島さとし(嶋聡)の「大風呂敷のススメ」

松下幸之助に学び、ソフトバンク社長室長3000日の後、多摩大学客員教授を務める元衆議院議員「島さとし」のブログです。

小説「光の道」

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小説「光の道」 第27回 男の嫉妬

 政界を動かすのは嫉妬である。そして、男の嫉妬ほど怖いものはない。
テレビで名が売れた経済学者から、民間人枠で小森内閣の経済財政担当大臣に就任して以来五年間。ずっと閣僚に居座り続ける竹村総務大臣への嫉妬は与党民自党のなかに渦巻いていた。

 閣僚の数は内閣法で一四人と決められている。ただし、特別な場合をのぞいては三人増やすことができ一七人までである。そのうち、参議院枠は二名程度。一五人が衆議院議員から選ばれる。与党民自党は三〇〇名以上の衆議院がいるのだから、枠はあまりに少ない。民間人にポストをあたえるなどというのはけしからんということになる。

 それでも経済財政担当大臣などという、実際に各省庁を統括する大臣でない間はまだよかった。経済財政担当大臣は、「横割り大臣」とよばれ、省庁横断的な課題に対応するためにおかれている。したがって、スタッフも少なく、せいぜい二百人から三百人、それも各省庁からの寄せ集めである。
これに対し「縦割り大臣」は、各省の設置法にもとづいて「長」としておかれた大臣である。スタッフの数は総務省五千人、国土交通省五千人などで、大きな深い権限を持っている。

 初代総務大臣であり、民自党参議院幹事長の片岡虎太郎は竹村の動きを苦々しく思っていた。財務省と並んで、国家公務員試験の上位合格者が入省する旧自治省出身。もちろん東大出身で、学者とはいえ、一橋大学出身の竹村を低く見ていた。

 旧金田派の流れを汲む橋中派に所属、情報通信族のドンになろうとしていた矢先に小森内閣となり、しかも自らの金城湯池にしようとしていたJTを分割しようとしているのである。

 「選挙の洗礼もくぐっておらず、学者としても二流の竹中が何を言っているんだ。えらそうに」
 片岡があちこちで不満をもらしているのを、政界に通じている依田JT社長が見逃すはずがなかった。

 依田は、情報通信政策について意見交換をするという名目で三カ月に一度開催している吉兆での勉強会で片岡に、未来懇談会の対抗軸として、民自党電気通信調査会の中に「通信高度化小委員会」を立ち上げてくれることを依頼した。
 
 調査会のたち上げとなると、民自党政策調査会の承認がいる。政策調査会長は小森派でありなかなか難しいが小委員会なら、簡単に設置できる。それでいて、小委員会で意見をまとめれば、片岡個人の意見でなく、与党民自党の意見とすることができる。

 初代総務大臣であり、参議院民自党幹事長である片岡が委員長をつとめるということで、小委員会であるにかかわらずその存在感は大きかった。通信業界関係者の間では「片岡委員会」と呼ばれた。

  依田の手元には、片岡が委員長として発言したメモが届けられていた。
「JTが引けば引くだけ赤字になる光ファイバーを、自らの責任感で全国に必死にひこうとしている。さすがにJTだ。だいたい、私はライブテレコムの宋などというのは気に入らない。まるで山師だ。あいつの言っていることは、JTの光ファイバーにただ乗りしようとしているに過ぎない。竹村にいたってはアメリカ外資の手先だ。JTを分割して、アメリカに売り払おうとしている。(拍手)皆さん、私たちは国会議員として、情報通信主権、国益を考えなくてはいけません。日本の発展のためにはJTの組織に、今手をつけるべきではありません(拍手)」

 依田が、自分が決裁した政治資金にふさわしい働きをしていてくれるなと満足げにメモを見ながら、秘書に命じ、永井経営企画本部長と、このところお気に入りの有田課長を呼んだ。

 永井がいつものように直立不動で依田の前に立った。
「まあ、座りなさい」
 社長室のいすを薦めると有田の方が永井より先に腰をおろした。
「未来懇談会の様子はどうだ」
「はい、先日二九日の第一一回懇談会の後の記者会見で、座長である早瀬が『JTがこのままでいいという構成員は皆無。最低でもアクセス分離で合意した』と発表しました。JT組織問題に本気で手をつけるようで、ゆゆしき事態ですが、せいぜいアクセス分離で構造分離、資本分離には踏み込めないと思っております」
「それは、楽観的にすぎる。竹村とその後ろにいる小森総理がそんな中途半端なことをするはずがない」

「社長、よろしいですか。私は少し気になることを耳にはさんだのですが」
「言ってみろ」
「どうも、竹村と早瀬は二段階作戦をとるようなのです。まず、第一ステップとして法律改正をともなわないアクセス分離を行う。そして、JT組織問題を次期首相の下で、郵政民営化のように政治的課題にする。次期首相に擬せられているのは、現幹事長です。JTと片岡先生、さらにはJT労組と結んだ民政党を抵抗勢力として次期総選挙を戦う。総選挙に勝利した後は、JT分離を政権のテーマとして求心力を維持し、長期政権を築くというシナリオがあるようです」

 依田は、有間が政治的にかなり高度なことを話すので一瞬沈黙し、口を開いた。
「君は、どこでそんなことを」
「申し訳ありませんが、情報の出所について今は申し上げられません。ただ、確かな筋で、竹村の口から直接聞いたという一次情報に近いとだけ申し上げます」

 有間がちらりと永井の方を見た。永井がいては話せない。社長と二人だけのときにという合図のように見えた。
「わかった。君の分析は片岡先生に伝える。それから、今後、片岡先生との勉強会は永井に代わって君が同席しろ。秘書にそのように言っておく。永井、次回の未来懇談会はいつだ」
「第一二回は、六月五日と聞いております」
「早いな。今週末にでも片岡先生に会わなければ。秘書を呼んでくれ」
 有田が勢いよく立ちあがった。
「社長、片岡先生との緊急勉強会でございますね。秘書さんと連携をとって、至急セッティングいたします」

小説「光の道」 第26回 審議会の実態と改革

  未来懇談会のメンバーは座長である早瀬をいれて八人。それ以上の人数になると議論は集約できないという竹村大臣のアドバイスにしたがったものだ。
 
日本の情報通信政策をリードしてきたシンクタンクである野中総合研究所の松中雄志理事長、日本にインターネットを導入したと言われる山井和則慶應大学教授など、一家言ある人がそろっている。
 「一家言」はもともと、司馬遷の『史記』にある。史記百三十巻最後の「太史公自序」で『史記』を著した動機を述べている。司馬遷は先人の業績を網羅し、「欠」を補って「一家の言を成し」たという。

 早瀬はメンバー選定も竹村のアドバイスにしたがって、JT組織問題を扱うことに真っ向から反対する人を選ばなかった。長いこと、タブーとされたJT組織問題という「欠」を補おうとしたのである。

 さらに、官僚はばっさりとはずされていた。総務省の普通の審議会では官僚は事務局をにぎり、討論資料を作成し、報告書原案をつくることで議論をコントロールする。

だが、未来懇談会では通信行政を担当する都築情報通信基盤局長や総務審議官は議論の席に参加はするものの、懇談会の議事は、会合当日に早瀬が持ち込んだ資料にしたがって進んでいく。懇談会の報告書自身も座長自身が作成すると宣言していた。
未来懇談会では、官僚は真の意味での「事務局」でしかなかった。

五月二九日に開かれた第一一回懇談会も、早瀬の提出した資料が中心に議論された。
「それでは、一ページ目をご覧ください。電気通信市場におけるJTグループのシェアですが、加入者回線はJT東西が九四・七パーセント、約九十五%であり、他の事業者はJT地域網のオープン化措置がなければサービス提供ができない状況です。次のページにある『JT再編の評価』についてです。地域・長距離分離による公正競争確保はできましたが、JT東西は県内通信のみ可能で、IP化が進展する中では意味を失っています。さらにグループ経営はむしろ強化の方向にあるというのがポイントです。なにかご意見はありませんか」

 日本のインターネットの父と言われ、ADSL導入を推進したる山井教授が厚い眼鏡に手を触れながら話し始めた。
「ADSLの成功について触れられた方がいいと思います。IT戦略本部で議論されJTのメタル回線を開放した結果、五〇社もの企業がADSL事業に新規参入しました。日本のブロードバンド料金が、世界一安くなったのはJTメタル回線をオープンにした結果でしょう」
 
IT戦略会議が開かれていた、二千年頃。JTはISDN(総合デジタル通信網)というプロジェクトを推進しており、アメリカで開発されたADSL(非対称加入者線)を敵視していた。
 
だが、世界を見るとADSLが中心でどんどんブロードバンド革命は進んでいた。たとえば、韓国である。ISDNの二十から百二十倍早いADSL方式を採用。日本のJTにあたる韓国テレコムの電話線設備を開放させ、街角の「IT房」などでその楽しさを味わせることで急速に普及した。
 
香港やシンガポールもそれに続く姿が報道され、IT戦略本部はJTの電話設備を解放させる方針を採用。新電電やライブテレコムもADSL事業に参入したのだ。

「私は総務省の他の委員会の座長をしているので、調べさせたら、日本の場合1・5メガビットタイプでJTで二六五〇円、ライブテレコムで二九三八円。ニューヨークがベライゾン・コミュニケーションで四〇五九円、ロンドンのブリティッシュテレコムブロードバンドが五〇二三円でした。本当に世界一安くなりました」
 
IT戦略本部がJTの電話設備を開放させる政策をとったが、実際にADSLを敷設していったライブテレコムや新電電は意図的なJTのサボタージュに悩まされた。工事事業者の選定や部材の調達などで複雑な手続きをつくり、競争事業者の参入障壁としたのである。
明らかにグループ会社であるJT東西とのハンディキャップを感じた新電電やライブテレコムが、今回アクセス分離や持ち株会社廃止を主張するのは、この経験による。

 「林首相も二一世紀の幕開けとともに、IT戦略本部を立ち上げでIT政策を推進したのは先見性がありましたよね。当時はITを『イット』と読んだなどと言われていましたが。あのときは、ライブテレコムの宋社長が当時のJT宮城社長と大論戦をしました。あれから五年ですか。日本のインターネット環境もずいぶん変わりました」
 松中が、当時を懐かしむように言った。

「先日、宋社長と食事をしたら、『林首相は将来、歴史の教科書に載る。なぜなら、IT戦略本部をたちあげて日本のIT革命への道を開いたからだ』と言っていましたよ」
 山井の発言を受けて、委員の何人かが声をあげて笑った。

「それを聞いたら、林元首相は喜んであちこちに言いふらしますよ。あの時のJT宮城社長は技術出身でしたから、議論の中で抗しきれなくなってしまったのでしょう。最後には宮城社長もとうとう、ADSLが技術的に可能なことを認めざるを得なくなった。技術系出身の社長だからよかったのでしょうね。ところが、今の依田社長は労務系だ」

 山井と同様、IT戦略会議でも委員を務めていた松中が話し終えると早瀬が続けた。
「独占で、外部との競争がなかったので、社内で労務系を中心とする事務系と、技術系の激しい権力闘争が続いたのでしょうね。民営化後は技術系と事務系が交互に社長を務めています。ともあれパターン一の現状維持というのは、問題ありで、パターン二から四。機能分離、構想分離、資本分離の三つのパターンについて検討するという方向性でよろしいですか」
JTがクライアントである山中が、理事長としての義務を果たすように発言した。

「組織問題、JTを分離するというのは時間がかかりますよね。それに、なぜJTだけが分離をするのかという反論にどう対抗しますか」

「JTは公社時代から構築したボトルネック設備を保有する特殊会社で、いまでも政府が三分の一の株を持っています。まず、アクセス分離によってドミナント部分を切り離します。ただ、それだけではJTが飲まないでしょうから、JT法を廃止してJTを自由にします。持ち株会社のくびきをはなれ、自由になったJT東西やJTケータイが自由に事業展開したほうがJTグループの社員にとってもいいのではないでしょうか」

「なるほど、二段ロケット方式ですね。JTケータイなどは、持ち株会社に反感を持っているから、うまくやれば動くかもしれませんね」
会議は、早瀬の想定したシナリオどおりに流れていった。

第十一回の会合終了後、早瀬はいつものように記者会見した。
 「JT組織問題について議論しました。現状のままでいいという委員は以前申しましたように皆無。したがって、最低でもアクセス部門を機能分離するということで合意しました」
 この発言は重要だった。事実上の最低防衛線を引き、JTが現状維持されるというパターン一を消えさせたのである。

小説「光の道」 第25回 作戦会議

 「組織形態を変えるのに法律改正をともなうものですと、国会が絡んできます。というよりも、与党調整がからんできます。おそらく、拒否権のある総務会で何人かに反対されて、法律は閣議にあがらないでしょう」
 
郵政民営化を百万人と言えど、我行かんの精神で進めてきたようにみえる竹村があまりに弱気なことをいう。早瀬は、マッカランを自分で注ごうとした。

「私がやります」
 竹村の個人秘書、名倉みどりがグラスをとった。竹村が大学教授をしていた頃から秘書を務めていた。
身長170センチ。ニュースキャスターを目指していたが、アナウンサーより背が高いので、不採用になったと言われている。大学教授の秘書にはめずらしく、派手な装いで目立つのも竹村が気に入った点で、大臣になっても個人秘書をつとめている。長い付き合いのため、竹村の信用も厚く、重要な会合でも同席する。

「法改正が必要となると国会が絡んでくる。そうなると我々の未来懇談会は、方向性を示すだけにとどまりますね。ですが、機能分離なら、法改正でなく株主総会の定款変更だけでできる部分があると若手の官僚がわたしに内々にレポートを持ってきました。その線が、最低防御ラインですね」

 よく「総務省がこう言っている」というが、総務省も一枚岩ではない。部長、局長以上になると国会折衝もあるので民自党幹部との付き合いも多くなる。さらには、将来のJTへの天下りを考えるとJT有利な政策をして恩をうっていくことを考える幹部も多い。
 
しかし、課長クラスになるとすべてがそうではない。理想に燃えて、情報通信政策を考えている人間も多い。
 課長と言っても、キャリア官僚の世界で課長はかなりの権限を持っている。総務省でも、自治省出身者なら県の副知事を務めた後に東京に帰ってくると「課長」に逆戻りする。経産省の課長なら、所管の自動車産業などの会社を視察しようこうものなら、社長がつきっきりで対応する。
 
キャリア官僚の世界は、東大卒である事がすべてである。他の大学は、採用の時「東大卒ばかり」という批判をかわすために数名採用される。だが、彼らが次官につながる主流を歩む可能性はほとんどない。
主流の官僚からは大胆な制度改革案は出てくることは少ない。危険を冒さなくても出世できるからだ。したがって、革新的な政策を提言してくる若手官僚は、東大卒でないことが多い。今回、早瀬に提言してきた官僚もその一人であった。

 早瀬は、総務省の課長が持ってきたレポートを竹村に示した。
「第一ステップ  『直ちに実施』アクセス部門の機能分離      
          法改正は不要
 第二ステップ  『二〇一〇年に実施』 持ち株廃止・各社構造分離 
          NTT法廃止
          電気通信事業法改正」
 
小森総理は大部の書類は読まない。A四一枚に、ポイントのみを書いて決済を仰ぐというのが小森内閣のやり方であった。もちろん、別添として詳細な資料が添えられている。こんかいのA四1枚であった。

「わかりました。これで行きましょう。小森総理にもタイミングを見て私から話します。郵政民営化を進めてみて、政策を実現するには何が必要かと考えてみたのですが二つあります。リーダーのパッションと実現のための戦略です。リーダーが『自分はこうしたい』というパッションを持続させなければ、なにも実現できません。それと同時に、細部にきっちりと目を向けていないと大事を達成することはできません。細かい戦略を積み上げていくことではじめて可能になります。戦略は細部に宿るのです」

 いくら理想的なビジョンや青写真を描いたとしても、実現するためのプロセスまで含めて戦略的に考えなければ政策にはならない。早瀬は、竹村が学者の世界しか知らない自分を教育しているのだなと思った。
「竹村大臣、それではこういう方向性でよろしいですか。JT法の改正や廃止を巡って、与党民自党と調整できない場合は、構造分離は不可能になります。その保険として、法改正の必要がない機能分離をまず行う。そのうえで、JTの構造分離という最終目標を世間に問いかけてゆく」
「それで結構です。もう一つ、早瀬先生の耳に入れておきます。小森総理は、九月の総裁選挙には出ません」

 政治の世界では、次の選挙に出ないと宣言した瞬間にレームダックとなり、政治力が落ちる。小森総理のサポートがない以上、JT組織問題など進むはずがないからだ。
「では、小森総理のあとは誰が。総理が抜擢した幹事長ですか」
「そうなると思います。民自党は、郵政解散総選挙で三〇八議席をとりました。次の総選挙で、野党民正党が政権交代する可能性は極めて低い。幹事長はまだ五〇代。長期政権になる可能性が高いといえます。小森首相が郵政民営化で、郵政の抵抗勢力と戦って首相の座を射止め、長期政権を維持したことに幹事長は習おうとしています」

「そういえば、行革で国鉄を民営化した中曽根首相も、小森首相も長期政権ですね」
「大きな改革に取り組み、戦いが続いている間は首相が続けられるのです。国民は、抵抗勢力との戦いに注目します。首相は、悪の帝国と戦うヒーローになるのです」
 中曽根首相は、議院内閣制における大統領型首相をめざし、国民に直接訴えた。
小森首相も同様である。

「なるほど。次の総選挙は任期満了の二〇〇九年になる可能性が高いですね。だから、二〇一〇年という数字が意味を持つのですね。この課長のメモは、竹村大臣が指示して作らせたのですか」
「それは、御想像にお任せします。この話は、早瀬座長と、須賀総務副大臣しか知りません。幹事長が総理になったら、JT問題を取り上げるでしょう。どちらみち、JT族は、反主流の旧金田派の面々ですから、幹事長にとっては痛くもかゆくもない。民自党は、党あって国なし、派閥あって党なしですからね。民政党は郵政民営化の時のように、JT労組のいいなりでしょう。国民に労組と民正党の癒着を訴えれば、選挙に有利になります。」

 須賀副大臣は、幹事長側近として知られている。衆議院総選挙までにらんだ、大きな仕掛けはとても自分には考えつかないと早瀬は思った。
 いつのまにか、空になっていた、マッカランのグラスを名倉秘書がとった。よく手入された爪にマニキュアが似合っていた。
「早瀬先生、すいません。先に帰らせていただきます。竹村大臣はよくご存じですが、先だって須賀副大臣を夜遅くに、玄関口までお送りしたところ、誤解され、二人の写真を写真週刊誌にとられてしいましたから」
 名倉が、静かにグラスを置き、立ちあがった。

小説「光の道」 第24回 議員の当選回数と出世階段

  六本木ヒルズ四十三階にある、竹村大臣の個人事務所。どうしても官僚が同席する総務省大臣室と異なり、早瀬と秘書官、竹村の個人秘書、名倉の四人だけがいる。竹村はビール、早瀬はいつものマッカランで、一過春のひと時を楽しんでいる。

吉兆からケータリングでとりよせた料理のなかには、白魚があった。
「白魚は、『白小』と言われます。杜甫に『白小 群分の命、天然二寸の魚』という詩があります。白魚の群れ、種族に与えられた天命として二寸ほどの小さな魚だというものです。まさにはかなげですね」
 
竹村は、早瀬が持つ漢詩の教養を好んでいた。竹村が、経済学者から、小森内閣の閣僚になったとき、理想としたのは大恐慌に対する処方箋を書き、経済政策をリードしたジョン・メイナード・ケインズだった。ケインズが生まれたハーベイロート六丁目は、知識人が集まる場所として知られる。
一般民衆に比べて、より深く、より正確な判断力をもつ知的エリートの集団によって政策が立案されるべきというのが竹村の理想であった。ケインズが教養人の集まるサロンでの会話をもとに、政策を展開していったように、自分も知的な会話を楽しみながら政策を実行したいと思っていたのだ。
しかし、実際の政治の世界は嫉妬と怨念の世界であった。

「そうですね、ここにいる四人の天命も、営々と築かれた巨大な旧勢力から見ると、白魚のように二寸ぐらいに見えるかもしれませんね」
 竹村と早瀬の思いは、最終的には、JT法を廃止して、JTを構造分離すべきという方向性で完全に一致していた。
 
しかし、竹村と早瀬の前には「政策決定過程」という学者の世界だけでは理解できない現実が横たわっていた。
 法律の改正は、総務大臣である竹村でも一存では決められない。決定するのは憲法四十一条にいう唯一の立法機関、国会である。さらには、国会で過半数を占める与党民自党との調整をクリアできないかぎり、JTの大改革は断行できないのだ。

「どんないい政策であっても、民主主義のプロセスというものを踏まなければ、実現できない。私も学者のころは、それを知らずしてよく政府批判をしていた。だが、実際に大臣として政治に参加してみると、経済学の教科書で教えられている内容に比べて現実の経済は、はるかに複雑であることがわかった」
「それは、経済学は役に立たないということでしょうか」
大学で公共政策を教えている早瀬が、学問の世界での先輩である竹村に素直に聞いた。

「経済学だけでは十分でないことも事実です。経済学は役に立ちますが、経済学を役にたたせるための別の知識、すなわち政治、行政、法律など政策に関する多様な知識がまた同時に必要だということです。経済政策を含めてすべての政策は、民主主義のプロセスを経なければ、決定できません。つまり、政治的な実現可能性を念頭に入れながら、この未来懇談会のシナリオも書かなければいけないのです。民自党の政策決定過程を御存知ですか」

「はい、大体は。最初に、政策調査会所属の総務部門会議ですよね」
「ええ、各部門会議はだいたい、朝食を食べながらの会なのですが、あれはひどい。大臣が、族議員からの罵倒にたえるための会です」
 竹村が思い出すのもおぞましいとばかりに、ビールを口にした。
 
部門会議は「部会」と呼ばれ、各省庁に対応して設置されている。たとえば、外務省には外務部会、経済産業省には経済産業部会という具合である。

 国会議員に当選すると、一回生と呼ばれ、まずは朝、部会に出て各省庁からの政策説明を聞くことから始まる。小森首相は、若い時、熱心に部会に出ていたことで有名である。
 当選二回目になると、各委員会の運営を行う理事や、大臣、副大臣を支える政務官になる。そして、当選三回ぐらいで部会長になる。
 たとえば、一回生で経済産業会委員となり、二回生で経済産業委員会理事、経済産業省政務官、三回生で経済産業部会長となってゆくのが「商工族」へのエリートコースである。
ここまでくると、経済産業省所管の電力業界、鉄鋼業界、自動車業界などとのつながり、いわゆる「癒着」がしっかりできるのである。

 だが、誰もが政治資金が豊富に入る商工族や、厚生労働族、建設族になれるわけではない。先輩の族議員が、「あいつは使える」と目をつけなくてはいけないわけである。
 
したがって、一回生のころは、部会に出て、ガンガンと業界利益を主張して目立つのが仕事となる。業界団体も心得たものであある。懇意な族議員事務所秘書の肩書で部会に出席し、しっかりメモをとり、業界団体本部に報告する仕組みになっている。これは、俗に「エンマ帳」とよばれる。

「総務省を担当する総務部会の族議員はすごいですか」
「総務省は自治省と、総務庁と郵政省が一緒になった官庁です。自治省は、地方交付税交付金がありますが、族議員というのは少ないです。総務庁も行政管理ですから少ない。すごいのは郵政省。郵政民営化のときなど、私は何度もつるし上げられました。部会というのは、国会議員ならだれでも出席できます。しかも、非公開ですから、本音をむき出してぶつけてくるし、ヤクザまがいの恫喝もする。あれをオープンにするだけで、日本の政治の品格も少しは上がると思います」

 部会は、報道関係者はシャットアウトして非公開で行われる。非公開だから、業界寄りの意見も、選挙区の利害を主張するのも平気となる。
 
記者たちは部屋の入口までついてきて、会議の内容を壁に耳をあて、聞こうとする。これを「壁耳」と言うのだが、そんなことをしなくても大きな怒鳴り声が聞えてくることがほとんどだ。政治家たちにとって、格好のアピールの場だからだ。

「それが、終わって今度はうるさ方の『総務』が集まる総務会ですか。これが民自党の党大会に代わる最高意思決定機関だそうですね。しかも、全会一致でないと、閣議にあげられない。総務一人、一人が拒否権をもっているようなものですね。ここにJTの息がかかった総務は何人かいるのでしょうね」
 
JTと民自党とのつながりは極めて強固である。管理職のほとんどは自発的に(?)民自党員になっているし、これまた自発的に政治献金をしている。

JT労働組合は、野党民生党を支持しているが、管理職は民自党支持。JTの下請である工事会社は、民自党議員の事務所にスタッフをボランティアとして出す。選挙につきものの電話作戦はJTにとって、最もお手のものであり、多くのOBや奥さんがあくまでボランティア(?)で参加する。
金と票で支援してくれたお返しとして、政治家たちはJTよりの政策を主張するという構図である。

また、JT経営企画部は大臣経験者を座長にして勉強会なるものを多く立ち上げて、支援する。だいたいが「情報通信○○会」と称され、メンバーはJT傘下の子会社役員などである。この勉強会が主体となって、パーティ券などをさばいたりするのだ。

政治家になったものはだれでも、総理大臣になりたいと思う。そのステップとして、大臣を一度経験すると、自分の派閥を持ちたいと思う。それには子分を養うカネがいる。それをJTが応援してくれるのだからありがたいかぎりだ。
そして、実力者になると党の幹部である「総務」に就任するのだが、そのころにはJTとの完全癒着が完成している。

「総務会は、内閣が国会に提出する議案すべてに対して閣議決定前に事前承認することになっています。しかも、決議は全会一致が原則とされていました。ただ、これは法律事項ではなく、昭和三〇年代に、当時の総務会長が官房長官に申し入れたことが慣習になっているだけです。総務一人一人が、拒否権を持っているようでは、郵政民営化法案はとおりませんでした。それで、小森首相は総務会による事前審査なしで郵政民営化法案を閣議決定したのです」
 早瀬が、マッカランのグラスを手に持ったまま聞いた。
「では、今度もその手で」
「いや、小森首相は郵政民営化で燃え尽きた感じです。首相の強力な後ろ盾のない我々の運命は、この『白小』、白魚のようにはかないものです」

小説「光の道」 第23回 競争こそが通信料金を下げる

 「なんなのだ、この記事は。永井、君は何をやっているのだ。広報も広報だ。早瀬のインタビュー記事をこんなに大きく掲載させるとは何事だ。日読新聞は一番多く、広告をだしているじゃないのか。どうなっているのだ」

 JT持ち株会社、社長室。依田社長によびつけられた永井経営企画本部長の前に、広報から届けられた日読新聞のスクラップがおかれていた。
ヘッダーに「JT改革で『光ファイバー』大幅値下げに  日読新聞 五月二一日(日)」とあり、依田が情報を把握しやすいように、秘書が重要な個所にピンクでラインマーカーがしてある。

「はい、一五日の懇談会終了後に、日読新聞だけが、早瀬にインタビューを申し込んだようです」
 永井が、額に薄く汗を浮かべながら、答えた。左横に、有間が直立不動の姿勢でいる。
「インタビューした記者の名前はわかっているのか」
「はい。小宮という若い記者でして、この四月に代わってきたばかりでしたので、広報の抱き込みもまだだったようです」
「だが、日読新聞なら広告担当常務にでもかけあえばなんとでもなっただろう」
「それが、小宮記者は元政治部なので、小森首相や竹村総務大臣ともつながっているという噂がありまして・・」
「もういい。君も経営企画本部長なのだから、しっかりしてくれ。有田君、インタビュー内容をどう見る」

「はい。昨日十一時に早刷りゲラを手に入れまして、分析を進めました」
 新聞朝刊の最終締め切りは午前一時半である。「特ダネ」を追う政治記者などはこの時間ぎりぎりまで「裏とり」に走る。
だが、経済部や総務省担当の場合、動きがあるていど予測できるので、一〇時には原稿を入れる。インタビュー記事などは、相手への確認もあるのでもっと早いく、二から三日前に原稿を入れる。有田は、新聞早刷りを手に入れるルートを持っていることをアピールしたのだ。

「結論からいえば、未来懇談会の早瀬は、先日発表されたパターン四、『JTの資本分離』を狙っていると推察されます。新聞見出しだけは『光ファイバー大幅値下げに』として、『JT解体』『JT分離』などという言葉は使わせませんでした」
 有田が、コピーした記事を改めて依田に差し出した。 

―JTのドミナント規制を強化し、競争を促進することは国民にとってメリットがあるのか。
「JTが七割近く専有している光ファイバーで競争が起きれば、料金は下がります。実際、JTがシェアの四割と競争状態が実現しているADSL(非対称加入者回線)では、世界一安い料金を実現した。競争による安い料金が国民にとっての最大メリットだ」

―JTの光ファイバー回線接続料の引き下げは。
「懇談会では現状のままでいいという構成員は皆無だった。したがって、最低でも『機能分離』ということになるが料金自体の議論はしていない。ただ、ライブテレコムが七〇〇円をきる料金プランを出したのを受け、座長判断で合理性をチェックした結果、厳しく見積もっても一〇〇〇円を切ることがわかった。JT改革が進めば料金は必ずさがる」

―すべてを光ファイバーにする必要はないという意見もありますが
「情報ネットワークというのは明確に社会インフラ。道路のようなものである。かつて、光ファイバーは高速道路と思われていたので誤りが生じた。もはやブロードバンドは生活に欠かせない。光ファイバーは高速道路でなく、せいぜい舗装された道路だ。舗装された道路と考えれば、六〇〇〇万電話回線すべてを光にという主張は理解できる」

―光ファイバーはJT民営化後につくったものだという主張もありますが
「JTは国有時代に作られたアクセス網を持っています。これは道路のようなもの。JTにとって、光ファイバー化とは、道路を舗装するようなもので容易。他の事業者にとっては、一から道路をつくるようなもので圧倒的に不利です。したがって、公平性のためには『機能分離』。さらにその先に『構造分離』『資本分離』があるのではという議論がありました。ただ、結論はこれからです」           

 依田が、インタビュー記事にある早瀬の写真を指ではじいて言った。
「この早瀬とかいう座長、よく日読系の報道番組でコメンテーターをしているな。永井、こいつを干して、つぶせ。それから、小宮とかいう記者は、政治部に戻ってもらえ」
「しかし、番組は四月に改編したばかりですし、記者の人事異動も終わったばかりです」
「そこを何とかするのが、経営企画本部長だろう。いい。もう君には頼まない。有田君、君が何とかしろ」
「はい、かしこまりました」
有田が待っていましたとばかり、短く答えた。


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