島さとし(嶋聡)の「大風呂敷のススメ」

松下幸之助に学び、ソフトバンク社長室長3000日の後、多摩大学客員教授を務める元衆議院議員「島さとし」のブログです。

政治家の品格

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衆議院議長公邸で開催された「衆議院前議員会」にお招きいただき、参加した。

 元総理、元議長、元大臣がそろわれる中では「若輩」ものだが、前議員会に参加してすでに8年になり、その間よく出席するので、前の席に案内されることが多い。大先輩から「嶋君は、まだまだ若いのだから、政界に戻ってがんばらなきゃ」と言われたりした(笑)

 憲法41条にある、国権の最高機関である伊吹議長の挨拶。
「与野党の議席が接近していたりねじれがあったりすると、議会運営は大変だがいい意味の緊張感がある。大先輩方もいまの国会状況を見ていて言いたいことも多くあると思う。私も執行部に対して、議院内閣制なのだから、内閣と立法府はもう少しいい意味の緊張関係があるべきだと話している」と言われた。
 
 とりわけ、集団的自衛権行使を認める議論にその傾向は強い。本日、法制墾が集団的自衛権行使容認を認める報告書を内閣に提出する。ただ、今回は官僚が主導し、「熟議なき」結論だったと朝日新聞は書く。

 北岡伸一座長代理とは議員時代からの長いつきあいである。ソフトバンクにもご夫婦でおいでいただいたこともあるし、衆議院の憲法調査会で議論したこともある。

 北岡氏の94年の著書「政党政治の再生」を読み直している。選挙準備中なので時間があり、何度も読み返した。

「解釈も時代の変化に応じて自由にやり直すべきである。アメリカ合衆国憲法修正1条から10条は、人民の基本的権利を認めたものである。当時、黒人に白人と同じ権利はなかったが、特に憲法改正を行わないで、権利は白人以外にも及ぶようになった。
 憲法解釈の見直しによって、憲法に新しい生命を吹き込んだ例である」

 これだけ読むと、集団的自衛権を拡大解釈で認めることも可能となる。だが、北岡氏は続ける。

 「ただし、立法や解釈変更が憲法の条文を超えるようなものであってはならない。条文と現実の必要がどうしても両立しがたいとき、われわれは憲法改正に進むべきである。

 その意味で、私は条文を変えてしまうに等しい解釈の変更や立法については反対である。しかし、他方、条文の範囲に収まるような解釈の変更を、解釈会見と呼ぶのは反対である」

 北岡氏は、今回の集団的自衛権を「条文の範囲に収まる」と考えているのだろうか。私にはそうは思えない。

 ニュースステーションで小林慶応大教授が話していたが「本来なら憲法改正をすべき。国民を説得する自信がないから、解釈にしたのだろう」と言っていたが同感である。

 ところで、前議員会のお土産に日本酒「衆議院」をもらった。3.11を風化させないように、福島の酒造組合で作っていただいているとのことだ。
 「衆議院」を飲みながら、私が衆議院議員ならしっかりと総理に問いただしたいことが多いなと思った初夏の夜であった。


 


 

 漫画「美味しんぼ」が福島における「低線量被爆」「鼻血」問題を扱い、議論がさかんである。

 いわゆる「鼻血」がでることが「低線量被爆」が原因なのかそうでないのかは意見が分かれることであろう。だが、原発事故後の福島で「鼻血」が出る人が見られることは、国会の審議でも当時の野党であった自民党議員も取り上げているのだから、事実としてあるのだろう。

 安倍内閣の一員である森まさこ少子化担当大臣は、平成24年6月14日の復興特別委員会で「たとえば、具体的にこんな心配の声をお寄せいただいています。子供が鼻血を出した、これは被爆の影響じゃないかと心配なんだけれども・・」。

 また、第一次安倍内閣で首相補佐官をつとめた山谷えりこ参議院政策審議会長は、「美味しんぼ」にも書かれている井戸川前町長の発言を24年4月25日の憲法調査会で「私は脱毛していますし、毎日鼻血が出ています」と言う発言をとりあげている。

  J.s.ミルの「自由論」を読み返している。「意見の自由と意見の発表の自由が、人類の精神的幸福にとって必要である」というのは真理であり、私の政治信条である。

 菅官房長官を含む閣僚の苦言があり、メディアを含め「沈黙を強いられる」状況になりつつある。しかし、ミルがいうように「もし、ある意見が沈黙を強いられるとしても、ことによったらその意見は正しいかもしれない」し「沈黙された意見がたとえ誤謬であるとしても、それは真理の一部を含んでいるかもしれない」のである。

 私は野党時代の自民党が民主党を攻撃する手段として「鼻血」問題をとりあげ、今は違うのかという主張に組するものではない。政治とはそういうものだという思いもあるからだ。

 しかし、森まさこ大臣も、山谷えりこ政策審議会長が沈黙を守っているとしたら、それは自分の発言に責任をもっていないことになり、「政治家の品格」にかけると思う。もういちど、発言の原点を思い出し、この問題に取り組んでもらいたい。

 ニュース・ステーションを見ていたら、高校生がインタビューに答えて「このところ、原発問題が風化しかけていた。(美味しんぼ問題が)もう一度見直すきっかけになればと答えていた。同感である。原発問題をきちんと考えなくてならないのは、実は「これから」なのである。



 

 

細川元総理、小泉元総理が発起人となりスタートした「自然エネルギー推進会議」の発足フォーラムに参加した。というより、4月から特別顧問となり時間に余裕もできたので、ボランティアの一人として微力ながらお手伝いをした。

会の始まる前に、控え室に行き、久しぶりに小泉さんに挨拶をした。
いつもの、手を上げるポーズをとり「オウッ!」と一言。相変わらず元気である。

 おかげさまでたくさんの人に来ていただいた。それに対して、ボランティアが少なく、受付を細川さんのお嬢さん二人もしておられた。
「世が世ならお姫さまなのに・・」と思う感覚が古いのだろうか(笑)

 熱気あふれる会が始まった。
 
 「政府が原発再稼動の方針を打ち出しているが、とんでもない。安倍総理は『原発依存の割合をへらしていく』と言っているがやっていることは違う」。
 
 細川氏が体調が悪いといいながら声を振り絞るように言う。

「原発はコストが一番安い。クリーン。全部、大ウソ。強引に進める人の気が知しれない。」
 
「過去の人といわれようが未来の世代のためも、何と言われようと原発のない国づくりのために頑張る」
 
「選挙に勝っても負けても、へこたれないのが細川さんと私のいいところ。原発ゼロの国づくりはこれからだ」

 小泉氏の演説は大うけだった。うまい!勉強になった。

 パネラーの一人であった香山リカさんが言った。
「細川さんと小泉さんが都知事選で原発問題を取り上げたときは、すばらしいと思った。選挙結果が残念だった。
 記者会見で『これからも脱原発の運動を続けて行く』と言われたとき、政治家のリップサービスだと思った。ところが、今日、この会を立ち上げられた。政治家を初めて信用したいと思った」

 
 ところで、この会は発起人、パネラーの講師なども含め手弁当。株主総会や自然エネルギー財団などだと控え室があって、飲み物やサンドイッチなどが用意してあるが全くなし。私の感覚では申し訳なく思ったが「市民団体の会ではこれが普通」との事だった。

 9時近くになって、小泉さん細川さんの控え室に行ったら、「どら焼き」とミネラルウォーターがおいてあった。「残ってしまってもったいないから、どうぞ」と進められ、遠慮なくいただいた。「空腹は最高の調味料」というが、水も「どら焼き」もいつになく美味しかった。

 29日の昭和の日にも東洋大学「政策デザイン」の講義があった。今の学生さんたちはまじめで、250名の受講者のうち、おそらく200名は出席していたように思う。

  講義はどの経済学でそうなように、アダム・スミスから始まった。アダム・スミスの国富論は1776年、道徳感情論は1759年に出版されている。18世紀のことである。
 国富論は後に「産業革命」と呼ばれる生産技術のイノベーションが振興しつつある時代に書かれた。「分業」と「自由競争」をよしとする「思想」は産業革命の理論的支柱であった。

 
 18世紀はまた、啓蒙の時代でもあった。1688年の名誉革命に始まり、権利の章典によって議会の権利が確立される。議院内閣制がスタートし、上院と下院に分けられた議会の中で、下院の発言力が徐々に伸びてくる。「国王は君臨すれど統治せず」となり政治の民主化が進んだのが18世紀であった。

 17世紀末、ロック(1632−1704)が「人間知性論」「統治論」を書き自然権、抵抗権を主張し、「名誉革命」の理論的支柱になった。18世紀にはいると、ルソー(1712−78)に「人間不平等起源論」「社会契約論」を、モンテスキュー(1689−1755)が「法の精神」を書いた。

  「すべては思想から始まる」。1997年にサッチャー首相に会ったとき言われた言葉である。サッチャー革命が「ハイエク」の思想から始まったことを示したものである。18世紀のイギリス史をみても、やはり「思想」から始まっているようである。

 ところで、祝日に東洋大学に行ったので学生食堂で昼食をとることにした。学生諸君も「日本一なんです」と誇らしげだった。 一品500円という安さ。しかもボリュームたっぷり。「日本一」にふさわしかった。ただ、若い人向きでカロリーは私の年には少しオーバーだったような・・

 本日、56歳の誕生日を迎えた。淮南子に「行年五十にして、四十九年の非を知る」とある。私は「56歳にて、55年の非を知る」という心境である。

 孔子も「四十にして惑わず、五十にして天命を知る」といわれていたように、人間五十になると固定してくる。消極的に考えると、自分の人生を振り返るようになる。

 政治家として最高峰の衆議院議員を3期9年やらせていただいた。政治家からビジネス界に転じてからは、稀代の経営者、孫正義社長の「参謀」とまで喧伝されるようになった。「家計」を考えれば、娘も大学を卒業して社会人になった。

 政治家時代に補佐役をつとめていた、鳩山由紀夫氏、菅直人氏は見事政権交代を果たし、総理になられた。お二人とは、奥様も含めて親しくお付き合いをさせていただいている。

 政権交代は果たしたが、結果は残念なものであった。東洋大学で「政策デザイン」の講義をさせていただいていることもあり、後の人生は若い人を育成することにかけようかななどと考えていたのが、昨年の誕生日であった。

 大きく変わったのは、1月8日に細川護熙元総理からの電話をいただいてからであった。日本の将来を考えたらいてもたってもいられないとして、都知事選に立候補する「決意をかためつつある」というものであった。

 2月8日、雪ふりしきる新宿で、73歳の小泉元総理、76歳の細川元総理の都知事選最後の演説を聞いた。選挙結果は世論調査から明らかであった。しかし、世の不条理に対し、二人の元総理が熱く訴えておられた。

 吉田松陰の「かくすれば かくなるものとしりながら やむにやまれぬ 大和魂」という句を何度も繰り返している自分を感じた。

 政治家に立候補するときも、ソフトバンクに転じるときも、最初に自分の気持ちを話した妻に言った。
「私もまだ55歳。細川の殿の年まで、あと20年もある」

 淮南子は「行年六十にして、六十化す」という。六十になっても、六十だけの変化をする意味である。

 細川元総理が毎日新聞のインタビューに答えている。
「晩節を汚した。どういわれようと結構ですよ」
 まさに、七六歳にして、七五年の人生を否定し、新しく「化す」決意で進まれたのであろう。

 五六歳の誕生日にして、五五年の非を知る。そして、五六にして、五六だけの変化をしたいというのが今年の誕生日の決意である。


 


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