、四兆円はすぐに調達できるでしょう。概算ですが、現在の電話基本料金並みの一二〇〇円を負担してもらえば、一〇年で回収できます。また、これは社会インフラをつくるすごい投資でもありますから、税金を使わない景気刺激策でもあります」
「非常に面白い話ですが、要するに政府出資の独占会社をつくり、税金でなく、通信料金という形で資金を徴収するというものですね。地域独占の電力会社方式の光ファイバー公社をつくるようなものだという批判を招きますよ」
松沼はさすがに呑み込みが早い。政府保証の独占会社だから安定的な収入を得ることができる。これは、金融業界にとっても、美味しい話だ。電力会社が原発事故でも起きない以上、安定した収入を生み資産株であるのと同じように、安全度の高い株となる。プロジェクトファイナンスも当然可能となる。
「光ファイバーをどう見るかが、ポイントです。工業化時代のインフラは道路でした。道路はもちろん、国が整備しましたよね。本来、ブロードバンドも国が整備して、そのうえで、サービス競争をさせるように開放すべきだったのです。ところが、レーガン、サッチャー以来の民営化政策によって、民間が行うことになった。サッチャー革命があったのは千九百八十年代、すでに三十年前のことですよ。政策の発想を変えて、国際競争力強化のために、光ファイバーを国主導で集中的に、短期間で整備する。アメリカも、オーストラリアも今までの民間主導から発想を変え、国主導でブロードバンド整備をしようとしています。ここはまさに政治主導で決断すればできる話です」
なおも、松沼が政策論争をしようとしたときに、鷹山代表が口を開いた。
「これ、五年でなく、四年でできませんかね」
政権交代後、衆議院任期四年の間でやれないかという問いかけだった。
「鷹山代表が腹を決めていただいたら、私が責任を持って四年でやってみせましょう」
それまで黙って話を聞いていた宋社長が、力を込めて言った。
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