島さとし(嶋聡)の「大風呂敷のススメ」

松下幸之助に学び、ソフトバンク社長室長3000日の後、多摩大学客員教授を務める元衆議院議員「島さとし」のブログです。

グリーン革命の条件

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 4月25日、私の誕生日に細川護熙元総理のインタビューが毎日新聞に掲載された。5月7日発足の「自然エネルギー推進会議」の狙いを率直に語っている。

 自然エネルギー推進会議は、一般社団法人としてスタートする。

 「選挙中から勝っても負けても原発ゼロの闘いはここからが本番と申し上げてきました。小泉さんとは花見までに2回ほど会い、次の一手をどうするか、あれこれ話し合いました。
 
 公益法人だと設立までに時間がかかるし、政治活動ができない。選挙運動はしないつもりですが、推薦文を出したり、いくらか政治的活動もあるかもしれない。それで一般社団法人に落ち着いたんです」

 11月には福島県知事選があり、来春には統一地方選挙もある。それをにらんでいるのかもしれない。

 「発起人には小泉さんのほか梅原猛さん(哲学者)、瀬戸内寂聴さん(作家)、ドナルド・キーンさん(日本文学者)、安野光雅さん(絵本作家)、菅原文太さん(俳優)、桜井勝延さん(福島県南相馬市長)ら都知事選での細川応援団がこぞって名を連ね、賛同人として女優の吉永小百合さんらが加わった。細川さんが法人の代表理事を務める。「賛同人は100人くらいになるかなあ。なかにし礼さん(作家・作詞家)、田中優子さん(法政大総長)、津田大介さん(ジャーナリスト)、茂木健一郎さん(脳科学者)、鎌田實さん(医師・作家)らにも賛同人になっていただくようお願いしています」。
 
 原発ゼロを決めた、ドイツ、メルケル首相が設置した「倫理委員会」のように哲学者、文化人など多彩なメンバーである。

 今後の原発運動のポジション取りをどうするかも明確である。

 「いままでは脱原発というと敬遠してきた保守層に脱原発の機運を広げたいというのが小泉さんのスタンス。
 私はそれに加えて少しリベラルなというか、従来の脱原発運動をやっていた層のところにも幅を広げないと、脱原発社会の実現は難しいと思っていますけどね」

 そして、中期的な目標も明確である。

「会として直接的にはコミットしないが、脱原発を掲げる候補に推薦状を出すなど間接的に支援することはありうる。

 勝負は2年後、2016年の参院選でしょう。そのためにこの自然エネ法人も、それをサポートする後方支援の役まわりぐらいはできるかもしれない。新党ですか? この会のやることではないでしょう」

 私も微力ながら、お手伝いをさせていただきたいと思っている。

 

 オバマ大統領が来日中である。夕方、「すきやばし次郎」の近くを通った。警察車両、覆面パトカーが並び、多くの警官が警備に当たっていた。

 TPPの基本合意は、米国中間選挙もあるので、なんとか形をつくると予想される。ただ、安部総理に学んでほしいのは、オバマ大統領が掲げた「グリーン・ニューディール」である。

 「フラット化する世界」の著者、トーマス・フリードマンは、フラット化する社会での雇用と繁栄はグリーン新産業から生まれるとした。

「アメリカは、イノベーションを起こし、国家に富をもたらし、威信の確保と莫大な利益の追求と重要な問題をへの取り組みを組み合わせるとき、もっとも力を発揮した」
 今こそ、太陽光、風力などのグリーン新産業を中心にした、グリーン・ニューディールに取り組むべきとしたのである。


 アメリカでは、その後、シェール・ガス革命が起き、グリーン・ニューディールの熱気は冷めつつある。だが、日本にはシェール・ガスはない。

 アメリカの「グリーン・ニューディール」を学び、日本で飛躍・発展させるときではないだろうか。


「このところ、限界を感じている。安部さんも、権力を取るまで一番やりたかった『集団的自衛権』を伏せて、経済に絞った。私たちもそれに学ぶべきではないかと」

 脱原発にリーダーとして取り組む議員の言葉である。原子力輸出協定の採決では退席し、先の選挙では電力会社からの推薦が拒否された議員の言だけに、説得力があった。


 「経済に的を絞る」というのには私も賛成である。スローガン的に言えば、「原発ゼロで経済成長」ということであろう。

 今こそ、グリーン・ニューディールに学ぶべきである。

 

 

 
 

 3・11から3年1ヶ月。安部政権が11日、民主党政権が掲げた「原発ゼロ」を転換する方針を正式に閣議決定した。

 「大学」の一節に「利を以て利とせず、義をもって利とする」とある。つまり、国家の経営にあっては、利ではなく、義を考えなくてはいけないのであり、利を優先して考えるような小人に国家経営を任せることはいけないとしている。

 今回の決定は、経済界、特に電力業界の「利」を優先した結果であろう。原発は「ゼロ」から、「重要なベースロード電源」となった。電気事業連合会は「たいへん、意義あるもの。国の基幹政策として推進していただきたい」とのコメントを発表した。「義」が失われたことを残念に思う。

 3月22日、私は孫正義社長と福島県に行った。そのときに決意したことがある。政治家と経営の二つを体験したものとして、現実的に「原発ゼロ」の方策を探求し、実現して行くことである。

 まず、政治家の経験から、まさに3.11の日に閣議決定された「再生エネルギー法」を成立させることに全力を注いだ。かつての上司(?)であった菅直人総理と孫社長を結びつけ、なんとか成立にこぎつけた。ネットなどで「政商」と呼ばれることを孫社長は気にしていたが、私はまったく意に介さなかった。

 大きな目的を達成しようと思ったら、批判があることは当然である。

「世間の評判などにとらわれて、正しい決断ができるはずがない。笑わば笑え、そしればそしれ。自分は正しい道をいくのだという信念がなければならない」

                             松下幸之助

 再生エネルギーを事業として行うSBエナジーが設立され、「全国10箇所、20万キロワット以上」という当初の約束は達成された。
 これが「カウベル」効果を生み、多くの企業が太陽光発電に参入した。私もSBエナジー顧問となった。風力、地熱、バイオマスなどに分野を広げ、再生エネルギーが原発を代替できるようになるまで、尽力して行きたい。

 多くの企業が参入してきて、ある意味、経営分野では着実に進展が見られている。世論も配慮したのだろう。エネルギー基本計画でも「再生可能エネルギーを3年間程度、導入を最大限加速」と書かざるをえなくなっている。

 問題は、「政治」である与党自民党は言わずもがな、民主党も電力総連などに配慮せざるを得ない。党勢が回復しないだけによけいに組織頼みになるだろう。

 都知事選挙後の世論調査でも時期はともかくとして、「原発ゼロにすべきだ」と答える人が70%前後も存在しているのである。

 この民意を結集してゆく「政治」が求められていると思う。1年後には統一地方選挙。2年後には参議院選挙がある。胎動があることを期待する。



 

 
 

 23日、東京、神保町の教育会館で開かれた「菅直人の福島原発を語る会」に出席した。

 私は、菅元総理が最初の代表時代に代表補佐役を勤め、一緒にアメリカに行ったりした。よく、「イラ菅」とかいわれ、東洋型リーダーではないので、誤解を招くことも多い。だが、私は議員をやめてからも、お付き合いいただいている。あの突破力とねばりはたいしたものだと思っている。今回も講演前に挨拶をしたが、「本日は、勉強させてもらいに来ました」といったら「忙しいのにありがとう」と言われた。

 3月11日、2時46分、参議院の委員会中に地震が発生した。委員会室に下がるシャンデリアが大きく揺れていた。国会職員が机の下に避難していたがこれが落ちてきたら大変だと考えていたそうだ。

 その後、官邸に戻る。最初の原発情報は、「地震後、正常に停止」というものだった。しかし、その1時間後、正反対の深刻な情報が入る。「福島第一のすべての電源が停止」「冷却機能ストップ」。その情報を聞いた瞬間、「背筋が寒く」なったという。

 そのころの報道番組は、「メルトダウンが起きたら大変」という説明を繰り返ししていた。2300度の熱を持った溶けた燃料棒が圧力容器の20センチの壁を破り格納容器に落ちる。格納容器は厚さ3メートルのコンクリートでできている。2300度の高熱は、コンクリートの壁を削って行く。
 スリーマイル島事故のときは、やがて、地球の反対側にある中国に届くとして「チャイナ・シンドローム」と言われた。
 メルトダウンが起きたのは、3月11日、午後八時。地震の5時間後だった。それを東電が正式に認めたのは、2011年5月のことだった。

 そんな中、菅総理は細野補佐官に「最悪のシナリオ」を準備するように伝える。近藤原子力委員会委員長が作ったシナリオは、「事故が収束できなかった場合の強制移転の区域を170キロ、移転希望を認める区域を250キロ」とした。東京はすっぽりと250キロ圏内に入っている。そこに住む人口は5000万人である。

 関東大震災のときは「戒厳令」を出したが、今の日本には戒厳令はない。菅総理は、チェルノブイリ事故のときのゴルバチョフ大統領が何をしたかを参考に、総理としてどうすべきかを考えたという。

 幸いにして、最悪の事態にはいたらなかった。これは、日本に「神の加護があったとしか思えない」と菅総理らしからぬ言葉を聞いて驚いた。米国も最も心配した4号機の使用済み核燃料プールに、偶然がかさなり、水があったというのだ。

 第2次大戦のとき、「日本は神風が吹くから負けない」と言われた。原発事故が再び起きたとき、再び「神の加護」があるとは思えない。テロなどの人為的なことも考えれば、原発が100%安全とはいいきれない。

 原発事故をなくすには、原発をなくすしかないのである。

 再び、原発事故が起きたとき、
 

 

 

 

When the accident in Fukushima happened, Mr.Son and I rushed to Fukushima.
We worried about the citizens there, and we were strongly impressed by the radiation leaked.
I could not approve of nuclear energy.

We decided to get in the business of spreading renewable energy in Japan as an alternative.

For starters, Mr.Son has set up a new “Japan Renewable Energy Foundation”
I became a board member.

That foundation started its activities last fall with an international symposium, and Son gave a keynote speech where he proposed a “super grid” spanning all Asia.

His proposal of a “super grid” has three stages.

The first phase would deploy a high voltage direct current cable to connect all of Japan. For historic reasons, right now there are almost no interconnections between Western and Eastern Japan. He proposes to change that.

The next step would be adding connections to Russia, Korea, and China. And in a third step that would be extended all over Asia, to build a “super grid”.

From my point of view it was especially interesting that the Asia super grid would extend
right to the Gobi desert.

We set up joint venture with Monglian, Clean Energy Asia on this November.
We will be constructing wind farms for the Mongolian ,China,Japan, and All of
Asian people.
We also believe that this joint venture will contribute to the growth of Asian
Economies.

I would like to elaborate three reasons for Asia super Grid.

One is that this would help to gain stability for energy from renewable sources, since there is always wind or sunshine available somewhere in Asia.

The second reason is that a transnational energy market will lead to lower prices. The European experience with an Internal Market for electricity is clear proof of that.

And the third reason was that this might help to keep peace.

The European Union actually started out with a proposal to put coal resources under a common framework to make another war between France and Germany impossible.
Looking back at over 60 years of history since then, it is fair to say that whatever problems the EU might have, there have not been any wars between France and Germany, so that original goal was achieved.

In the same way, starting out with sharing energy in this way can only help keeping peace in Asia, which is of course extremely important.

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