島さとし(嶋聡)の「大風呂敷のススメ」

松下幸之助に学び、ソフトバンク社長室長3000日の後、多摩大学客員教授を務める元衆議院議員「島さとし」のブログです。

政治家の品格

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9月10日の金曜日、4時から開催された議員主催民主党代表選公開討論会に縁あって参加させていただいた。政治家は選挙によって鍛えられるというのが私の持論なので、菅直人総理、小沢一郎前幹事長が二週間近い選挙戦でどのように総理の器を磨いているかを見たかったこともあった。

結論から言えば、私が議員として投票権を持っていたなら、迷わず小沢一郎氏に投票しただろう。すべての発言が一国を統治するという決意と総理としての見識から出ていたからだ。しかし、聴衆の拍手が一番大きかったのは、菅直人氏の「特命チームを100以上も作って、新人議員もがんばってもらう」との発言であった。

コーディネーターをつとめた山口立教大学教授は中小企業論が専門のせいか、すこし小政治にながれたきらいはあるが、その中でも小沢氏の発言は総理の観点からであった。菅直人総理は政府見解を繰り返すのみだったので小沢氏の発言を紹介する。

質問 円高の対策は?
小沢氏「円高には市場介入を含め、断固とした対策をうつ。しかし、円高の原因は米国、ヨーロッパが経済が疲弊し、通貨安に活路を求めている事。成長を促進するような形で協調しなくては根本的な解決には成らない」

質問 円高のメリットを生かすには?
小沢氏「円高を活かして、日本は海外資源の確保をめざすべきである。知らないうちに中国にどんどん布石をうたれている」

質問 雇用対策は?

「中小企業、農業でも世界に輸出できるような経済にする事。そのためには自由貿易協定を結んで行くこと。日本は自由貿易体制でもっとも利益を受ける国。そのときに問題になるのは農林業。だから、個別所得保障制度も導入した」

質問 「新しい公共」については?
小沢氏「その根本は『きずな』をどうするかということである」


質問 政権交代の意義は?
小沢氏「民主主義とは主権者である自ら政権を選べるという事である。国民が将来を不安に思って、政権を委ねた。とするならば、国民と約束した事を官僚丸投げでなく一生懸命実現する姿を国民に見せる事から始めるべきである」

最後に一番、拍手の多かった菅直人氏の発言を紹介する。
「私は400人の政党をどう活かすかを考えている。この問題なら俺に任せろという特命チームを50も100もつくって、1年生だろうがベテランだろうが活躍してもらう」

菅直人総理は議員票を見ていた。小沢一郎氏は総理の視点で見ていた。というのが私の感想である。しかし、選挙である。総理の品格よりも議員の直接利益に訴えた方が効果があるのかもしれない。とくにまだ修行中の新人議員にはとりわけその傾向が強いだろう。

ただ、その個別利益をのりこえて、国難とも言える日本の状況を打開するにはどうするかを考え、決断してくれると期待したい。国会議員の最も重要な仕事は総理大臣を選ぶ事である。民主党議員はそれだけの「政治家の品格」を持っている人たちが多いと期待したい。

大平総理が「私は日本人を信じます。それだけが私の心の支えです」と述べた。それにならうなら「私は民主党国会議員を信じます。それだけが私の心の支えです」というのが結論である。

 参院選大敗から3日経った7月14日、菅直人総理は国家戦略室メンバーを前に「戦略室を私に意見具申する『首相の知恵袋』に衣替えしたい」と切り出した。09年8月30日、圧倒的な支持をえて政権交代をしたマニフェストの最初に書かれている政権構想、国家戦略局が葬りさられた瞬間であった。

 菅直人総理は市民運動出身。最も得意とするのは個人プレーである。首相直属で、企画、総合調整をする国家戦略局という概念は全くわからなかったのではないかと思う。国家を「統治する」のではなく、「どんなことを言えば国民に受けるか」が重要なのだ。菅直人総理は「自前のチームが欲しい」と周辺に何度も漏らしていたという。

 欲しかったのは、政策を調整し、決定、実行する機関ではなく、うける台本を書く「放送作家」か、百歩譲って言えばアメリカ大統領の「スピーチライター」集団なのである。菅直人氏が集めた国家戦略局メンバーが「なぜ、私たちが政策調整をしなければならないのか」と不満をもらしているという事実が雄弁にそれを物語っている。

 組織というのは初代のトップが誰であったかが決定的に重要である。初代の理念、思いが組織に浸透し、組織はその経営理念にしたがって成長してゆく。その意味で、国家戦略局の初代大臣が、理念を体でわからない菅直人氏だった事は「国家戦略局」にとって不幸であった。

 私は菅直人総理は野党の代表としては超一流だったと思う。ゲーテは「革命前はすべてが努力であった。革命後はすべてが要求に変わった」という。革命前は何を言ってもそれは革命への努力である。しかし、政権交代で権力の地位に就いた以上、予算も法律も本来自分で決めうる。したがって、話す事はすべて「要求」になる。それを企画立案し、総合調整し、決定する「統治」という概念が野党党首として一流過ぎる菅直人総理には理解しにくいのではないのだろうか。

 菅直人総理における国家戦略局の迷走は、いざ政権の座についてみれば、戦略の名に値する国家ビジョンがなかった事に起因する。

 長期的な国益と短期的な利益は一致しない。全面的な発想よりも一部利益を代表する意見の方が強い。
根本的な事より枝葉末節の事の方にマスメディアはとびつきやすい。その現実を知りながら長期的、全面的、根本的に必要な国家戦略を遂行しようとすれば、企画立案、総合調整をし、決定する国家戦略局は絶対に必要なのである。

 一言でいえば、国家戦略なき菅直人総理に、国家戦略を実現する手段としての「国家戦略局」は不要だったのだ。

 マニフェストの原点に帰れという民主党の動きがあると聞く。「過ちを知りて改めざる。これを過ちという」この動きに期待したい。

 日本の首相としての人格はどうあるべきなのか。さらには人物はどんな人が望ましいのだろうか。

 明の時代に呂新語の著した「呻吟語」は「深沈重厚なるは、これ第一等の資質。磊落剛勇なるは、これ第二等の資質。聡明才弁なるはこれ第三等の資質」とした。


「静かであるがどっしりと深みがある人物、これが第一等の資質である。小さな事にこだわらず大胆で明るく積極的にこなす人物、これが第二等の人物である。頭が切れそうにみえて弁舌さわやかな人物、これは第三等の資質にすぎない」

 菅首相が7月4日、与野党九党党首のテレビ討論に出演した。首相は谷垣自民党総裁の消費税制度設計に関しての質問には答えず、「逆に谷垣総裁にお答えしたい。10年間の自公政権でもかなりムダが入っていると思うが、その認識はお持ちか」と逆質問した。

 読売新聞によると「あれでは野党の党首だ」とか、「菅さんらしいと言えるが総理らしくないかも」と政治家たちは感想をもったとのことだ。

 菅直人首相の一連の発言を聞いていると、どうも「聡明才弁」のみが目立つ。政治家は才や知よりも心術が大切であり、徳望や見識を重しとすべきである。

 聡明才弁でなくては政治家としてその地位を築けなかった事はわかる。だがもはや菅首相である。自らを修養し、豪放磊落、さらには深沈重厚たる資質へと進んで行っていただきたい。

 我々がいかに善い政治家を、首相をもつかということが国民と国家の運命を左右するのである。

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 先日、鳩山前総理とお会いした。総理辞任後、はじめてお会いしたのだが、お元気そうだった。

 補助犬協会という目の不自由な方や耳の不自由な方を補助する犬たちを育成するNPO団体がある。鳩山前総理は野党の議員時代からこの会長をつとめられていた。総理就任で幸夫人に会長職を譲られたばかりである。総理の職を辞され、幸夫人とともに協会のパーティにでておられた。いろいろ考えて自粛されたのか、挨拶もなかったので残念ではあったが。

 私の方は、かつて補佐役であった気軽さからからよって行って「写真をツィッター用に撮らせて下さい」とお願いした。鳩山さん(こう呼ばせていただきます)は気軽に「ツィッター用なら、こんなふうがいいかな」とシャンパンで二人で乾杯してとったのがこの写真である。

 38歳で、衆議院議員に当選した私だったが、若い時から「総理になる。ナンバー1になる」という思いは薄かった。それよりも、孔明や張良のように天下から衆望をあつめる人の参謀となって、自らの力を活かしたいというのが私の志であった。

 民主党の菅直人、鳩山由紀夫、岡田克也三代代表の補佐役をつとめたのもそんな志があってのことである。そのなかでも、鳩山さんはもっとも補佐しがいがり、補佐をしたい人であった。

 前々回の郵政解散総選挙で議席を失った私は、ソフトバンク社長室長になり、孫正義社長を補佐する事になった。その時も暖かく「政から民へのトップランナー」になりたいという私の志をサポートして下さったのが鳩山さんであった。その後、民主党は鳩山代表のもとで政権交代をはたし、鳩山さんは首相になられた。長年、追求してこられた志を果たされたと言えよう。

 鳩山幸夫人にご挨拶した。「本当にお疲れさまでした」と述べたら、「人生二生のうち、一生がおわっただけですから」と言われた。

 私もソフトバンクに転じた時、「四十、五十ははなたれ小僧。本当の勝負は七十、八十」と思った事をあらためて、思い出した。

 産経新聞のインタビューに「目標は大本営参謀から、伊藤忠に転じ、企業参謀から国家参謀になった瀬島龍三さん」とこたえた。その目標はまだまだ道半ば。あらためて、人生二つ目の目標を再確認した夜であった。


注・・ということで、ブログを「嶋聡の新参謀学」と変えました。本当は「参謀は名を秘さなくてはいけない」のですが、今の時代は、自分の考えている事をきちんと伝える事も重要との思いからです。



 

 明日、24日から参議院選挙が公示される。各党合意までなされていたネット選挙だが、突然の政変で解禁は先送りされた。来年の統一地方選挙に間に合うように参議院選挙後の臨時国会で、再度解禁にむけてとりくんでもらいたいものだ。

 さて、ネット選挙解禁の議論で、ツィッターが禁止された事もあり、参議院選挙中はツィッターで政治関係のことは何もつぶやけないのかという質問をよくうける。

 結論から言えば、禁止されているのは「選挙運動」でありツィッターで政党や、候補者でない第三者が政策論議をする事はなんの問題もない。私は、参議院選挙公示後、堂々とツィッターで各党の政策を評価し、論じるつもりである。

 選挙運動というのは「特定の選挙で、特定の候補者を当選させる事を目的として、投票する事、あるいは投票しない事を進める行為」である。
 つまり、私が今回の参議院選挙に立候補しているとして、「嶋聡に1票を」とか「嶋聡はいれないようにしよう」ということが禁止されているのであって、政策を論じる事は何の問題もない。

 政党や候補者の場合は、選挙運動か政治活動かの境界線が曖昧でそれを判断するのは当局という事になる。しかし、第三者が政党や候補者の政策をツィッターで論じているの「文書図画」にあたるとして禁じるとしたら、床屋の政談を禁じるのとおなじことになる。

 議員時代、韓国の情報通信大臣に「日本では選挙にインターネットを使う事が禁じられている」と話したら「それは憲法違反ではないか」と言われた。

 だいたい、電話の選挙運動は自由なのにメールになると「文書図画」になるという解釈は時代遅れも甚だしい。ツィッターも形象が残るので「文書図画」と考えるのだろう。

 さて、私は参議院選挙公示後も堂々とツィッターで「政策」を論じるつもりだが、同じように新しい民主主義確立のためにツィッターで政策を論じようと考える方に申し上げたい。

 ネット選挙解禁の論議の中で、よく言われたのは「ネット選挙を解禁すると誹謗中傷が多くなる」というものだ。今回の参議院選挙で心ない人たちによってそのようなことがあると、ネット選挙解禁がまた遠のく。

 今回、参議院選挙におけるつぶやきは、ツィッターを選挙活動に使うと開かれた民主主義がすすみ、政策の進化に役立つとみなにわかっていただけることを目標にしてはどうでしょうか。

 ネット選挙解禁は日本に新しい民主主義を生むと確信し、1998年にネット選挙解禁の議院立法を提出した。それから12年。解禁されるかと思ったら、また先送りとなった。ネット選挙解禁は日本に半直接民主主義をねづかせるという思いで、私は参議院選挙期間中も「政策」をつぶやき続けたいと思う。

  


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