島さとし(嶋聡)の「大風呂敷のススメ」

松下幸之助に学び、ソフトバンク社長室長3000日の後、多摩大学客員教授を務める元衆議院議員「島さとし」のブログです。

グリーン革命の条件

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東日本大震災から5年が経とうとしている。
「1000年に一度の正義を考えたら、今は何よりも復興が重要。復興に専念したい」。孫正義社長のほとばしる言葉があり、社長室長、「参謀」である私も少しでもお役に立ちたいと奔走した。
 4月2日、楽天の嶋基宏捕手が 「見せましょう、野球の底力を」とスピーチした。実は、嶋捕手の実家は私の実家の隣。幼き頃、よく遊びに来てくれていた。私は心の中で、「見せましょう、日本人の底力を」と何度もつぶやいていた。
  嶋捕手は「今年は震災から5年、少しずつ忘れかけられています。当時を知る選手が、どんどん、どんどん減っていく。僕もいつかは引退する。誰かが引き継いでいかないと」と述べた。私も今、同じ思いである。
 3月22日。孫正義社長とともに、福島を訪問した。その経験が私を「2030年代原発ゼロ。自然エネルギーで経済成長」実現に走らせる。
 東日本復興支援財団の評議員、自然エネルギー財団の理事、そしてソフトバンク社長室長として、多くの仲間と歩んできた5年間を思い出している。真の復興はまだこれからである。
 (写真は震災後11日の3月22日、福島県田村市の避難所を訪問したときのもの)

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やはり、日本に「エネルギー政治はあるが、エネルギー政策」はなかった。

 政府は2030年のエネルギーミックスで「原発回帰」への政策転換を明確に打ち出す、原発を20から22にするとは、原発寿命40年を超え、60年にするのを容認することを意味する。日本国民はその間、原発事故のリスクを追うことになる。

 三年前、討論型世論調査が行われた。単純な世論調査だけでなく、原子力の専門家に安全性を質問した後、どうあるべきかを聞いたのだ。「政策」決定方式としてはより直接民主主義に近いものである。「20から25シナリオ」「15%シナリオ」「0%シナリオ」で誰もが中庸の15%シナリオに収斂すると思ったところ、0シナリオが増えてしまった。これが、民意である。今回の「20から22」という決定は、13%程度の支持しかない。(朝日新聞より)


 おそらく、今回の決定に携わった人は「一般国民のように熱狂に左右されることなく、深い情報、判断で決断した」と思っておられるだろう。民意と違うことを決断するのが「いい政治」と考えておられるかもしれない。

 3年ほど前、孫正義社長と話したことである。「あまり、皆さんが電力会社を買ってはどうかと言われたので、1日だけ考えたことがある。考えて辞めた。なぜなら、原発がある。もし、不幸な事故があった場合、私はいくばくかの資産を持っているがそれをすべて投げ出しても償いきれない。責任がとれない事業はやるべきでない」
 
 決断には責任がともなう。今回の決定に携わった人には経済人も多く含まれている。今後、不幸にも地震が起こり、原発事故があった場合、孫社長のようにすべての資産を投げ出して償うだけの「覚悟」があるのだろうか。
 
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私は、一日も早い「脱原発」を実現するために、風力など再生エネルギー推進に邁進したい。

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2011年3月、嶋聡は孫社長とともに福島県を訪れました。原発はふるさともその人の人生も、歴史も失わせることを実感しました。私は日本をドイツのように「自然エネルギー推進、脱原発」で再興しようといく「志」を持ちました。

そのとき固めた「志」を十四日朝日新聞「政治断簡」が取り上げてくれました。

「日本にはエネルギー政治はあるけど、エネルギー政策がないと思うんですよ」
 そう力説する元衆院議員と会った。ソフトバンクの孫正義社長を社長室長として8年間支え、いまは同社顧問の嶋聡氏(56)。再生可能エネルギーという政策と政治を・・」

詳細は3月14日(日)朝日新聞4ページを見ていただくか、以下のURLからご覧ください。

(政治断簡)脱原発の未来、もっと語ろう 編集委員・前田直人
http://www.asahi.com/articles/DA3S11651088.html 

写真は3月22日、福島県田村市を訪問し、避難している方々に話しかける孫社長と私、嶋聡です。
なぜ、私が「自然エネルギーの推進」と「脱原発」に邁進するのか。

拙著「孫正義の参謀」(東洋経済)第二部、「自然エネルギーへの挑戦」をお読みいただきたく思いま


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 4年目の2015、3.11。私は小泉元総理、細川元総理とともに福島を訪問した。会津電力と私が運営委員をつとめる自然エネルギー推進会議が共催でシンポジウムを開催。小泉元総理が会津喜多方で講演されるのに同行したのだ。

 福島の人さえ「まもなく春と思っていたのに、驚いた」という大雪だった。当初、郡山まで新幹線でそこから車移動の予定だったが、雪のために急遽予定変更。米沢まで行き、そこから雪の峠越えで喜多方になんとか到着した。

 雪のため、来場者が減るのではと心配する地元主催者の心配をよそに小泉さんは元気だった。「やまとや」で喜多方ラーメンと焼きおにぎりをい食べながら「雪は縁起がいい。今は、雪で発電できる技術がある」このポジティブ思考がいい。

 講演が始まる。1000人近い聴衆に語る。
「原発は安全、原発はコストが安い、原発はクリーンと専門家が説明してきた。これは全部、ウソだった」
「1978年のスリーマイル島、1986年のチェルノブイリ、そして福島。50年に三回も事故を起こしてきて安全と言えるわけがない」

 原発再稼動についても発言されたが私が最も注目したのはこの言葉である。
 「日本の原発は世界で一番、テロに弱い。世界の人は心配している。それでいて、再稼動。あきれますね」

 日本の原発はどれも海辺にある。海上からの高速船によるテロの襲撃には全く無防備であると聞いた。韓国の原発のゲートには機関銃坐が備え付けられているのが現実なのである。

 イスラム国、ISISも日本への警告を発している。原発を再稼動し、原発テロに遭遇したとき、「テロは想定外でした」「テロは定められた安全基準に含まれていませんでした」と九州電力や関西電力の経営陣は答えるのだろうか。

 「少年よ大志を抱けというが、老年だって大志を抱いていい」
 小泉総理の講演は、一貫してポジティブで、元気が出る。しかし、そのなかに、やはり大宰相として国を担ってきた人の視点がある。

「原発テロが起きたら、福島以上だ」(小泉元総理)

 原発再稼動へ前のめりの現政権。私も「あきれる」し、小泉総理と同じ危機感を感じるのである。

 



 

 

 
 

6月11日、自然エネルギー推進会議の会合があり、細川護熙元総理と佳代子夫人とお会いした。

 小泉さんと細川さんとは自然エネルギー推進会議の進め方についてよく意見交換しておられるようだ。この日も、6月下旬に出す新聞意見広告について細川さんが考えたキャッチコピーについて小泉さんとの話を紹介された。

「私はこんなのを考えたんです」
細川さんが見せてくれたコピーは以下のようだった。

  「あなたは原発ゼロと言う『勇気』がありますか」

 小泉さんは他の方がいいとの意見でこれはお蔵入りになったようだ。だが、細川さんとしてはお気に入りのようだった。

 日本新党立ち上げのころだからすでに二十年も前のことになる。
私が「新党を立ち上げて日本を変えるには何が一番重要ですか」と細川さんに聞いたことがある。
答えとして期待したのは「政策」とか「政治理念」というものだった。

 細川さんが少し考えて言われた。
「それは、『勇気』じゃないかな」

 あれから二十年。脱原発の日本をつくるためにもう一度、皆さんに問いかけたいだのだろう。

「あなたは『原発ゼロ』という『勇気』がありますか?」


 

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