島さとし(嶋聡)の「大風呂敷のススメ」

松下幸之助に学び、ソフトバンク社長室長3000日の後、多摩大学客員教授を務める元衆議院議員「島さとし」のブログです。

小説「光の道」

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小説「光の道」 第37回 二〇一〇年JT解体の布石・・人生意気に感ず

 「いやあ、竹村大臣、早瀬先生、本当にお疲れ様でした。しばらくは、まずゆっくり休んで下さい」
 ライブテレコムの宋社長が童顔に笑みをたたえ、ワイングラスを高く上げた。
 
小森首相が退陣、朝香内閣スタートともに竹村が総務大臣を九月に退いてから二カ月がたった十一月十一日。早瀬は竹村とともに、ライブテレコム本社最上階にある、宋個人の貴賓室に招かれていた。
宮大工を京都から招いて和風に内装を施した貴賓室には、茶室もあり、近代的なビルの中とは思えない。窓からは虹色にライトアップされたレインボーブリッジが見えた。
 
ライブテレコム渉外の武田から「お茶会に一緒に」と誘われたので、承諾したところ宋が竹村前大臣とともに、先生を招待したいと言っていると連絡がきた。
未来懇談会、座長を辞めたばかりなので最初躊躇したが、「貴賓室は会社とは別会計で、宋個人が出しているから家に招くと同じ。お茶室もありますし、幹部しか入れないところに私も同席できるからぜひ来てほしい」と言われ、やってきたのだった。

 最初に出されたのは、生のフォワグラのソテーだった。フォワグラの上に、トリュフがのせてあり香りを放っていた。
「私どもの武田から、早瀬先生は、大変なグルメと聞いております。なんでも、会食でもコース料理は好まれないとか。本日の、トリュフはフランスのベリゴールからとりよせました。お口に合うかどうか」
さすがに、フォーチュンが発表する世界の資産家常連である宋社長個人の料理人の出す一品である。フォワグラ・フィレとトリュフの組み合わせは珍しいものではないが、トリュフが素晴らしいから一味も二味も違う美味しさだった。

「ありがとうございます。漫画の『美味しんぼ』ではありませんが、こってりとコクのあるフォワグラの味をトリュフが引き立てていて、至福の味ですね」
「そう言って頂くと、料理人も喜ぶでしょう。本日は、いいトリュフが手に入りましたので、トリュフをつかった料理をいくつか出させて頂きます」
 早瀬がトリュフを好みながらも「日本では保存が悪く美味しいものがない」と話していたのを武田から聞いたのだろう。わざわざフランス、しかも本場ベリゴールからから取り寄せてくれた心使いが嬉しかった。

「ところで、竹村大臣、出処進退お見事でした。『進むときは人任せ。退く時は自分で決める』という越後の河井継之助の言葉の実践のようでしたね」
「ありがとうございます。でも、私は大臣をお引き受けした時点から、小森内閣が終わると同時に公職の仕事は終わるとずっと考えていました。実は、〇六年の年始に小森さんに官邸でお会いした時、『お正月なので個人的な話をさせてください』と九月の内閣交代とともに学問の世界に戻る意思を伝えました。小森さんは一言、『わかった』と言って頂きました」

「でも、浅香新総理は、竹村さんに引き続き手伝ってもらいたかったのではないですか」
「まあ、政治家の思いはわかりません。前任者の影響を断ち切りたいとも思いますし、継承したいとも考えますし、複雑です。ただ、朝香総理が側近の須賀前総務副大臣を、官房長官にできなかったのは痛かったでしょうね。官房長官というのは、まさに総理の女房役ですから」

須賀は、組閣直前に選挙区である横浜中華街の知人からの五万円の政治献金が、外国人からの献金を禁じている政治資金規正法上違反というスキャンダルが大きく報道された。五万円という少額ではあったが、違法は違法であった。これが原因で須賀は内閣に入れなかったのだ。
政府与党合意を成立させるために、総務副大臣として汗をかいたのが須賀だった。こんな小さな違反が明らかにされたのは、JT持ち株会社が、須賀を官房長官にさせないために「刺した」のだと噂されたが真偽は定かではない。
須賀官房長官となれば、早瀬の入閣もあると噂されていたが、それも須賀の失脚とともに消えた。

 二品目が出た。土瓶蒸しである。中に入っているのは松茸でなく、トリュフであった。野菜と鶏の汁にトリュフの薄切りを加え、蒸し器でじっくりと蒸しあげたものである。
「お二人のご活躍で、JTの組織問題を二千十年に開始することが閣議決定された。これは、日本の情報通信産業にとってたいへんな意味を持ちます。ところが、昨日、JTの依田社長が中間決算発表の場で、政府与党合意について色をなして反論したとか報告が来ています」

 宋が質問したのを、トリュフの土瓶蒸しの高貴な風味を楽しんでいた早瀬が引き取って答えた。
「政府与党合意について質問したのは、日読新聞の小宮という記者です。依田は、小宮記者を睨みつけながら、『政府与党合意には二千十年になったら、JTの組織問題を始めるとは書いていないと思います。世界の状況や国内の競争状況を踏まえながら、JTの問題をもう一度見直すということでしょう』と言ったそうです。でも、その小宮記者が言っていましたが、気の早い証券アナリストは、『二千十年には、JTグループをインフラ会社とその上のプラットフォームやサービス会社というレイヤー構造に再々編する議論が始まる』と予測しているそうです。JTがどういっても、もう動き始めています」

インタビューを受けて以来、小宮記者は頻繁に早瀬のところに通っていた。早瀬は、コメントをすぐに出すことを条件に、記者会見メモなどをメールで送ってくれるよう小宮に頼んであるのだ。

「さすが、早瀬先生お詳しいですね。で、これからどう進むと思われますか」
「一つの政策を完成させるには、最低でも二年、できれば三年の時間が必要です。未来懇談会では、非常に深く、幅広い議論ができました。これは竹村大臣に教わったことですが、どんないい政策でも民主主義の政治プロセスを経なければ政策決定にいたりません。だから、与党との合意が必要だったのです」
「そのとおり。竹村大臣が政府与党合意を達成したのは奇跡だと皆、言っています。しかし、奇跡は奇跡的に起きるものではない。竹村大臣と早瀬座長の並々ならぬ信念と粘りがなければこれはできなかった」
宋が再び、グラスを挙げた。

竹村が、それに応えるようにグラスをあげ、一口飲んで話し始めた。
「行政を縛るために、骨太方針が決まった七月から、小森内閣退陣までの二ヶ月間に工程表をまとめました。しかし、私の仕事はこれまでです。残念ながら、総務副大臣として私を支えてくれた須賀さんは官房長官にはなれなかった。それに対し、JT擁護派の片岡さんは参議院会長となり、飯田さんも行革担当大臣で初入閣。あまり政治的地合いはよくないですね」
(そうか、弁慶橋清水での会食の際、浅香官房長官から二人にかかってきた電話で片岡の参議院会長と、飯田の入閣の人事手形を切ったのか。だから、急転直下、政府与党合意ができたのだ)
 早瀬は、政治はロジックでなく、本音で動くというのを改めて感じていた。

「二〇一〇年頃、時の政権がどうなっているかにJT問題は大きく左右されます。私がしたことは、通信の未来を拓くために、端緒をつけたにすぎません。後は、早瀬さんたちにがんばってもらいたいと思っています」

竹村が、早瀬の方を見ると宋が、姿勢を質した。
「竹村さん、早瀬先生にあの件はお話しいただいたのでしょうか」
「いや、これは宋社長から直接お話しいただいた方がいいと思いまして、何も話しておりません」
「そうですか、それでは私から申し上げます」

宋が、座布団をはずし早瀬の方を向いた。
「早瀬先生、未来懇談会の委員でもあった山井教授が私どもの社外役員を務めていただいていることは御存じと思います」
「ええ、もちろんです。山井先生は、一社に偏った発言にならないよう、十分気をつけておられました。立派な方です」

「実は、来年六月の株主総会で、山井先生は退任されます。山井先生、竹村大臣をはじめ、多くの方に御相談したところ、早瀬先生をご推薦いただきました。どうか、当社の社外役員をお願いできないでしょうか」
 早瀬はとまどった。考えたこともなかったし、未来懇談会座長としてJT解体の報告書をまとめてすぐに、JTのライバル会社の社外役員になるのはどうかという思いもあった。

「いや、すぐにお返事をとは申しません。青臭いと思われるかもしれませんが、私たちは『志』をもってやっております。先生は漢籍に御造詣が深いと聞いていますので管鮑の交わりのことはよくご存じかと思います。山井先生が、早瀬さんを推薦するのは鮑叔が菅仲を推挙したのと同じ思いにおられると思います」

 中国、春秋時代の斉。管仲と鮑叔は深い友情で結ばれていた。皮肉なもので、管仲は公子糾に使え、鮑叔は公子小白(後の恒公)につかえ、跡目争いで戦うことになる。
 戦いに勝利し、斉の君主となった小白は管仲を殺そうとする。それを聞いた鮑叔が「我が君主が斉のみを統治するならば私で十分です。しかし、天下の覇権を望まれるならば、管仲を宰相として得なければならない」と進言した。
 恒公は恒仲を宰相とし、覇者の道を歩んだ。菅仲は「私を生んだのは父母だが、私を知るものは鮑叔だ」と述べたという。

 宋は、山井教授が退任し後継に早瀬を推薦したのを、鮑叔が菅仲を推挙したのになぞらえたのである。
 早瀬は、多忙を極める宋が好きなトリュフをとりよせ、早瀬が漢籍に詳しいことまで調べて説得していることに、何とも言えない感激を覚えていた。

「ありがたいお申し出です。お受けすべきかどうかは竹村先生にお任せしたいと思います」
早瀬の口から自分でも驚くような言葉がすらりと出た。
宋からの直接の申し出に感激していたのは確かだが、こう言えば、推薦者の竹村も悪い気がしないと計算していた、しかも、今後の仕事はおそらくJT組織問題への対応と容易に予測できる。竹村を推薦人としていくことは、仕事の上でも有利と即座に考えたのだ。
半年にわたる未来懇談会座長の経験で、早瀬もしたたかになっていた。

「早瀬先生、是非お受けすべきです。私は学問の世界から政府に入りましたが、学問の世界から民間企業の経営に参画する人も増えるべきだと思っています。それに、社外役員なら山井教授の例にあるように両立可能です」

早瀬が宋と同じように、座布団をはずし、手をついた。
「お受けいたします。ただ、お願いがあります。私の大きな仕事が、二〇一〇年に向けて、どう対処すべきかだと思います。役員の一期二年では、中途半端になります。二期四年はやらせていただきたい」

 日本で、「回転ドア」が進まないのは、首相が代わりすぎるからだといわれる。回転ドアで学会、民間から政府に入ったとしてもアメリカなら、大統領任期四年は仕事に没頭できるし、再選すれば八年は継続できる。その間に実績をつむことはできる。
 だが、日本で総理の平均寿命は二年もない。竹村が大臣として実績が残せたのは小森首相が五年近い長期政権だったからだ。

 宋が、すかさず握手を求めた。
「これはありがたい。早瀬先生が来ていただいたら、万人力だ。社外役員というより、私の参謀としてぜひお願いいたします。君、何て言ったかな。秘書に言って、すぐに人事部長に来るように連絡を」
 同席していた武田が、秘書を呼びにパタパタと出て行った。

 早瀬の胸に、唐詩選の冒頭を飾る魏徴の「述懐」が浮かんだ。
「中原また鹿を追い、筆を投じて戎軒を事とす。
 縦横の計(はかりごと)は就(な)らざれども
 慷慨の志はまだ存せり。
・・・
人生意気に感ず。功名、誰かまた論ぜん」
 

小説「光の道」 第36回 回転ドア

  竹村総務大臣や片岡民主党参議院幹事長らが七月一四日に合意した「通信のあり方に関する政府与党合意」では、焦点となったJT組織問題について「『二〇一〇年の時点』で検討を行い、その後速やかに結論を得る」と明記された。
 
 この政府党合意の内容は経済財政運営の基本方針「骨太方針」に反映され、七月十八日に閣議決定された。未来懇談会座長である早瀬は、六月二五日にまとめた報告書でJTの組織見直しの議論を「『二〇一〇年には』通信関連法制に抜本的に見直すために検討を速やかに始めるべき」と提言した。

 その一方、片岡や部会長の飯田を中心とする民自党情報通信調査部会はJTの組織問題は「『二〇一〇年ころ』に検討するべきだ」と主張し、意見が決定的にかい離していた。
 
 懇談会終了後、三週間近く続いた調整を経て、七月一四日に合意したことを関係者は「奇跡」と呼んだ。「骨太の方針」は七月半ばまでには決めなくてならないことを考えるとまさに時間切れぎりぎりの決着だったのだ。

 早瀬は、すでに夏休みに入っており学生も教授たちもいない東城大学十階の研究室で、日読新聞、小宮記者のインタビューを受けていた。

「半年間にわたった懇談会が終了しました。最終報告書を自己評価してください」
「国民生活に密着しており、通信インフラに対するしっかりとした将来像、改革の道筋を示すのが私の任務だと思っていましたので、大変な緊張感と責任感の中で十四回の懇談会を進めてきました。委員の先生方もすばらしく、いい議論ができたと思っていますし、ほぼ満足のいく結果が出せたと思います」

 早瀬が、型どおりの答え方をすると、小宮が挑発的に質問した。先輩から「政治記者は相手を怒らせて本音を引き出すものだ」と教え込まれていた。
「しかし、JTにあり方に関しては、民自党の圧力などがあって、迷走。記述にブレが出ているように見えましたが」

「そんなことはありません。最終報告書の中で明確に『まず機能分離』と書いています。議論の中で、どう進めるかというスタンスから、ゴールをどういうイメージで描くかというスタンスで決めたからそう見えただけです。私を含めて学者は本を読むときは初めから終わりへと読む。組織論などの経営はまったく逆です。終わりから始めて、そこへ到達するにはどうするかを考えます。この意識転換がぶれた様に見えたのかもしれません」

 小宮が少し興奮気味に聞いた。
「ということは、JTの資本分離はさけられないということですか」

「もちろんです。だからそう書きました。JTの組織問題については四つのパターンを明示しましたよね。第一が現状維持。第二がアクセス部門の機能分離。第三がアクセス部門の別会社化、構造分離というものです。そして、第四が事業会社の資本分離。今回の報告書は機能分離を即刻やる。第四の資本分離は必要な検討を速やかに始めると明記しています。ただ、第三の構造分離、アクセス部門の別会社化をしてから資本分離に進むのか、機能分離がしっかり行われれば、別会社化せずに資本分離に進むのかというのは詰め切れませんでした。ライブテレコムの宋社長のプレゼンが見事だったので、印象的でしたが私たちにとって、構造分離は資本分離へのプロセスの一つだったのです」

小宮はさらに食いついた。
「でも、民自党との調整の中で後退もあったのではないですか。たとえば、最終報告書では『持ち株会社の廃止・資本分離等を一体として進めることを念頭に所用の措置を講ずる』とあります。この『念頭に』がない、『持ち株会社の廃止・資本分離を一体として進めるために所用の措置を講ずる』というのが原案だったと聞いていますが」
早瀬は、委員の誰かから聞いたのだろう原案をもとに聞いてくる小宮を好もしく思った。他の情報通信記者会メンバーは皆、JT経営企画部からもらった資料で質問してくるぐらいだったからだ。

「そうですね。確かに、あなたのおっしゃる通り、最終報告で『後退』を感じさせる部分があるとするなら『念頭に』というところでしょうね。持ち株会社廃止や資本分離をするためにでなく、それらを考えながらという意味ですから、結論は出ていないことになります。ただ、報告書の中に『検討体制・工程などを具体化し、速やかに公表する』ように示してあります。官僚の世界では『速やかに』というのは数カ月以内を意味します。十月頃には何か動きがあるのではないでしょうか」

「そして、最後まで譲らなかったのはJTの組織形態見直しの実施は二千十年と書きこまれたことですね」
「ええ、それがあったからこそ、『政府・与党合意』で『二千十年時点で検討を行い、その後速やかに結論をえる』となったのです。速やかにというのは数カ月以内ですからね」
「なるほど、この文面だけをみるとJTの組織改革は先送りされたように見えますが、『政府与党合意』という切り札を手に入れ、さらに、政府の経済再生の運営方針、『骨太の方針二千六』に盛り込ませて、二千十年にJT組織問題を検討することを政府の方針とすることにお墨付きを得たのですねところで・・」
 小宮がもったいぶったように一呼吸を置き、先輩政治部記者から聞いたことを話し始めた。
「巷では、竹村総務大臣のあとの総務大臣は早瀬座長で決まりだと噂されていますよ。小森総理の後継で朝香官房長が総理になり、側近の須賀総務副大臣が官房長官に抜擢される。そして、竹村さんのように民間出身の大臣として、早瀬さんが総務大臣になってJT改革をする。見事な二代目の『回転ドア』ですが、JTにとっての悪夢のシナリオだとささやかれています。本当のところどうなのですか」
初耳だった。

「回転ドア」とは、政治任用によって大学、シンクタンク、民間企業から政府高官となり、一定の期間の後、「回転ドア」が回るようにまた大学などにもどることを言う。

 アメリカなどは大統領が代わると、三千人人以上がワシントンを去り、大学、シンクタンクなどで政策研究をしていた人々が大統領の指名により新たに政府に入る。
竹村が慶早大学教授から、大臣になったのは日本では、「民間大臣」と呼ばれ、珍しがられるが、世界では珍しくなく、普通のことなのだ。

「いや、そんなことは考えたこともありません」
「でも、小森総理が次の総裁選にでないということは、すでに織り込み済みです。小森さんの後ろ盾がなければ、竹村さんは何もできません。竹村さんは、慶城大学に再び戻るらしいですよ。まさに、『回転ドア』です」
 (なるほど、そういうこともあるかも知れない。政治家でもない竹村さんは「事を成す」ために政治の世界に入ったにすぎないからな)
 早瀬は、黙って小宮の話を聞いていた。

「次は朝香官房長官が総理になる確率が高いです。そのときには、早瀬さんをまずは経済財政担当大臣にして、骨太の方針に盛り込まれた『JT改革』を推し進める。そして、二千七年の参議院選挙で勝利した後、小森内閣の郵政民営化、古くは中曽根内閣の国鉄民営化のように、表看板にして抵抗勢力と戦いながら〇九年の衆議院選挙を迎えるというシナリオらしいですよ。そのキーマンが早瀬さんだとか」

 冷えてしまったコーヒーを手にとりながら、早瀬に健全な野心が芽生えてきた。
(こんな若い政治記者まで噂が浸透しているのか。政府与党合意のプロセスに私を同席させた時からうすうす感じていた。人間は結局、偉大な先人のまねをしながら生きてゆく。小森首相の後継である浅香は同じ手法をとろうとするだろう。未来懇談会でまとめた報告書を自分の手で立法化し、政策として実現するのも悪くない。回転ドアを回すか)

「小宮さん、さすがに政治部らしい面白い仮説ですね。政治は『ネバー・セイ・ネバー』ということですか。でも、私のところには全くそんな話はありません」
 早瀬が本心を隠して、重々しく言うと、小宮が拍子抜けするほど明るく言った。
「そうですよね。だいたい、この噂を流しているのはJTの経営企画部の有田課長だから、変だと思ったのですよ。人事を潰すには、先に漏らして反発を誘うに限るといいますからね。でも、そのうちこの話はどこかの雑誌記事に出ますよ。JT広報が仕掛けていますから」

 早瀬はコーヒーを一口飲んだ。冷えているせいか、よけいに苦く感じた。

小説「光の道」 第35回 官房長官=次の首相の意向

 七月十一日。赤坂プリンスホテル弁慶橋、清水の中庭は、雨上がりで緑が美しく映えていた。よく見ると葉の上に蝸牛(かたつむり)が這っていた。
 「緑雲、高きこと幾尺、葉葉清陰をたたむ」早瀬は、夏目漱石の蝸牛を描いた漢詩を思い出しながら、片岡前総務大臣、飯田情報通信部会長を、竹村総務大臣とともに待っていた。緑雲は青々とした木の茂みを雲に見立てたものである。

 六月二十五日に最終報告書を発表して以来、竹村は与党民自党の実力者を行脚した。最終報告書に書かれた提言を政府の方針にするためである。
 早瀬はそのすべてに同席した。

「しかし、竹村大臣の説得力というか、執念には脱帽します。堂々と正論を主張される。正論ゆえにすべてを跳ね返すわけにはいかない。JT派の議員たちも徐々に意識が代わってきましたからね」
 三週間の交渉は、一つの文書として形になりつつあった。

  テーブルの上に置かれた書面の表紙には「通信のあり方に関する政府与党合意」と書かれていた。
「政府側の代表として朝香官房長官もサインしていただけることになっている。私も総務大臣としてするし、中井政調会長も了解済みです。しかし、問題はいまからお会いする二人です。この二人はロジックでどれだけ説得しても動かない」
 中井政調会長は、小森派の番頭格。小森の後継である朝香官房長官がサインすれば、問題なくサインする。
「あと、ハンコ二つというところですね」

 仲居の足音が聞えた。ふすまが開く。
「おつきでございます」
「やあ、竹村さん、少し遅れて申し訳ないが、一時には参議院に戻らなくちゃいかん。あまり時間がないのだ。飯田先生も同じらしい」
片岡と飯田がどかりと座った。

 政治家が終わりの時間を切るというのは、議論をまとめることなく中座するための布石であることが多い。次の総理と目される浅香官房長官が会ってくれというから顔を立てただけで、話を聞くだけは聞くがすぐに席を立つつもりのようだった。夜に会食でもと誘っても、多忙と言う理由で本日の昼食になったのだ。

「ご多忙のことはよく存じております。さっそくですが、お手元の資料をご覧ください」
「早瀬さん、まず食事を。先生方は、食べられるときに食べておかないと、食事ができないのです」
 竹村が早瀬を制し、料理を進めた。空腹でイラついているとまとまるものもまとまらないということも五年間の政治家生活で学んだことだった。

 料亭、清水のほうもこころえたもので、二人がつく前から八寸などは先に出してある。
「それではいただきましょう。でも、時間がないですから、食べながらお話を聞きましょうか」
 片岡が、料理を口に運びながら、「通信のあり方に関する政府与党合(案)」と書かれている表紙をめくった。
「高度で低廉な情報通信サービスを実現する観点から、ネットワークのオープン化など必要な公正競争ルール整備をはかるとともに、JTの組織問題についてはブロードバンドの普及状況やJTの動向などを見極めたうえで二〇一〇年までに、検討を行い、その後すみやかに結論を得る」
 これが、全文である。片岡や飯田とは何度もすり合わせた結果、合意文書をつくるというところまでは了承されていたのだ。

「早瀬さん、前回のとき、JTの中期経営戦略という文言を入れることで互いに了解したはずだが」
飯田が料理に口をつけないままで言った。

 「はい、飯田会長がそう言われましたので、『JTの動向などを見極めたうえ』と『など』という文言をいれました。これで『中期経営戦略』も読めるようになっています」
「ダメだよ、官僚の作文じゃないんだから。きちんと『中期経営戦略』ということばをいれなくては」
 JT持ち株会社から飯田が要請を受けているのは明らかだった。

 「JTの動向」だけだと、時の政権が政治判断すれば幅広い分野でJTを規制でしばることができる。「JTの中期経営戦略の動向」とすれば、JT一体化運用をねらった「中期経営戦略」をオーソライズすることができる。JTにしてみれば、もともとやろうとしていることをやればいいだけになるのだ。

 「飯田会長のお言葉ですから、早瀬さんそれでいきましょう。『JTの中期経営戦略の動向など』。飯田会長これでいかがでしょうか」
「それでいい。では、私もいただくことにしましょうか」
 飯田が箸をとった。

 (『など』という言葉が入り、中期経営戦略だけでなく幅ひろく解釈できる文言になったことは飯田も気づいているに違いない。しかし、これが落とし所と思ったのだろうな)
 早瀬はそう思いながら、パーカーの万年筆で「JTの動向など」を「JTの中期経営戦略の動向など」と修正した。

「竹村さん、組織問題を『二〇一〇年までに検討を行い』とあるが、これでは小委員会のメンバーが持たないですよ」
片岡が言うと、飯田が続いた。
「小委員会の報告書では『二〇一〇年ころに』となっている。ここは譲れないな」
「しかし、『ころ』というと、二〇一四年まであります。先送りにすぎるのではないですか」
早瀬が(先送りして組織問題はやらないということだろ)という言葉を飲み込んで、つとめて静かな口調で話す。

 「竹村さん、『二〇一〇年ころに』というと八年でも、九年とも読める。ここは私に任せていただけませんかな」
(片岡さんに任せたら、完全に十年以降に先送りだろう。どうせ、そのころは小森首相も竹村総務大臣もいないと思っているのだ)
 そう思った早瀬が、反論しようとすると、竹村が言った。
「本日、片岡参議院幹事長、飯田情報通信部会長にお会いすると閣僚懇談会で朝香官房長官に申し上げました」
 
 閣議は、原則火曜日と木曜日に開催される。本日一一日は火曜日であった。閣議は内閣法四条で規定されており、内閣総理大臣が主催し、内閣官房長官が進行する。
 閣議は内閣としての意思決定をする場所であり、内閣の方針、法律案の決定、政令の決定などが行われる。
 慣例として、閣議引き続き、閣僚懇談会が開かれ、ここで閣僚が自由に意見を述べたり、情報交換をしたりする。形式的な閣議よりもこの閣僚懇談会の方が、政治的には重要だったりする。

「ほう、朝香官房長官はなんと仰っておりましたか」
 朝香官房長官が小森首相の後継として、次の首相になるだろうというのが永田町の流れであった。参院会長をめざしている片岡参院幹事長、初入閣を切望している飯田には朝香官房長官の少しの動向でも知りたかったのである。

 「はい、この『政府・与党合意』ができたら、『骨太の方針』にも入れて、閣議決定をしたいと申されておりました。本日、お二人にお会いすると申しましたら、電話で直接お話をしたいとのことです。おつなぎしてよろしいですか」
「さすが、竹村さんですな。私は官房長官になられる前の携帯電話番号は知っていますが、官房長官になって変えられた新しい、電話番号は知らない。古い番号に電話しても、留守電で後からかかってくるのを待つしかない。官房長官のお申し出をことわるわけにはいかないでしょう。飯田さんよろしいですな」
 飯田がうなづくのを確認して、竹村が発信ボタンを押した。

 先に時間の打ち合わせもしてあったのだろう、三回目のコールで浅香官房長官が出た。
「官房長官、今、片岡参院幹事長に代わります」
竹村が、携帯電話をハンカチでぬぐって、片岡に渡した。
「官房長官、参議院幹事長の片岡です。今、竹村大臣から苛められていたところですよ。情報通信部会の小委員長と、総務大臣ではどうも分が悪い。えっ、はあ、はあ」
 片岡が、電話を聞かれないように立ち上がって、二十畳はある部屋の隅に行った。

 二分ほど、小声での電話が続いた後、片岡の声が大きくなった。
「はい、官房長官、それは飯田部会長に直接言って頂いた方が、飯田部会長に代わってよろしいですか」
 片岡が飯田を手招きし、二分ほどの会話があった。飯田が何度も頭を下げているのが早瀬には奇妙に見えた。
「はい、それでは竹村大臣にかわります」
 二人が戻ってきて、竹村に電話を変わった。
「はい、承知しました。官房長官、ありがとうございました」

 片岡が、日本茶を飲んだ後、竹村と飯田の方をむいて言った。
「今、官房長官から御提案をいただきました。焦点の二〇一〇年問題ですが、党は『二〇一〇年ころ』、懇談会は『二〇一〇年までに』とあり、政府と党が対立しているように見えるのはよくない。ともに情報通信の将来を真剣に考えている同志ではないかと。そこで『二〇一〇年の時点で検討を行い』としてはどうかとね。私としては官房長官もこの政府与党合意に署名していただけるとのことでもあり、承諾することにした。飯田部会長いかがですか」
「私も異存ありません。いやあ、さすがに次の首相と目されるだけのことはある。竹村さん、飯田が感服していたと浅香官房長官にお伝えください」
「私も政府の一員ですから、官房長官に異存あるはずがありません。それでは、ここでお二人の署名をいただいてよろしいですか」

 「いえ、でもまだ、文面が修正されておりませんが」
早瀬がとまどいながらいうと、竹村が言った。
「秘書官を読んで下さい。正式文書をもっております」
「いやあ、これは参った。全部、竹村さんの筋書き通りだ」
片岡が理解ある大物を演じるように豪快に笑うと、飯田も追随して笑った。
 
 飯田情報通信部会長、片岡小委員長、竹村総務大臣のサインがなされた。明日、すでに承諾済みの、朝香官房長官と中井政調会長のサインがなされれば政府与党合意は成立する。
最終文言は以下のようになった。
「高度で低廉な情報通信サービスを実現する観点から、ネットワークのオープン化など必要な公正競争ルールの整備等を図るとともに、JTの組織問題については、ブロードバンドの普及状況やJTの中期経営戦略の動向などを見極めたうえで二〇一〇年の時点で検討を行い、その後速やかに結論をえる」
 
「雨すぎて更に趣をなし 蝸牛、翠しんを渡る」漱石の漢詩である。「翠しん」とは緑の峰をさす。蝸牛が緑の峰を渡ったと早瀬は感じていた。

小説「光の道」 第34回 アナリストの厳しい見解

 なかなか太陽が沈まない夏至の日。JT持ち株会社の定例記者会見が開かれた。
 
JT依田社長は、総務省の私的懇談会である「通信の未来を考える懇談会」でJTの組織問題が検討されたことについて、新浦副社長をともなって苦情を堂々と述べていた。

「JTグループの資本分離や、JT東西のアクセス部門を構造分離するという議論は、JTグループの企業価値に大きく影響してくるということは、実際のビジネスにタッチしたことのない学者先生には理解できないようだ。株主の皆さんにとってみれば、完全に財産権の侵害だという気持ちになります。これまでもこれからもJTは株主の皆様のためにあるという株主重視ということを重く受け止めて対応させていただく」
 学者にはわからないという指摘は、未来懇談会の委員だけでなく、学者出身の民間大臣である竹村総務大臣へのあてこすりでもある。

 「ユーザーの要望に応じて提供できるサービスをJTが提供できないということになれば、我々も事業者として存在できない。ユーザーは、JT東西の固定と、JTケータイの移動の融合サービスも求めており、ワンストップでサービスを提供してほしいと望んでいる。JTグループは会社がバラバラだから提供できないと言っていたら、ユーザーの役に立てないし、事業者としてのレーゾンデートルがなくなります。総務大臣の私的な、よろしいですかあくまで私的な懇談会で法律を変えるなどとの報告書がでたようですが、実際に法律を変えうるかどうかは定かではありません。これでは、早い変化に対応できません。私どもは、現行の会社法の枠組みの下で許されることをぎりぎりまでお願いし、ユーザーのお役に立ち、株主の皆様の期待に応えていきたいと思っております。私からは以上です」

通信業界の定例記者会見には、三つ葉クラブ以来の情報通信記者会所属記者と証券アナリストが参加する。JT広報に飼いならされている情報通信記者会の記者たちはともかく、証券アナリストたちのJTを見る目は厳しい。

 政治部から、情報通信記者会に来た日読新聞の小宮は、本日のJT定例記者会見の前に証券アナリストに「JTは株主のことを本気で考えているのか」という疑問をぶつけてみた。
 
国内最大の証券会社のアナリストが言った。
 「JTがいう、株主って誰のこと?株主のことなんて全く考えていないよ。JTが『株主のために』というのは組織問題のためのいいわけだよ。これだけ売り上げ規模が大きいのに利益率が低すぎる。あまり利益を上げすぎると、規制をかけられるかもしれないので、無駄なコストをかけて利益を出しすぎないようにしている。宣伝広告費など最たるもので、利益が出すぎそうになるとテレビCMや新聞広告が増える。情報通信記者会の記者など、その情報を新聞社本社の営業や、放送局営業にその情報を流すだけで、でかい顔ができるという話だ。君ももうすぐわかるよ」

 JTの前身は、元国営の電電公社である。民営化の後も、政府が三分の一以上の株を持つ特殊会社であり、アクセス網など電電公社時代に作った設備を引き継いでいる。独占的支配を阻止し、競争を促すために、数々の規制がかけられてはいるが、いずれもJT持ち株の経営企画部の活躍で骨抜きにされている。
 
あまり利益が出すぎると、「JTはもうけすぎ」という批判が出て、新たな規制がかけられかねない。だから、JTは規制をかわすために、ほどほどの利益しか確保しようとせず、積極的に大きな利益を出して株主に還元しようなどという思いは全くないというのが、何人かのアナリストの最大公約数の意見であった。

 また、米国資本の証券会社のアナリストはこう言った。
「組織分離問題を避けるいいわけのために株主を使っている。形としては民間会社だが、利益を出し、成長をつづけ株主へ還元するなどという普通の会社の発想は全くない。世界の独占的事業者、ドミナント企業は情報交換をしている。『株主のため』と言い続けて規制を逃れようとするのは、米国の通信事業者が昔からよく使っている常套手段。それを真似しているのだ」

小宮は、アナリストの解説を聞いて、JTがたいへんな利益を出しているのに、いつも「将来は暗い」という記者会見をする理由がわかった。そして、情報通信記者会所属の記者たちがJTに厳しい質問をしないことにも納得した。

 いつものように、ベテラン記者たちがJT御用記者的質問をしている。それを聞き流して、発言のタイミングを待った。
 手を挙げた。
「はい、それでは前から二列目の方どうぞ」
 司会をしているJT経営企画部の有田が小宮を指名した。

「日読新聞の小宮と申します。実は私どもの関連会社である、日読コミュニケーションが未来懇談会のJT組織問題に関連して、アンケートをとりました。その中に、『JTの現状についてどう思いますか』という記述式の回答があるのですが、そこには『対応がすべてにおいて遅く柔軟性がない』『殿様商売の体質が根強く残っている』など厳しい声が多く集まりました。『JTは現状維持でなく、改革すべきか』という設問には58%の人が『改革すべき』と答えました。これについてどう思われますか」

 依田が明らかに不機嫌そうに答えた。
「御社のアンケートについては詳細を拝見しておりませんので、すぐにはお答えいたしかねます。後ほど、よく勉強させていただいて、広報を通じてお答えいたします」
 
小宮は追加質問をしようとしたが、有田がすぐに内海を指名した。
「毎朝新聞の内海です。民自党、情報通信調査会の幹部が『竹村大臣がすり合わせをしたいといっているが、二つの案で合わないところは合わないままでいい。政策を決めるのは、政府と与党であって最終的に法律を変えるには国会の承認が必要。JTの組織問題は軽々に扱うべきではない。大臣の私的な懇談会にすぎない未来懇談会と中身を同じにする必要がない』と発言されておられることをどう思いますか」
 
今度は、破顔一笑した依田が答えた。
「御見識だと思いますね。さすがに政権与党として長く責任を負っておられる方々のご発言と思います。我々は、基本は事業をやっている会社であり、持続的に発展しなくては株主に御迷惑がかかる。さらに、激しいグローバル競争の中で勝ち抜かなくては国益を損する。国際社会で戦うためには、ある程度の規模が必要ということを御理解いただいているのだと思います。さすがに国益というものは何かをよく理解しておられます」
 株主や、国益まで言及してJTグループの組織問題をとりあげた未来懇談会報告書をけん制した定例記者会見が終わった。

 依田を送り出した有田が、小宮に近づいてきた。
「すいませんでした。まだ御質問があったようですが、時間の関係できってしまいました。後ほど、広報を通じましてお答えを差し上げます」
「いや、そんなに急がなくても結構です。それより、ずいぶん焼けていますね」
「ええ、先週、新浦副社長のおともで沖縄に行きまして、一日出張を伸ばして潜ってきました。沖縄はすっかり夏ですよ。マンゴーも熟れきって美味しいし、スナックパインもそろそろ時節だし、沖縄特産のライチーもとっても甘かった。少しですが、お答えと同時にお届けします」
「いや、結構です」

 手を振ってこたえると、有田が表情も変えずに言った。
「そうですか、お嫌いなら仕方ありませんね。ところで、小宮さんは元々花形の政治部でいらっしゃったとか。情報通信記者会などでは御退屈でしょう。なんでしたら、私どもから政治部に戻れるようにお口添えしましょうか」

 夏至である。太陽はまだ沈んでいない。いつまでも沈まず、不快な暑さをもたらす太陽の存在感が小宮にはJTグループそのものに見えた。

小説「光の道」 第33回 政治的圧力

 窓の外は微(こま)やかな雨が降っていた。最終報告書案を公開してから1週間。未来懇談会は最終回である第十四回目を迎えていた。
 
正論を押し通すのか、それとも与党民自党の主張、というよりもその後ろにいるJTに妥協するのか。
それぞれの委員には、断りきれないルートからいくつかの圧力がかかっていた。早瀬が主導してつくった報告書案を簡単に了承するわけにはいかない事情があったのだ。

早瀬は委員たちの事情もかんがみ、少しだけ修正をした。最初の報告書案ではJTの経営改革について「二〇一〇年には、通信関係法制の抜本的な見直しを行い、JT東西の業務範囲規制の見直し、持ち株会社の廃止・資本分離等を一体として進めるために所用の措置を講じる」だったのを「持ち株会社の廃止・資本分離等を一体として進めることを『念頭に』所用の措置を講じる」としたのだ。

「念頭に」と言う言葉を入れたのは、「二〇一〇年までに情勢がいろいろと変わったり、技術的動向も変わって不透明な部分も多いから」と説明したが、委員たちの顔をたてるためというのが大きな理由であった。

早瀬は、この修正で委員の了解を取ろうとしたが、そうもいかなかった。

「報告書を出したとしても、与党が了承していなければ単なるペーパーだ。ここは象徴的な『二〇一〇年には』のところに『頃』といれてはどうか。民自党は二〇一四年まであるというが、二〇〇八年、九年も『頃』だ。ようするに、JT問題にとりくめるかどうかは、政治情勢による」
 松中理事長の発言は、仕事をもらっているJTへの配慮もあったのだろうが、一応説得力はあった。

「そりゃあ、『頃』と入れさせれば、片岡前総務大臣たちは面目が立つし、JTにも恩を売れるだろう。私も、それぐらいの小さいことで済むならいいかとも思うが、結局委員会報告書全体が政治に屈して、いままでの総務省審議会と同じだと思われる。明日の朝刊の見出しは『未来懇談会報告書、骨抜きに』で決定だ。竹村大臣はそろそろ来られるのかな」
山井教授が指で机をたたきながら、発言した。

五時から始まった会議は二時間を続いたが堂々巡りとなり、意見も出尽くしの感があった。委員たちは、竹中総務大臣が到着するのを待っていた。

「お待たせしました」
 竹村が、にこやかな笑みをたたえながら入ってきた。黒革のいすを引いて、座長である早瀬の隣に座った。出されたお茶を一口ゆっくりと飲み、委員を見渡しながら話し始めた。

「委員の皆さん、今日は第一四回ですか。長きにわたって真摯に検討していただいたこと、感謝申し上げます。さきほど、小森総理と話してまいりました。総理からは『絶対に考えを曲げるな。竹村さんの考えが正しいと思って自分は任命した。竹村さんが選んだ委員も私は信頼している、だから正しいと考えたことをその通りにやってくれと』のことでした」
 
委員の顔に赤みが差した。早瀬は、「竹村さんが選んだ委員も私は信頼している」というのは竹村の作り話ではないかと思ったが、嘘も方便である。一気にたたみかけた。
「ありがとうございました。それでは意見も出尽くしております。竹村大臣から総理の言葉もご紹介いただきました。それでは修正案通りご承認いただくということでよろしいですか」
 委員たちはそれでもやはりしばらく無言であった。

「異議ありません」
 最初に声をあげたのは、松中であった。このあたりの変わり身の早さが、シンクタンク理事長にのぼりつめた秘訣であろう。
「異議なし」
 山井が言葉とともに、小さく拍手をすると委員たちが続いた。報告書は修正案通り了承された。

 竹村が立ち上がった。
「委員の皆さま、ありがとうございます。それでは、明日、大臣室で正式に最終報告書をうけとらせていただきます。未来懇談会は八名の委員ですので、全員大臣室においでいただければと思います」
 委員から笑い声が漏れた。座長が、大臣室で報告書を渡すというニュースの一コマはセレモニーにすぎない。それでも、一瞬でもニュース映像が流れると委員たちは、知人から「ニュース見ましたよ。大臣と一緒でしたね」などと言われ、嬉しいものなのだ。

「この報告書で『以下に述べる措置を二〇一〇年までに速やかに講じることが不可欠であるという結論に至った。総務省はじめ、政府が本報告書の内容を真摯に受け止め、必要な措置を講じることを強く期待する』とあります。残念ながら、懇談会は私の私的懇談会であり、提言いただいた政策を政府・与党に強制できるものではありません。早瀬座長の御意向で、内容に関しては『座長一任』という形をとりませんでしたが、今後の取り扱いについては、私と早瀬座長に御一任いただけますか」
 
 竹村は、報告書を受け取った後、自ら民自党との調整に入るつもりなのだ。委員メンバーに異存はなかった。委員たちは、毎日、政治的圧力がかかる生活からのがれたかったのだ。
 
 雨は降り続いていた。梅が黄色く熟すころに降る雨だから「梅雨」という。「詩経」では、花よりも実に関心を持たれている。『書教』に「和羹(わこう=スープ)を作るには塩と梅」とある。料理の味加減をいう塩梅(あんばい)はここからきている。
(報告書もいい塩梅で収まった。でも、もう一仕事あるようだな。お茶会にいけるのはもう少し後か) 
 早瀬は、二時間半を超す議論で冷めてしまったお茶を飲み干しながら思った。


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