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小説「光の道」 第44回 「光の道」構想
総務省八階にある総務大臣室横にある待合室。早瀬は宋ライブテレコム社長とともに、中原総務大臣との会談が始まるのを待っていた。
「いったい、何を話せばいいのですかね。中原大臣も、斎藤副大臣も『JT寄り』。都築総務省次官にいたっては、退職後はJT副社長就任が確実と言われているのでしょう。総務省は『JT寄り』というより、『JTそのもの』ではないですか」
宋が声をひそめて、早瀬に話しかけた。
「お好きな高杉晋作の話でもされたらどうですか。中原大臣も明治維新の話は大好きですよ」
宋は奇兵隊をつくり、「面白き、こともなき世を面白く」と生きてきた高杉晋作の「オタク」とも言えるファンだった。
民自党政権では、総務大臣が就任すると所管課である事業政策課が調整してすぐにJT、新電電、ライブテレコムの三大キャリアの社長を一緒に挨拶に行せるのが慣習であった。ただ、あくまで挨拶で時間は五分程度、話をするのはJTの社長のみという形式的なものであった。
政権交代後就任した中原総務大臣は「形式的な挨拶は無用。せっかくなら実質的な話し合いをしたい」と三大キャリア社長、一人一人との会談となったのだ。
すでに別の日に、新浦JT社長、小野新電電社長との面会は終わっていた。両社とも、一五分程度だったとのことだ。
「お待たせしました。どうぞ、こちらへ」
大臣室に入ると、「為政清明」の書が目に入った。
初代内務大臣である大久保利通の手によるものである。
中原大臣が政治家らしく握手をして席を進め、二人が座るやいなや話し始めた。
「いやあ、宋社長、早瀬さん、よくお越しいただけました。あれは春でしたか、鷹山総理とともに『光ニューディール構想』をお聞かせいただきました。あれから、民政党のマニフェストにいれようとしたのですが、いろいろ抵抗があって断念せざるを得ませんでした」
ソファに浅く腰をかけていた宋が、それに答えた。
「歴史的な政権交代、そして大臣就任、おめでとうございます。日本ではじめての選挙による政権交代。私は明治維新のようなものだと思っています。明治維新のときには、最初の四年から五年でその後一〇〇年続く日本の『国のかたち』を作りました。例えば、郵便制度、教育制度です。是非とも民政党政権は、維新に臨む思いで政治に取り組んでいただきたいと思います」
「ありがとうございます。もとより、そのつもりです。内閣は九月一六日に発足しました。日本の歴史が変わるという、身震いをするような感激と、大変重い責任を感じています。米国や英国のように政権交代のルールが整っていないので、少しもたつき、宋社長や早瀬さんとお会いする機会が遅くなってしまいました」
地位が人をつくるという。中原の一言、一言が「次の内閣」時代とはことなり、格段の重みを持っているのを早瀬は感じていた。何といっても、通信事業者の生殺与奪の権限を持っている現職の総務大臣なのだ。
中原が続けた。
「宋社長、実は二つお願いがあります。私はできるだけ、国民に直接政策を訴えたいと思っています。ルーズベルトがラジオの時代の政治家、ケネディがテレビの時代の政治家と言われました。私はインターネットの時代の政治家になりたいと思っています。そこで、総務大臣記者会見をつい最近スタートされたユー・ストリームで配信するのにご協力いただきたいのです」
ユー・ストリームとはインターネットを使って、放送局が行っているようなライブ映像を全世界にライブ配信できる仕組みのことである。
イラク戦争で、イラクに派遣された米兵が家族とのコミュニケーションをとるために始めたものが二〇〇七年三月に事業化された。
ヒラリー・クリントンや、バラク・オバマが大統領選で使用したり、タイガーウッズが不倫謝罪会見を配信したりして有名になった。
宋は、二〇〇〇万ドルを出資し、日本での事業展開の準備を始めていた。
「わかりました。現在、日本語での事業化を進めているところですが、急がせましょう。なに、ヤフーは三カ月で立ち上げたのですから、あと一か月もあればできるでしょう」
宋はお安い御用だというように答えた。総務大臣が、記者会見で新事業のユー・ストリームを使ってくれるなら、いい宣伝にもなる。
「ありがとうございます。実は、その第一回目に発表したいものがあります」
中原が、秘書官に命じて書類を配布させた。表紙には「ICT維新、中原ビジョン」と書かれていた。
書類を手にし、ざっと目を通した早瀬は「ICT維新ビジョン」の一節、「光の道構想」に注目した。そこには「二〇二〇年までにすべての世帯でブロードバンドサービスを利用できるようにする」と書かれていた。
「『光の道』ですか・・」
早瀬が思わずもらすと、中原が言った。
「これは、鷹山首相と御社を訪問した時にお聞きした『光ニューディール構想』が下敷きになっています。あれから、政権をとって総務大臣になったら何をなすべきかを、私のブレーンと一緒に考えてきました。結論は『光の道』構想を推進していくことです。そこで、第二のお願いは、『光の道』構想がライブテレコム案を下敷きにしている事を秘密にしていただきたいということです」
「もちろんです。誰にも言いません。私は一事業者として考えるのでなく、情報通信が日本のためにどうあるべきかを考えて『光ニューディール』構想をお話ししました。日本のお役に立てるなら本望です」
宋が、嬉しそうに答えているのを見て、早瀬は思った。
(新大臣の政策が、一事業者の案を基にしているとしたら普通なら大問題だ。しかし、情報通信政策は事情が異なる。もともと、総務省が出す政策なるものは、JT経営企画部が持ち込んで自分有利に実現してきた。だからライブテレコムが政策を持ちこんだとして単に政策競争が起きただけのことだ。でも、これも政権交代があったればこそだ)
「いやあ、無理なお願いをお受けいただきありがとうございます。私はメディアでは『JT寄り』と書かれているようなので御心配だったと思います。鷹山政権の最大目標は来年の参議院選挙で勝利することです。それには、JTの協力は欠かせません。でも、それももう終わりました。これからは、自分の政策実現にまい進します。ナポレオンではありませんが『政策こそ命』ですからね。『光の道』推進に当たっては、是非ともデータ資料などいただきたいと思います。窓口は早瀬さんでよろしいですか」
「はい、よろしくお願いします」
中原が宋と、早瀬に握手を求めてきた。
(なるほど、JT労組が大会で、参議院議員候補へ推薦をだすのを辛抱強く待っていたわけか。推薦決定されたので、JT組織問題の入った政策を打ち出すわけだ。たしかに『光ニューディール』より『光の道』の方が覚えやすい。それに、中原ビジョンとして、大臣が言ってくれれば『大義名分』も確立するし、宋社長だけでは足らなかった、『象徴』も中原大臣、宋社長のペアならなんとかなるかも知れない)
中原の明るい顔を見ながら、早瀬は自分が仕掛けた「イノベーション」が動き出したのを感じていた。
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