島さとし(嶋聡)の「大風呂敷のススメ」

松下幸之助に学び、ソフトバンク社長室長3000日の後、多摩大学客員教授を務める元衆議院議員「島さとし」のブログです。

バードウォッチング的生活

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 シンガポールに行ってきました。

 寺島実朗さんの話によると、シンガポールは「大中華圏の研究開発センター」でメディカル、IT、バイオの研究拠点になっているとか。さらには、ロンドンードバイーバンガロールーシンガポールーシドニーとむすぶユニオンジャックの矢のセンター拠点になっているという。

 それだけの活力を感じたシンガポールのクリスマスであった。

 仕事が一区切りした最終日に、ラッフルズホテルのハィティーを楽しんだ。シンガポールスタイルはイギリスのアフタヌーンティー+飲茶というもの。
 
 中華まんじゅうやインドネシア風焼きそば、おかゆもあったので驚いた。

小樽運河と日露戦争

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 北海道出張で小樽泊となりました。ホテルは小樽運河の目の前でした。運河は今は観光用ですが、日露戦争後は樺太やロシア沿海州との海運で小樽は繁栄しました。

 運河の北の端にある日本郵船小樽支社で伊藤博文らが参加した「日ロ国境確定会議」が開催され、北緯50度以南の樺太が日本領とされました。

 会議の後、小樽の海陽亭という料亭で親睦会が開催されました。案内してくれた85歳の海陽亭の仲居さんが「天にも昇る気持ちでここでお祝いしたのだと思います」と話してくれました。

 海陽亭には徳川慶喜や佐藤栄作、田中角栄が宿泊し揮毫が残っています。なかなかいい書で、私もより精進しなくてはと思いました。

 第一次大戦後でも小樽はヨーロッパへのインチ材の輸出や北海道産の菜豆類の輸出で繁栄。小樽穀物取引所の相場がロンドン相場も左右し、北のウォール街と呼ばれました。

 その小樽も今は「観光のまち」となり、寿司屋が100店以上ある「寿司のまち」となっています。
土地が安いせいか、店自体はゆったりしているし、素材がいいせいか味もいいです。

 夏季限定コース2800円(にぎり寿司、イカソーメン、ミニウニ丼)とビール1本500円で夕食をすませました。値段的にもなかなかお値打ちかなと思いましたが、「突き出し」に600円とついていたので、ちょっと興ざめでした(笑)

 

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 瀋陽はかつて「奉天」と呼ばれた。日露戦争の雌雄を決した「奉天大会戦」が行われた場所である。現在は人口700万人、上海、北京、天津につぐ中国第四位の大都会である。

 瀋陽は、清の祖「ヌルハチ」が都を開き、北京に遷都するまでの1625年から43年の間、満族の首都であった。奉天城は北京の紫禁城ほどの規模ではないが歴史と文化を感じさせる。

 「坂の上の雲」によると「ニコライ皇帝の極東侵略というのはさしあたって満州をとり、朝鮮を属領にするところに目標がおかれていた」という。明治29年に清国を説き伏せて満州鉄道敷設権をえたロシアは、義和団の乱のときに奉天を武力占拠し、そのまま奉天にロシア風の大市街を建設したとのことである。したがって、西洋風の建物はロシア風である。

 写真は満鉄が直営したという奉天大和ホテル。アメリカン・ルネッサンス風の瀟洒な建物であり、広場を挟んで反対側には関東軍司令部もある。

 多くの歴史の密談が交わされたであろう旧大和ホテルだが、今は「遼寧会館」になっており、泊まることが出来る。前にあるアーチは「結婚式を祝うアーチ」である。

 ガイドさんによると「八月は縁起がいいということで、結婚式が多いです。昨年は北京オリンピック開会式の八月一〇日結婚しようというカップルがたくさん出ました」「ただし、駆け込み結婚だったので、離婚も多いです」とのことだった。

 

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 八月六日、午後二時三五分の列車で大連から鉄道で、瀋陽にむかった。いわゆる旧満州鉄道である。
ガイドさんは駅で別れ、私一人。中国語の会話集だけが頼りである。はたして、無事つけるのかと何となく不安を感じる。

「瀋陽では、迎えのガイドさんが来ています。ホームで待ち合わせですからよろしくお願いします」
とガイドの王さんは明るく帰って行った。

 四人席に向かい合わせで座る。後の三人は中国人。周囲を見ると瀋陽まで四時間も座っていると何となく仲良くなって話をしだすのだが、中国語が出来ない悲しさ、一人で「坂の上の雲」を読んでいた。

 海洋国家であるイギリスは船による海路で海を制し大帝国を築きあげた。おくれた大陸国家ロシアは、ヨーロッパからシベリアを横断し、旅順・ウラジオストックにまでつながる鉄道で世界を制はしようとした。そんな「坂の上の雲」の解説をなるほどと思って読んでいた。

 ふと、隣の若い女性をみる。「地球金融」と書かれた本を読んでいる。若い女性なのに「軟席」と呼ばれるグリーン車にのっているので、「あなたはバンカーか」と英語で話しかけた。そうしたら「私がMBAをとるために大学院に学んでいる。金融が専門です」とわかりやすい英語で返ってきた。北京大学の大学院生で、実家の瀋陽に帰るのだという。

 これで、不安は解消。楽しい列車の旅となった。それにしてもやはり「言葉」は重要である。中国語を五〇歳になって勉強するのは難しいだろうが・・


 瀋陽には七時頃についた。旧満州の野に沈む夕日がとても大きく見えた。それに感動している私を見て学生さんは不思議そうだった。

 写真は瀋陽駅。昔は奉天駅と言った。東京駅をモデルにしたそうである。学生さんがガイドさんを一緒に探してくれた。無事、ガイドさんにも巡り会えた。明日、七日は「僚陽の会戦」の激戦地、「首山」に向かう。


 

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8月に入りました。東洋大学の講義も、夏休みに入りました。

このブログもしばらく「夏休み態勢」とさせていただき、毎日の更新でなく、「ときどき更新」という形にさせていただきます。


 私も夏休みには、中国東北部に行ってきます。司馬遼太郎の「坂の上の雲」の舞台になった、旅順、大連、瀋陽などを訪ねます。日本、ロシアの激戦地になった203高地にも行くつもりです。

 ということで、本日の写真は、私のマンションからでるクルーズ船からみるレインボーブリッジです。昨日、妻と一緒にお台場のガンダムを見に行きました。

 皆様もよい夏休みをお過ごし下さい。

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