島さとし(嶋聡)の「大風呂敷のススメ」

松下幸之助に学び、ソフトバンク社長室長3000日の後、多摩大学客員教授を務める元衆議院議員「島さとし」のブログです。

ブログ「みんなの政治学」

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○政治主導再建のための「国家戦略委員会」の設置を!
 
 本日の朝、NHKで、原口総務大臣が来週発売の雑誌で、自らの主張を訴えるというニュースがあった。それを見ていた妻が「原口さん、がんばれ!」と急に応援しだした。妻ももちろん、民主党の応援団だがこのところのふがいなさに鬱積がたまっているらしい。
 

 日本を戦後20年ごとに区切ってみる。50年代から70年の万博までは高度成長期。所得倍増が目標だった。70年から80年代。石油ショックも産業構造転換で乗り切り、「ジャパンアズナンバー1」とさえ言われた。世界一の国、日本を夢見た人も多かろう。90年代から2000年代。バブルが崩壊し、失われた20年といわれる。

 1990年代に税収は60兆円を突破していた。暗黒の20年の後、いまや税収は39兆円。所得が20年で3分の2に縮小している。税収のもとになるGDPは、この20年500兆円ほどでほとんど変わっていない。私の娘は今年20歳だが、彼女たちは「成長を知らない子供たち」である。

 これからの20年、新興国の躍進とともに、国家間競争の時代が来る。中国が勃興し、インドは沸騰している。2030年には、日本のGDPはインドとほとんど拮抗する。国家戦略によって、日本の運命が左右される時代に直面する。

 この時代に、官僚的な積み上げ方式では日本は生存できない。不確実な時代だからこそ、
長期ビジョンをかかげ、ビジョン追求型の国家運営をしていくのだとするのが「政治主導」の本当の意味である。

 官僚は積み上げ型しかできない。民主党の政治主導は、残念ながらOJTの真最中である。だとするなら、まだ強さの残る民間企業から人材をあつめ、企業戦略発想を導入して国家戦略を再構築してはどうであろうか。

 閣僚と、国際競争で打ち勝つ強さを持つ企業のCEOをあつめ「国家戦略委員会」をつくる。さらに、マニフェストにあった国家戦略局の構想を再構築し、国家戦略委員会のもとで実行する組織を、民間、官僚融合してつくる。こんな提言を、鳩山前総理にしたことがある。当時は「ビジョン委員会」という
名前であったが。

 これは、民主党政権政策マニフェスト、「五策」のうち「第三策 官邸機能を強化し、総理直属の『国家戦略局』を設置し、官民の優秀な人材を結集して新時代の国家ビジョンを創り、政治主導で予算の骨格を作成する」を具体化したものである。

 ある繊維会社の社長の言葉である。「3年や5年の計画をつくると、各部門は必ず積み上げてくるんです。本来やめるべき事業まで黒字転換の事業として積み上げてくることになりかねない。(略)『10年後こういう会社にしよう』といえなければならない。なので、社内に工程表を出しなさいと言っている」10年後の日本はこういう国にしようとビジョン主導型にすることが政治主導の第一歩である。

 民主党Aを提唱する原口さんは、閣僚の中でも最も「政治主導」を推進した人である。民主党AがBとわかれることなく、民主党全体になることを望むが、何としても「政治主導」を取り戻して欲しい。そのKFS(成功の鍵)になるのが、政、民の人材を集める「国家戦略委員会」の設置である。

 とにかく、妻とともに民主党Aに期待しているのである。繰り返すが分裂でなく、民主党全体が原点にもどりAになるのが一番良い。

○民主党Aに望むこと

 昨日、原口前総務大臣と議員会館入り口で偶然に会った。松下政経塾の同窓ということもあり、30年近いつきあいで当然、仲がいい。「地域維新、がんばって!」「光の道も」と握手した。

 やたら元気で、大臣時代のオーラが復活したなと思っていたら、月刊誌で自の所信を表明するというニュースが出た。政治家は戦いモードに入ると、オーラが出るものなのだ。

 まだ、原文を見ていないので、新聞報道による。政権交代の原点を重視するものを民主党A、原点を無視する首相支持派を民主党Bとする。「旧態依然と既得権益にしがみつくのであれば、我らの同志ではない」と主張しているのだそうだ。

 「AかBか」という迫り方は光の道の「A案かB案か」を髣髴させる。ソフトバンクのCMが出る前に、前総務大臣に敬意を表して説明に行った。そのとき「これ、いいですね」と面白そうに話していたのを思い出す。「国民にわかりやすくアピールするためにはこれがいいんです」というような説明をした。少しでもヒントになっていれば友人として嬉しいが、なんとなく間違えて「B案」と言いそうなのが怖い。

 今回の原口氏の動きをどう見るかは、雑誌本文を見てからにするが、サイバー大学客員教授、東洋大学非常勤講師として民主党Aにのぞむことを述べてみたい。

 民主党政権の一番の旗印は「政治主導」であった。「今日を明治以来の政治と行政のシステムを転換する歴史的な第一歩にしなければ、この内閣の意味はない」鳩山内閣は9月16日政権交代後初の閣議でこんな書き出しから始まる「内閣の基本方針」を決めた。
 
 「本当の国民主権の実現」「内容のともなった地域主権」この二つが大きな柱であり「利権政治と官僚依存の政治システムからの脱却をめざす」とした。原口前総務大臣ももちろん、この閣議にいた。民主党Aは何よりもこの原点に戻り、「政治主導」を再構築してもらいたい。

 政治主導とは何か。政治家が、何年か後に実現すべくビジョンを示し、民間、官僚の英知をあつめ、実現のための戦略、戦術を作成させ、政治家が調整と交渉をし、政治家の責任で実現することである。

 現在の菅直人政権は「政治主導はいきすぎだった」とあっさりとこれを捨て、「官僚主導」に戻ってしまったように見える。

 菅直人総理が何をやりたいかわからないというのが、国民の評価である。ビジョンなきところに戦略も戦術もなく、政治主導もない。「いきすぎ」ではなく、なにもできないから官僚に頼りきっているというのが現状であると思う。

民主党Aには原点にもどり、政治主導を復活させてもらいたい。

○16人の新会派結成、フランス・ドイツでは普通のこと

 16人の議員が民主会派から離脱、代表である渡辺衆議院議員が予算案に対して「民主党のマニフェストに照らして判断する。党の決定とは別になることもある」と発言したことが波紋を広げている。 

ここではサイバー大学客員教授、東洋大学非常勤講師の立場で「政治科学」の観点から述べる。

もともと、議会は名望政治家の集まりだった。それでは、なかなか議論がまとまらないから、グループ内で議論を重ねた。これが「会派」である。最初に「会派」が議会内にでき、「会派」をコアにして、議会外に「政党」ができた。

フランスやドイツの「会派議会」では、院内の会派が院外の政党と違った議会行動をとるのはむしろ普通であり、けっして珍しいことではないし、ルール違反でもない。現代議会は「会派」がとりしきり、現代政治は「政党」がとりしきるというのが世界の常識である。

 ネット選挙解禁の国会審議のときなどに、「公職選挙法改正などは各党・各会派で議論していただきたい」という答弁を何度も聞いた。日本では、自由民権運動から議会がスタートしたこともあり、議会開設のとき、政党と会派が峻別されることなく融合してしまった。

 今回の16人の行動は、議会の運営方法をフランス、ドイツの「会派議会」にしようという動きのように思える。

 民主党執行部は、イギリス議会のウェストミンスターモデルを意識している。総理、政党執行部の指示に院内の会派を従わせ、できるだけ早く立法を通し、実行するというのがイギリス型政治である。
これを具現化したのが院外の政党組織である「国会対策委員会」が院内の議院運営委員会、委員会を動かす「国対政治」であり、「党議拘束」である。

 しかし、これが正当性を持つのは政権選択選挙での「マニフェスト」にしたがって政権運営をしているときだけである。マニフェストを基本方針から覆し、国会運営だけ、執行部に従えというのは政治学的には正当性をもたない行動に思える。

○新会派結成に見る「ねじれ解消」の芽

 ドイツ・フランスの事例をもう少し見てみたい。ドイツ連邦議会はとくに会派中心の運営が確立している。同一政党に所属しているか、同一方向の政治目標を持っている5%以上の議員がいれば、会派は結成できる。フランスでは下院で20人以上、上院で15人以上いればいい。

 議案への対応については、各派が独自に協議し、各派がそれぞれ主体的に決定する。会派は会派総会、会派理事会、法案審査を実施する作業部会を院内に持つ。たとえ、与党会派であっても、政府提案に全面的に賛成することはない。さらに言えば、修正があればそこで法案を修正する。
今回、民主会派を離脱した16人がドイツやフランスをイメージしているとしたら、十分に理解できる。

 ドイツ議会を訪問したときのことである。
「日本では内閣法案が提出されたら、そのまま通すことが与党の仕事となり、修正はほとんどない」と質問した私に、ドイツ側から厳しい一言。
「では、日本の政治家は議会で何をしているんだ」

 メディアでは、「比例代表選出の議員であとがないからだ」とか「小沢氏への忠誠だ」などと言われるだろう。しかし、「会派国会」「修正国会」の導入というのは、ねじれ国会を克服する新しい芽になるかもしれないことに注目して欲しい。
 
「新会派結成」は「離党」よりもハードルが低い。仮に、今回の動きが前例となり、自民党内で「新会派」が結成されたとしよう。彼らが与党案に賛成する事態になれば、ねじれは解消するのである。
 

○小沢対反小沢の根底にあるもの

  民主党内の闘争が盛んに報道されている。「執行部は・・」とか「小沢氏に近い議員は・・」などと報道されることが多いが、そろそろ、小沢対反小沢の報道はやめてほしいと思っている。少なくとも小選挙区で平均10万票以上の票を得て当選してきている議員たちは単純にそれだけでは動かない。

 この戦いの根底にあるのはマニフェスト、政党、総理大臣候補を提示し、国民に選択をせまるという「政権選択型民主主義を重視する政治家」か、いま流行の言葉で言うと、「マニフェストを方便と考える政治家か」の対立ではないかと思う。

 私は東洋大学で非常勤講師として「政治科学」を。サイバー大学で「情報化時代の政治学」を講義している。このブログやツィッターは基本的にこの立場で述べており、第一義的には学生さんたちに読んでもらいたくて書いている。

 そんな縁もあって、小沢一郎氏が東洋大学学園祭で2008年11月3日に行われた「民主党小沢代表1万人ネット会見」にも参加した。」

 08年というと、政権交代があるかもと期待が高まっていたときである。司会者が小沢氏に聞いた。
「一言で言うと、政権交代とは何ですか」

 小沢氏が答えた、
「政権交代というのは一言で言えば、民主主義が定着することになります。政権が変わることによって民主主義が機能するようになります」
 小沢一郎氏は、政権選択型民主主義重視派である。

  官僚主導であった、日本の政治の大きな問題は、誰が責任を持って決断し実行するかという「権力核」が国民の信を得た政治家でなく、官僚にあったことにある。

 官僚政治では、一度決まった公共事業などの既存政策の廃止、子供手当てのようにどこか財源を廃止しなければ財源調達できないようなトレードオフが選択できないような政策選択などは実行できなかった。国民の信を得た、政治家の責任で決断し、実行するこれが民主主義である。
 
 ただし、議院内閣制では議員一人一人では何もできない。選挙で勝利した政党の代表が総理大臣になり、内閣を組織し実行することになる。
 
 政権選択選挙で総理候補、政党、政策の体系であるマニフェストを掲げて戦い、そこに勝利する。選挙に勝利した政党は、任期の間、ひたすらマニフェストの実現に努め、次の選挙で有権者はそれが実行できたかどうかを判断する。このマニフェストサイクルが回ることが民主主義が機能するということである。
 
 09年の衆議院選挙で民主党が勝利したときのマニフェストは、その意味で民主的正当性をもつ。
小沢一郎氏が、政治塾で語った「我々は国民生活を守るんだという名の下に政権をゆだねられたということを自分の胸に問い正さなければいけない」とマニフェスト修正の動きを批判したのは私にはきわめて筋が通った話に思える。

 しかし、10年の参議院選挙では、民主党は44議席しか取れず、第一党は51議席をとった自民党であった。つまり、菅直人総理が党首討論で話した「参議院選挙のマニフェストに書いてある」というのは正当性を持たないことになる。また、マニフェストサイクルはどうしても衆議院選挙による結果を重視する「衆議院内閣制」になる。参議院選挙マニフェストを持ち出した、菅総理は、「政権選択型民主主義」を理解しているのかなとすら思えてくる。

○民主政治は「期限つき独裁」か?
 
 菅直人総理の笑顔は若いときには男性でもフラッと来たというほど魅力的である。これに対し、小沢一郎氏は仏頂面に近い。したがって、強権小沢のイメージだけが付きまとうが、菅直人氏もなかなかである。

 2010年3月16日の参議院内閣委員会。当時、財務大臣であった菅氏の答弁である。
「議会制民主主義というのは、期限を切ったあるレベルの独裁を認めることだと思っているんです。しかし、それは期限が切られているということです。ですから4年間なら4年間は一応、任せると。
よほどのことがあれば、それは途中でやめさせますが。
しかし、四年間は任せるけれど、その後の選挙でそれを継続するかどうかについて選挙民、有権者が決めると」

 この菅総理の答弁は政治学の観点から見れば正しい。しかし、これだけでは総理大臣の暴走である。総理大臣と内閣が「期限つきの独裁」を正当化できるのは、マニフェストを含んだ政権選択選挙によって国民の信を得ているときに限られる。これならば民主的統制が効いていることになる。

 やむを得ぬ事情で衆議院選挙勝利した総理大臣が辞任した場合はどうなるか。後継者は、総選挙で勝利したマニフェストの基本方針を遵守しなくてはならない。それが正当性を持つ根拠となる。したがって、鳩山前総理が「マニフェストを守っていない」と批判することも政治的正当性をもつ。
 
 身縮まるのときは初源をたずねるべしという。現執行部には、玄葉大臣、前原大臣など政権選択型選挙やマニフェスト政治導入に尽力した政治家も多い。ぜひ、原点にもどってほしい。そうすれば、党内対立打開の道も見えてくるはずである。

 そうでなければ、総理を途中でやめさせざるをえない「よほどのこと」が現実になってくる。

○沸騰するインド、中国。日本は扇の要になれるか?

 「モバイルホンを制するものはインターネットを制する」「アジアを制するものは世界を制する」孫正義社長がよく話す将来戦略方針である。

 iPhoneをはじめとするスマートフォンが、いまや就職活動の必須アイテムになっている。海外出張のときでも、スマートフォンさえもっていけば、パソコンを持っていく必要がないほど機能は高度化した。実際、インド出張のときはiPhone一つだった。
 
 インドの人たちが使う携帯電話はそこまで高機能ではないが、伸び率はすさまじい。ソフトバンクはおかげさまで純増トップを続けさせていただいているが、1年での伸びは250万台ほどである。
 
 「インドはすさまじい勢いで携帯が普及しています。以前は、1ヶ月500万台ずつふえていて、毎月、シンガポール1国が増えていると言っていました。いまや1ヶ月で2000万台ずつ増えています」
 ソフトバンクの現地駐在員の言葉である。

 オーストラリアの人口が2100万人。毎月、オーストラリアの全人口ずつ増えているかと思うとすごいとしか言いようがない。人々は、インターネットをパソコンでなく、モバイルホンを通して使うようになる。インド人も同様であろう。
 
 インターネットの黎明期である1998年。世界のインターネット人口は1.9億人。そのうち半分を米国が占めた。2015年、世界のインターネット人口は26億人。そのうち、アジアが50%、米国は12%だろうと推定されている。インターネット人口の半分は中国、インドを中心とするアジアになるのだ。インターネットの時代はアジアの時代であるといえる。

 「アジアは一つ」と高らかに宣言した岡倉天心の「東洋の目覚め」。その中に、日本に伝わる民話が紹介されている。8世紀の洛陽でインド人、中国人、日本人があった。中華の地、そのものから来た人が言った。「ところで、我々がここで落ち合ったのは、さながら一つの扇を造ろうとしているのに似ている。中国は扇の紙。インドから来られたあなたは放射状の骨。日本からきたお客さんは小さいが欠くことのできない要です」

 ジャパンアズナンバー1の頃ならともかく、勃興するインド、中国と衰退する日本を見るとなかなか中国が「日本は要になる」と言ってくれるかどうか怪しい。しかし、日本は「要」になるべく努力すべきと思う。

 インターネットの時代がアジアの時代であり、インターネットの主流がモバイルホンになると話は変わってくる。日本におけるデジタル革命はインド、中国よりも少しだけ先に行っている。日本で成功したインターネットのビジネスモデルをインド、中国に移転する。あるいは中国のモデルをよりインターネットインフラが進んでいる日本で大きく展開する。いわばインターネット経済圏の「扇の要」になることを目指すのは可能性がないわけではないと思う。
 
 そんなことを考えていたらインド人が言った。「このところ、日本人がインドに注目してよく来るようになりました。でも、韓国は10年前から来てます」 
 

 


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