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「子が親を殺さない」子供の育て方 「牛がわが子をなめ回すような溺愛で、欲しがる物は何でも与えて、甘やかしてばかりの育て方をしないことである。 「姑息(こそく」の愛は、「舐犢の愛(しとく)の愛」 当座(とうざ)の苦労をいたわりて、 子の願いのままに育てぬるを 『姑息(こそく)の愛と云い 姑息の愛をば、『舐犢(しとく)の愛』とて 牛の子を育てるにたとえたり 姑息の愛は、さしあたりては 『慈愛』に似たれども その子 気随(きずい)なりて 才もなく徳もなく 鳥獣に近くなりぬれば 畢竟(ひっきょう)は 子を憎みて 悪しき道へひきいるるに同じ (中江藤樹 翁問答・・・「姑息の愛」上巻より抜粋) 親牛が子牛を、いつもぺろぺろとねぶっているような子育てのことを「舐犢の愛」といいます。 それはあたかも、慈愛のように見えますがその子は気ままなわがままな子に育つのです。 才覚も徳もなく「禽獣の心」におおわれた人間に育ってしまうのです。 禽獣の心とは、自分より弱い者を平気でいじめ、反対に自分より強いものには媚びへつらう心です。 凡そ小児を育つるには、専ら義方の教えをなすべし。 問題なく子供を育てるには、自分自身が「義方の教え」を心がけなければならない。 「姑息の愛」をなすべからず。 いいかげんで、うわべだけの愛情を与えてはいけないのです。 「義方の教え」とは、義理のただしき事を以って、小児の、悪しき事を戒むるを云う。 是必ず後の福となる。 そうすれば、子供が大きくなったときにいい結果になります。 「姑息の愛」とは、婦人の小児を育つるは、愛にすぎて、小児の心に従ひ、気にあふを云。 姑息というには、婦人が子供を育てるときに、甘やかしすぎて、子供のいうことを何でもやってあげ、先回りしてなんでも与えてしまうことをいいます。 是必ず後のわざはひとなる。 そんなことをすると、必ず子供が大きくなったときに何か問題がおきます。 幼き時より、早く気ずいをおさへて、私欲をゆるすべからず。 小さいときから、早いうちに、気ずいを抑えて、わがままを許さないようにしましょう。 愛をすごせば驕出来、其子のためわざはひとなる。 甘やかしすぎると、驕りができてしまい、その子のためにはなりません わが子を、「秋葉原事件で無差別殺人する子」や「バスジャックする子」や「夜中に父親を包丁で殺すような子」にしないためにも「姑息(こそく」の愛や「舐犢の愛(しとく)の愛」にならぬようにしたいものです。 また、子供が悪くなるのも良くなるのも家庭での「しつけ」が大切です。 教育ママになり、切れる子にさせないことです・・いくら成績が良く良い学校を出て一流企業に就職しても堀江モンや麻原になれば最悪です。 [https://history.blogmura.com/his_shiseki/ にほんブログ村 歴史ブログ 史跡・神社仏閣へ(文字をクリック)] |

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同感です。。。
愛情を勘違いしていると、後で痛い目に会うでしょう。。。
私欲を許してばかりでは、それ相応の人間になるのは当たり前ですよね。。。
2008/7/29(火) 午後 0:48 [ よっちん ]
「義方の教え」とは、義理のただしき事を以って、小児の、悪しき事を戒むるを云う.是必ず後の福となる。
まさにこれですね(^^)/
2008/7/29(火) 午後 10:43
こういうことを昔から変わらず指摘されているのに、なぜに行き渡らず忘れ去られ易いのか……と
嘆きたくもなってしまう限りではありますがね。いったい何が悪くて、そんな。
2014/8/2(土) 午前 1:21 [ 流浪牙 ]