島さとし(嶋聡)の「大風呂敷のススメ」

松下幸之助に学び、ソフトバンク社長室長3000日の後、多摩大学客員教授を務める元衆議院議員「島さとし」のブログです。

小説「光の道」

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

小説「光の道」 第22回 光三国志 2006年初夏

 「JT、新電電、そして私たちライブテレコムの三社の光ファイバーをめぐる戦いを、私たちは『光三国志』と呼んでいます」
「三国志ですか」
「ええ、国営公社からの伝統を持ち、圧倒的な力を持つJTグループが『魏』。独自の技術に支えられた新電電が『呉』。そして、劉邦ならぬ私どもの宋社長が率いるライブテレコムが『蜀』です。ライブテレコムは、いろいろな寄せ集め部隊であるところも蜀に似ています」
「ということは、松沢さんがおられる渉外グループが、軍師『孔明』というところですか」
「とても、とても。私どもは、JT持ち株の経営企画部とは全く違います。ライブテレコムの主流は営業です」
 松沢が、ビールを手に取り、一口だけ飲んだ。少し、ぬるくなり苦い。

「そうすると、このところ、新電電とライブテレコムが手を結んで、JTに対抗するのは、『赤壁の戦い』で、呉と蜀が結んで、曹操の魏に対抗したのに似ていますね。あのときは、軍師孔明の活躍で連合軍が勝ちました。今度もそうなりますか」
 
赤壁の戦いとは西暦二〇八年、魏の曹操軍二〇万人に対し、蜀の劉備、呉の孫権連合軍五万が長江・赤壁で戦った三国志最大の山場である。
 軍師孔明が、最初,弱腰であった孫権を説得。孔明が吹かせたとされる「東南の風」に乗った「火攻めの計」により、強敵孫権に大勝利したというものである。

「小宮さんは、三国志がお詳しそうですね」
「横山光輝の漫画三国志は全巻揃えていますからね」
 
ヒアリングで見せる、新電電の小寺社長と、ライブテレコム宋社長のJT攻撃は、完全に連合軍のように見えた。
「私がJTの経営企画部なら、光ファイバーの戦いは、『赤壁の戦い』のような決戦でなく持久戦の『五丈原の戦い』にします。孔明と戦った司馬仲達がやったように長期戦にするのです。そのうち、新電電やライブテレコムがあきらめるようにね」
 
蜀の諸葛孔明と魏の司馬仲達は三国志の最終版で、五丈原で戦った。司馬仲達は孔明の挑発には全く乗らず、ひたすら持久戦をした。相手を疲れさせ、撤退に追い込むという戦略であった。

「五丈原の戦いでは、孔明の出撃要請を受けて、呉の孫権も出撃しましたよね。でも、魏の奇襲にあってすぐに撤退してしまいますよね」
「孔明が『なんということだ。呉は勝てないまでも、もう少し粘ってくれると思ったのに・・』と嘆いたということですね。新電電がそうならないようにしなくてはいけませんね」

「注意された方がいいですよ。新電電は、もともと国際電話を扱っていた、国営の国際電々と、第二電々が合併したものです。ベンチャー気質と、JTと同じ国営気質の二つの派閥がある。後者はJTとツーカーです」

 ライブテレコムのカリスマ性を持つ宋が率いる営業部隊は三大キャリア一であると誰もが認めている。家電業界でも「販売の松下、技術の日立」と言われた。カリスマ経営者はシンボリックマネージャーでもあるので、営業に秀でてくるようだ。

 しかし、情報通信業界は家電と異なり、電気通信事業法、電波法など多くの法律で縛られる業界である。営業努力で、営々と積み上げた利益も、行政のさじ加減一つですぐに吹き飛んでしまう。
議論になっている、光ファイバーの接続料も、JTが認可申請を総務省の接続委員会に提出して、議論される仕組みである。いくらにするかまでは決めることができないが、納得のいく水準をJTが出してくるまで、認可申請をしないということは可能である。

ようは、政治、行政が経営戦略環境を決めることができるのである。戦略条件さえよければ、拙い戦術を補うことはできるが、戦略は戦術で補うことはできない。
 JTはそれをよく知っているから持ち株会社経営企画部に精鋭をおいて、政治対応、行政対応を行う。経営戦略環境を整えるためだ。

ベンチャー出身のライブテレコムにはその発想はない。
新電電の派閥の一つである、国際電電出身者には、ライブテレコムが危うく見えてしかたないらしい。どちらかと言えば、同じ国営企業出身ということで、JTの方に肌が合うのだ。

「三国志は、再放送されたNHKの人形劇で私もよく見ました。でも、うちには孔明みたいな、かっこよくて、頭がすごく切れる人はいませんよね、松沢さん」
武田が、空になった水割りの氷をカラカラ回しながら話に入ってきた。

「孔明を三顧の礼で迎えなければいけないですよ。先輩記者から聞いても、JTはすごいところだそうですからね。独占を守るためには、なんでもする。JTに反対した政治家には落選運動を起こすらしいですよ。いくつかコメンテーターのレギュラー番組を持っている早瀬さんもそのうち、圧力で干されるだろうとの評判です。原稿を書かなければいけませんのでこれで失礼します」
 小宮が席を立つ。窓の外には長江のように東京湾が黒く広がり、遠くにライトアップされたレインボーブリッジが見えた。

小説「光の道」 第21回 光ファイバー料金の価格破壊

 「カンパイ」
小宮がのどをならして一気に飲んだ。よく冷えたビールが心地よかった。
「うまい。一杯、三〇〇円とは本当に安いな」
「うちは、二四時間とは言わないまでも、『成功したいなら、一四時間働くべし』というベンチャースピリットが生きています。外で飲むより、ここで飲んだ方が、時間の節約になります。一杯飲んでリフレッシュし、また仕事に向かうのもいます。大きな声では言えませんが、少しアルコールが入った方が頭も回るようです」
松沢に小宮が弾んだ声で答えた。
「それについては、トータリー・アグリーです」
横に座った武田が軽く声をあげて笑った。

「一杯三〇〇円で安いと言われましたが、ビールは自動販売機で買えば、五〇〇ミリリットルで二七〇円ですよね。総務部長が言うには、家賃は、昼だけ使おうと夜も使おうと同じ。光熱費も同じです。人件費も、夜食用のスタッフは出てきていますから変わりません。一番高いのは家賃ですから、稼働率を上げた方がよいのだそうです。そんなに高級なのはありませんけど、ウィスキーもありますよ」
「それじゃあ、二杯目は水割りで。あまり飲みすぎて原稿が書けないのも困る」
「早瀬座長は、シングル・モルトが好きで、マッカランがお好きなようだけど、ここはそんな高級なのはありませんから。バランタインでいいですか」
「もちろん。でも、武田さん、詳しいね」
「ええ、ちょっと聞いたことがあって。私、とってきますから、質問を続けてください」

水割りを注文しに行く武田の後ろ姿を見ながら、小宮が聞いた。
「ところで、宋社長が、光を六九〇円で貸し出せると言ったことにJTは反発していますよね。そんなことできるわけがないと。六九〇円というと、このビール二杯ぶんです。JTが皆さん貸し出す、接続料と言いましたっけ、光ファイバーの賃貸し料は五〇〇〇円ですよね。これを試算したのは渉外の皆さんですか」

 JTが新電電や、ライブテレコムなどの事業社に光ファイバーを貸し出す料金は一本あたり約五〇〇〇円。これに、独自サービス料金を乗せるから、光ファイバーの料金は七〇〇〇円近くになる。(2006年当時)
 宋が提案した六九〇円というのは、五〇〇〇円の七分の一。そこに独自サービス料金をのせても、今の半分にすることも可能だ。革命的な安さであり、光ファイバーの価格破壊が起きるといえる。

 他の人が提案したなら、一笑に付されるだろうが、ADSLで価格破壊をなしたことがある宋の言葉だけに、説得力があった。
 
 JTのように、独占から出発した企業は商品価格を、投資した金額と経費を足してそれが回収できる値段を設定する。独占だから、いかに高くても消費者はそれを買うしかなく、かかったコストが全部回収できるという時代の名残である。価格が供給者の論理、独占企業の論理で決められるのである。

 それに対し、ライブテレコムの宋社長はマーケット、消費者の視点から考える。これからの情報化時代には、どんな形であれ、人々はブロードバンドにつながらざるを得ない。生活がなりたたないような時代が来るからだ。したがって、電話と同じように全国六〇〇〇万回線がひかれるべきというのが、宋の持つ将来のビジョンである。

 光ファイバーが貸出料五〇〇〇円、他社のサービス料二〇〇〇円で合計七〇〇〇円は庶民には高い。アーリー・アダプター、高くても早めに買う人しか光ファイバーを使わない。ADSL並み三〇〇〇円以下にすれば一挙に普及する。三〇〇〇円から他社サービス料二〇〇〇円をひくと一〇〇〇円。、だから、コスト削減策で一〇〇〇円程度の接続料にできないかという逆算方式であった。
 宋の発想は、人々が「いくらなら利用するか」という、消費者からの視点から来ていた。

 「光ファイバーを、二〇一〇年までに三〇〇〇万といわず、電話と同じ全世帯六〇〇〇万回線を敷設する総投資を試算したところ、約六兆円となりました。JTが三〇〇〇万回線、三兆円のコストと言っていますからまあ、妥当な線かと思います。小宮さん、財務はお詳しいですか」
「大学は、経済学部でしたから、会計学は必修でした。ぎりぎりの可でしたが」

 「光ファイバーの減価償却期間を二〇年とおきます。JTは、これをもっと短くしています。でも、光ファイバーはもっと持つと思いますよ。宋などは『光ファイバーはガラスです。エジプトのピラミッドからガラスのアクセサリーが出るでしょう。金属なら、何千年も持たない。ガラスの方が持つ。だから銅線を使う電話線より光ファイバーの方が絶対に安くなる』と言っています」
 光ファイバーを説明するのにエジプトのピラミッドを使う宋の論理展開に、小宮は思わず噴き出しそうになった。

「資金調達はユニバーサル回線会社による債権とします。一種の独占企業ですから、法律によって何らかの縛りが必要でしょう。でもそれゆえに、政府保証のような安心感を与えるでしょうから、年利二%と計算します。政策的に一挙に光ファイバーを敷設すれば、コストも削減できる。詳細な試算資料は未来懇談会に提出しましたが御希望なら、後でお届けします」
 プラスチックのトレーに水割り二杯をのせて、武田が帰ってきた。
「お待たせしました。水割りです。これも三〇〇円、二杯で六〇〇円です。私もいただきます」

小説「光の道」 第20回 サッチャー革命と独占通信会社分割

 「松沢さん、小宮さん喉が渇かれたみたいですよ。二九階で、ビールでも飲みながら話しましょうよ」
 武田が、井桁が夜の会合に出て行ったのを確かめて話しかけた。
「そうだな。小宮さん、あまり時間がないかもしれませんが、場所を変えますか。当社の『吉兆』にご案内しますよ」
「ああ、ときどき記事で拝見する、高層階の社員食堂ですね。お願いします」

 会議室を後にして、エレベーターホールに向かう。渉外部の出口に一か所、オフィススペースから共同廊下に出るのに一か所、さらにエレベーターホールに入るのに一か所のセキュリティチエックがある。
「入った時も思ったのですが、ずいぶん、チェックが厳しいですね。日読新聞はこんなに厳しくないですよ」
「そりゃあ、新聞社は情報をいれるところですから。二年前、ライブグループは個人情報の漏えい事件を起こしました。業務委託会社社員が名簿を持ち出したのであって、直接私どもの社員ではなかったのですけどね。ライブグループはベンチャー企業ですから、再びそんなことを起こしたら立ち直れません。おそらく、日本一のセキュリティシステムだと思います」

 エレベーターが開いた。数名の社員がいたが、ベンチャーが起源の会社らしく、ネクタイを締めている者、Tシャツ姿の者と服装もバラバラだ。
エレベーターを降りて、社員食堂に入る。目の前に東京湾が広がり、レインボーブリッジが見えている。窓近くによると、薄暮の中、浜離宮が見えた。
「浜離宮が借景になっているのです。東京湾花火大会は、向かいの晴海ふ頭から花火が打ち上げられますから、特等席です。その時は社員の家族に開放します。大変な人気で抽選がなかなかあたりません。どうぞ」

 一角にあるソファを進められた。
「さすがに、ライブテレコムの『吉兆』ですね。まるで、ホテルのロビーラウンジのようだ」
「セルフサービスですけどね。ビールでよろしいですか」
 武田が、バー・カウンターにビールを取りに行った。
「アメリカ西海岸にある、グーグルなどは会社のレストランは二四時間あいていて、すべて無料だそうです。なかなか、そこまではいきませんが」
「ライブテレコムは、日本最大のインターネットカンパニーですから、意識するのはグーグルなのですね」

 「そのとおりです、日本の情報通信産業が世界的に見て国際競争力を失っている原因は、電話の発想しかないJTグループが、すべてを握っていることにあります。インターネットの世界では、距離も関係ありませんし、世界と直接つながっています。それなのに、JT西日本、JT東日本は県内通信のみ可能という時代遅れの形になっています。だから、持ち株会社を廃止して、自由に経営ができるようになれば、JTさんの為になると思うのですがね」

 小宮がちょっとしらけた。相手の為になるなどという言い方はほとんどが嘘だ。正確に言うと、自分たちには大いに利益がある。相手方にも少しは利益があるということだからだ。それに気づいた松沢が話を変える。

「明治以来、通信産業は国の独占とされました。通信ネットワークを造るには膨大な投資が必要ですし、回収には長期間かかります。それに道路と同じ社会インフラですから、複数で行うには二重投資になり、国家全体として考えれば無駄になります。それに、すべての地域に通信網を引くためには、都市部で利益を上げ、採算が取れない過疎地域に資本を投入するには国営で独占した方が都合よかったのです」

 「それが、電電公社ですね」
 「そうです。小宮さんは、政治部ご出身ですから私よりお詳しいでしょうが、一九八〇年代、サッチャー革命が起きました。国営事業や独占事業は、官僚的になり非効率的になる。したがって、いろいろな分野で民営化が行われました。日本でも国鉄がJRになったように、電電公社がJTになったのです。しかし、巨大な独占企業を民営化すると資本主義の中で自由にふるまい、いずれははすべてを駆逐し、価格も自由に決めるし、政治にさえ影響をあたえる怪物になってしまう。だから、当時から民営化と同時に、JTは分割すべきだという主張がありました」

 「ところが、いろいろな政治的思惑が重なって出来なかったのですね」
 「一九九〇年代の、JT分割議論でも、井桁が話したように、中途半端な持ち株会社によってグループの結束はより強化されました。その後、強すぎるJTを法律で規制して、競争事業者を育成しようという政策の流れがありました。そこに参戦したのが新電電と私どもの宋でした。そのころまでは、総務省官僚は、新電電を育成し、ドミナントであるJTと戦う魂があったのです」

「流れが変わったのですか」
 「小宮さん、『光る海、光る大空』というエイトマンのテーマに乗った、JTの光ファイバーのCMをご存知ですか。この歌に乗って、JTは光ファイバーを張り巡らしています。光ファイバーは、JTが七〇%のシェア。このままいけば二〇一〇年には八〇%のシェアになり、実質独占になります」
「八〇%。アメリカなら、企業分割の対象ですね」
「日本の独占禁止法ではそうなっていませんから。ADSLのときには、総務省も腹を決めて、徹底した開放政策をとったので、ライブグループが約四〇%、JT東西が三七%と競争状態になっていました。だから、ADSLは価格も月額三〇〇〇円台と安くなったのです。光ファイバーの場合は、七〇〇〇円台と高止まりしています」

 「でも、そんなに高くなったらJT組織問題が噴出するでしょう」
「電力会社も、光ファイバーを引いています。一〇数%ですが、とりあえずありますから、独占でないと主張しています。電力も、国営時代につくって電柱が使えますからね。自らが通信線を引いて、光ファイバーを引くのを『設備競争』といいます。もともと、電柱や管路を持っている国営スタートでないとできません。宅配の運送会社を始めるに、道路から自分でつくれというものですからね」

「そうすると、オープンアクセスというのは、宅配を始めるのに、道路を使わせてくれということですか。考えてみれば、当然ですね。とすると『サービス競争』というのは、東西JTから、道路である光ファイバーを借りて、宅配会社がやるように、価格やきめ細かいサービスで競争するということですね」
「お待たせしました。一杯、三〇〇円の特別価格ですからどんどん、飲んでください」
武田が、生ビールとおつまみをプラスチックのトレーに乗せて運んできた。

 「三〇〇円か安いな」
トレーはプラスチックだが、グラスは白く凍っていてビールがより美味しそうに見えた。
「ここの社員食堂には、牛丼の吉野家さんなども入っています。半年に一回ずつ、人気調査があって、悪いところはすぐに変わってもらいます。サービス競争が厳しいのです。おかげでいつも美味しい昼食をいただいています。業者さんからは宮沢賢治の『注文の多いレストラン』をもじって、『注文の多い社員食堂』とよばれているらしいですよ」

小説「光の道」 第19回 政治は嫉妬と怨念で動く

  新橋のライブテレコム本社は、東京を中心にいくつかビルを持つ林ビルの新橋の物件に三〇階までを借りている。ITベンチャーから出発したライブテレコムは自社ビルを持っていない。これからも、どのような形で発展するか未知数だからだというのが、社長である宋の発想である。

 宋は楽市・楽座など経済の新時代を開いたということで織田信長を尊敬している。信長が、美濃を攻略し、斎藤道三が造った岐阜城に入った。そのときの述懐が印象的だったと宋が会議で語ったのを松沢は聞いたことがある。

 岐阜城は山城である。金華山頂上にある天守閣から、美濃の地を見ると一つの事業を完成したという気になる。しかも、守るにはいいが、登るのに不便な山城では保守的になってしまう。だから「蝮の道三」が美濃一国だけしか取れなかったのではというのが信長の感想だった。自らのライブテレコムグループがそうあってはならないと、自社ビルを持たないのだ。

 ライブテレコム渉外本部は、最上階の社長室からかなり離れた九階にある。応接室も持たないので、小宮記者への説明は、会議室で行われた。

 武田が、ペットボトルと、プラスチックのコップを小宮の前に置いた。
「私は政治部が長かったので、総務省に行く時に、先輩記者からあそこは旧金田派の牙城だと聞いてきましたが、今はそうでもないようですね」

 自らの体制を守るためにJTが頼りにしていたのは政治家である。その歴史は長く、ルーツはコンピューター付きブルドーザーと言われた金田元首相。
 総務省の前身である、郵政省。郵政族のドンとして、大きな影響力を持っていたのが金田元首相とその派閥である金田派である。
 一九五七年に、三〇代で郵政大臣となった金田は放送免許を県ごとに割り振った事で放送業界に圧倒的な力を持つようになる。更には、郵政事業をおさえ、全国の郵便局を票の源泉にし、同時に通信業界のドンともなる。

「現在の持ち株会社を中心とするJTの現体制を創ったのは金田派の実力幹事長だったということです。一九九九年に行われたJT再編は、一九九七年の頃からJTを分割するかどうかで当時の郵政省とJTが争っていました」
 ライブテレコム渉外本部長の井桁が昔を懐かしむように話し始めた。

「当時は、郵政省の中にJTと対抗しようという機運があったのですね」
「そうです。そもそも逓信省から郵政省と電電公社になったとき、優秀なのが電電公社に行き、劣ったのが郵政省に残ったという意識がJTにはあります。所管官庁なのですが、JTは郵政省をせせら笑っています」
「なるほど、郵政省は権力を持つが権威を持たない。JTはそれに反発し、対立する。対立しているところに金田派が調整役として乗り込むわけか。部族を対立させつつ統治するイギリスの植民地経営みたいなものだ」

「政治部のご出身は視点が違いますね。JT分割かどうかで、当時の逓信委員会で大議論がなされているとき、通産省所管の商工委員会で、戦後は財閥の復興を許すということで禁止されていた持ち株会社が解禁されました」
「そこに、実力幹事長が目をつけた」
「ご明察。本来は銀行に国際競争力をもたらすためになされた持ち株会社解禁適用第一号がJTになったのです」

 持ち株会社体制なら、資本はつながったままとはいえ、物理的に会社が分割できるということで郵政省も得点を得る。JTのほうも分割されるが、持ち株会社のもとでつながれるということで、受け入れることができる。まさに足して二で割る政治的妥協の結果が今のJT体制なのだ。

「まさに、政治ですね。だから、JTは政治工作を重視するし、社長は政治家みたいな脂ぎった顔をしているんだ」
「はい、当時の経営企画本部長が今の新浦副社長ですが、朝、昼、晩と高級料亭吉兆で政治家と食事し、吉兆から会社へ通っていると言われたものです。今でも、体質は変わりません」
 井桁が、少しうらやましそうに話した。

「今の、小森首相が郵政民営化に執着しているのは、特定郵便局長会に恨みがあるかららしいですよ。お父さんが逓信大臣だったので、もともと郵便局は支持基盤だった。ところが、代替わりとともに、当時の金田派候補に支持を変え、結果として初陣で小森首相は落選した。それ以来、郵便局は天敵らしいのです。」

「えっ、郵政改革はそんなところから出ているのですか。私、小森首相のファンなのに」
 机の端に座っていた、武田が心から驚いた声を出した。
「政治を動かすのは、嫉妬と怨念なのですよ。ところで、実力幹事長が引退した後、通信族のボスは誰なのですか。あまり見えてこないのですが」

 小宮が政治部出身らしい質問をした。
「参議院の幹事長である、片岡虎三郎元総務大臣がそのポストをねらっています。ただ、金田派は小森内閣では、反主流ですから、竹村総務大臣のもとでやりにくそうです。でも、今、情報通信業界は景気がいいですから、片岡さんのパーティーは人の集まりがすごいですよ」

「野党、民政党では」
「やはり、次の内閣総務大臣の中原さんでしょう。彼は、競争事業者の話もよく聞いてくれます」
「ありがとうございます。ここまでは、政治部出身の私にはよくわかりました。もう少し、技術的なことをお聞きしたいのですが」
「では、この後は松沢がお答えします。私も、ちょっと会合がありますので失礼します」
 井桁が、立ち上がった。

「あっ、そうそう、もう一つありました。民営化後、JTは五年ごとに組織見直しをするという規定が創られていました。JTは再編後に、この規定を外すように動き、実現させました。これを実現したのも金田派政治家の力だと聞いています」
(郵政民営化も、公共事業の削減も、その実態は小森首相の金田派の票と金をつぶすものだった。今回のJT再編は、竹村総務大臣を使った金田派つぶしの一環だ。これは動くな)
 小宮は、コップの水を飲み干した。武田が出したミネラルウォーターはよく冷えていた。

小説「光の道」 第18回 霞が関の風景

  「うーん、よくわからん」
 総務省から出て、霞が関の官庁街を歩きながら小宮はつぶやいた。
かつては、夕刻になると客待ちのタクシーが列をなしていた霞が関だが今はない。
 財務省なら銀行、国土交通省なら建設業界、そして総務省なら放送・通信業界の渉外部門が争うように、担当の官僚たちにタクシーチケットを渡した。

 公務員倫理規程の徹底で、接待はできにくくなった。会社でも、コンプライアンスが強化され、役人との会食は事前稟議が難しくなった。
タクシーチケットは渡してしまえば大丈夫なので、「最後の接待ツール」と呼ばれていた。だが、タクシーチケットにより、自宅までタクシーで帰り、運転手からビールやつまみまで提供されていた官僚たちの実態が国会で糾弾され、これも消えた。

 夕方の霞が関は静かになった。
「本日はお疲れ様でした」
振り返ると、ライブテレコムの松沢渉外課長が、武田と一緒に立っていた。
「ああ、記者会見、来ていたのですか」
「ええ、広報に頼みましてね、後ろの方で拝見していました。するどいご質問でしたね」
「そうだ、いいところでお会いしました。今度、少し、時間をいただけませんか。本日の早瀬座長記者会見がJT再編を行うかどうという政治的に大きなテーマであることはわかったのですが、私はずっと政治部なので背景がよくわからない。JTからは、何度も説明を受けたので、JTを分割すると株主代表訴訟になるとか、研究開発がおろそかになるとかの意見は刷り込まれているのですがね」

 JT広報の仕事は、国営電々公社の時代から政治家や官僚、記者たちに自分たちの主張をすりこむのが主流である。広報の政治担当から将来の社長候補性が集まる経営企画部にいったり、OBが与党民自党の議員になったりさえしている。

 これに対し、新電電やライブテレコムの広報は自分たちの商品について広報するのが主流である。どうしても、政策に対する説明を担当するのは傍流になってしまい、JTと比較してエネルギーのかけ方がちがう。

 新聞紙面をみると、JTからの情報を基盤にした「JT寄りの記事」が多くなるのはそのせいである。

 内海の毎朝新聞経済部長などは、露骨で松沢が名刺交換した時、言い放った。
「最初にいっておくけど、私は、新電電やお宅など、新規事業社は危ういと思っている。JT寄りと思ってもらって結構」

 そこから思うと、話を聞きたいという小宮などはありがたい記者である。
「今度と言わず、今からでもいかがですか。これから記事を書かれるのでしょうから、1時間ほどで手短に」
「助かります。では、どこに行きましょうか」
「車で十分ほどですから、新橋の私どもの会社にお越し頂けますか」

 これが、予算豊富なJT経営企画部なら、どこかのホテル、レストランになるに違いないし、その後、役員が自由に使える銀座のクラブにでも案内するに違いなかった。

 武田が、タクシーをつかまえた。松沢が、小宮を先に乗るように促した時、空を見上げた。
「どうかしましたか」
「帰雁です」
「きがん?」
「燕と入れ替わりに、北に帰っていく雁のことです。雁は木をくわえて日本にやってくる。長い途上で、疲れるとそれを海に浮かべて休むというのですがね。もちろん、伝説です。帰って行くときに、その木を再びくわえて帰っていく。残った木は、日本でなくなった雁たちの木ということで、供養のためにその木を集めて炊くのが雁風呂です。雁は、手紙の運び手でもあり、故郷へ手紙を届けてくれるという言い伝えもあります」
「松沢課長は、バード・ウォッチングが趣味なのです。三月に、イギリス出張に行ったときに、朝早くから公園に双眼鏡を持って散歩に出かけて、朝食の時、『日本では珍しい、コマドリが普通にいた。こちらではロビンというのだが、スズメみたいに普通にいるのだ』と興奮気味に話すのですよ。急に立ち止まって、どうしたのかと思ったら、鳥を見ていることが多いのです。さあ、乗ってください」

 武田が、タクシー前方座席のドアを開けながら、二人を促した。
「バード・ウォッチングですか。いい趣味ですね」
(帰雁か。俺も、再び、政治部に戻っていけるのだろうか。いや、戻りたいな)
小宮は、遅々として暮れることのない五月の空を見上げながら思った。


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事