島さとし(嶋聡)の「大風呂敷のススメ」

松下幸之助に学び、ソフトバンク社長室長3000日の後、多摩大学客員教授を務める元衆議院議員「島さとし」のブログです。

小説「光の道」

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小説「光の道」 第17回 巨大通信会社分離は可能か 2006年5月

  五月に帰ってくる燕を「玄鳥」という。玄(くろ)い鳥である。家の中にも入ってくる。杜甫の「絶句漫興」に「泥を含みて点汚す琴書の内、さらに飛虫をとらえて人に打着す」とある。
(燕はまだ可愛いが、記者クラブの記者たちはJTの意を受けて、報告書を汚したり、私にぶつかってくるだけだな)

 記者たちの手が、いくつか上がった。最初にベテランらしい記者を指名した。それが三つ葉クラブからの伝統で、この順番を間違えるとへそを曲げることを知っているからだ。

「JTについては、四つの可能性というか、選択肢と仰いました。まず、時間軸について、四つの選択肢の中でどのように想定されているかということ。もう一つは資本分離、資本関係をいじるという形になった時は行政が強制できるのですか」

 行政が民間会社であるJTに強制できるはずがないというのは、JT経営企画部が記者たちに対し、何度も洗脳してきたことであった。
「まず、時間軸について申し上げます。おそらく、パターン一から二、二から三、三から四という形で進むのか。それとも一気に進むのかという意味でしょうけど。そこまで踏み込んだ議論はいたしておりません」
 ベテラン記者が、JTから頼まれた質問はしたぞという満足そうな顔で、ペンを走らせ始めた。

「資本関係をいじるというのは、JT再々編のことを話されているのだと思います。それは当然、法律マターになりますから、未来懇談会、行政ができることではありません。それについては方向性を示すというだけかと思います」

 総務省記者クラブに「そらみろ、やはり口だけか」という空気が漂った。

「ですが、機能分離というのは違います。機能分離というのは、株主総会で定款を変えればできる部分というのがあります。法律を改正しなくてもJTの組織形態を、情報通信全体の発展の為に改革することはできうると思っています」

 毎朝新聞の内海が、小宮の横で勢いよく手を挙げた。
「しかし、JTの場合は、三分の二が一般投資家ですよね。機能分離して、JTの強みであるアクセス網を分離するようなことは企業価値を下げることになります。そんな改革というか、改悪をすれば、株主代表訴訟を起こされるリスクも存在すると思うのですが」

 早瀬は、「やれやれ」と思った。これもJT経営企画部が、記者たちをたびたび洗脳している理屈である。
「本日の段階では、資本分離まで行った時の株主価値の毀損までが議論しませんでした。個人的には、そこには十分留意しなくてはいけないと思います。ただ、上手な株式分割とかの方法をとれば、株主価値を毀損しなくてもJT組織再編ができる道はあると思います」

「しかし、JTの持つ、基礎研究部門の重要性を無視するわけにはいかないのではないでしょうか。安易にJTを分割するようなことがあれば、日本の技術力の向上を阻み、国際競争力を低下させる。国益を損なうことになると思いますが」

 JTの基礎研究所が、日本の情報通信技術を支えているというのは電電公社時代からよく言われていた。自然独占によって生まれる、豊富な超過利潤が研究費に回された。独占利潤に対しての批判を避けるために、基礎研究をして国益に貢献しているとのポーズをつくっているにすぎないのだが、「三葉クラブ」以来の残滓が記者たちにもしみ込んでいた。

「研究に関しては、JTだけにこだわる必要はないと思います。四番目のパターンである、JTの資本分離まで行きますと、JT法自体を廃止することになります。したがって、JT法の中にある、ユニバーサルサービスの規定と基礎研究をしなければならないという規定ははずれることになります」

 小宮が勢いよく手を挙げた。
「委員の中で、現状のままでいいという方は皆無と以前にお話しされました。ということは、四つの中で第一のパターンは消えて、第二のBTのような機能分離。第三のライブテレコムが主張したユニバーサル回線会社、構造分離ですかね。そして第四の新電電電が主張した資本分離の三つの中から選んでゆくと考えていいのでしょうか」
「現状のままという選択肢が消えたわけではありません。現状のままでは問題が多いというご指摘でしたね」
 早瀬はそう答えて、コップの水をゆっくりと口に運んだ。

「JTの株は政府が三分の一保有しています。これを売却して、完全民営化するという議論はありませんでしたか。」
 政治部にいた、小宮らしい質問である。JT完全民営化となれば、小森内閣の郵政民営化につづく大きな政治テーマとなる。場末の総務省の政策でなく、一挙に官邸主導の政策になるのだ。

「資本分離、第四のパターンですね。資本分離は、JTの持ち株会社の廃止と、JT法の廃止ということですから、政府の株式の売却も視野に入ってきます。財政再建が政治課題となっている今、株式売却による歳入増加は政府としても魅力的なのではないでしょうか。ただ、議論はしましたが、結論はでておりません」

「今後のスケジュールなのですが、五月中には結論をまとめられるということでしょうか」
小宮は「政治とはスケジュールである」と先輩記者から教えられた。何月何日までにこれを決めると、目標日時を設定するとすべての政治アクターがその方向に向かって走っていく。
「本日が五月九日です。五月はいつもより多く、二回程度考えていますので、その中で最終的なものが決まるのか、あるいはもう少し先になるかは議論の進めかた次第だと思っております。ただ、大きな問題ですので、与党にもきちんと御理解をいただかなくてはなりません。とすると、通常国会が閉まる六月中旬くらいまでにはまとめる必要があります。国会が閉まると、先生方は地元に戻られ、総務部会なども開かれなくなりますからね。紫陽花の咲く頃までにはまとめたいと思います」

終わりかと思ったら、最後に二番目のベテラン記者が手を挙げた。これも、三葉クラブ以来の伝統で、まとめの質問は、二番目の古参記者がするのである。
「法律改正が必要かどうかというところがポイントだと思うのですが、JT法を変えるのかどうか、未来懇談会の結論として出していくつもりはありますか」

「そこは未知数です。先ほどの四パターンのうち、機能分離であれば法律改正は必要ないのかもしれません。したがって、かならず法律改正が必要だという最終報告になるかどうかはこれから議論いたします。よろしいでしょうか。お疲れ様でした」
 (三葉クラブの残滓にまみれた記者たちは、やはり泥で報告書を汚すな)
 早瀬は、コップにぬるくなった水を残したまま、記者会見室を後にした。

小説「光の道」 第16回 巨大通信会社分割の四パターン

 「お待たせいたしました。大臣は所用のため、今日も私が記者会見をいたします」
 当初、未来懇談会の後の記者会見は竹村総務相と座長の早瀬が並んで一緒に行った。ところが、最近は早瀬一人のことが多くなった。
 政治的には、大臣が一緒かどうかが大きな意味を持つ。記者たちが、「未来懇談会」が失速したと判断した原因の一つが記者会見でもあった。
 
 一〇回目の区切りということで、今日は大臣も一緒だろうと期待していた小宮も内心がっかりした。
 早瀬は、窓の外を見た。まだ明るく、南風が青葉を揺らしているのが見えた。
 この時期の南風を「薫風」と呼ぶ。早瀬は太古の帝王、舜が歌った「南風の歌」を思い出していた。
「南風の薫れる。もって我が民のいかりを解くべし」

 「未来の通信のあり方について、率直に議論いたしました。このところの通信はIP化が進んでいる。あるいはFMCつまり携帯電話、固定電話の融合も進んでいる」
 IPとは、インターネットで使われている通信規約の一つである、インターネットプロトコルのことを言う。そして通信手法にこのIPを使った電話のことをIP電話と呼ぶ。
 
 IP電話では、従来の電話網を用いた電話交換機を使わない。サーバーとルーターがその代わりになる。重要なポイントはインターネットを使うので、同じIP電話なら時間に関係なく無料。一般加入電話にかけても全国一律料金になり、地域を超える。
 JT東日本、IP西日本などというように、地域わけしていることがおかしくなってくるというのが、早瀬の論理である。
 「こういうような大きな流れが出ている中で、JTのアクセス部門、ボトルネック独占の状況は全く変わっていない。さらにドミナンス性もある。これらをセットでしっかり議論しなくてはいけないということになりました」

 ボトルネック独占、ドミナンス性を座長が明確に述べたという事で、記者たちは一挙に緊張してきた。
「JTのありかたについては四つの可能性があるだろうという議論になりました。一番目は、持ち株会社形式の下に事業会社がぶら下がる現状のまま、現状維持と言うものです。JTさんは、今のままで、持ち株会社の力を強めることで一体性を強めたいとおっしゃっているわけで、これが一番目のパターン」
 JTに対して、いい印象を持っていないことが明らかにわかる言い回しであった。

 「第二のパターンは、とりわけ強い独占性を持っているアクセス部門に関してしっかり機能分離を進めるというものです。イギリスのブリティッシュ・テレコムがオープンリーチでやっている形式です。ただし、事業者ヒアリングでもありましたが、それだけでは足らないと思いますので、人事交流の禁止とか、ブランド、つまりJTの名前を使わせないとかあると思います」
 新電電の主張をとりいれるというのが第二のパターンの意味であった。

「それから三番目のパターンですが、ライブテレコムが主張いたしましたアクセス部門を別会社にする。完全に構造分離にといいましょうか、組織分離していくというものです」
 記者たちは、唖然とした。早瀬は、早々にライブテレコムの「ユニバーサル回線会社」を否定していたからだ。
 「兵は詭道なり」と孫子にいう。戦いの基本は敵に手の内を見せないことだと早瀬は考えていた。

 「それから、四番目はアクセス部門を切り離したうえで、持ち株会社制度も廃止する。要するにJTグループ全体を資本分離するのが四番目のパターンであります。当然、四番目のパターンの延長上には、資本分離をした後にJT東・西、JTケータイなどがもう一度再統合することを認めることもその先のオプションとしてはあります」
 早瀬は事務方に命じて、資料を配布させた。

「JTのありかたに関する四つのパターン
一、 現状維持
二、 アクセス部門の機能分離
三、 アクセス部門の構造分離
四、 グループの事業会社を資本分離」
記者たちがどよめいた。

「この四つのパターンの良い点・悪い点、メリット・デメリットなどを未来懇談会の構成員の中で議論いたしました。もちろん、今日の段階では結論は出ませんでしたが、現状のままではいけないという議論が多く出ました。改革の方向性については、どこが落としどころかということについては、今日の段階では意見集約に至っていないというところであります。私からは以上です。

小説「光の道」 第15回 狙われた旧郵政官僚の悲願

  燕が日本に戻り、京都では葵祭りが御所から下賀茂神社へさらには上賀茂神社に進んでいく5月15日。会合を重ねた未来懇談会は10回になっていた。
 10回目という区切りの時になにかあるのではと、政治部から総務省担当になったばかりの日読新聞の小宮守は期待して、総務省8階の記者会見室に来ていた。

 早実大学を卒業して、日読新聞に入って10年目。新人時代のサツ周りから始まって、希望の政治部に配属され、野党民正党担当になった。
 故郷の岐阜が選挙区ということもあり、中原次の内閣総務大臣と親しくなった。中原が民正党代表と親しいこともあり、自分としては何度もスクープをものにしたと思ったが、いかんせん野党の記事をどれだけ書いても、新聞紙面に取り上げられることは少ない。
 
議院内閣制においては、野党の政策は実現する可能性は極めて少なく、ニュースにはならないのだ。
 与党民自党担当への異動を願い出ていたら、それが裏目に出た。春の人事異動で、花型の政治部から、総務省記者クラブへと配属が決まってしまったのである。
 「随所に主となれ」という道元禅師の言葉を思い出しながら、取材を始めた。小森首相―竹村総務相ラインで未来懇談会の議論が始まっており、少しは面白いかなと思った。

 通信事業者三社の直接対決になるかと思われた4月20日のヒアリングであったが、JTグループは、出張を理由に依田社長を出さず、新浦副社長が出席した。がっぷり四つに組まず、肩すかしの戦法をとったのである。
 その結果、小寺新電電社長、宋ライブテレコム社長のアクセス分離、ユニバーサル回線会社などの大胆な提案は、メディアではほとんど無視された。
 競争事業者がどんな提案を出したとしても、JTが動かなければ実現しない。
(ようは、競争事業者は野党と同じなんだ。どれだけ、通信の未来はこうあるべきだという提言をしたとしても提言は提言。たんなるペーパーにすぎない。三分の一の株を保有している、政府、ひいては総務省が決断してうごかなければ何も動かない)

「何を、深刻な顔しているのよ」
 毎朝新聞の内海が小宮の横にすわり、ミニスカートから伸びた脚を組んだ。酒席で、「総務省の局長クラスから情報をとるのにはミニスカートがいい」と豪語するだけあって、見事な脚線美である。
 都築通信基盤局長の部屋には業者から付け届けされたワインが並んでいる。夜、局長室でワインを一緒に飲みながら、スクープをとってくるのが内海の得意技だった。

 「結局、何も動かないわよ。最初、早瀬座長は『ライブテレコムからは明快な問題提起をもらった。690円という数字は相当魅力的だ』と言っていたけど、その後すぐに『光ファイバー建設を一社で独占するような特殊会社を作るつもりはない。一社が独占でやっていくというのはどうしても効率性などの問題が残る。懇談会でこの形をとることは考えにくい』と言っているわ。総務省幹部の間では、結局失速すると言っているわ」
 
アクセス分離、ユニバーサル回線会社が提言された第七回会合以降、未来懇談会は「議論の整理」だけが記者会見で述べられ、いくら小宮が記事を書いても紙面では全く無視される状態が続いていた。
「しかし、今日はけじめとなる10回目だ。何か起きるとしたら今日だ」
「さすがに政治部出身。独特の政治カンというやつね。だけど、ここは総務省記者クラブ。三つ葉クラブの時代から、JTの思惑を総務省がうまく政策にして、民自党族議員に根回しして全てが決まる世界よ。何も変わらない」

 「だからこそ、変わるのだ。情報通信業界は、郵政票とともに、民自党の最大派閥橋中派の支持基盤だ。小森内閣の本質は、長い間、権力の中枢にいた橋中派つぶしだ。郵政民営化の次は絶対に、JT解体を狙ってくる。竹村総務大臣はその先兵だ」
「はい、はい。いつもの政治部的陰謀史観ね。でも、ここは官僚とJTが支配する世界よ。票と金さえだせば、政治家は何も言わないわ」
「そう言えば、君が懇意の都築局長。次の次の次官をねらっているという話じゃないか」

総務省は、旧自治省、総務庁、郵政省の三省が一緒になりできた官庁である。
二十二省庁から一府一二省庁へ編成する行政改革の時に、残った官庁を全部くっつけた「ぬえ」のような官庁と言われた。
地方自治行政と、行政管理にプラスして情報通信行政を担当するというのだから、どだい無理がある。
自治省は、国家公務員試験を一〇位以内で通った人間でしか入れないという、財務省と並ぶエリート官庁。三流官庁と言われた郵政省とでは差がある。総務省のトップである、次官は自治省出身者に占められている。

郵政省出身の次官をというのは、旧郵政官僚の悲願である。そこにJTが狙いをつけた。局長以上の人事は、政治が影響力を持つ。JTは票とカネで政治に影響力持つ。都築局長を次官にという旧郵政官僚の悲願に対し、JTが政治家に運動する。
 その代替条件として、総務省はJTよりの政策をするという暗黙の了解がいま情報通信行政の流れを作っていた。

「局長の次は、総務省に三人。つまり、自治省、総務庁、郵政省から一人ずつ取るために作られた『総務審議官』になるのは確実ね。そのあと、三人の中かから次官になる人間が選ばれる。旧郵政省としては、何としても『次官』にと政治に働きかけるでしょうから確実よ」
「そして、次官の後はどこかの財団で二年間、ロンダリングして退職金をもらい、JT副社長になるというわけか」
「それは言わぬが花。ほら、早瀬座長のお出ましよ」
 記者クラブに、眠たげに集まっていた記者たちが、顔を上げた。

小説「光の道」 第14回 価格破壊、光ファイバー料金

 「それでは、次にライブテレコムの、宋社長お願いします」
座長の早瀬が、努めて冷静を装いながら議事を進行した。小寺新電電社長のアクセス分離、JT持ち株会社廃止という大胆な提案をうけて宋が何を言うかに注目が集まっていた。そもそも、挑発的な言動で周囲を引きずりまわすのは宋が得意とする手法である。
普段は理論が服を着て歩いていると言われる小寺が、JT中期経営計画を「暴挙」、「脱法行為」という激しい言葉を並べて批判したのだから、宋はもっと激しくJTを批判するに違いないと思われた。

「別に新電電さんと打ち合わせをしたわけではありませんが、私どもの基本的な思いは、小寺社長とまったく同じです」
宋が珍しく抑えた口調で話しだした。
「わたしどもライブグループは、2001年、ADSL事業に参入いたしました。当時、JTさんはISDNこそが本命で、ADSLは質が低いなどというネガティブキャンペーンさえされました。しかし、私どもは『デジタル情報革命で人々を幸せに』との経営理念の下、毎年1000億円以上の赤字を出しながら事業を進めました。競争が進んだADSL事業においては、私どもが四五%のシェア。JTさんが東西あわせて四〇%のシェアと競争状態になっています。競争の結果、料金も下がりました。私どもの喜びは、世界一速く、世界一安いブロードバンドを国民に提供できたことです」
いささか強引ともいえる営業手法に批判もあったが、宋が日本にブロードバンド革命をもたらしたというのは紛れもない事実である。

「新電電さんの主張であるアクセス分離は賛成でありますが、それだけではすべての国民に光ファイバーは行きわたりません。私はどんな離島、どんな山間地でも光ブロードバンドを引き、国民に情報アクセス権を保証することがこれからの日本に必要だと思います。そこで・・」
宋が、一瞬言葉を切り、周囲の注目が集まるのを待った。
「アクセス部門を切りだし、『ユニバーサル回線会社』を設立。ここに民間からの出資も受け、全国に光ファイバーを張り巡らせることを提案します」

(なるほど、そうきたか)
早瀬は、座長席で無表情を装いながら宋の提案を聞いていた。
(しかし、単にJTのアクセス部門を切りだして、ユニバーサル回線会社をつくるというだけでは政府を動かせないな。これは、かつて主張された「ゼロ種会社」のようなものだろう。公益事業会社というのは、競争が働かないものだ。光ファイバーの敷設をユニバーサル回線会社だけに任せるとかえって普及が遅れるのではないか。そもそも、電電公社からJT民営化した歴史に逆行する)

「ユニバーサル回線会社で、政府の計画にそって一挙に光ファイバーを張り巡らす。一挙にやればコストも削減できます。我々の試算の結果、光ファイバーの料金を690円で提供できます」
 宋は「どうだ、この提案は」とばかりに会場をゆっくりと見回した。

 座長席の早瀬から、依田JT社長が、後ろに座っている有間に何か聞いているのが見えた。総務省の都築局長が、ライブテレコムが提出した資料にアンダーラインを引いて読んでいた。
JTが他の事業者に光ファイバーを貸し出す料金はファイバー1本当たり5074円。これと比べると宋の690円という料金は破格である。

他の人ならともかく、ADSLで日本のブロードバンドの価格破壊を行い、「世界一速く、世界一安い」を実現した宋の言葉だけに無視する訳にはいかなかった。
(うん、うまい)
宋は、世界の投資家を相手にプレゼンし、資金調達をし、事業を展開してきた。一見、荒唐無稽に見えるような事業プランをどうプレゼンすれば、人々を引きつけ投資の決断をさせるかに関して超一流である。
事業者ヒアリングも、宋からみれば、自分の政策プランを政府に売り込むプレゼンの場なのである。
政府は06年一月に「IT新改革戦略」を閣議決定した。

 「2010年にブロードバンドがゼロの地域をなくす」という気宇壮大な目標が掲げられていた。
 しかし、光ファイバーの敷設を主力事業にしているJTは、離島や山間地など採算が取れない地域には光ファイバーを引かない。そんな僻地にこそ、光ファイバーをひいて教育や医療の平等性を確保するのが政策目標である。
 JTは「株主に対して責任がある。不採算のところには引かない」と主張する。結局、光ファイバーをひける能力があるのはJTしなかい。こう主張しておけば、国がおれてきて補助金を出すだろう。そうすれば、国の金で投資ができるし、地域独占も可能である。JTの戦略は明らかであった。 国費を投入するのか。補助金を出して、JTに引かせるしかないのか。総務省は悩んでいた。
そんな総務省の苦悩を見越した宋が、「私のプランのようにアクセス分離して、ユニバーサル回線会社をつくり、一挙に計画的に行えば690円で全国に引けるのですよ。いいでしょう」と呈示してきたのである。
宋の報告が終わるのを待って、早瀬が依田社長に聞いた。
「ライブテレコムから、明快な問題提起をいただきました。光ファイバーは690円で引けるということですが、JTとしては、この提案に関してどうお考えですか」
依田が、有間から差し出されたメモを目を落とし、棒読みの口調で言った。
「ライブテレコムさんの、六九〇円で光ファイバーが提供できるという試算を精査してみなければコメントのしようがありません」

 宋が手を挙げ、すかさず言った。
「私どもの計算はJTさんが総務省に提出された接続会計の資料に基づいてされています。もちろん、すべての数字が公開されているわけではないので、予測した部分もあります。違うとおっしゃるなら、すべての数字を公開していただき、経営的に精査していこうではありませんか」

 JTグループの経営は、実質独占であるがゆえに、「ぬるま湯」的で非効率であるということは業界では常識である。
 光ファイバーの料金も、市場のニーズから決まるのでなく、かかったコストプラスアルファでJTが決める。光ファイバーの普及が進まないのは、実質独占であるJTが料金を高止まりさせているからだと皆、うすうす感じている。
 
宋の提案は、提示したユニバーサル回線会社の「効率性」と、JTの「非効率」を議論の中心に据えるというものであった。
(ユニバーサル回線会社の当否はともかくとして、光ファイバーの貸出料金を大幅に値下げする余地があるということは相当に魅力的だな)
 そう考えながら早瀬が窓をみると、雨が上がっていた。値千金の春の宵が外に広がっていた。

小説「光の道」 第13回 国有通信会社が作った地下要塞、洞道

 JTがJTたる所以。JTの持つ力の源泉がアクセス部門である。 アクセス部門とは、東西JTの中で、電話線や光ファイバーなどの敷設、管理を担う部門のことを意味する。

 電話などの情報通信産業は一見、ハイテクに見られがちだ。が実態は違う。電電公社時代から全国津々浦々に電話局をつくり、電話線を引きまわしてきたネットワークが本質であり、そこでの作業はほとんどがローテクの、土木作業に近い。
地上で回線をつなぐ電柱や、地下にある「管路」「とう道」など、国有時代に造ったもので、膨大な土木建設コストがかかる。新規参入組の新電電やライブドアが整備しようにもとても不可能である。

 早瀬は、小寺社長の話を聞きながら、JTの「とう道」を見学したときのことを思い出していた。
一月の雪意が空に満ちているような日のことだった。未来通信懇談会座長となった早瀬は、JTの持つネットワークインフラの見学を依頼した。東京の電話局の裏にある重そうな扉を開くと、鉄の階段が続いていた。階段を下りると、十分に、人が立って作業できるくらいのゆったりとした空間があった。
「これがとう道です」
洞道と書く。「洞道」とはJTが建設した通信ケーブルを張り巡らすために作られた地下トンネルのことを指す。通信用の地下ケーブルが敷設されたのは一八九七年、明治三〇年のことである。「「洞道」もそれと同時期に作られた。地下鉄よりも早くつくられたため、自由にトンネルを掘ることができた。
「この総延長数はどれぐらいあるの」
 早瀬が訊くと、余計なことは言わないようにしているのだろう、随行しているJTの広報担当役員が用心深く答えた。
「二〇〇三年時点で六四三キロメートルです」
「東京―大阪間よりながいわけか。国有時代に造られたのだろうね」
「いえ、三分の二弱が工部省、逓信省、電気通信省、電電公社という時代に造られたものですが、三分の一、二四〇キロは民営化後に建設されたものです」
「でも、かなり余裕があるように見えるね」
「いえいえ、早瀬先生、お言葉ですが通信の将来の発展性を考えて余裕を持たせたものです」

(実質的独占で得た、独占利潤の使い道に困って利益を圧縮させる為に造ったに違いない。政治からの景気刺激策要請にも答えたにちがいない。明らかに経済合理性のない過剰投資だ。だから、料金が高止まりする)
そう考えた早瀬は、軽く聞いた。
「しかし、この地下トンネルどこまでいけるのだろうね」
「旧本社がございます日比谷から、大型研究所をおく武蔵野まで歩いて行けます」
「なるほど。ところで、管路はどれぐらいの距離があるの」
「管路の事でしたら私がお答えします。総延長六二万キロメートルになります」
広報担当役員のそばにいた有田経営企画課長が代わって答えた。「武蔵野まで歩いていける」などと不用意な発言をした広報担当役員に任せておけないという姿勢が見え、広報部員が緊張したように見えた。

 「管路」とは銅線や光ファイバーなどの通信ケーブルを通すために埋設されたパイプのことを意味する。延長六二万キロは、地球の一五周半に及ぶ長さである。
「なるほど、すごい設備インフラだね。これだけのインフラを持っているから、JTは一連の設備を競争事業者に貸し出す義務を負っているわけだ。この地下要塞はJTの力の源泉と言うわけだ」
「早瀬先生、よく御存じで言っておられると思いますが、JTグループ全体の売上高にしめるアクセス部門の割合は、携帯などに比べると小さいものです。今後、時代はケータイです」
有田が、再び口をはさんだ。
「でも、先日、ライブテレコムの宗さんと話したら『国有時代に造られた管路や洞道はこれほどやりたがりで、リスクテイカーのライブテレコムでもできません。貸し出しもJTと他の会社とは不公平で、同じ条件で戦えるようになっていない』と言っていたよ」
「早瀬先生、宗さんとお話しされたのですか。それでは、是非、依田ともお時間を取っていただきたいと思います」
「もちろん。三大キャリアのトップの皆さんとはぜひ意見交換したいと思っています。ただし、『割り勘』でね」
 核シェルターにもなりそうな、洞道。その薄暗さと寒さが印象的だった。

「最後になりますが」
小寺新電電社長が、資料から顔を上げ、強い口調で述べ、早瀬の意識は回想から会議室に戻った。
「アクセス部門は通信サービスを提供する上で欠かせない『ボトルネック性』を持っています。繰り返しになりますが、アクセス部門を分離し、持ち株会社を廃止し、資本関係を分離する。私どもの『JT組織改革プラン』が実行されない限り、JTの独占的優位性はゆるがず、日本の情報通信産業の明日は無いことを申し上げて、私の発表を終わらせていただきます」
 普段は理論的な小寺だが、今回のヒアリングでは「許せない」という、怒りに燃えているのが感じられた。


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