島さとし(嶋聡)の「大風呂敷のススメ」

松下幸之助に学び、ソフトバンク社長室長3000日の後、多摩大学客員教授を務める元衆議院議員「島さとし」のブログです。

小説「光の道」

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小説「光の道」 第42回 分割論は「フタ」をせよ!

 七月一四日。三三度を超える真夏日のなか、東京青山の明治記念館では「どうなる?総選挙後の情報通信政策」と題されたシンポジウムが開かれていた。
 主催はIT関連の財団法人だが実質上のスポンサーはJT持ち株会社。有田経営企画部部長は、関係者席に座り全体進行を見渡していた。

 一二日、日曜日に行われた東京都議選の結果は、民政党五四議席、自民三八議席と野党民政党が第一党になった。東京都議選は政治の先行指標と言われる。政権交代の足音が聞えていた。衆議院解散総選挙も任期が来る九月までには必ず行われる。
 このシンポジウムは、学識経験者やメディア関係者が情報通信をテーマに民自党と民政党の政策の違いを見極め、来る総選挙を「政策本位の選挙」にするために開催された。
 与党民自党からは、瀬古参議院議員。野党民政党からは斎藤正参議院議員、次の内閣総務副大臣が出席した。

 会場の関心は、「二〇一〇年の時点で検討を行い、速やかに結論を得る」と政府与党で合意され、政府の「骨太の方針」にも入り閣議決定された「JT組織問題」が総選挙後、どうなるかであった。

「さて、皆さんの大きな関心は、小森内閣時代に閣議決定され、二〇一〇年に検討を行うとされたJT組織問題がどうなるということです。まず、瀬古参議院議員にお聞きしましょう」
 進行を務めるニュースキャスターの小宮雅子が元JT広報部員だった瀬古に話を振った。

「日本経済は、リーマンショック後のデフレギャップ状態から抜け出せないでいる。国際競争力はどんどん落ちている。今は、経済の復興が第一です。優先度から考えて、JTの経営形態の議論に時間やエネルギーを割くべき時なのかという疑問が残ります。どうか皆さんはグローバルな視野で見ていただきたい。JTが巨大すぎるというが、JTぐらいの規模がないと世界経済で戦えないのです」

「なるほど、斎藤さんは次の内閣総務副大臣でいらっしゃいます。政権交代の可能性が高いと言われていますが、今の瀬古さんの発言をどう思われますか」
 小宮が今度は斎藤に話を向けた。

 JT労組のホームページを開くと、斎藤正の笑顔の写真が登場する。斎藤はJT労組の「組織内議員」である。
 組合が推薦する議員にはランクがある。票も金も丸抱えで世話をするのが「組織内議員」。票も、金も一部支援するのが「準組織内議員」。そして、票だけを支援するのが「推薦議員」である。
 斎藤は、「組合の議員」であり、ホームページでは、まるで社内の人事異動で議員をしているような紹介のされかたをしている。

「はい。私が政権交代後、総務副大臣になるかどうかはわかりませんが、なったとしたらという仮定で申し上げます」
 会場内が、斎藤の発言に注目した。一七万人のJT組合員の組織力は民政党に大きな影響力を持つ。その後押しで、政権交代後は総務副大臣になるだろうと業界内で予想されていたからだ。

「瀬古さんとは党は違いますが、情報通信で日本を立て直すという目標は同じです。日本復興のためには、政党を超えて考えなくてはなりません。私も今の瀬古議員の発言に全く同感です。そもそもJTは民間企業です。しかも、日本一の営業利益をあげている優良企業。組織形態は、JTの経営者が考えればいいことです」
 斎藤のあまりにJT寄りの発言に会場にはしらけた雰囲気が漂った。

「そもそも、小森改革が間違いであったということは国民の前に明らかになっています。二〇〇六年の『骨太の方針』ですか。そんな古証文を持ってきても議論になりません」

 この発言に小宮が注目した。
「瀬古さん、斎藤さんは小森改革を否定されました。瀬古さんは、小森内閣の後継であった浅香内閣の広報担当首相補佐官でもあられました。考えてみれば、二〇一〇年にJT
の組織形態を見直すというのは、小森内閣の閣議決定です。日本では政権交代は珍しいわ
けですが、仮に政権交代がなされた場合、民自党政権の閣議決定というのはどうなるので
しょうねでしょうね」
 
 なかなかのくせ球である。JTの元広報部員と、JTの組織内議員がJT組織問題を議論するという「やらせ」のシンポジウムにさせてはいけないという小宮の意地もあったのだろう。

「日本の有権者は賢明な選択をされますので、民自党が引き続き政権を担当させていただけると思っておりますが、一般論で申し上げます。政権交代後も行政の継続性は担保されます。例えば、外交問題など政権が変わって一挙に変わったら大変ですからね」

「ということは、二〇一〇年にJT組織問題を速やかに検討するという閣議決定は、総選挙の結果いかんにかかわらず、生きていて実行されるということですね」
「あくまで、一般論としてはそうです。まあ、仮に、仮にですよ。政権交代があって、民政党さんが『政府与党合意の閣議決定』をもう一度否決されるなら別ですが」

「斎藤さん、いかがですか」
「仮定の質問にはお答えできかねます」

関係者席に陣取る有田は、依田前社長からもらった「マキャベリ語録」の一説を反芻しながら「これでいい」と思っていた。
(古代ローマ人は、紛争に対処するにあたって、賢明な君主ならば誰もが行うことをした。彼らは、将来起こりうるものにも対策を忘れなかった。ローマ人はあらゆる努力を払って、それらがまだ芽でしかないうちに摘み取ってしまう。政権交代があるにしても、ないにしても、どちらの政党にも布石は打ってある。JT組織論はフタをしてしまうのに限るのだ)

小説「光の道」 第41回 税金投入なしの大プロジェクト

 「本日は、ご多忙のところ鷹山代表をはじめ、中原先生、松沼先生まで当社にお越しいただきありがとうございます」
 社長室フロアにある応接室で宋は、控え目に話し始めた。

 JT組織問題が来年から始まる予定だが、もしも民生党が政権を取ったら「二〇一〇年問題」は宙に浮くだろうというのが多くの予想だったからだ。
 衆議院の任期切れまであと一年。総選挙が迫っていた。民主党は一七万人を超えるJT労働組合を支持基盤としている。JT組織再編問題は竹村委員会の「分離」どころか、「再統合」への力学が働くとさえ見られている。

 「こちらこそ、世界を飛び回っておられる宋社長のお時間を早々にいただきましてありがとうございます。日本経済は先日のリーマンショック以来、かなり痛手を被っています。日本を立て直すためにお知恵を借りるためにやってまいりました。それから、もう一つ。今日は二人を紹介いたしたく一緒に参りました。中原次の内閣総務大臣と松沼政調副会長です」
 
 鷹山の話し方はどことなく品がある。それが頼りないと言われる原因でもあるが、人の話をよく聞くと言われ、周囲に若くて優秀な人材が集まってくる。

「ほう、次の内閣総務大臣ですから、総選挙後で政権をとられたら、中原先生が総務大臣になられるというわけですね」
 宋が、テレビの政治番組でよく見る中原の方をむいて言った。会うのは本日が初めてだったが、顔を何度も見ているせいか、前からの知り合いのように話した。

 「それが、そうでもないのですよ。『次の内閣』はあくまで野党時代のもので、本当に政権を取ったときはまた考える。閣僚人事はあくまで総理の専権事項だということになっています。私はイギリスのように次の内閣がそのまま閣僚になるべきだと主張しているのですがね」
 中原がチラリと鷹山代表を見て言った。テレビ番組で鍛えられているせいか、きわどいことを言っても嫌みは感じない。早瀬の方を向いた。

 「早瀬先生、お久しぶりです。ここでは早瀬取締役ですか。取締役になられたので、テレビ番組出演を控えておられるせいか、ずいぶん御無沙汰してしまって。ご存じのように、私は県議会議員を経験していますので、地方自治行政は得意なのですが、情報通信行政は今一つなのです。また、ぜひ教えてください」
 早瀬は、「通信の未来を考える懇談会」でJTに対して厳しい論陣をはり、分離を迫った。JTは各テレビ局の大スポンサーである。レギュラーとなっていた報道番組から次々と降ろされてしまった。JTの圧力が原因というのは誰もが知っていた。
 
 中原がそれを知らないわけではないが、配慮して「取締役になられたので」と言ったことに早瀬は好感を持った。
「中原さん。是非とも総務大臣になってください。せっかく、鷹山代表がおいでになるというので、提言を用意しました。『光ニューディール計画』といいます」
 
 早瀬がすばやく、A4用紙一枚の資料を配布した。
 資料はできるだけ少なく、A4用紙一枚にするのは小森内閣のときの癖だった。小森総理はいっさいメモをとらなかった。その場で聞いて、腹で納得したことだけを記憶した。だから、専門用語はできるだけ使わずポイントだけを記すことに腐心してきた。

 ところが、鷹山は違った。ボールペンを取り出してメモの準備をした。資産家の鷹山らしからぬ一本百円で売っている普通のボールペンであった。中原にいたっては、パソコンを取り出したのだ。

 政権交代後、どんな日本をつくっていくかを真剣に考えている表れだと思い、早瀬は意気込んだ。

「政権交代したアメリカ、オバマ大統領のニューディール政策の本質は環境プラスITです。『米国再生の投資計画』は三〇〇万人以上の雇用創出と長期成長を目標にし、具体策として、『今後三年間で代替エネルギーの生産倍増』など六項目をあげています。一般に『グリーン・ニューディール』と言われていますが、中身を点検すると『五年以内に医療カルテの全電子化』、『二一世紀にふさわしい教室、図書館の整備』『ブロードバンドの拡大で地方企業の競争力強化』と六項目中、三項目がIT関係で占められています」
 
 スタンフォード大学工学部を卒業し、大学で教鞭もとっている鷹山首相が身を乗り出してきた。アメリカは共和党政権から、「Yes、 WE CAN」を合言葉に、オバマ民主党に政権交代していた。鷹山が、それに倣いたいと思っていることを早瀬は意識していた。

「二〇〇七年に、保守党から労働党に政権交代したオーストラリアも政策のメインテーマはITです。労働党、ラッド政権は国際競争力向上のため、政府・民間の合弁会社を設立し、全オーストラリアの住宅、学校、企業の九割を光ファイバーで結ぶという計画をぶち上げました」
「オーストラリア、ラッド政権は政権交代後、一年以上経過していますが、支持率は七割を超えています。マキャベリの君主論に、『大事業を行い、前任者とは違う器であることを人々に示す』のが、尊敬を勝ち取るコツだとありますが、オーストラリアで三兆円とは大きな事業です。人口は日本の五分の一、二五〇〇万人ほどですからね」

 鷹山代表のスピーチライターであり、「知恵袋」と言われる松沼政調副会長が控え目な口調で言った。
「日本もこれに倣うべきです。私が提言する『光ニューディール』構想のメイン事業は、現在のメタル電話回線五千五百万のすべてを五年間で光ファイバーに切り替え、日本列島を世界一のブロードバンド列島にすることです。遠隔医療、遠隔教育、テレワークなどの。ブロードバンドが全世帯に普及すれば、デジタル生活革命が起きます。『生活が第一』の民政党の公約をステップアップするものとしていいのではないでしょうか」

 参議院勝利の原動力になった「生活が第一」という民政党の公約をもちだしたことで、場の空気がなごんだ。

 「総事業費はいくらぐらいですか。『子供手当』とか『高速道路無料化』とか、マニフェストに掲げる目玉政策だけで、首が回らない状況なのです。政権を取った後、予算が組めるかどうか心配しています。医療や教育などは政権交代後、通信利活用のために規制や慣行を見直せばできると思いますが」
 官僚出身で、官邸スタッフもしたことがある松沼がポイントをはずさずに聞いた。

「試算してみましたが、総事業費は、約四兆円です。そして、これが最大のポイントなのですが、この構想は税金なしでできるのです」
 
 早瀬の資料に、ボールペンでメモをしていた鷹山が顔を上げた。
「オーストラリア方式です。政府も出資する光ファイバー会社をつくり、資金はプロジェクトファイナンス方式で調達する。現在は金余りですから、四兆円はすぐに調達できるでしょう。概算ですが、現在の電話基本料金並みの一二〇〇円を負担してもらえば、一〇年で回収できます。また、これは社会インフラをつくるすごい投資でもありますから、税金を使わない景気刺激策でもあります」

「非常に面白い話ですが、要するに政府出資の独占会社をつくり、税金でなく、通信料金という形で資金を徴収するというものですね。地域独占の電力会社方式の光ファイバー公社をつくるようなものだという批判を招きますよ」

 松沼はさすがに呑み込みが早い。政府保証の独占会社だから安定的な収入を得ることができる。これは、金融業界にとっても、美味しい話だ。電力会社が原発事故でも起きない以上、安定した収入を生み資産株であるのと同じように、安全度の高い株となる。プロジェクトファイナンスも当然可能となる。

 「光ファイバーをどう見るかが、ポイントです。工業化時代のインフラは道路でした。道路はもちろん、国が整備しましたよね。本来、ブロードバンドも国が整備して、そのうえで、サービス競争をさせるように開放すべきだったのです。ところが、レーガン、サッチャー以来の民営化政策によって、民間が行うことになった。サッチャー革命があったのは千九百八十年代、すでに三十年前のことですよ。政策の発想を変えて、国際競争力強化のために、光ファイバーを国主導で集中的に、短期間で整備する。アメリカも、オーストラリアも今までの民間主導から発想を変え、国主導でブロードバンド整備をしようとしています。ここはまさに政治主導で決断すればできる話です」
 
なおも、松沼が政策論争をしようとしたときに、鷹山代表が口を開いた。
「これ、五年でなく、四年でできませんかね」
 政権交代後、衆議院任期四年の間でやれないかという問いかけだった。
「鷹山代表が腹を決めていただいたら、私が責任を持って四年でやってみせましょう」
 それまで黙って話を聞いていた宋社長が、力を込めて言った。

小説「光の道」 第40回 光ニューディール構想

  ライブテレコム本社最上階にある早瀬社外取締役の部屋から見下ろすと、浜離宮がよく見える。雨に煙ってはいるが桜、菜の花など花々が一斉に開いている。春分から一五日目となり、季節は清明。春の最も良い時節である。
 
早瀬は、宋社長の要請を受け、二〇〇七年の六月からライブテレコムの社外取締役になった。
 東城大学経済学部総合政策学科の教授も続けており、兼任である。一般的には社外取締役は取締役会のときぐらいしか会社には来ないのだが、早瀬は大学の講義がない時には、できるだけライブテレコムに来ていた。「二〇一〇年問題」が近づいてきた今年に入ってからはどちらが本職かわからないくらいになっている。

 朝、九時ちょうど。ドアがノックされ、松沢とマリアージュ・フレール社のティーポット入りの紅茶を持った武田が入ってきた。
「おはようございます」
松沢課長、武田とも渉外部所属であるがこれも兼任で早瀬取締役の補佐を務めている。
 「おはよう。本日は民政党の鷹山代表が宋社長との会談で一一時に来られるとのことだね。私も同席するように言われているが、用件は何なのかな」

 民政党、鷹山幸男代表。祖父が初代民自党総裁、総理。父親が外務大臣という政治家一家に生まれた。初当選は民自党からの立候補だったが、政治改革を志し、民自党を離党。その後、民政党を設立し一五年。近々の世論調査では、民生党への政権交代の可能性が日増しに高まっており、次の首相候補である。名前は「鷹山」だがソフトクリームのように甘いとも言われる「政界の御曹司」である。

「はい。昨年のリーマンショック以来、危機に瀕している日本経済復活のためにどんな方策をとるべきかを経済界からお聞きしたいということだそうです。自動車工業会、鉄鋼工業会にもいかれるとのことです。一緒に来られるのは、中原幸次『次の内閣総務大臣』、松沼哲郎政調副会長です」
松沢が型どおりの報告をする。

 早瀬が社外取締役を受けたのは自らが報告書としてまとめた二〇一〇年問題」に取り組む為であった。
プロジェクトを進めるのは「鬼が島」に鬼退治に行った桃太郎のように、犬、猿、キジがいると考え、補佐役をつけるように依頼した。忠実に任務を遂行する松沢はさしずめ、「犬」である。
「何でしたら、奥さまに電話して聞いてみましょうか。お茶会で鷹山夫人とはよく御一緒するのです。早瀬取締役の奥さまもよく御存じですよ」
武田が明るい声で言った。趣味の茶道を活かして多様な人脈を持ち、情報を集めてくる武田は「キジ」である。渉外部と広報部の窓口を務めており、新聞記者とも仲がいい。
 
鷹山夫人は宝塚出身。社交的で、鷹山代表にもっとも影響力のある人と言われている。
「ふーん、茶道ネットワークというのはすごいね。でも、そこまではいい。鷹山代表とは勉強会に何度も呼ばれたことがあるし、中原さんとはテレビ番組で何度か一緒になったので気心は知れている。松沼さんは参議院だよね」
「はい。日読新聞の小宮さんから聞いたところ、松沼さんは鷹山代表側近。鷹山代表の党首討論や代表質問などを担当しており、民政党政権になったら官房副長官確実と言われているそうです」

「ああ、小宮記者元気ですか。なんでもJTに睨まれて、すぐに政治部に戻すという名目で情報通信記者会から追い出されたとのことだったけど」
 日読新聞の小宮は、二〇〇六年の「通信の未来を考える懇談会」で通信業界が沸騰している時に政治部から総務省担当の情報通信記者会に配属された。JT組織問題は、通信業界だけでなく政治を巻き込んだ大きな動きになるということをにらんだ人事だった。
 
小宮記者は、政治部の感覚でJT経営陣にするどく切り込んだ。ところが、JT持ち株会社ともたれあっている情報通信記者会では異質の行動と受け止められた。

 あっという間に、情報通信担当から政治部に戻されたとき、業界では「JT持ち株が圧力をかけて見せしめ人事をした」と囁かれたものだった。

「ええ、与党民自党担当から、野党民政党担当にされたとぼやいていました。そのうえ、代表担当でなく、配属当時はナンバー二の鷹山幹事長番でしたからなおさらでした。野党幹事長などだれも注目しませんからね。ところが、その鷹山さんが急きょ代表となり、次の首相候補ナンバー一になって喜んでいますよ。今回も、鷹山さんが当社にこられるとのことで向こうから電話をくれたのです。一度、早瀬取締役にお会いしたいと言っておられましたよ」

「ああ、いいですよ。広報と相談してセッティングしてください」
 大学教授の時代、発言は自由でよかった。しかし、ライブテレコム取締役である以上その発言は株主に対して責任がある。したがって、記者とのインタビューの時などは必ず広報と武田が同席する。最初、ちょっと窮屈だったがだいぶ慣れてきた。

「早瀬取締役、これご依頼いただいた本です。アマゾンから取り寄せました。ちょっと古い本なので新品が無いものあり、一冊は中古になってしまいました。申し訳ありません」
「いや、僕の若い頃は神保町の古本屋街で絶版になっても読みたい本を探しまわったものです。今は便利になったものだ。どうもありがとう」
 短い、立ったままの朝のミーティングが終わり二人が出て行った。

「あと、サルが欲しいな。霞が関のルールや国会のルールを知っている人間が。まあ、これは自分でやるしかないか」
 早瀬は独り言をいいながら取り寄せてもらった本を手に取った。

本は三冊ある。劉邦の軍師張良が愛読し、太公望兵書と呼ばれる「六韜三略」。世界帝国唐王朝の基盤を固めた名君大宗と重臣魏徴らとの問答を記した「貞観政要」。二冊の中国古典は新品であった。もう一冊は早瀬が学生時代に読んだ経済評論家の本で「イノベーションのノウハウ」という。社会に対してどうイノベーションをおこすかについて書いてあったのが印象的だったがすでに絶版になっており古本だった。
 ざっと、「イノベーションのノウハウ」を読んだ後、早瀬はこれから成そうとする「大いなる企て」についてメモをまとめはじめた。

「イノベーション成功の三要素
一、志高く
 プロジェクトの大義名分を明確にし、青天白日のものにしなくてはいけない。人は正義にて動くものではないが、正義のために動きたいと思っている。
 JT解体が目標であったとしても、それでは人は動かない。志高く、国家レベルの大きな構想の中で、「二〇一〇年問題」を議論しなくてはいけない。
 最終的には、閣議決定のような「錦の御旗」にすることが必要である。

二、 シンボルの確立
カリスマのある人物をシンボルとして戴かなければならない。多くの人間は理屈でなく、イメージで判断するので象徴の有無が成否を決する。
 郵政民営化を成し遂げた小森元首相、三公社民営化を打ち出した第二臨調の土光敏夫氏など、大きなプロジェクトにおいてはシンボルとなる人物が必ずいた。
 宋社長も一種のカリスマを持っているが、まだ敵が多く、これだけでは弱い。プラスアルファが必要である。

三、広報
 あらゆる機会、チャネルを使って、プロジェクトの意義を広く繰り返し発信しなくてはならない。人間は初めて聞いた時は違和感を持つが、二回目には『知っている』と共感を抱き、一〇〇回目にはその人にとって真実になる。
 だが、情報通信記者会をはじめ、大手メディアはJTに押さえられている。新しいメディア手段を探さなくてはいけない」
(鷹山代表の訪問目的が、政治資金などの協力要請ではなく、本当に日本経済復興策を聞くためならこれを出してみるかな)
 早瀬は、ファイルを取り出した。表紙には「光ニューディール構想」と書いてあった。
 

小説「光の道」 第39回 二〇一〇年問題・・JT分割

 不利な状況の中でも、競合事業者がまちわびていたのが、二〇一〇年に始まるとされた「JT組織問題の議論」である。「二〇一〇年問題」は、強大なJTグループを崩す一穴であった。竹村前総務大臣の「通信の未来を考える懇談会」でJT組織問題を考える議論がもりあがった。二〇〇六年のことである。
 
懇談会は、実質的独占で日本の通信業界をゆがめている張本人はJTだとして、即座に機能分離、さらにはJTグループのJT東西、JTケータイなどを完全に資本分離して自由にさせることすら視野に入れて、報告書をまとめた。
「二〇一〇年には通信法制を抜本的に見直して、JT持ち株会社の廃止などを含む検討を速やかに始めるべき」

 これに対し、JT経営企画部の働きかけにより民自党片岡元総務大臣、松田情報通信調査部会長などが反発を強め、調整が行われた。
 報告書提出後、三週間の調整が行われ、当時の浅香官房長官と側近であった須賀総務副大臣の尽力でなんとか合意にとりつけた。
 巨大な実質的独占企業体であるJTグループの命運を握る「政府・与党合意」は以下のようにまとめられている。
「JTの組織問題については、ブロードバンドの普及状況やJTの中期経営戦略の動向を見極めたうえで二〇一〇年の時点で検討を行い、その後速やかに結論を得る」

 新浦が社長に就任したばかりの、二〇〇七年夏に開かれたJTグループ社長会。依田前社長を前にして、主要グループ各社の首脳陣に新浦が二〇一〇年問題に対して決意表明をした。

 「政府与党合意の『二〇一〇年問題』は絶対にJTグループの組織見直しありきの議論にはさせない。政府与党合意をきちんとよんでもらえばわかるが、『世界の動向やブロードバンドの進展状況を見ながら、情報通信全体のあり方を考える』というのが政府与党合意の趣旨であることをここで再確認しておきたい。JTの組織をどうするかなどという議論は、世界の動向を見ると『一週遅れ』の議論である」
 
 有馬は経営企画部部長として、新浦の原稿を作った。
有馬が、企画立案し、持ち株会社社長である新浦がJTグループに指示すると二五万人がその方向に動く。JT経営企画部はまさに、JTグループの参謀本部なのである。有馬は参謀としての実権を手に入れそれを行使することを楽しんでいた。

 JTグループの総帥となった新浦は、組織防衛の決意表明を行った後、矢継ぎ早にJT持ち株経営企画部の強化策を打ち出した。
 
 まずは、元総務事務次官の金井薫氏を、JT持ち株会社の副社長に招へいした。
事務次官は役所のトップである。しかも金井氏は自治省、総務庁、郵政省の寄り合い所帯である総務省の中では肩身が狭い郵政省出身の事務次官。四年間ほど、総務省関係の財団理事長をつとめロンダリングが終わっているので、法的には「天下り」とは言えないが、実質的「天下り」である。
 
 これほど「天下り」に対して、厳しい評価のある昨今だが、JT持ち株会社のような強者は世間の評判など気にする必要はない。少々、マスコミは騒ぐだろうが「人のうわさも七五日」。いずれ忘れる。
 それよりも、いざ二〇一〇年問題の時に、後輩の局長以下に圧力をかけられる元事務次官をうちに囲んでしまった方がいいというのがJT持ち株の考え方である。
 要は、力なのである。

 さらに、現職の局長以下に、JTへ恩を売っていけば、「退職後はJTの副社長になれる」という印象をつけられるのが大きい。
 そして、同じ二〇〇七年六月の人事で、有間は経営企画部部長に抜擢された。片岡元総務大臣との勉強会にずっと出ており、政界とのパイプが強いことが評価されたのだ。
 
 有馬は新浦から囁かれた言葉をしっかりと頭に刻みつけている。
「二〇一〇年問題は、圧倒的に重要だ。JTは大きく、強くなくてはならない。二〇一〇年問題を乗り越えた時、君の将来も見えてくる」

 だが、すぐに有馬にとっての誤算が生じた。頼りの片岡元総務大臣が、〇七年七月の参議院選挙で落選してしまったのだ。
 思いもかけない民自党の大敗北。参議院で民自党過半数を失い、国会は衆議院では民自党が、参議院では野党民生党が多数を占めるという「ねじれ国会」になった。
 
 新浦は記者会見で「何も影響がない」と表面的には平静を装った。しかし、何も影響がない訳ではない。大打撃だというのが本当のところであった。
 片岡落選を有馬が告げた時、新浦は激怒して言った。
「片岡さんの選挙区は岡山だったな。JT西日本は何をやっていたのだ。岡山支店長は、すぐに更迭しろ。民自党にJTが反省していることがわかるようにな。これから政界工作員の再編成だ。有馬君なにか腹案はあるか」

 「はい。まずは、JT広報にいたこともある瀬古議員を中心に再編成します。ただ、注目しなくてはいけないのは、次の総選挙で民自党から民主党への政権交代があるかもしれないということです。新浦社長、そこで一つお願いがあるのですが」
「何かね。言ってみなさい」
「はい。JT労組と接触することをお許しいただきたいのです。今回の参議院選挙でも情報産業労働組合連合会出身の議員が新人で一人当選しました。同じく全国区で出ている斎藤雅彦参議院議員は当選二回でもありますし、民生党次の内閣総務副大臣もしています」
 新浦は何だ、そんな事かという顔をした。

「そうか、君はまだ労組と持ち株との本当の関係を知らないのだな。わかった。これから毎月開いている労組委員長との情報交換会にも私の随行として参加しなさい。斎藤か。一度あったことがあるが、どうも頼りなかったな。政治家というより、うちの研究所にいるようなタイプだった」
「ありがとうございます」
 
 有馬は頭を丁寧に下げた。有馬は持ち株会社とJT労組が、俗に言う「ズブズブ」の関係であることを知らないほど初心(うぶ)ではない。これを機会に、労組との情報交換会に出席することが目標だったのだ。斎藤のように票も金もJT労組に丸抱えされている議員を操り人形のように動かすには労組との関係が強いことが必要だったのだ。

 それから二年近い時が流れた。衆議院議員の任期は、二〇〇九年九月まで。浅香総理が参議院議員選挙敗北の責任をとって辞任して以来、民自党は「ねじれ国会」でふらふらとなっていた。

 民自党と民正党との支持率は民自党二〇%、民正党三五%となっており、日本で初めての選挙による政権交代の可能性が高まっていた。有馬は、民生党に布石を打っておいたことに満足していた。

小説「光の道」 第38回 生かさぬように、殺さぬように

 二〇〇九年二月。依田が退任し、JT持ち株会社の社長となった新浦覚は、二千八年度第3四半期の決算発表会見に臨んでいた。
 売上げ高十一兆円、営業利益は一兆円。リーマンショックにより、自動車産業などが苦しんでいることもあって、上場企業約四千社の中で営業利益日本一が確実となっていた。

 前任の依田と違い、長身で温和に見える新浦だが、出身は労務畑である。利益がどれだけあがっていても長期的には苦しいと組合に訴える時と同じように、伏し目がちに話し始めた。
「JTグループの営業利益が国内首位になります。しかし、業績がとくに上がったわけではありません。相対的にこうなったにすぎないのです。法人向けのシステム構築や、光ファイバーの販売が想像以上に苦しくなってきており、いろいろな影響が出始めています。経営にはよりいっそう細心の注意をはらわなくてはなりません」

(JTは儲かりすぎてはいけない企業なのだ)
 経営企画部部長に昇進した有馬は、記者会見場で永井経営企画本部長の横に座りながら依田前社長から聞いたことを思い出していた。

「いいか。規制を強化されるぐらいなら、競合事業者に多少のシェアを食われてもいいのだ。携帯電話会社を変えても電話番号は変わらないという番号ポータビリティが始まって、新電電やライブテレコムに少々移ったとしても問題はない。シェアが五割欠けるくらいがちょうどいい。ある時は総務省に譲って顔を立てる。JTは儲けすぎないように。競争事業者は殺さぬように、生かさぬように。そのさじ加減が経営企画部員のチップだ」

 依田が言った「チップ」とは「心付け」のことでなく、「秘訣」「秘密情報」という意味である。世界のドミナント企業の集まりで良く聞いたらしく、依田の口癖になっていた。

 JTグループの強さの源であり、総務省からの規制を受ける対象は、電電公社時代に国営の利点を生かして、全国に張り巡らした電柱や管路、とう道といった「線路施設基盤」である。この通信ネットワークは、情報が流れる「道」のようなものだと考えればいい。

 「線路施設基盤」という情報の「道」はJTグループを支える根幹であるが、これが独占的施設として、規制の対象になる。具体的には、利用料金や条件などを公開したうえで、新電電やライブテレコムなどの競合事業者に貸し出さなくてはならない。
 
 新電電やライブテレコムは、この設備をJTグループから借りてサービスを提供できる。というより、JTグループが持っている情報の「道」を借りなければ、固定も携帯も事業として成り立たない。
 
 携帯電話は無線なので関係ないと思われるかもしれないが大いにある。基地局と呼ばれる全国に張り巡らされたアンテナ群を結ぶには、少しの例外を除いて、JT東西の回線が必要になる。 
 
 新電電やライブテレコムは、当然設備の使用料をJT東西に支払わなくてはならない。つまり、競合事業者がJTグループに対抗するサービスを提供しても、そこから得た収入の一部が自動的にJTグループに回る。

 JTは、通信ネットワークという道路を押さえ、利用料金をとっているようなものである。すべてがアクセス回線を通らなくてはいけないという意味で、利用料金というより税金に近いかもしれない。
 
 しかも、この「税金」は時代の変化とともに高くなっている。新電電によると、電話時代はサービス料収入の数%をJT東西に支払うだけで済んだが、家庭向けの光ファイバーになると七〇%以上をJTに納めなくてはならないという。売り上げはほとんど残らない。

 「江戸時代は五公五民と言われたが、通信業界はJT様の七公三民だ」と言われる所以がここにある。
JT依存から脱却するためには、自ら道路である「線路設備基盤」をインフラとして整備し、所有するしかない。しかし、これは自動車産業が自動車を売るために、道路を自ら作るようなもので経営として成り立つわけはない。

 「JTが国営の時に、百年かけて構築したインフラに追いつけるわけがない」というのが、競合事業者の偽らざる本音である。
「生かさぬように、殺さぬように」
有田は、心の中で何度もこの言葉を繰り返した。


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