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日本昔話

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緑川鉄橋

その時機関車は後ろ向き運転だった


「緑川鉄橋」
、熊本県下益城郡富合町、鹿児島本線、川尻、宇土間
昭和20年、7月、空襲で列車の通行不能となる。

後日私はその列車に乗って下り八代方面に帰省しました。が

列車は緑川橋際で客を降ろして折り返し運転で上り熊本方面に向う
んですが、このとき転車台のある熊本まで機関車は後ろ向き運転の
はずである。後ろ向き運転は見たことはあるが,熊本駅までは
多分15キロ以上あるのではないだろうか。機関士も後ろ向きでは
運転しにくいだろう。

60年経った今も、気になっている。

川尻、緑川鉄橋間はは列車の最後尾から押して運転していたような
気もする。

そのとき青いい旗を振って列車を誘導していたのは私の一年先輩の
S君でした。

ここで降ろされた乗客は上流を迂回して対岸に待つ下り
列車に乗って八代方面に向う。    
    

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/77/30/simomatu3019/folder/1169849/img_1169849_60534648_1?1258558085

熊本、川尻方面から来た来た列車はここまで来て乗客を降ろして熊本方面に
引き返します。(後方の山は金峰山)
ここまでは機関車は後ろから押してきたような気がする。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/77/30/simomatu3019/folder/1169849/img_1169849_60534648_0?1258558085

現在の緑川鉄橋(この橋が米軍の銃撃で通行不能になりました)

歓呼の声に送られて出征して帰らぬ人となった若者たちの痛恨の碑


肥薩線坂本駅前に第二次大戦に出征して無言の帰国となった若者の鎮魂の碑がある。

その数687名。20歳から子供の小さい30台半ばの人達もあった。

幼い子供や、家族、年老いた家族に心を残しながらも、万歳の声に送られて故郷の

駅を発って行った。

見送りに溢れる駅のホームに入りきれない私たち小学生は駅から400メートルほど

行った鉄橋の下から窓を開けて手を振って出征する兵隊さんを日の丸を千切れるほど

振って見送った。こんな時代があったことを生き残った人も若者の思い出して欲しい。    
    

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/77/30/simomatu3019/folder/1169849/img_1169849_60434158_4?1256470747


https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/77/30/simomatu3019/folder/1169849/img_1169849_60434158_6?1256470747

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/77/30/simomatu3019/folder/1169849/img_1169849_60434158_3?1256470747

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/77/30/simomatu3019/folder/1169849/img_1169849_60434158_5?1256470747

この鉄橋の下で私たちは日の丸の旗を振って見送りました。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/77/30/simomatu3019/folder/1169849/img_1169849_60434158_1?1256470747

現在の、「SL人吉号と九州横断鉄道が離合する」坂本駅

軍隊の階級

班長さんと二等兵の医学生


昭和20年終戦直後の国鉄は外地、或いは内地で軍隊を解除された
復員兵や一般の乗客で溢れていた。


その頃鳥栖駅にはまだ軍隊も解除前の、班長さんと若い新兵さん
の部隊が我我国鉄の職員と一緒に乗客、復員兵の世話をしていた。

その兵隊さん達はアメリカの進駐軍と会話をしているので聞いて
みると久留米大学の医学部の学生さんたちだったのです。

英語なんか敵国語で一般の人にはとても怖くて使えない時代です。

おそらく終戦の直前に召集されて軍隊に入ったものだと思われま
した。もう少し早く軍隊に入ると戦場に送り込まれていたかもしれ
ません。医学部の学生だから招集が一般の学生よりも遅かったので
運が良かったと考えられます。死なずにすんだから。

その頃久留米の部隊は南方のジャングルでで死の行進をしていたのです。

そのお医者さんの卵たちを怒鳴って命令していた班長さんは私たち
と同じ小学校を卒業した人のようでした。

戦争に巻き込まれなかった医学生さん、それに私たち。
子供や孫に戦争の経験をさせたくないですね。
                                      

8月12日の夜のことを教えてください


https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/77/30/simomatu3019/folder/1169849/img_1169849_60204357_0?1251688574

昭和20年8月12日。その日私は休暇を八代で過ごし勤務地の鳥栖駅に明るいうちに着くべく

早いうちに八代を出発した。ところがその日は途中何回もアメリカ軍の空襲があって列車を

停めて何回も避難しながら久留米の一つ手前の荒木駅に着いたのが夜に入っていました。

すると久留米の鉄橋が空襲でやられて列車が通れないので荒木駅で乗客は皆降ろされました。

駅の待合室のベンチで困って座っていると、ついウトウトと眠ってしまいました。夜中に警報が

あったような気がしますがよく覚えていません。

その夜、鳥栖と久留米は初めての空襲で町が壊されてしまいました。私が眠りこけている間に

何百人の乗客と蒸気機関車と何両かの客車はどこに消えたんでしょうか。

その日の列車の乗客の方々、機関車の乗務員の方、その夜の様子をご存知の方に是非お聞き

したいと思っております。

翌朝、国鉄が動かないので西鉄の大善寺駅まで一里歩いて端間駅まで乗り、そこから一里歩いて

鳥栖の町に着きました。鳥栖に近づくと駅の側の日清製粉の建物が燃えていました。線路は

飴のように曲がり、寮の近くの大きな木がなぎ倒されて、防空壕なども被害を受けていたようです。

そして間もなく終戦。軍人の復員、邦人の引き揚げと占領軍の進駐と混乱の戦後が始まります。

その日の列車の車掌さんは18歳のSさんでした(女性)Sさんは残念ながら早く亡くなって

おられました。Sさんは何百人の乗客を一人で大声で避難させておられましたが終戦間際には

車掌さんも蒸気機関車の機関士さんも10代の方々が活躍しておられました。
 

玉音放送

終戦の玉音放送、あなたは何処で聞きましたか


(終戦の詔勅)
64年前の佐賀県鳥栖駅(国鉄)の駅長室に入リきれず外で待っていた私たちは戦争が

終わったらしいという事を聞きました。

その瞬間思ったことは「ああこれで寮で夜中空襲警報、警戒警報でたたき起こされることは

ないな」とホッとしました。事実皆疲れきって居たのです。負けた事への悔しさはありません。

よく当時のニュースなんか見ると決まって皇居の前でひれ伏したり悲憤慷慨したり

悲しんだりする写真ばかり上映されますが、

国民の何パーセントの人達は私と同じ感じを持った人も多かったと思います。

今のニュースもそうですがその瞬間の様子は報道する側の考え方や時間の制約などもあって

見るほうが注意していないと、意識して思想までコントロールされる恐れがあるように

思えてなりません。

その年15歳だった私もプラス64年になってしまいました。

その後の混乱、苦しい時代は皆さんご存知のことと思いますが

私たちは伝えて行くべき真実があるような気がしてなりません。    
                                                  

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