島さとし(嶋聡)の「大風呂敷のススメ」

松下幸之助に学び、ソフトバンク社長室長3000日の後、多摩大学客員教授を務める元衆議院議員「島さとし」のブログです。

小説「光の道」

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小説「光の道」 第32回 報告書「骨抜き」の方程式

  六月十八日月曜日午後一時。「情報通信の未来を考えるシンポジウム」会場となった明治記念館の庭園を長雨が濡らしていた。
 六百名収容できるという一番大きな宴会場「曙」だったが、開始10分前だというのにすでに満席で、立ち見がでる有様だった。

 一二日に行われた第一三回会合で、竹村総務大臣主催の「通信の未来を考える懇談会」は、報告書最終案を発表した。
 
 JTを即座に機能分離。二〇一〇年には持ち株会社の廃止、資本分離を一体として進めることの検討を即座に開始するという大胆な提案だった。つまり、二〇一〇年にJTを解体するというものだ。
 巨人、JTの実質的独占を廃し、情報通信産業が自由に競争できるようにするというもので、まさに情報通信維新への宣言であったといってよい。
 
 そのとりまとめをした座長の早瀬が、基調講演のスピーカーとして登壇するというのだから注目が集まるのも当然であった。

 だが、この種の報告書は、最終調整段階に政治との「調整」という「骨抜き」の作業がある。報告書案がかなり大胆で尖がったものであっても、「調整」でまるめられてしまうのだ。
 報告書案が提出された後、JTの巻き返しはすごかった。
 
 JT持ち株会社の、経営企画部、広報部が一緒になって報告書案の問題点を新聞、週刊誌に書かせた。経営企画部の資料提供でうまく誘導されているのだが、活字になると客観性があるように見える。
 その記事を持った経営企画部の面々が議員会館を走りまわる。票とカネで培った政治力を駆使するのだ。そして、何人かの政治家が早瀬ら委員に聞えていくように記者コメントを言う。

 「あんなのは学者の作文。現実を見ていない。決めるのは政治であることを忘れてもらっては困る。何様だと思っているのだ」
 記者たちも心得ていて、取材のような顔をして、委員のところへ行き、コメントを伝える。
「先生、お気をつけになったほうがいいですよ。○○元大臣が、こんなことを言っています」

  普通の審議会の委員などはこれで震えあがる。人を動かすのは「愛」と「恐怖」だが、政治家は威嚇するために発言するのだ。

 委員たちは実力政治家のもとにはせ参じ、どこが悪いのか聞きまわり、指摘されたところを修正してしまう。これが大胆だった「最終報告書案」が骨抜きにされた「最終報告書」になる「骨抜きの方程式」である。

 集まった業界関係者や、記者たちの関心事は、本日五時から開催される第一四回最終会合で決まる最終報告書」がどこまで「骨抜き」になっているかであった。

 講師席に座った早瀬は明治記念館庭園の梅の実が黄色くなっているのを見ていた。北宋、梅堯臣の梅雨の漢詩が頭に浮かんだ。
 「黄梅肥り、終朝、密雨こまやかなり。丘を背にして濡れし牛は去(ゆ)き、虫を銜(くわ)えて湿れる燕は帰る」
(参加している人たちは、何か情報を銜えて帰らなくてはならないのだろう。だが、まだ言えないな)

 早瀬の基調講演が始まる。
「当初、このシンポジウムの基調講演をお受けしたときは今頃には報告書がまとまっており、もっと気楽に話せるつもりだったのですが・・」
 
 会場から失笑が漏れた。未来懇談会はJTの仕掛けによる政治からの圧力で迷走しきっているのを皆知っているのだ。
 会場に、ライブテレコム渉外部の武田の姿が見えた。渉外部のメンバーが座っているその一角は笑っていない。報告書がJT組織解体を貫けるかどうか固唾をのんで見守っているのだ。
 
 妻の趣味である茶道で同じ社中である武田の姿を見ると、少し本当のことを言ってあげなければ可哀そうかなと思った早瀬は自分の本音を語り始めた。

 「座長として残念に思いますのは、小森内閣の任期が九月までということです。郵政民営化懇談会のように、以前の懇談会なら総理から法律をつくれと言えばよかったのですが、今回はそういうわけにはいきません」
 
 五月からの一カ月で、小森総理が次の総裁選にでないというのは「極秘」から「衆知の事実」になっていた。片岡元総務大臣らの情報工作、リークによるものである。
 苦しい胸の内を率直に語った早瀬の発言だったが、会場は「やはりそうか」という雰囲気につつまれ、緊張感はなくなった。
 
 これ以後、早瀬の最終報告書案の説明を熱心に聴く人はほとんどいなくなった。どうせ骨抜きにされる「案」を聴く必要はないからだ。ただ、武田と松沢課長らのライブテレコム渉外部の一角だけは食い入るように早瀬の話を聞き、メモをとっていた。
 早瀬の基調講演が終わり、司会者が質問を促してもだれも手を挙げなかった。ほとんどが興味を失ったからだ。

「それでは、質問もないようですので、これで基調講演を終わらせて頂きます。早瀬先生は皆さんご存じのとおり、五時からの未来懇談会ご出席のため、退席されます。みなさん、拍手でお送りください。なお、第二部のパネルディスカッション会場準備のためしばらく休憩といたします」

 早瀬が、プレゼンに使ったパソコンを小脇に抱え、会場を出ようとすると呼びとめられた。
「早瀬先生」
 武田と松沢であった。
「今、松沢さんから聞いたのですが、与党民自党の調整が進んでいないので、報告書案は変わってしまうのと皆思っているのだそうです。与党との調整はすすんでいるのですか」
 武田が事情をよく知らない若さと、怖いもの知らずの性格もあってずばりと聞いた。

 「最初は与党案とあまり差が出ない形でまとめようと思っていました。今日の五時から最後の懇談会が開催されますが、そこには竹村大臣も出席されます。普通は『座長一任』という形をとって、その後、調整にはいるのですが、今回はその形をとりません。だから、どうなるかは本当にわからない」

 「そうですか・・。ともあれ、本日が最終ですね。今度また、奥さまと一緒にお茶会においで下さい」
「そうだね、武田さんのお手前で一服いただくのを楽しみにしているよ」
 そろそろ、政治にかかわる仕事からは手を引き学問と文化の世界に戻るものいいかもしれないと早瀬は思った。

 

小説「光の道」 第31回 情報通信ビッグバン

 霞が関には思いのほか緑が多い。外務省を囲む桜並木はよく知られている。早瀬は総務省の中庭に枇杷の実がたわわになっているのを見つけた。黄色く熟しているのもあるが、まだ青いのもある。

「枇杷実り、青々としてなお酸し。・・熟する時を待たんと欲するも難からん」
 北宋の梅堯臣の詩を思い出しながら、早瀬は第十二回の未来懇談会に向かった。
 民自党片山委員会から「二千十年頃」という明確なメッセージを受け取った未来懇談会の審議は紛糾した。

「JTの古い体質そのものが現れた。どうせ、持ち株の経営企画あたりが政治家へのロビー活動を繰り返したのだろう。政治に頼って組織問題を葬り去ろうとしている、我々は、堂々と通信の未来のために、JT分離分割を報告書に明記すべきだ」
 山井教授が憤懣やりかたならぬことを隠そうともせず言った。

「やはりJTは普通の株式会社でなく、古いままだというのがこのやりかたで明らかになりましたね。依田さんは『株主のため』などといいますが、本当に株主のことなど考えたことはない。JTが守りたいものは、現状維持だけなのです。それはJT持ち株の上層部のためであり、いつまでも院政を敷いていたいJTのOBのためでしかありません。しかし、それも現実。与党がここまで明確な方針を出した以上、報告書はそれに沿った形にするしかないのではありませんか。そうしないと、我々は『反乱軍』になる」
 JTからも多額の研究委託を受けているシンクタンクの理事長である松中が慎重な意見を出す。

 議論は続き、予定時間である二時間をはるかに過ぎ三時間になろうとした八時ころ、座長として司会役に徹していた早瀬が意見を述べた。
 「竹村大臣の意向を皆さんにお伝えします。正論を押し通すのか、それとも与党の主張に妥協するのかということが大きなポイントになると思う。しかし、私がお願いした皆さんに政治的妥協をというのは心苦しい。正論を押し通していただき、後は私に任せていただきたい」

 与党との調整は考えず、自分たちの理論的考えを堂々と述べてほしいというメッセージであった。
 早瀬が最初に出した報告書案は少々の字句修正のみで、懇談会として了承された。

 懇談会後の記者会見で配布された報告書(案)には、前回の骨子案から一変、東西JTのアクセス部門機能分離がはっきりと書かれていた。
 問題となった、「二千十年頃」でなく「二千十年までに」JT法、電気通信事業法などの抜本的改革を見直し、同時にJT業務範囲規制の撤廃を明記していた。さらに、持ち株会社の廃止まで書かれていたのだ。

  報告書の説明が終わると、記者たちは驚きの表情を見せた。片岡委員会が明確な方針をだしたことで、どうせ骨抜きの報告書がでるだろうという予想がまったく外れたからだ。本来、最初に質問する特権をもっているベテラン記者も無言のままだった。

 沈黙を破るように、毎朝新聞の内海が挙手をして聞いた。
「早瀬座長。これはJTをバラバラにして力を弱めようとするというようにしか読めません。先日の、民自党情報通信調査会では、JT組織論を議論するのは二千十年頃にすべきという意見が多数だったと聞いていますが、与党との調整はできているのですか」

 「ただ、JTをバラバラにして、力を弱めようと思っているわけではありません。東西JTを締めつけている業務規制を撤廃して、JTをフリーにしようという発想です。IPの時代に地域に閉じ込めるための規制で縛られているのはどう考えてもおかしいですし、携帯電話との連携にも縛りがあって自由にできないというのはおかしいと思います」

 日読新聞の小宮が勢いよく手を挙げた。
「ということは、これは橋中内閣が行った金融ビッグバンにならい、JTビッグバンによって、日本の情報通信産業を一挙に改革するというものなのですね」
「そのとおりです。アクセス部門の独占性と、持ち株会社によるグループ統制制さえなくなれば、巨大な資本力、人材、技術力をもったJTは現状よりもずっと本来の能力を発揮できると思います。JTビッグバンですか。いい言葉ですね。そうなると、日本の情報通信市場にもプラスに作用します」

 そのとき、気を取り直したベテラン記者が手もあげずに発言した。
「しかし、与党との調整が済んでいないなら、この報告書は単なるペーパーで何も動かない。そう考えてよろしいですか」
 早瀬は「熟する時を待たんと欲するもまだ難からん」という漢詩をもう一度思い出していた。
(猿たちは、枇杷が熟するのを待ち切れず、酸っぱい青い実を食べてしまう。私も猿と同じなのかもしれないな)
 

小説「光の道」 第30回 2010年「頃」の政治的意味

  国会近くにある民自党本部。永らく政権の座にある民自党議員にとって、党本部で行われる各種会合が活動の中心になっている。
 
 国権の最高機関と言われる国会は、多数を持っている民自党が野党の意見を聞くふりをする場になっており、法律の修正もない。採決をすれば、賛成多数で法律が成立するからだ。国会審議は形式的なものであり、居眠りをしながら時間が過ぎるのを待つだけの場になっている。

 これに対し、民自党本部で行われる各種の会合は実質的に政策に口をはさむことができる場になっている。省庁間や、族議員菅の利害調整の場になっているのが、本部で開かれる各種会合である。

 「本日の情報通信調査会は、式次第にあるように、竹村総務大臣から『未来通信懇談会』の検討内容について聞くことと、先日設置された『通信・放送高度化小委員会』について座長をしていただいている片岡先生から御報告をいただくことになっています。では、竹村大臣」
 座長を務める飯田情報通信調査会長が竹村を指名した。律義に立ち上がり、礼をして再び座った。

「『通信の未来を考える懇談会』は、私の諮問機関として設置され、東城大学の早瀬座長のもと、一二回の会合を重ねてきました。では、お手元の『報告書骨子案』にもとづいて説明いたします」
 竹村の説明を居並ぶ議員は退屈そうに聞いている。すでに、報告書骨子案はJT経営企画部の面々が議員会館まで来ていかに問題があるかを「ご説明」に来ており、理解済みか、あるいは内容を理解していなくても反対すればいいということだけは了解しているのだ。

 説明が終わるやいなや、瀬古衆議院議員が手をあげた。当選二回。JT持ち株を経て、父親の地盤を引き継ぎ当選した二世である。
「なんでも、座長の早瀬とかいうのが、JTの組織形態が今のままでいいという委員は一人もいなかったとか言ったとのことだが、本当にそうですか」

「私は、その時の懇談会には出席しておりませんので、直接聞いたわけではありませんが、そのように報告をうけております」

「あなたの懇談会でしょう。そんな無責任なことがありますか。JTはね、引けば引くだけ赤字になる光ファイバーを、自らが日本の情報通信を担うのだという責任感だけで、全国で必死に引こうとしているのですよ。そんなときに、未来懇談会が組織問題を持ち出してきた。現場は『おれたちにやめろと言っているのか』と怒り心頭ですよ」
片岡が、まあまあという感じで瀬古を制した。

「竹村さんもね、いろいろお忙しいのだ。ところで、竹村さん。なんでも最初に法律改正の必要がない機能分離を一気にやって、そのあと二〇一〇年までにJTを構造分離や資本分離をするという二段階作戦を考えているのだという噂を聞いているが、それはあくまで噂でしょうね」
「そんな思惑があるのですか。それは完全に党をなめている。国策を決定するのは与党民自党だ。二〇一〇年までにJTを資本分離するだと。たかだか大臣の懇談会が何を言っているのだ」
 瀬古がふたたびはげしくつめよる。

「今、決まっているのは報告書骨子案まででございまして、片岡先生がおっしゃったようなことは全く白紙でございます」
 竹村は言質をとられないよう、注意深く言葉を選んだつもりだった。しかし、甘かった。

「そうか。白紙ならちょうどよかった。私も先生方が熱心に議論していただいていることはよく知っている。私の小委員会の中間報告ができたので、参考にしていただきたい。飯田座長よろしいですか、中間報告を配布して」

 民自党政調スタッフが、「今後の通信のありかたについて 中間報告(案)」というレポートを配布する。
「私は皆さんご存じのとおり、アバウトな人間なので一つだけ。三ページに『JT組織の見直しについて』のところを見てください。今後の通信を考えるなら、やはりJT組織問題は避けてとおれない。そこで『二〇一〇年頃にJT法などの改正を検討すべき』と入れようと思っております。ざっくばらんに言いますと、先生方にもJTの組織問題を今取り上げるのはけしからんというかたもおられると思う。事務局長をつとめる瀬古さんはもと、もとJTにつとめておられたのだから、思いもあるだろう。でも、瀬古さんも国のためなら仕方ないと言ってくださっている。座長、この方針でいいかどうか皆さんにはかってください」

「今の、片岡先生の中間報告についてご意見ございますか」
飯田座長が、しばらく時間をおいた。皆、黙っている。
「それでは、この方針で御了解いただいたということでよろしいですか」

 数名の議員が「異議なし」と小さな声でささやいた。
「ありがとうございます。では、情報通信調査会としては『二〇一〇年頃にJT法などの改正を検討すべき』という方向性で中間報告書をまとめたいと思います。片岡先生、何かございますか」

「みなさん、ありがとうございます。私もJTの依田社長から怒られるかもしれんが、皆さんの総意だということできちんと説明します。竹村大臣、まあ、これを参考にしてください。でもあくまで先生方の意見は意見。未来懇談会の報告書と意見が合わないなら合わないままでいいと思いますけどね」

 竹村は「やられた」と思った。政治の世界では「頃」というのに大きな意味がある。「二〇一〇年頃」というのは二〇一四年まである。その時の総理大臣は誰なのか。もっと言えば、政権が誰なのかもわからない。永田町では、これは「先送り」を超えて「やらない」ことを意味する。

 二〇一〇年ころに検討をはじめて、実行に移すにはさらに時間がかかる。二〇一〇年までに、光ファイバーを三千万世帯に引くというJTの目標が達成できるまで、組織分離論を封じ込めるというものだ。
 「依田社長に怒られる」どころか、JTの主張を後押しするものなのだ。

 三千万世帯というのは、固定電話利用世帯六千万の約半分である。JTが引きやすい三千万世帯に光ファイバーを引いてしまったら、他の事業者が対抗しうる可能性はなくなる。競争はなくなり、JTの光ファイバー独占は完成する。

 戦略は細部に宿り、悪魔もまた細部に宿る。「二〇一〇年頃」という言葉は、JT光ファイバー独占への道を開く、悪魔の囁きであった。

小説「光の道」 第29回 政策より政局

  六月に入った。旧暦では六月は日本の歴史の転換点が二つ起きている。
 第一は本能寺の変。天正十(一五八二)年六月二日、まだ明けやらぬとき、明智桔梗の旗が本能寺を取り囲んだ。織田信長は、相手が明智光秀としるととても逃げ切れぬと観念したと伝えられている。光秀の力は十分に評価していたのだ。
 もう一つは、黒船来航。嘉永六(一八五三)年六月三日、ペリーがアメリカ東インド艦隊を率いて浦賀に入る。黒船の来航である。

 早瀬は、未来懇談会の報告書を六月にまとめあげ、情報通信業界の維新を拓く「黒船」にしようと思っていた。JTを機能分離から、構造分離、さらには資本分離でバラバラにしようというのだから、JT江戸幕府を倒し、維新をおこすようなものだった。

 二日、金曜日。早瀬は幕末の漢詩人、梁川星厳の「一道の砲声雷天を震わす。邦家 これより事騒然たらん」を口にしながら、自らパソコンをたたき、五日(月)開催予定の第一二回会合に提出する報告書骨子案を作っていた。

「今日中に仕上げて、まずは竹村さんに送り確認ができるのが、明日午前中かな。委員に送るのが土曜日午後だが、それで十分だな。通信業界は、これで騒然となる」
 
結婚が遅く、一人住まいが長かったせいか、独り言で自分に言い聞かせるのが癖になっている。やることを忘れないように、留守電に吹き込み、後でメモ代わりに聞くというのも習慣である。
 携帯電話は、一般公開用と、竹村などVIPだけに番号を教えてあるものと二つ持っている。仕事をするときは、一般公開用は切ってある。電話で遮られると生産性が下がるからだ。

 最後の仕上げをしようと思ったところに、携帯電話がなった。発信元をみると竹村である。応答ボタンを押し、電話にでる。

「もしもし、今、報告書案骨子案をお送りしようと思っていたところです。明日午前中に御確認いただけますか。確認次第、メールで各委員に送ろうと思います」
「そのことなのですが、先程、幹事長から電話がありました。『未来懇談会から報告が全く何もない。報道ではJT分離など勇ましいことを言っているらしいが情報通信調査会は何も聞いていない』ということで、来週水曜日の調査会に私が出席して説明することになりました」
「幹事長から直接ですか」
「いえ、直接には側近の須賀副大臣を通してですけどね。飯田情報通信調査会長は、誰もが認めるJT族ですから、また吊るしあげられるでしょう」

 飯田源次郎、衆議院議員当選六回。当選五回が大臣適齢期であるが、当選四回の総務副大臣当時、あまりにJT族としての言動が多く、バランス感覚を欠くとして大臣になかなかなれないでいる。

族議員として力をつけるのが第一ステップだが、大臣になるにはそこから業界を超えて、全国レベルのことを考える政治家になる必要がある。というよりも、実際にそうでなくても「業界を超えて日本のことを考えている」と見られることが重要なのだ。残念ながら、飯田はこのイメージチェンジに失敗していた。当選五回で大臣になれないと、地元での評価も厳しくなる。実際、六回目の選挙では、民自党圧勝の中で、民生党の候補者に八千票差まで迫られるという苦戦を強いられた。

選挙での苦労が、飯田を益々JT寄りにしている。頼りになるのは目に見えない浮動票でなく、しっかり読めるJT票というわけだ。

「飯田さんには、何度も説明のために時間をとってもらえるようにアポの申し入れをしているのですけどね。なかなか返事がもらえなかったのです」
「聞いていないというのは、政治家が文句を言う時の常套です。それよりも面倒なのは、後ろにいるのが片岡らしいことです。須賀さんが言うには、小森首相退陣、後継を幹事長にということまでうすうす感づいているらしい」
 政治家は政策ではあまり動かないが、政局になると生き生きとしてくる。JT分離が政局がらみだとなって、片岡やその後ろにいる旧金田派である橋中派が未来懇談会を潰せと勢いづいているというのが竹村の話であった。

「では、一二日の懇談会はどうしましょう」
「残念ながら、私が情報通信調査会で火だるまになるまで、慎重にせざるをえないでしょう。郵政民営化の時と違って、小森首相の力は落ちている。幹事長もまだ首相ではないのだから、橋中派にも目配りせざるを得ない。敵は与党の中にいるのですよ」
 竹村の声に力がなかった。
「報告書骨子案はJT組織問題をトーンダウンして書きますか」
「そうして下さい。JTの猛烈な巻き返しで、民自党は完全にJTの意向に沿った動きをしています。やはり、政治家を動かすのは票と金のようです。それではお願いします」

 JTの底力はすごいと思わざるを得なかった。「玉石混交ともに砕く」という織田信長の手法が好きな小森首相も、下手をすると橋中派の協力が得られず、幹事長を後継にという構想が水泡に帰すと思っているのだろう。
 気をとりなおして、早瀬は報告書骨子案を書き直し始めた。

 六月五日、未来懇談会第一二回会合。前回まで、JT組織改革の意思を明確に表明していた懇談会の勢いが完全に失速した。
 終了後の記者会見で公開した「報告書骨子案」からは、JTの組織問題に関する記述は完全に抜け落ちてしまっていた。
 なんとか「健全な競争を阻害すべきことはすべきではない」と書いてあったが、時期を区切っていつまでに変えるべきだという表現はなかった。

  早瀬から「まずは早急に機能分離、二〇一〇年までに資本分離」という竹村の腹案を聞かされていた委員の山井教授や、松中理事長はショックを隠せないでいた。
 いままで、記者との接触は早瀬の記者会見だけだったが、珍しく二人が取材をうけたのも委員たちの動揺を表していた。

「JTに関する表現が後退してしまった。先行は不透明だ」と松中理事長が語ると、山井は「JTの組織問題を正面から議論することさえ許さないというのでは、日本の情報通信の将来が危うい」と憤然と語った。
 時は六月。どこかの球団のように鯉のぼりとともに未来懇談会も終わるという雰囲気が周囲には漂い始めていた。

小説「光の道」 第28回 政治は「河豚」と同じ

  「うん、うまい。河豚は冬の魚とだれがいったのだろうな。中国では、春の魚とされているのだ。海水魚だが、春になると揚子江、長江をさかのぼって中流の江西省あたりにまで達するらしい」
 片岡元総務大臣が、孔雀盛りになったふぐ刺しを一挙に口にいれながら目を細めた。

 料亭が並ぶ銀座八丁目の一角にある「やま祢」は博多からのふぐ料理と水炊きのうまい店である。二代目おかみが、和風建築から近代的なビルに建て替え、吉兆ほどの高級路線でなく、夜でも二万から三万円で食事ができるようにしてから経費削減が要求されている接待族から重宝されている。

 JT経営企画部と言えども、金融商品取引法、日本版SOX法で内部統制が厳しく監視されるようになってから湯水のごとく接待費を使えなくなった。
 「料亭政治」も批判を浴びるようになったこともあり、「吉兆」に近いが、リーズナブルな「やま祢」を愛用するようになった。

 何よりも気に入っているのは、銀座八丁目あたりではJTの携帯電話は通じるが、小生意気なライブテレコムの携帯電話が通じにくく、特に「やま祢」では壁が厚いせいか、益々通じにくいことだ。

基地局と呼ばれる携帯のアンテナは都心ではビルの屋上などに借りて作られる。JTは最初だったので、十分なアンテナがあるが新参のライブテレコムがビルのオーナーに頼みに行っても、二本目、三本目は嫌だと断られることが多い。新参であり、いろいろなところに参入障壁があることが、ライブテレコムが通じにくい本当の原因である。

しかし、そんなことは利用者にはわからない。JTケータイは通じやすいが、ライブテレコムは通じにくいことを強調する絶好の場所になっているのだ。

「恐れ入ります。岡山では鰆の刺身をよくお食べになると聞き、東京でもどこかと探したのですが、なかなかなく。大臣が、河豚がお好きと依田にききましたのでこちらにご案内させていただきました」
 はじめて、「勉強会」に参加する有田が如才なく答えた。

「さすがに、将来のJTグループを担う、経営企画課長だ。岡山では鰆の刺身を食べることまでよく知っている。鰆は身割れがしやすいので、東京ではなかなか食べられないのだ。ところで、現幹事長を後継総理にしてJT問題をとりあげるという竹村の思惑は依田さんから聞いた。あれから、懇意の記者などをつかって調べさせたが、君の言うとおりらしい。これからもしっかり頼むぞ」
 片岡が、有田に酒をすすめた。この酒も、片岡の地元である岡山倉敷の地酒「燦然」をおかみに頼んで特別にだしてもらっている。

「ありがとうございます。ところで、竹村の未来懇談会が来週月曜日、六月五日に開催されます。先週の第一一回会合後の記者会見では『JTの現状維持はありえない。最低でもアクセス分離』と述べたそうですが、大臣の耳に何か入っておられますか」

 政治家には、一度大臣になったら、大臣を辞めても「大臣」と呼ぶ。その方が政治家は喜ぶからだ。同様なことは外務官僚にもある。一度「大使」を経験したら「大使」と呼び続けられる。

「都築局長に聞いたのだが、ほとほと困っているらしい。報告書も座長の早瀬が書くとのことだ。だが、ご心配なく。来週水曜日の、情報通信調査会に竹村を呼ぼうと思っている。そこで、誰かにどやしつけさせる。『党を何だと思っている。たかが、大臣の懇談会が何をいっているんだ』とね。会長の飯田君あたりにさせるか」

 議院内閣制では、政府・政権一体と思われがちだが、日本は「政府・与党二元体制」が続いている。民自党では、政府と政党をつなぐのは首相だけである。首相は内閣に入って、政府の仕事をするが、選挙と国会は政党の仕事で幹事長がとりしきるという役割分担がある。
 この結果、政府が財政再建のために消費税増税案を提出しても、選挙で与党民自党議員が「私は消費税増税に反対」と言うという奇妙な現象が許される。

 議院内閣制のメッカであるイギリスなら、一度決まった内閣の政策に反対したら、政党公認をはずされても当然と言われる。だが、日本ではそんなことは滅多になく、自由に反対する。与党民自党が、「自分党」と言われる所以である。
 
族議員の利害と結び付いている政策などは、政府、つまり内閣と与党である民自党が政策問題について違う見解を発表し、政策調整が混乱することなど日常茶飯事である。
「ありがとうございます。飯田先生のところには、早々に御挨拶に伺ってまいります」
 依田が、会社では見せたことのないへりくだった態度で答えた。

 与党民自党の政策活動の中心になっているのが、政務調査会である。政策調査会は総会である政調審議会と、部会、調査会からなる。部会は、総務部会、外交部会など各省庁別に構成される。
 総務省を担当する、総務部会はどうしても旧自治省関係の地方税法、地方交付税法などが、中心になり、情報通信関係政策はなおざりになる。

 そこで作られたのが「情報通信調査会」である。ただ、手続き上は部会が正式の機関となるから、法案を提出する場合にはどうしても部会の議決を得なくてはならない。
「竹村はまだ分かっていないのだ。政府と与党で最終的に法律を変えるには国会の承認が必要だということをね。たしかに、郵政民営化法案は小森首相の狂気にも似た思い込みがあったから、民自党は無視された。しかしね、依田さん。民自党の体質は日本文化そのものだ。また戻る。とくに、君、有田君と言ったかね。君の情報通り、小森が総裁選にでないというなら、もう竹村は終わりだ。心配することはない」
 
片岡が、残っているふぐ刺しを一挙に平らげた。
(「河豚食わぬ 奴には見せな 不二の山」と小林一茶はうたったが、政治は河豚と同じだ。こんな美味いものをつかわない手はない。初めてだが本当にいい勉強会だ)
 有間は、岡山の地酒「燦然」を片岡に進めながら思った。


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