島さとし(嶋聡)の「大風呂敷のススメ」

松下幸之助に学び、ソフトバンク社長室長3000日の後、多摩大学客員教授を務める元衆議院議員「島さとし」のブログです。

政権交代の品格

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 松井元官房副長官が52歳の若さで、政界を引退するという。報道によると、「当初から2期12年と任期を決めて、政治家としての仕事をしていた」とする。新しい政治家の生き方として、今後の活躍を期待したい。

 ただ、私には「政権交代の功労者がまた一人、民主党を去ったか」という残念な思いが禁じえない。

 松井氏は、政治主導の政権運営がどうあるべきかを真摯に考え、初閣議において「政策決定の内閣一元化」や「事務次官会議の廃止」などを盛り込んだ政権運営の「基本方針」を記草。さらに、閣僚懇談会では「政・官のありかた」を申し合せ、鳩山首相から発せられる「歴史的な政権交代」のスピーチのすべてに携わった人である。
 
 当時の内実を詳しく知ることができる立場にあった私からみると「ミスター政権交代」と言える人であった。

 そんな功労者が政権交代後の民主党と政界を去ってゆく。

 十八史略をみると似たような話が出てくる。

 「越王句践」を助けて、呉の国を平定した「范蠡(はんれい)」は、凱旋の後、一書を呈して、引退を申し入れた。もちろん、「越王」は「余は卿の苦労と大功を忘れてはいない。待遇に不満があるなら、余はこの国を2分してもいいと思っている。どうか越にとどまってくれ」と止めた。

 しかし、「范蠡(はんれい)」は越王は「艱難を共にすべきも、安楽を共にすべからず。何ぞ去らざる」として越を去ってしまう。

 越王は、独占欲が旺盛で、猜疑心が強いから、呉の国を滅ぼすまではいいが、それから先はどうなるかわからないことを知っていたのである。現に、同様に呉越の戦いの功労者であった「文種」は、後に自殺に追いやられる。

 どうも、処分と排除を繰り返す、政権交代後の民主党の体質が後を滅ぼした後の「越王」のようになっているように思える。


 いち早く引退を決めた、松井氏が「范蠡(はんれい)」のように他の分野でも活躍されることを願っている。

 民主党からの離党者が止まらない。昨日も参議院で3名、本日も中津川衆議院議員が離党するという。
野田執行部の政権運営は、どうも「与党」らしくないのではないかと感じ始めている。

 日本の「与党」とは、統治を担当するのだから、いいも悪いも日本文化そのものである。政治における「日本文化」とはなにか。

 政経塾時代に読んだ、イザヤ・ベンダサンの「日本人とユダヤ人」に「全員一致の議決は決議でないはずだ。ユダヤ人はしたがって、多数決しか認めない。だが、日本人は全員一致を大変尊重する。奇妙だ」とする。

 たしかにその通りで、自民党の政策決定過程は、最後は総務会の全員一致で決めるとされる。これが、改革のスピードが進まない原因だとされ、野党時代の民主党は「全会一致文化」を否定していた。事務次官会議の廃止など、その典型である。

 だが、このところの「与党なのにどんどん離党する不思議な民主党をみると、これは全員一致というのは、島国、日本文化の知恵なのではないかと思ってきた。

 全員一致といっても、誰もが心から賛成しているわけではない。論議の過程で、我に利なしと方向を変えたか、真剣にその問題に取り組まず、「長いものにかまれろ」としたかどっちかである。多数決の場合は、それが増幅する。

 与党経験が長かった自民党の場合、そこで自説を撤回した政治家には「借り」をつくったとして、後に執行部が「借り」を返すという気配り(?)がなされたという。
 ところが、民主党政権では、すぐに「懲罰」となる。深く根差した日本文化を真っ向から否定しては、離党者がばらばら出るのも当然である。
 
 もちろん、全会一致でなくても、進ませる方法がある。織田信長など、好例であろう。

 信長の姉川の戦いの時、秀吉の発案で「明朝総攻撃」という方針が決まった。柴田勝家、丹羽長秀などは「新参者の猿が」と面白くない。談合して、明日はサボることにした。秀吉はこれを悟り、信長に意見具申する。信長はそれを入れた。
 信長は二人を呼んで「さすが勇将。何時のところは違うのう。他の陣は怯えきって気勢が上がらぬのに汝のところだけは燃えているようじゃ。頼みにするのは汝だけだ」と刀を与えた。二人は大感激、寝ている部下を起こして、突進した。他の陣営もだしぬかれてはならじと勇戦し、大勝利に終わった。

 これに対して、民主党は結党時の大功労者を「追い出してせいせいした」と側近が言ったり、排除したりしようとしている。これでは、離党者がばらばらでても当然である。

 織田信長のような、硬軟おりまぜての手法を期待するのは無理なのだろうか。
 


 

 橋下大阪市長が「大阪は2030年、原発ゼロという選択肢を出す」「最後は選挙で決着をつける」という発言をされた。

 橋下市長には、私もお会いしたことがあり、テレビとは違う謙虚な態度と、はっきり主張されることに、好感を持っている。ただ、それゆえに、限界を感じる事を申し上げたい。

 選挙で決着をつけるとは、選挙で過半数をとるということである。大阪維新は次の総選挙で躍進するだろうが、せいぜい30から50議席しかとれないのではないかと思っている。

 そもそも、小選挙区制というのは、1票でも勝利した方が勝つという「ウィナー・テイク・オール」の制度であり、政権を実際に争う2大政党に有利な制度である。大阪はともかくとして、他の地域で大阪維新が小選挙区で勝利する可能性は低い。

 小選挙区で勝てなくても比例代表との重複立候補でと思われるかもしれない。しかし、現職国会議員を5人以上入党させ、政党要件を満たさねば比例代表の重複立候補もできない。

 この「現職国会議員」というのがくせもので、そもそも永田町のエースが、大阪維新に馳せ参ずることは考えられない。かえって、大阪維新のイメージダウンにしかならない人しか集まらないのではないだろうか。

 より重要なのは「資金」である。兵站を忘れた戦いが敗北することは目に見えている。私は、議員時代、党の総務局長をしたが、野党でも衆議院200億、参議院100億の選挙費用が最低必要だった。

 たとえば、選挙立候補の基本の基、供託金である。300人の候補を小選挙区に立てようとおもうと、一人当たり300万円の供託金がいる。さらに重複立候補させようと思うと、一人当たり600万円、計900万円が必要である。供託金300人で、27億円を党本部が用意しなくてはならないのである。

 大阪維新は、この条件の中で「弱者の戦略」をとっているように見える。全国で候補者というより、地域を絞る。かつての「愛知民社」のように地域政党的になる可能性が高い。

 ただ、それでも、民主―自民の連立政権なら、大阪維新も連立に参加し、橋下氏が大臣として入閣する可能性はたかい。現実主義者の橋下さんのことだから、「権力に近づかなければだめ」と考えているようにも思える。「野田首相はすばらしい」という発言もこうみれば理解できるのではないだろうか。

 前原政調会長が、野田首相の代表選再選支持をテレビ番組で語った。「首相がコロコロ変わるのは望ましくない」「どんなことがあっても野田さんを支える」という。しかし、これを額面通りに受け取る人は少ないだろう。

 おそらく、総選挙敗北と、野田さんの退任は読みこみ済みなのだろう。その後、2005年の小泉総選挙敗北のようにだれかが新代表となる。

 自民も、過半数はとれないだろうから、自民との連立協議に臨むのが新代表である。そのときの新代表を意識しての前原氏の布石と考えるのは考えすぎだろうか。

 英国首相には任期がない。首相は基本的に総選挙で敗北しない限り、その座にとどまる。逆に、総選挙に勝利して、首相としてのマンデート(首相としての資格)があるので、大統領型の政権運営も認められるのだ。野田政権の脆弱性は、このマンデートがないことにある。

 民主党の次の代表は、選挙の顔とならなくてはならない。政党は政策が命である。たとえ、自民との連立協議が総選挙後にあったとしても、そのときに、それなりの議席がなくては政策の主張はできない。総選挙に勝てないまでも、政権与党としての負け方がある。選挙である程度勝利しなければ、連立協議で政策を主張するマンデートは与えられないのである。

 総選挙敗北を前提としてはならない。皆があっと驚くような新代表で、次の総選挙に臨むのが、政権党、民主党としての王道である。韓国与党、ハンナラ党は4月の総選挙で劣勢を予想された。だが、党名まで変えるという変革をして、過半数を維持したのである。

 

 

 野田政権は、大統領型首相を目指しているように思える。

 首相官邸が政策、方針を決定したら、党内の誰にも文句をいわせない。党内がだめなら、野党にも支持をもとめ、過半数を獲得して法案をとおすという政治スタイルが野田政権である。これは、ホワイトハウスが、大統領の政策をとおすとき、超党派で過半数を獲得する政治パターンと類似である。

 ホワイトハウススタッフの動きをドラマ化した「ホワイトハウス」を見ていると、今の野田首相側近たちの動きとよく似ている。

 ただし、アメリカ大統領制の場合、大統領の政策に対し、賛成するか反対するか各議員の判断に任せられる。したがって、選挙のときに各議員の「投票行動」が問われるのである。ホワイトハウスに逆らって投票すると不利な扱いを受けることはあるが、「党を除名」などという理屈は出てこない。

 野田政権が、大統領型首相をめざしているなら、議員にも大統領制の議員のように、投票の自由を与えるべきである。ようはよほど重要な案件以外、「党議拘束」をかけないということを基本方針にすべきである。あまり知られていないが、議院内閣制の本家、イギリスでも、党議拘束をかけない法案が多々ある。

 今、政権にいる玄葉外務大臣、安住財務大臣、前原政調会長などは「やると決めたら誰にも文句を言わせない」というのはイギリスの政権運営を研究した人たちである。私もそのメンバーだったので、彼らの思考はよく理解できるが、これが正統性を持つのは、政権交代選挙の「マニフェスト」に記されているときだけである。

 いまさら、消費税論議についてもとに戻せとは言わないが、少なくとも「原発再稼働」をめぐるエネルギー政策においては、「党の決定だから」などと言わず、議員による自由闊達な議論を認めるべきである。

 マニフェストによる正統性もなく、大統領型首相の政権運営をしていては、単なる「期限を切った少数執行部による独裁」に堕してしまう。どんどん、離党者がでるのはすでにその状態になってしまっているのではないだろうか」

 


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