島さとし(嶋聡)の「大風呂敷のススメ」

松下幸之助に学び、ソフトバンク社長室長3000日の後、多摩大学客員教授を務める元衆議院議員「島さとし」のブログです。

小説「光の道」

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小説「光の道」 第47回 帝国ホテル朝食会

 空気澄みわたる朝六時四五分。早瀬は帝国ホテルに玄関にタクシーで乗り付けた。ドアがあき、降りるとライブテレコム担当のホテルスタッフが寄ってきた。
「おはようございます。こちらでございます」

ロビーを通りぬけてエレベーターホールに行くと、別のスタッフがドアをあけて待っている。
急いで乗り込む。五階まで上がると、そのまま奥の会議室に案内された。

 タスクフォースでのヒアリングが終了した十二月八日、夜一一時、早瀬の携帯電話がなった。携帯の電話帳に登録されていないため、電話番号が表示された。どこかの記者だったかなと思って、電話に出た。

「もしもし、中原です」
 中原総務大臣からだった。

「先日はありがとうございました。実は、あのとき申し上げた『ビジョン』作成のために、勉強会を内々に行っています。そこで、お願いなのですが早瀬さんに勉強会で一五分ほど以前お聞きした『光ニューディール構想』についてプレゼンしていただきたいのです」
「もちろん、喜んでやらせていただきます」
「ありがとうございます。それでは、十二月十日、朝七時からということでお願いできますか。詳細は秘書官から伝えます。これが、私の新しい携帯電話番号ですのでよろしくお願いします」
 それだけ言うと、中原は忙しそうに電話を切った。

さすがに朝七時からの朝食会というのは経験したことがない。それしか時間がとれないのだろう。冬の朝はまだ明けきっていない。

 部屋に入ると、良く知っている顔が並んでいた。未来懇談会の委員であった山井教授。理事長を退任し、シニアフェローとなっている松中前理事長。驚いたのは、情報通信タスクフォースで座長をつとめる寺谷実三友戦略研究所所長がいたことだ。

「これは、これは山井先生、松中さん、寺谷さんまで・・。御無沙汰してしまって」
「いや、こちらこそ。早瀬さんのライブテレコム取締役としてのご活躍はよく聞いております」
「活躍ではなく、悪名ではないですか」
「うん、そうかもしれない」

 未来懇談会以来の同志である山井教授が軽く笑って言った。二〇〇六年の未来懇談会で座長として「JT解体」を訴えた早瀬が、ライブテレコムの取締役になったということで「未来懇談会提言は、ライブテレコムの宋が早瀬を取締役にするのを条件に書かせたものだ」というネガティブキャンペーンがはられていた。

首謀者はもちろん、JT経営企画部である。
「悪名は、無名に勝るといいますからね。いいことですよ。でも、早瀬さん、未来懇談会のリベンジができそうですよ」
 松中も懐かしそうに言う。

ここでのリーダー格らしい、寺谷が早瀬に席を進めた。
「早瀬さん、本日はありがとうございます。中原大臣は情報通信産業は政・官・財の鉄のトライアングルが出来ていて、既得権益をこわすのは相当難しい。だから、新しい政策決定過程が必要だという認識をお持ちです。小森政権では経済財政諮問会議を使って竹村大臣が首相主導、トップダウンの政策決定を進めました。民政党政権は旧政権の手法を否定しなくてはならず、経済財政諮問会議も否定しました。しかし、中原大臣はいいものはいいとして、経済財政諮問会議をヒントに総務大臣が議長をする『政策決定プラットフォーム』を立ち上げました」

 小森内閣時代に威力を発揮した経済財政諮問会議の最大の特徴は首相が議長だと言うことである。経済財政における税制調査会や財政審議会は重要だが、これは会長が総理に答申するという形である。しかし、経済財政諮問会議は、首相が議長。つまりは首相が経営におけるCEOのようなものになったと言える。

「というと、この勉強会は、さしずめ、『民間議員ペーパー』をつくるのがミッションですね」

 経済財政諮問会議では、総理大臣、財務大臣、総務大臣、経済財政担当大臣の大臣四名と財界人二名、学者二名の八名で構成された。竹村大臣は、諮問会議で議論する時は財界人二名、学者二名の民間人四名が連名で議論のたたき台にとなるペーパーを出すのを慣習としていった。

 「民間議員ペーパー」は、常に高めの目標を設定する。財政について厳しいことを発言すれば財務大臣が反対する。地方交付税改革を述べれば、総務大臣が反対する。その議論を聞いて、総理が「わかった、厳しいが改革のためだ。これでいこう」とひとこと言って、決断を下す。

 この政治プロセスが、小森内閣の改革決定の方程式だった。そのミニ版を政策決定プラットフォームで行おうというのだ。

 政策決定プラットフォームのメンバーは、中原大臣、斎藤副大臣らの政務三役。情報通信タスクフォースに三つおかれた分科会の座長がメンバーとなっている。
 情報通信タスクフォースの専門家の議論は尊重するとして、最終責任と決断は政務三役が行うという「政治主導の形」であった。

「さすがに、呑み込みが早い。そのとおりです。私は中原大臣が議長をする政策決定プラットフォームのメンバーでもありますから、この勉強会でまとめたペーパーを提案します。おそらく、JT出身の斎藤副大臣は反対するでしょう。中原大臣の前で激しい議論をします。最後には、議論を聞いたうえで、中原大臣が決するという形をとります」
 寺谷が新しい政策決定プロセスを早瀬に説明した。

「どんなすばらしい政策でも、民主主義の政策決定プロセスを経なければ、政策として実現しません。そこまで綿密なシナリオを考えられて、タスクフォースを設置されたことに敬意を表します」
 ドアがノックされ、ホテルのスタッフが言った。
「大臣、入られます」

小説「光の道」 第46回 国際競争力という「すりかえ」

  新電電、小寺社長の発言により、情報通信タスクフォースの議論は「国際競争力対光の分離」の様相を帯びてきた。

 電電公社以来、情報通信政策を裏で操ってきたJT経営企画部には常套手段がある。問題の「すりかえ」である。総務省に情報通信政策の審議会ができると、JT組織分割という根本的な問題に触れさせないように、テーマに沿ったように見える別のアジェンダを設定する。そして議論を本筋とは違う方向に持っていくのだ。

 今回の場合は「グローバル時代の情報通信政策」ということで「国際競争力の強化」という新しいアジェンダを持ち出した。
 
 JTの新浦社長は「国内の競争条件はすでに整っている。国内規制よりも米国グーグルやアマゾンなどとの国際競争力を強化すべきだ」と言った。
 国際大競争は激しい。JTを日本の代表選手として強化し、戦わせなければグローバル時代は乗り切れないという一見、なるほどと思わせる主張であった。

 JT経営企画部は法に触れないぎりぎりのところで、講演料や著書の大量買い上げなどで審議会メンバーを調略しているので、JTの意向に沿うような発言をする。これも、将来、天下りを期待する総務省官僚が事務局として議事録をつくる。

 三回も審議会を開くと、議事録は「国際競争力の強化」という言葉で覆い尽くされ、いつのまにか、「グローバル時代の情報通信政策」とは「国際競争力の強化」を審議することになってしまう。

 新電電の小寺社長は、JTの常套策を知っているだけに、あえて中原総務大臣の前で「持ち株会社の元にグループ会社をぶら下げるのはまったくJT分割になっていない」「JTから光回線のインフラ事業を切り離し、各社が公平に使えるようにすべきだ」と激しく主張したのだ。

 「それでは、ライブテレコムさんお願いします」
寺谷座長の進行に、会場が注目した。ライブテレコム、宋社長の発言は、いつもJTに挑戦的であるからだ。

 「本日は、このような機会を与えていただきありがとうございました。六〇年ぶりの政権交代があり、日本も政策の新機軸を打ち出す時と考えます。ここでは一事業者というのでなく、日本の成長と発展を願い、そこにいささかなりとも貢献したいと考えているものとして発言させて頂きたいと思います」
 
 早瀬が宋とプレゼンの打ち合わせをした時、「これからは、一事業者の利害を超えて、国家の観点から提言すべきだ。それが結局、政策決定者である総務省を動かし、政府を動かす」と進言した。宋は素直に聞き入れた。

「アメリカ、オバマ大統領は、グリーン・ニューディールとして三〇〇万人の雇用創出と長期成長を目標にしました。しかし、その本質は『環境プラスIT』であることに注目しなくてはなりません」

 コンピューターを打ち込んでいた中原総務大臣が、興味深そうに顔を挙げた。

「具体策として、今後三年間で代替エネルギーの生産倍増など六項目をあげています。しかし、中身を点検すると『五年以内に医療カルテの全電子化』『二一世紀にふさわしい教室、図書館の整備』『ブロードバンドの拡大で地方企業の競争力強化』と半分がIT関係で占められています。さらに、オーストラリアも注目に値します。ラッド政権は国際競争力向上のために、政府・民間合弁の新会社を設立し、全オーストラリアの住宅、学校、企業の九割を光ファイバー網で結ぶというものです。総事業費は三兆円ですが、日本もこれに倣うべきだと思います」

 宋の発表が十分近く続いた。どんどん、熱が入ってくる。

「光ファイバーを整備して、利活用として最初に行うべきは教育改革です。一〇〇年の計は人を植えるに如くはなしといいます。教科書を映像や音声などで電子化し、世界と結ぶ『デジタル教科書』にする。韓国は、二〇一三年までにすべての学校にデジタル教科書を採用する計画を持っています。
 紙の教科書を無償供与する予算が年間四〇〇億円。デジタル教科書を一台、二万円として、小中学生全員、一〇〇〇万人に持たせても、二〇〇〇億円。ある程度の年数を考えれば、コストも安くなります」

 さすがに、スティーブ・ジョブズとプレゼンで張り合える唯一の日本人経営者と言われる宋だけあって、数字が具体的である。

「さきほど、JTの新浦社長がグーグルやアマゾンの話を出されましたが、産業政策でグーグルやアマゾンが育ったわけではありません。競争があって、そこに電子教科書を使い倒し、慣れ親しんだ子供たちがチャレンジ精神をもって創業者として入っていく。そこから、第二のグーグル、アマゾンが日本から生まれるのです。政策としてできることは、フリーでフェアな競争環境とつくることです」

 宋が、委員席を見渡し、ちょっと間をおいた。

「JTを代表選手にすればこれからの大競争を戦えるという議論は全く理解できません。そもそも、二〇一〇年には、JTの組織論見直しの議論をするはずが、国際競争力強化のために国内競争は不要という議論にすりかえようとしているように見えます。イギリスで行われた、ブリティッシュ・テレコムの『機能分離』は、中途半端でした。オーストラリアではイギリスの失敗に学び、政権交代を果たしたラッド政権が、『構造分離』をしようとしています。目標は国際競争力の強化です。日本でも、せっかくの政権交代なのですから、JTを完全構造分離して、明治維新に匹敵する骨太の改革をしていただきたいと思います」
 とどめを刺すような宋の発言に、会場が一瞬、静かになった。その時、中原大臣の手があがった。

「すいません、タスクフォースで発言は控えたほうがいいとアドバイスされているのですが、よろしいですか座長」
「はい。大臣、どうぞ」

「本日はありがとうございました。私は新電電の小寺社長、ライブテレコムの宋社長のお話だけをうかがったのですが、お二人とも、国際競争力強化のためには、JT組織問題が鍵だという御趣旨だったように思います」

 新浦が目をむいて、中原のほう見た。腕組をしていた斎藤も、何を言い出すのかという顔で中原の方を向いた。

「もちろん、新浦社長の国際競争力強化のためには、ユーザー本位で見直すべき。韓国でも、中国でも、固定と携帯が統合しているというお話は、斎藤副大臣を通して十分、伺っています」

 斎藤が、ほっとした表情を浮かべた。

「今回、タスクフォースという形式で皆様に審議をお願いしたのは、今までの大臣の諮問機関とはちがう形式、政治主導で政策を進めたいという思いからです。国際競争力強化のために情報通信政策はどうあるべきか。皆様にこれを審議いただくわけですが、今回の議論をお聞きすると、なかなか交わりそうにありません」

中原が、新浦、小寺、宋の顔を一人ずつ見た。

「皆様もそれぞれのトップです。トップである以上、常にビジョンを目標数字で語っておられると思います。私もまずは、政治からビジョン提示があるべきだと考えていました。鷹山総理とも御相談し、情報通信政策のビジョンを私自身で発表し、その実現方法をタスクフォースで議論いただきたいと思うのですが、いかがですか」

 大臣から直接の発言に、委員が反対できるはずがない。新浦も事前に斎藤副大臣から聞かされていたらしく、鷹揚にうなずいている。新電電の小寺も少し困惑していたが、異を唱えるまでにはないと思っているようだ。

 宋が、横の早瀬に相談するように、ちらりと横を見た。

「中原大臣」
早瀬の手が挙がった。

「ビジョンを中原大臣自身がおつくりになるのは素晴らしいと思います。ただ、そのビジョン策定に当たっては、お願いがあります。まずは、明確な数字目標があり、年限を切ったものとすること。もうひとつは、オーストラリア、シンガポールなど世界のトップランナーを参考にしていただくことです」

「ありがとうございます。民政党が総選挙で掲げたマニフェストは、明快な数字目標をかかげ、何年までにという年限を切ることを特徴としています。財源を含めて、その実現方法をこのタスクフォースで議論していただく。その形でよろしくお願いします」

中原が立ち上がって、深々とお辞儀をした。

小説「光の道」 第45回 情報通信審議会、真実の姿

  師走も押し迫った一二月八日。早瀬は宋社長とともにプレジデントに乗り、総務省に向かっていた。霞が関に続く道の両脇に立つプラタナスの落ち葉が北風に舞っていた。
 
 総務大臣の私的諮問機関である総務省情報通信タスクフォース第三部会が、事業者のヒアリングを行うことが決まり、正式に要請されたのは二週間前。JTの新浦社長、新電電の小寺社長、ライブテレコムの宋社長の揃い踏みとなった。
 
 「プレゼン上手の宋社長と直接対決するのをJTがいやがって、宋社長が出席できないようにするために、急なスケジュール設定をJT出身の斎藤副大臣に迫ったようですよ」
 助手席に座った武田が小宮記者から聞いたのであろう裏話を明るく言った。

 宋は反応しない。これから始まる直接対決で「JT組織再編は古証文」という流れを断ち切る勝負どころだと思っているからだ。
 
 早瀬は、冷たい北風に託して思いやりのない政治に抗議している『詩経』の一節を思い出していた。「北風はそれ涼(つめ)たく、雪をふらして其れさかんなり。慈しみありて、我を好むものよ。手を携えてともに行かん」

 車が総務省横のVIP用玄関についた。松沢ら渉外部のメンバーが宋を迎えた。渉外部によって事前に受け付け登録がしてあるので、スムーズにエレベーターに向かう。
「少し前にJTの新浦社長、新電電の小寺社長も到着され、会場に向かわれました」
 
 松沢が話しかけても、宋は無言のままである。
 節電のため、薄暗くなっている廊下を進む。会場になっている会議室前で、カメラのライトがついた。
 会議室に入ると、情報通信タスクフォースの寺谷実座長ら委員のほとんどが席に着いていた。総務審議官、局長が座長から遠くの入り口側の下座に座る。ヒアリングをうける事業者席は奥である。座長に近い上座にJTの新浦社長、新電電の小寺社長。ライブテレコムの席は一番下座にある。傍聴者が注目する中、軽く会釈して宋が席につき、早瀬は随行者としてその横に座った。

 寺谷座長の進行で、会議がスタートした。
 「本日は、ご多用の中、斎藤副大臣をはじめ、皆様にご出席いただきありがとうございました。当部会のテーマはグローバル時代における情報通信政策はどうあるべきかであります。それを検討する二回目として、通信三社からのヒアリングを行います。それでは、まず、斎藤副大臣からご挨拶をお願いいたします」
 
 斎藤が立ち上がり、お辞儀をした。早瀬の目には、JT新浦社長のほうを向いて頭を下げたように見えた。
「総務副大臣を拝命した斎藤でございます。中原総務大臣、所要のため遅れておりますので、私が代わってご挨拶申し上げます。
 このタスクフォースは、JTの切り刻み論だけが大手を振って改革と考えられていた旧政権の議論から脱却し、世界で最高のブロードバンド環境を持ちながら、日本の情報通信政策に足りないものは何なのかという視点から議論いただきたい。中原総務大臣も、旧政権の議論は『一周遅れの議論』と言われています。
 ただ、私は情報通信政策を担当する副大臣という立場から、JT組織論をいっさい封印するものではございません。国際競争力という観点から、どんな形が望ましいのか、皆様から忌憚なき意見をいただきたく思います。本日はよろしくお願いします」
 
 JT労組出身の斎藤副大臣の面目躍如であった。あまりの露骨さに総務官僚は下を向いたが、まっすぐ斎藤を見つめている二人がいた。一人は、JTの新浦社長。もう一人が、ライブテレコムの宋社長である。

「それでは、ヒアリングに入ります。最初にJTからお願いします」
寺谷座長が、議事を進行した。

「本日はこのような機会をいただいてありがとうございます」
 新浦社長が型どおりの挨拶をして、現状報告を始めた。経営企画部が用意した原稿を抑揚もなく、たんたんと読んでいるだけのようなプレゼンが続く。

 電電公社時代から、JTは総務省、旧郵政省の事業者ヒアリングなどはまったく重視していない。総務省の情報通信政策がJTのサポートなく旧郵政省の官僚だけではできるわけがないと思っているからだ。審議会の委員だって、JTの研究所のデータにもとづいて話している操り人形にすぎない。

 特に情報通信審議会などは、JTが作った原案をいずれは天下りで飼殺しにする官僚と、研究費や講演費でがんじがらめにした大学教授を使って、正当化する機関にすぎないのだ。
さらに斎藤副大臣は、NTT労組の組織内議員。
 
 原稿をつくったのは有田経営企画部長だが、要は「お経」にすぎない。有田は、後ろの随行者席で余裕を持って発表する新浦社長を見ていた。
「最後に、一言申し上げます。このタスクフォースは『グローバル時代の情報通信政策』を議論していただく場です。まさに、新政権らしいテーマだと私どもは思っております。これからは、世界マーケットの中で考えることが重要です。
 米グーグルや、アマゾンなどと日本企業がどう戦うかという国際競争の観点からお考えいただきたい。インターネットの時代になり、電話の規制は合わなくなっています。ブロードバンドの規制は原則自由にしていただきたい。
 国際競争の中では、ある程度大きな規模と、資金力が必要ですし、ユーザーの視点で考えても利用者が不便を感じないように固定通信と携帯電話会社は統合すべき時期に来ています。現に韓国でも中国でも、統合の方向に向かっています。」
 斎藤副大臣が、メモをとりながらうんうんとうなずいた。

「では、次に新電電の小寺社長、お願いします」

「本日はこのような機会をいただきありがとうございます。政権交代後、初めての事業者ヒアリングでありますので、新電電が参入して以来の経緯を少しお話させていただきます」
理論派の小寺社長が押し殺すような声で話し始めた。

「約二十年前の一九八八年。東京大阪間の通話料は、三分で四〇〇円でした。その後、新電電の加入などで二〇〇一年には三分、八〇円まで値下がりしました。
 インターネットの時代となり、情報通信政策が『独占』から大きく『競争重視』に舵を切り、JTさんのメタル回線を借り受けることができるようになりました。ライブテレコムの宋社長らがADSL事業を展開され、一時、世界一速く、世界一安いインターネット環境が実現しました。

 一方、今、問題になっている『光ファイバー』は様子が違います。電話線でなく、光回線を引くのはゼロから敷くのだということで、我々も設備競争をがんばりました。しかし、歴史的に優位性を持つJTさんならともかく、私どもが光ファイバーをゼロからひくというのは不可能との結論に達しつつあります」

 そこまで話した時に、会議室入口がざわめいた。中原総務大臣が遅れて到着したのだ。寺谷座長に挨拶をし、斎藤副大臣の隣に座るや否や、パソコンを取り出した。発表の内容を記録しようというのだ。

「大臣が来られました。私の持ち時間は後わずかですので、結論だけ申し上げます。JTは、電電公社時代の設備の上で光ファイバーを引いており、圧倒的に有利です。もはや、JTのシェアが七〇%を超えており事実上の独占状態です。JTから光回線のインフラ事業を切り離し、各社が公平に使えるようにすることで競争を促進し、ブロードバンド環境を整備することが、グローバル時代の情報通信政策であると考えます」

 斎藤副大臣が小寺社長を見て小首を傾げた。ブラインドタッチでパソコン入力をしていた中原は、小寺を見て、何度か頷いた。

小説「光の道」 第44回 「光の道」構想

 総務省八階にある総務大臣室横にある待合室。早瀬は宋ライブテレコム社長とともに、中原総務大臣との会談が始まるのを待っていた。

「いったい、何を話せばいいのですかね。中原大臣も、斎藤副大臣も『JT寄り』。都築総務省次官にいたっては、退職後はJT副社長就任が確実と言われているのでしょう。総務省は『JT寄り』というより、『JTそのもの』ではないですか」

 宋が声をひそめて、早瀬に話しかけた。
「お好きな高杉晋作の話でもされたらどうですか。中原大臣も明治維新の話は大好きですよ」
 宋は奇兵隊をつくり、「面白き、こともなき世を面白く」と生きてきた高杉晋作の「オタク」とも言えるファンだった。

 民自党政権では、総務大臣が就任すると所管課である事業政策課が調整してすぐにJT、新電電、ライブテレコムの三大キャリアの社長を一緒に挨拶に行せるのが慣習であった。ただ、あくまで挨拶で時間は五分程度、話をするのはJTの社長のみという形式的なものであった。

政権交代後就任した中原総務大臣は「形式的な挨拶は無用。せっかくなら実質的な話し合いをしたい」と三大キャリア社長、一人一人との会談となったのだ。
 すでに別の日に、新浦JT社長、小野新電電社長との面会は終わっていた。両社とも、一五分程度だったとのことだ。

「お待たせしました。どうぞ、こちらへ」
大臣室に入ると、「為政清明」の書が目に入った。
初代内務大臣である大久保利通の手によるものである。
 
中原大臣が政治家らしく握手をして席を進め、二人が座るやいなや話し始めた。
「いやあ、宋社長、早瀬さん、よくお越しいただけました。あれは春でしたか、鷹山総理とともに『光ニューディール構想』をお聞かせいただきました。あれから、民政党のマニフェストにいれようとしたのですが、いろいろ抵抗があって断念せざるを得ませんでした」
 
ソファに浅く腰をかけていた宋が、それに答えた。
「歴史的な政権交代、そして大臣就任、おめでとうございます。日本ではじめての選挙による政権交代。私は明治維新のようなものだと思っています。明治維新のときには、最初の四年から五年でその後一〇〇年続く日本の『国のかたち』を作りました。例えば、郵便制度、教育制度です。是非とも民政党政権は、維新に臨む思いで政治に取り組んでいただきたいと思います」

「ありがとうございます。もとより、そのつもりです。内閣は九月一六日に発足しました。日本の歴史が変わるという、身震いをするような感激と、大変重い責任を感じています。米国や英国のように政権交代のルールが整っていないので、少しもたつき、宋社長や早瀬さんとお会いする機会が遅くなってしまいました」
 
地位が人をつくるという。中原の一言、一言が「次の内閣」時代とはことなり、格段の重みを持っているのを早瀬は感じていた。何といっても、通信事業者の生殺与奪の権限を持っている現職の総務大臣なのだ。

 中原が続けた。
「宋社長、実は二つお願いがあります。私はできるだけ、国民に直接政策を訴えたいと思っています。ルーズベルトがラジオの時代の政治家、ケネディがテレビの時代の政治家と言われました。私はインターネットの時代の政治家になりたいと思っています。そこで、総務大臣記者会見をつい最近スタートされたユー・ストリームで配信するのにご協力いただきたいのです」

 ユー・ストリームとはインターネットを使って、放送局が行っているようなライブ映像を全世界にライブ配信できる仕組みのことである。
 イラク戦争で、イラクに派遣された米兵が家族とのコミュニケーションをとるために始めたものが二〇〇七年三月に事業化された。
 ヒラリー・クリントンや、バラク・オバマが大統領選で使用したり、タイガーウッズが不倫謝罪会見を配信したりして有名になった。
 宋は、二〇〇〇万ドルを出資し、日本での事業展開の準備を始めていた。

「わかりました。現在、日本語での事業化を進めているところですが、急がせましょう。なに、ヤフーは三カ月で立ち上げたのですから、あと一か月もあればできるでしょう」
 宋はお安い御用だというように答えた。総務大臣が、記者会見で新事業のユー・ストリームを使ってくれるなら、いい宣伝にもなる。

「ありがとうございます。実は、その第一回目に発表したいものがあります」
 中原が、秘書官に命じて書類を配布させた。表紙には「ICT維新、中原ビジョン」と書かれていた。
 書類を手にし、ざっと目を通した早瀬は「ICT維新ビジョン」の一節、「光の道構想」に注目した。そこには「二〇二〇年までにすべての世帯でブロードバンドサービスを利用できるようにする」と書かれていた。

「『光の道』ですか・・」
 
早瀬が思わずもらすと、中原が言った。
「これは、鷹山首相と御社を訪問した時にお聞きした『光ニューディール構想』が下敷きになっています。あれから、政権をとって総務大臣になったら何をなすべきかを、私のブレーンと一緒に考えてきました。結論は『光の道』構想を推進していくことです。そこで、第二のお願いは、『光の道』構想がライブテレコム案を下敷きにしている事を秘密にしていただきたいということです」

「もちろんです。誰にも言いません。私は一事業者として考えるのでなく、情報通信が日本のためにどうあるべきかを考えて『光ニューディール』構想をお話ししました。日本のお役に立てるなら本望です」

 宋が、嬉しそうに答えているのを見て、早瀬は思った。

(新大臣の政策が、一事業者の案を基にしているとしたら普通なら大問題だ。しかし、情報通信政策は事情が異なる。もともと、総務省が出す政策なるものは、JT経営企画部が持ち込んで自分有利に実現してきた。だからライブテレコムが政策を持ちこんだとして単に政策競争が起きただけのことだ。でも、これも政権交代があったればこそだ)

「いやあ、無理なお願いをお受けいただきありがとうございます。私はメディアでは『JT寄り』と書かれているようなので御心配だったと思います。鷹山政権の最大目標は来年の参議院選挙で勝利することです。それには、JTの協力は欠かせません。でも、それももう終わりました。これからは、自分の政策実現にまい進します。ナポレオンではありませんが『政策こそ命』ですからね。『光の道』推進に当たっては、是非ともデータ資料などいただきたいと思います。窓口は早瀬さんでよろしいですか」

「はい、よろしくお願いします」
 中原が宋と、早瀬に握手を求めてきた。

(なるほど、JT労組が大会で、参議院議員候補へ推薦をだすのを辛抱強く待っていたわけか。推薦決定されたので、JT組織問題の入った政策を打ち出すわけだ。たしかに『光ニューディール』より『光の道』の方が覚えやすい。それに、中原ビジョンとして、大臣が言ってくれれば『大義名分』も確立するし、宋社長だけでは足らなかった、『象徴』も中原大臣、宋社長のペアならなんとかなるかも知れない)
 中原の明るい顔を見ながら、早瀬は自分が仕掛けた「イノベーション」が動き出したのを感じていた。 

小説「光の道」 第43回 天地鳴動の政権交代

 まさに、天地鳴動であった。八月三〇日。日本で初めての有権者の選択による、「政権交代」が現実のものになった。民政党は三〇八議席という地滑り的勝利。そして、九月一五日、「政治主導」をスローガンにした民政党鷹山内閣が発足した。

 通信業界関係者注目の総務大臣は、おおかたの予想通り中原が就任した。 
正式な内閣発足の前日、早瀬が執務室でインターネットニュースを眺めていると「総務大臣に中原氏内定」と流れた。お祝いの電話をと携帯電話を手にした。
 当時の鷹山代表とともにライブテレコムを訪問した中原に「光ニューディール政策」を説明して以来、早瀬と中原は携帯電話で連絡を取り合う仲になっていた。

 プロジェクトの三要件の一つ「象徴」に対し、早瀬は当初、宋社長でいこうと思っていた。しかし徐々に、それだけでは足らないことがわかってきた。ベンチャーの雄である宋には、ファンも多いが敵も多い。ここにはプラスアルファが必要だと考えていたときに、中原が現れた。

 当選五期。テレビの政治番組の常連だけに全国的に知名度も高く「改革派」である。早瀬もよく政治討論番組で一緒だったので、気心も知れていた。宋と同じ長崎県出身というのもいい。宋社長プラス中原を、JT分離という大いなる企ての「象徴」にしたい。そのためには、中原が総務大臣になってほしいと考えていた。それが、実現したのだ。
 
 夜十時を過ぎていたので、ちょっと遅いかなと一瞬躊躇したが、留守電にお祝いを残せばいいだろうと思いなおし発信ボタンを押した。

思いがけず、一回のコールで中原が出た。
「中原総務大臣内定だそうで、おめでとうございます」
「ありがとうございます・・と言ってはいけないのですよ。官邸からは正式発表がされるまでに漏れたらポストを取り消すと言われています」
 中原が明るい声で言う。

「そうですか。それでは、正式発表を楽しみにしています」
 他からも電話がかかってくるだろうからと短く電話をきろうとしたら、中原が続けた。

「いただいた電話で恐縮ですが、宋社長にもお伝えいただきたいことがあります。第一は、明日の大臣就任の記者会見は気にしないでくださいということです。とくに、情報通信関係は」

 中原新大臣がJT組織問題をどう話すかは情報通信業界すべての注目の的であった。それを気にしないでくれと言う。

「それからもう一つ。総務副大臣は、JT労組出身の斎藤さんになりそうです。なんでも、官邸が考えている総務大臣候補は改革派だそうなので、斎藤さんをいれないと納得しないとJT労組から言ってきていると、報道による副官房長官候補が言っていました」

 鷹山内閣の副官房長官には、松沼参議院議員がなると報道されていた。松沼は、京都府選出。同じく京都出身、新電電社長の小寺に可愛がられJT独占問題については、厳しい問題意識を持っている。

「しかし、斎藤さんでは、ゼネコンの幹部を国土交通省の副大臣にするようなものだと批判が出るのではないのですか」
 早瀬が懸念を感じて言うと。

「報道による官房副長官によると・・面倒くさいですね。松沼さんによると、政治の世界ではまとめようとするとき、一番の反対派をそのプロジェクトの責任者にするといいのだそうです。『とりこむ』というのですが、直接の担当者にすると、かえって堂々と反対しにくいからいいだろうとのことでした。鷹山総理も『光ニューディール』を四年の任期中に行われるおつもりのようですから・・ええと、総務大臣候補もそのつもりだと思いますよ」

 早瀬は思わず噴き出しそうになるのを押さえながら言った。
「それでは、まだ何も決まっていないとのことですから、中原さんの『次の内閣』総務大臣の、『次の内閣』がとれるのを祈っています」

「そうなのですよね。私が『次の内閣』総務大臣になったのは浅香内閣の時でした。それから二人も民自党の総理が変わりました。次の、次の、次になってやっと政権交代です。しっかりやりますよ・・と総務大臣候補も思っているのではないですか」

 九月半ば、暑さはまだ残るが、吹く風には秋の気配が感じられた。早瀬は劉邦が頂羽に勝利した後の「大風の歌」を気持ちよく思い起こしていた。

「大風起こりて、雲飛揚す。
 威、海内に加わりて、故郷に帰る。
 いずくにか猛士をえて四方を守らしめん」


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