島さとし(嶋聡)の「大風呂敷のススメ」

松下幸之助に学び、ソフトバンク社長室長3000日の後、多摩大学客員教授を務める元衆議院議員「島さとし」のブログです。

小説「光の道」

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小説「光の道」 第2回 鉄の五角形

 「お疲れさまでした」
 ライブテレコム、渉外部課長の松沢宏は、宋の乗るセンチュリーを総務省の車寄せから見送るために直立不動で立っていた。ウィンドウが下がる。宋が顔を出し、居並ぶ渉外部のメンバーに「ご苦労さん」と手を挙げた。
松沢はセンチュリーが道路を左折し、見えなくなるまで直立不動のままでいた。フォーブスの資産家ランキングの常連であるのに、社員の労をねぎらう宋のさりげない行動が嬉しかったのだ。

 情報通信産業はいくつもの買収や合併を繰り返し現在のJT、新電電、ライブテレコムの三大キャリア体制になっている。松沢が慶城大学卒業後入った会社は、外資に買われたりした後、二年前にライブグループに買収され、ライブテレコムとなった。

 松沢は外資時代、会長室にも所属し中枢を歩んでいた。しかし、ライブグループは「営業こそ命」の会社であった。許認可を受けている電気通信事業では本来、中枢であるべき渉外部はわき役に回され縮小。エース級が何人か営業部に人事異動した。その結果として、松沢が課長でありながら、井桁渉外本部長とともに、宋社長に随行することとなったのだ。

「宋社長、ご機嫌だったな。座長の早瀬さんが、応援を込めた発言をされたのがよほど嬉しかったのだろう。事前に、早瀬さんと社長の会食をセッティングしておいて本当によかった」
本部長の井桁が、一面の笑顔で松沢に話しかけた。「渉外はお金を稼いでいないコストセクションだ」といつも言われていて肩身の狭い思いをしているせいもあろう。
「ええ、でも早瀬先生も立派ですよ。日本でトップクラスのオーナーとの会食だというのに、『割り勘でお願いします』と言われたのですから。それにしても、竹田さんが、早瀬先生の奥様とお茶の教室で一緒だったのが本当によかった」
「お茶の教室でなく、萩原宗紅先生に教えていただいている同門のことを裏千家では『社中』といいます。奥様と同じ社中なので、良くしていただいています。でも、早瀬先生の秘書さんからは、そんなに高いところにしないでくれと頼まれていたのですよ。予算が限られていますから、場所を探すのがたいへんでした」
 
 渉外部員の竹田知子は東和女子大を卒業後、防衛商社から、ライブテレコムに転職。今年から、渉外に配属された。
「そういう時は、先生には、会費を一万円程度もらい、あとはこちらで処理すればいいのだよ」
 渉外部門が長い井桁がそういうと、竹田がやんわりと返した。
「だめですよ、部長。贈収賄で東京地検特捜部に狙われるとそんなところから、突っ込まれます。大学教授や官僚のようにそれまで、怒られたことのない人は小さな事実をいくつか指摘され、大声を出されるとすぐに落ちます。防衛省の納入疑惑で前次官が自白したのは、寿司屋、フランス料理、イタリア料理での会食と、使ったタクシーチケットをつきつけられたのがきっかけと聞いています。『一万円、会費は払った』と元次官は主張したのですけど、『一万円で、この料理が食べられるかどうかは誰でもわかる。贈賄と知って食べていたのだろう』と言われたそうです。特に、タクシーチケットは、店から家まで使った場所と日時が明らかになり、証拠としては完璧です。『そんなことまで調べているのか』とがっくり来るようです。タクシー会社も許認可事業ですから、捜査当局には資料を出さざるを得ないのです」
「すごいことを知っているね。二〇代でそんなことを知っていると、結婚が遅くなるぞ」
「井桁部長、それはセクハラです。でも、早瀬先生の発言に、JTの依田社長はともかく、総務省の都築局長が一緒に驚いているのが不思議でした」
「ああ、普通の総務省審議会とか懇談会はJTと、そこに天下りをする高級官僚のシナリオ通りに動くのだ。座長と言っても、JTの操り人形にすぎない。今度は様子が違うと思っていただろうが、ここまでとは思わなかったのだろう」

 松沢が、渉外に入ってまもない竹田のために説明した。
「普通って、大臣懇談会は第三者的である有識者の意見を大臣が聞いて、決断の参考にするために設置されるのでしょう」
「それはタテマエにすぎない。実態は、総務大臣の諮問機関である審議会や懇談会は、事務局を握る総務省官僚の意向で動かされる。さらにその後ろにいてシナリオを書いているのが、総務官僚の天下り先であるJTだ。最初にJTよりの結論ありきで、その主張に沿った大学教授や、ジャーナリスト、コンサルタントなどが集められる」
「でも、そんなことしていたら、国会で野党から攻められませんか」
「また、すごいこと知っているね。もちろん、公平と見せるために、JTに反する意見をいう委員も数名は入るが意思決定にはほとんど影響を与えない。あくまで、カムフラージュ要員だ。絶対にJTが押さえるのが、進行の要であり報告書をまとめる座長だ。
審議会の委員になると、大学教授ならJT持ち株会社から、財団などを通じて一〇〇〇万円ほどの研究費が出る。座長を務めようものなら、研究費が、三本つまり三〇〇〇万円は出るといわれる。

「でも、ジャーナリストは、反骨精神のかたまりだから、そんなことはないでしょう」
「委員になったジャーナリストも同様だよ。紅白出場の歌手と同じで、箔が付き講演料が跳ね上がる。委員になると五年は食えると言われるので、最初は反骨精神のジャーナリストがいつのまにか、JTや総務省の走狗になってしまう。さらには、広告宣伝費が年間九〇〇億円もあるから、メディアもおいそれとは批判できない」

「でも、それって贈収賄では。私が前いた防衛商社は、防衛次官の接待汚職でたくさんの人が事情聴取、何人かは逮捕されましたよ」
「ああ、それで国会のこととか詳しいのか。うまいのだよ。巧妙にカムフラージュされ贈収賄にはならないようにしている。大学への研究費や、コンサルの委託研究は、情報通信関係の財団を通じてなされる。ジャーナリストへの仕事の発注も同じだ。迂回路を使う一種のマネーロンダリングだ。業界関係者の間では衆知のことなのだが、タブーとされ誰も言わない。これが情報通信産業界に張り巡らされた、JTの力の源泉だよ」

「政界はどうですか」
「もっとすごい。JT労組は年間、一億円の献金を野党民正党の政治家にしている。これは、労組だから表に出ているが、与党である民自党には管理職のほとんどが党員になり、おそらく三倍以上の献金をしている。」

 野党民生党には二〇万人の組合員が労組票をきちんと出す。小選挙区は三〇〇だから、一選挙区に七〇〇ぐらいしかいないが、一票差でも負けは負けになる小選挙区ではつらい。
 労組幹部は『我々は選挙区に七〇〇ぐらいしか票はありませんので、先生を当選させることは難しいです。でも、落とすことは簡単なのですよ』と政治家に言う。選挙が怖い政治家は一発で震え上がる。政治―官僚―財界の既得権益複合体を鉄の三角形というが、JTTの場合、学会、ジャーナリストもいれて『鉄の五角形』を作っている。

「うちは、やらないのですか」
「そんな予算はないよ」
井桁が力なく笑った。
「あっ、早瀬先生」
武田が、早瀬教授をみつけ、近づこうとするのを松沢が手で制した。早瀬は、武田に軽く会釈したが、足早に車に乗り込み窓を開けることなく去っていった。
「早瀬先生と、親しいことはあまり気づかれない方がいい。敵にアプローチルートを知られないことが、渉外のイロハのイだ」

 情報通信業界を震撼させた「光の道」論争から3年が過ぎた。来年には「包括検証」がなされる。これを機に、「光の道」を「政策決定過程」を学ぶ学生さんにもわかりやすく「小説」の形でまとめてみた。
 新聞小説のように、ブログにて続けて行きたいと思う。

 なお、これは「光の道」政策論争を題材にしているが、「架空」の小説であり、登場する人物が実在する人物と似ていたとしても、偶然にすぎない。あくまでも、「政策決定過程」理解のための教材としての「小説」である。

 
第一章 光三国志 
○光ファイバーは誰のものか

「『国民のもの』という言い方はやめていただきたい。今は株主のものです」
二〇〇六年三月。東京、霞が関合同庁舎にある総務省地下大講堂。日本最大の通信会社JT(ジャパン・テレコム)の持ち株会社総帥、代表取締役社長依田努のだみ声が響き渡った。日本最強と言われるJT労組との団体交渉で鍛えられた迫力ある発言に、居並ぶ総務省、都築誠電気通信基盤局長以下の官僚が首をすくめたように見えた。

 竹村平治総務大臣の私的諮問機関である「通信の未来を考える懇談会」。JT、新電電、ライブテレコムの三大キャリアの社長が揃い踏み。未来の通信インフラである「光ファイバー」の在り方についてのヒアリングが行われていた。
ヒアリングは、懇談会メンバーの八人の前で、通信事業者が発言する。予定時間は二時間半、一五〇分。三大キャリアの社長のほか、消費者団体などが参加するので、一人当たりの持ち時間は一五分ほどでしかない。

 依田の発表の前に、国内ナンバー二事業者である新電電の代表取締役会長小寺信吾が、「電電公社時代に、国の保護と、電々債という国民のお金で建設したのが電話設備である。このインフラは国民のもの」と激しく詰め寄った。

「別に小寺さんと打ち合わせをしたわけではないか、私どもの考え方は、新電電さんと全く同じである」
 ベンチャー企業からライブテレコムを日本第三のキャリアまで育てあげた代表取締役社長宋泰三が、新電電に呼応をしたように発言した。

 依田は、二人の発表の間、腕組みをしたままだった。
「日本の情報通信を担っているのは我々だ。新参者が何を言っている」という思いがある。全国に張り巡らされた、電話線や電話局などのアクセス網は確かに電電公社時代につくったものだ。だが、JTは一九八五年に民営化されている。その際に、株式に算定したうえで国にきちんと返しているのだ。
究極のブロードバンドと言われる「光ファイバー」は、民営化後にJT独自でつくったものだ。それが、たまたま国営時代の有形無形の資産を利用してつくったものだとしても、とやかく言われる筋合いはない。

 総務省は「競争促進」とかいろいろ言うが、新規事業者は「独占」と言われないためのカモフラージュ、「刺身のつま」にすぎない。だいたい、総務省の次官や審議官などは二年ぐらいどこかの財団でみそぎさせて、JTの副社長や携帯電話の副社長に天下りで迎えてやっているじゃないか。えらそうなこと言うなというのが依田の思いである。

 依田の後ろに控えている有田洋一は、発言を頼もしく眺めていた。依田の秘書として、三年仕えた後、二年前からJT持ち株会社経営企画部経営企画課長を務めている。
国営会社からスタートしたJTは民営化されたのちも、利潤を極大化するための経営目標は変わっていない。

 通信業界の市場規模は一六兆円。そのうち十兆円円を、JT持ち株会社を頂点とする、JTグループが占めている。さらには、アクセス網の九八%はJTが保有し、実質独占状態である。 

 JTグループの究極的な目標はこの「独占的地位」を維持し独占利潤を挙げる事にある。グループの司令塔、持ち株会社。その中でも中枢である経営企画部の仕事は、JT法や電気通信事業法などの制度をJTに有利な形にしていくために、官僚や政治家に働きかける「ガバメント・リレーション」、いわゆる「渉外」である。

 悪名高くなったMOF担と同様、官僚出身者に友人が多い東京大学卒が経営企画部に集められる。有田も例外でない。
 経営企画部が将来のエリート養成コースであるのも、銀行と似ている。経営企画部で官僚、政治とのパイプをしっかり作った後、四〇代後半に大阪や名古屋の総支社長を務め、いずれJTグループの関連会社の社長になる。関連会社と言ってもJTケータイなどは、携帯電話利用者の五十%を占める超優良企業である。そして、その中からグループの総帥である持ち株会社社長になるのだ。

 学生時代、アメリカンフットボールに精を出した身長一八〇センチ、八五キロの体を小さくしながら、依田の後ろに控えている。「『国民のもの』という言い方はやめていただきたい」とう依田の発言は、有田が経営企画課長として原稿をつくったものだった。

 そのとき、ライブテレコムの宋が勢いよく手を挙げた。ベンチャー企業を設立後、ITバブル時に上場。手にした資金で次々と通信企業を買収し、今や三大キャリアのオーナーとなった。
「JTの電話設備は政府保証債で引かれている。いわば国民の財産だ。その電話設備を『国民のものと言うな』というような会社に、将来の情報通信インフラをまかせてもいいものでしょうか」
 依田が、一瞬ひるんだように見えた。

 そのときである。座長として、公平に、たんたんと司会を務めていた懇談会座長の早瀬平太東央大学教授が、厳しい口調で言った。
「株式会社と言っても、JTは政府設立、JT法で規定された特殊会社ですからね」
 早瀬の目は、しっかりと依田を見据えていた。テレビの政治トーク番組で見せる、明るく、ちょっと軽い口調は消えていた。JTは「株主のもの」との依田の主張を真っ向から否定する言葉であった。

 都築局長以下の官僚が唖然とした表情で早瀬を見つめていた。総務省の審議会で、とりまとめの責任を担う座長が意見をいうことは彼らの常識にはない。
 記者たちが、パソコンのキーボードを一斉に叩き始めた。明日の朝刊の見出しは「JT再編へ・・総務省大臣懇談会」となることを十分に思わせる展開であった。

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