またふらふらしてる、岩佐史絵

このところシンクロニシティな日々。ふしぎ〜

あなたのやさしさ、忘れないわ

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旅先でいろいろ助けてもらったこと、ありますよね。あまりにも小さな出来事。でも、すご〜く助かった! そんな小さな美談を、忘れないようにつづってみました。
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 おはようございます\( ̄▽ ̄)/
 
 楽しい連休を過ごされましたでしょうか?
 遊びまくったあとはちょっとぼへ〜っとしてしまいますな。
 しかし、メリハリがついてやる気も出ているあたくし。
 立て続けに2本の旅行を計画中です。
 
 え? 
 また遊びの計画じゃん。
 って?
 
 いやいや、トラベルライターたるもの、
 旅行は単なる遊びじゃないのですよ( ̄‥ ̄)=3
 
 とか言ってみたりして。
 ま。
 遊びなんですけどね。
 
 
 ところで。
 先ほどですな、近所の某スーパーで購入した品の消費期限が
 やたら短かったので、交換してもらったのです。
 
 そのとき、まずお話した男性社員は「こんなもんですよ」と受け流し。
 どうしても腑に落ちないあたくしは、おばちゃん社員にもう一度トライ。
 すると
 
 「ほんとだわ〜
 こんなにたくさん入っているのに、食べきれるわけないわよねぇ」
 
 あっさり商品をもうすこし期限の長いものに交換してくださいました。
 
 
 ( ̄‥ ̄)。。。。。○
 前にもあったな、こういうこと。
 
 
 ブラジルからの帰り途、乗り換え地カナダのセキュリティチェックで
 ブラジルの空港免税店で購入した香水を没収されそうになったとき。
 
 液状・ジェル状のものは100CCまで、ジッパーつきの透明の袋に入れること。
 
 という規則があるのですが、香水マニアなあたくしは
 日本未発売の香水を2種類購入していたのです。
 
 この規則ができて間もない頃で、あたくしも乗り継ぎがあるときは
 買わない方がいい、ということをまだほとんど意識していなかったのですね。
 
 そのときはカシャーサ(サトウキビのお酒。おいしいよ〜(* ´艸`))も
 1本購入しており、こちらは750CC入り。
 当然のことながらカナダで没収。がーーーーんΣ(゚д゚lll)
 
 まぁ、規則だからしょうがない。
 
 で、香水。
 2つある。
 つまり200CC。
 
 男性係員は香水を手に持って「これもダメだな」
 あっさりと脇によけてしまいます。
 
 し「それだけはご勘弁を〜〜〜(T△T)/」
 
 食い下がるしえ。
 
 係「ダメだって!
   100CC以下、ジッパーつきの袋に入れると決まっているんだから」
 
 カシャーサは空港で買って少し高かったとはいえ
 せいぜい1000円とかその程度なんですよ。
 でも香水は1瓶1万円近くしますから、そんなに潔くあきらめきれません。
 
 し「い〜や〜じゃ〜〜〜(T△T)」
 
 モメていると、おばちゃん係員登場。
 「どうしたの?」
 
 男性係員は「この人こんなに液体持っててさ〜」と
 あきれたようにおばちゃんに説明する。
 すでにカシャーサ没収が決定しているあたくし。
 そして高価な香水2本。
 どれもブラジルの空港免税店の袋に入っていて、
 今あけたものばかり。
 
 うるうると半泣きでコトのしだいを見守るあたくし。
 
 ところがおばちゃんは
 「あら、これ新作よね。
  すっごく素敵なかおりなのよ。あたしも買ったわ〜。
  はい、次はちゃんとジッパーに入れてね」
 
 と、香水だけは2本とも返してくれました。
 男性係員が「おいおい」と止めると
 「香水は封を開けていないし、免税店で買ったことは明らかじゃないの!」
 と知らんぷり。
 
 まだ今ほどセキュリティが厳しくなかったとはいえ、
 こういうことはおばちゃんだからこそできたことでは。
 
 ありがとうございます、おばちゃん!!
 
 
 
 いやほんと、規則は規則なのでホントはダメでも
 泣き寝入りするハズだったのですけどね。
 
 おばちゃんは香水がけっこう高価であることを
 知っていて、気の毒に思ってくれたのかな。と思っています。
 
 そのことがあってから、かなり気を付けるようになりましたね。
 あ、この間うっかり入れていたハンドクリームを没収されたかな( ̄▽ ̄#)> ←学習してない
 係員によりけりではありますが、イギリスは特に厳しいと感じます。
 
 お。
 このお話、長くなるのでまた今度。
 近いうちにロンドンに行きたいし、またネタが増えそうだけど( ̄m ̄)
 
 今週末からは南アフリカです〜( ´ ▽ ` )ノ
 
                 乗り継ぎがあるときは気をつけようNE!
                 しえのハンドクリームが散った地、ベルファストのおさかな。
イメージ 1
 

韓国人といわないで

 
 VIVA! お天気!!\( ̄▽ ̄)/
 
 だいぶ春めいてまいりました。
 みなさま、おちゃらけぽんぽんとお過ごしでしょうか。
 
 昨晩連続で11回もくしゃみが出ちゃったあたくし。
 ま・まさかいよいよあたくしも……?
 と花粉症を疑いドキがむねむねしちゃいましたが、
 違ったらしい。
 
 この季節はくしゃみするたびに本当にエキサイティングですね〜
 
 
 さて。
 
 Youtubeに韓国人男性による心ない発言をおさめた動画がUPされ、
 ちょっと話題になっていますね。
 
 東日本大震災で大きな被害を受けた日本人に対し
 おいうちをかけるような言葉を、笑いながら口にするこの動画。
 ※あえてリンクは貼りません。
  キーワード検索でもたくさんでてきます。
 
 この男性に賛同する意見も多いといい、
 それに対して日本人を名乗る男性(どう見ても外国人ですが)が
 似たような内容で韓国人を貶めるという動画までUPされました。
 
 こちらの動画には日本人からの非難ごうごうです。
 日本人は韓国人に対してそんなこと思っていないぞ!
 という意見が多い。
 
 でも、中には先の韓国青年の動画を見て
 「韓国人が嫌いになった(なりそう)」という人もいるのも事実。
 実際、この青年の動画には日本人と思しき人々から
 多くのコメントが寄せられていますが、朝鮮民族そのものに対する
 批判や中傷も少なくありません。
 
 
 ( ̄‥ ̄)。。。。。○
 
 
 
 ちょっと待って。
 
 
 先ほども書きましたが、これが韓国全体、
 ましてや朝鮮民族全体の意見なわけないじゃないですか。
 
 日本にも韓流大好きな人と批判派とがいるように、
 そしてもちろん中立(気にしていない)人が大多数なように、
 この動画制作者の言動をみて“韓国人”をジャッジするのは
 いかがなものか。
 
 あの動画に「賛同した人が多かった」というのも
 中立の立場の人間が特に意見を言っていないだけで
 賛同者が反対者に対して多かったというわけではないのでは。
 
 韓国人の友人がいらっしゃる方などは
 そういうことがよくわかっていると思いますが、
 あの動画製作者が韓国人であったというだけで
 韓国人や韓国を嫌いになってしまうのは間違いです。
 
 
 先日、トロントで行ったスパでマッサージをしてくださった
 セラピストの女性は韓国人でした。
 
 施術中にいろいろお話をしましたが、終わって帰るとき
 彼女はあたくしの手をぎゅっと握りしめ
 震災に心を痛めていること、復興する日本の姿に勇気づけられることを話すと
 「元気で、また来てくださいね」と抱きしめてくださったのです。
 
 
 相手が日本人でもお客さんだから?
 カナダに移民しているということはそれほど韓国的ではないから?
 
 そんなうがった見方は必要ありません。
 もし単純でいることが許されるなら、
 彼女の姿が韓国人の大多数だと思いたい。
 
 もちろん、彼女の姿ひとつをとって韓国人全部が同じということではないよ。
 と反対意見を述べる方もいらっしゃるでしょう。
 そうなんですよ。
 
 だから、
 
 
 韓国人は。
 
 とかいうのをやめましょう。
 
 
 あの動画は製作者個人の意見であって、
 韓国人とか韓国とか朝鮮民族とかまして在日韓国・朝鮮人の方々には
 まったくもって無関係です。
 
 賛同する人があれば、それはその人個人の意見です。
 
 
 あたくしは、トロントで出会ったあのセラピストの方の
 やさしさ、ぬくもりそのものを信じています。
 
 1年が経ちました。
 昨日からお伝えしております、「あの日」のこと。
 
 続きをば。
 
 3月中のお仕事は1件を除いてすべてキャンセルになったのですが、
 4月からはぼちぼち仕事が入ってくるようになりました。
 
 中盤から、ハワイ取材へ。
 5月はトルコ、6月はタイ……というふうに、
 いつものようにでかけるようになりました。
 
 各地でいろいろな反応がありましたよ。
 
 ハワイ島にも津波が到達し、浸水したホテルがありました。
 規模は違えど彼らもまた、被災しています。
 詳しい支援内容は昨年の日記で↓
 
 トルコではバザールにたくさん、日本語が話せる売り子さんがいました。
 彼らは震災後、家族とともに避難したのだと言っていました。
 奥さまが日本人、という方が多く、やはり原発事故がここでも
 多くの人に不安を与えているのだなと感じさせました。
 
 タイでは、あたくしの友人の体験を紹介するのがいいでしょう。
 
 北海道のFM局、ノースウェーブの人気番組、
 『Sabaai Sabaai Thailand』http://825.fm/blog/thailand.php
 敏腕・城野ディレクターの体験から。
 
 取材で立ち寄ったニューハーフショーで、ダンサーが
 「日本人ですか?
 ではこのお金を寄付させてください!」
 と、たった今稼いだチップをすべて寄付してくださったそうです。
 
 詳しくは番組ブログに掲載されています→http://825.fm/blog/thailand.php?itemid=27083
 
 ほかにもいろいろな国でいろいろな反応を目の当りにしました。
 
 あたくしの海外の友人たちから、
 何度となく「早く逃げなさい!」と連絡がありました。
 主にヨーロッパの方々でしたが、
 彼らの国で報道された原発事故のニュースが
 どれだけ恐ろしい状況を伝えていたかがわかります。
 
 部屋はあるから。
 子どもを連れて早く来なさい!
 あなたたちくらい面倒みられるんだから、安心して。
 
 
 そう言ってくれた友人たちに感謝です。
 
 
 恒例の母と娘を連れての3世代家族旅行を
 昨年は諸般の事情により12月に持ち越しました。
 メキシコに行ったのですが、リゾートで行われたパーティで
 同席になったカナダ人のご家族と話しをしました。
 
 ニュースで知った日本の大災害。
 津波や地震とは無縁のサスカチュワン州からやってきた彼らは
 日本人の知り合いもいないそうですが、それでも涙を流し
 「恐ろしかったでしょう。よく助かって……」と手を握ってくれました。
 
 津波被害は東北地方で、東京は大丈夫でしたよ。
 
 と言ったのですが、日本のこと、そして地震や津波がどんなものか
 なにもわからないからこその反応だったのかもしれません。
 
 
 日本の復興のために、できることはあるかしら。
 
 と聞かれたので、
 
 
 日本に遊びに来てください。
 
 
 
 と答えました。
 
 
 彼らは「必ず!」と約束してくれました。
 
 
 あれから1年。
 行く先々で、多くの方々からいただいた
 寄付や哀悼の言葉。
 
 世界は私たちと同じようにショックを受け、
 同じように復興を願っているのだなと感じました。
 
 ありがとうございます。
 日本は復興に向かっています。
 
 まだまだ問題は山積みですが、
 それでも前に進みます。
 
 2012年。
 これからです。
 
 こんにちぱ〜
 今日も雨の東京。
 雪が降ってきた、というウワサもあり、 
 けっこう寒いです。
 
 みなさま、楽しい週末をおすごしでしょうか。
 
 昨日予告いたしましたとおり、今日は震災関連のお話をば。
 忘れないためにも、まずはあの日のことから書き出そうと思います。
 ※長いです。
 
 
 明日であの震災から1年。
 あの日、あたくしは友人とランチをしたあと
 有楽町の街を歩いていて震災にあいました。
 
 地下鉄と地下道が張り巡らされ、
 ビルに囲まれた場所。
 どこに逃げても助からないのでは、と思い、
 また高層ビルがまるでゴムのように
 しなって揺れているのを見て
 とてもとても恐ろしかったのを覚えています。
 
 JRの高架線には新幹線が止まっています。
 
 地面が揺れるからだけでなく、
 足がすくんでしばらく友人と抱き合ったまま
 動揺してなにか変なことを言っていました。
 
 ビルから続々と人が出てきて、
 我々も歩き出しました。
 まずは日比谷公園に避難しようと思い
 その方面へ向かいます。
 
 携帯電話で何度か家族に連絡をとりますが、
 つながらない。
 
 通りかかったペニンシュラホテルの1階の宝石店では
 展示ケースが割れたのか、従業員がドアに鍵をかけたり
 ばたばたと動き回っています。
 
 この時点で、東京といえどもその被害の大きさを感じ、
 すぐに近くにあった公衆電話に飛び込んで母に電話しました。
 
 そのときはまだ誰も公衆電話に並んでいる人はおらず、
 自宅の固定電話で母と娘の安否を確認。ひと安心です。
 
 この日、娘は熱を出して保育園を休み、
 友人と出かける約束があったため
 母に留守と娘の世話を頼んでいたのでした。
 
 母がいてくれてよかった。
 娘が自宅にいてよかった。
 とはいえ、ウチは液状化現象が起こりやすいと
 いわれている土地にあるため
 あまり安心してはいられません。
 
 日比谷公園に避難、というのはやめて
 家に帰ることにしました。
 
 でも地下鉄はコワい。
 というわけで、東京駅まで歩いて
 そこからバスに乗ることに。
 
 歩いて東京駅まで向かう途中、
 また大きな余震がありました。
 
 このときはどきっとしましたが
 とにかく早く帰らなくては、という気持ちに。
 ハイヒールをはいているため、気持ちがあせっても
 歩く速度が遅い。
 あせりながらもバス停に着くと、
 ちょうどウチの隣の駅まで行くバスに乗ることができました。
 
 友人も家の近所まで行くバスがあったようです。
 
 バスに乗り込むと、ぎゅうぎゅうの満員。
 優先席にはおじいさんが腰かけており、
 iPadを見ながら「こりゃ〜全滅だなぁ、地下鉄全部止まってるよ」
 と興奮ぎみに話していらっしゃいました。
 
 すごいなぁ、おじいさん。
 今でこそiPhoneを持っているあたくしですが、
 当時は持っていなかったので、インターネットがふつうに
 使えるということ、そしてこんなおじいさんがiPadを操っていることに
 驚きをおぼえたものです。
 
 バスが発車し、東京駅から永代通りへ、
 次の停留所に着く前に車内アナウンスが。
 
 「この先の橋に亀裂があるらしいと情報が入りました。
 安全確認のため、このバスは運行を中止します。
 次の停留所で降車してください」
 
 工エエエエェェ(;゚Д゚)ェェエエエエ工
 
 橋に亀裂!?
 
 
 これ、実は誤情報だったようですが、
 そのときは安全確認がきちんととれていない状況ですから
 やむを得ません。
 
 バスの中は騒然となり、後ろの方に座っていたおばさんが
 支払った乗車賃を返してくれと叫んでいます。
 運転手さんが「緊急事態ですので対応できません」と返すと
 おばさんは怒って「200円も払ったのに!」と食い下がります。
 次の停留所に着くまで怒鳴り散らしていましたが、
 その方に同調する人はおらず車内はむしろ落ち着きを取り戻したような気がします。
 
 さて、日本橋で降りたあたくし、まだのんきだったというか、
 タクシーを止めようと一生懸命道路を眺めていました。
 
 しかし行き過ぎるタクシーはみんな人が乗っている。
 ほとんどがビジネスマン風の男性が一人で乗っている。
 ふだんならそんなの当たり前なのだけど、
 せめて同じ方向ならシェアできれば。。。と切に思いました。
 
 浦安まで帰るという女性に、「同じ方向ならご一緒に」と
 声をかけられたのですが「なかなかタクシーがこなくて」と
 言いますと、彼女はあっさりあきらめ「歩きます」と。
 ウチは都内なので彼女ほど遠くないのに
 まだタクシーをあきらめきれないあたくし。
 
 まぁ、タクシーの運転手さんも早くお家に帰りたいでしょうから
 台数も減っていたのかな。
 
 やむを得ずときおり後ろを振り向きながらも
 家に向かって歩き出すあたくし。
 姉に連絡がとれず、公衆電話を見つけるたびに
 立ち止まって電話をします。
 そのころには公衆電話はどこでも列ができていました。
 
 ウチまでの道にはいくつかの橋がありますが、
 最初の地震から1時間以上経った頃と思います。
 通行人が水面を指さして言いました。
 「こんなに水位が下がっているのを初めて見たわ!」
 
 あたくしは普段の水位がどのくらいなのかわかりませんが、
 その方はどうやら障がい者の方々を自宅まで送っている
 途中だったようで、毎日ここを通る人のようです。
 興奮ぎみに携帯電話で川の写真を撮っていました。
 
 そのときとっさに、プーケットの津波のことを思いだしました。
 でも「まさかね。ここは海から2キロとかあるし」とも思いました。
 
 今思えば、東京はそこまでの被害ではなかったとはいえ
 津波があったといいますし、その「まさかね」が大災害に
 つながったわけですから、危険な考えだったなと思います。
 
 とはいえ、歩調を早めとにかく自宅に急ぎます。
 ハイヒールだったこともありますが、
 そのときは歩いて家に帰ろうとする人で歩道はいっぱい。
 急いでも急いでも、人が多くて動きがにぶい。
 人の間をすり抜けて歩きますが、ところどころで
 ビルのガラスが落下して割れているところなどもあり
 とにかく気持ちがあせる。
 
 途中、靴屋さんがあいていたので立ち寄り、
 長靴を買ってはきかえました。
 
 なぜスニーカーでなくて長靴?
 やっぱり津波のことが頭にあったのかもしれませんね。
 
 歩きやすくなり、ちょっとスピードアップしたあたくし。
 家まであと少し、このころにはタクシーはあきらめて
 ひたすら前を向いて歩いていました。
 
 ウチの隣の駅まで着くと、バスが運転を再開しており、
 ウチのすぐ近くを通るバスが止まっていました。
 ハイヒールで急いで歩いたせいか足がいたかったので
 それに飛び乗り、家の近所まで。
 
 バスの中で、海外の友人から続々と携帯にメールが届きました。
 やっと通じるようになったのか?
 と思いましたが、国内のメールはどうだったのだろう。
 
 
 やっとウチについたのは17時くらいだったかな。
 2時間半くらいで帰れたということですね。
 
 家では花瓶や香炉が割れたくらいで
 大きな被害はありませんでした。
 
 ただ、母は娘と猫を抱きかかえてテーブルの下に避難したものの、
 なにかあったら二人を抱いて逃げるのは無理かも、と
 青ざめていたようです。
 
 夜、姉にも連絡がとれました。
 姉のいた千代田区内の事務所では
 それほどの揺れを感じなかったらしく、
 落ち着いたものでした。
 
 場所によってだいぶ感じ方が違うと思いました。
 
 
 家では海外の友人に無事を知らせたり
 東北の友人の安否を確認したりしていました。
 
 ニュースで津波のことも知りました。
 
 東京でもだいぶ余震があったので、
 眠るのがこわくて懐中電灯を枕元におき、
 洋服を着て、コートも手の届くところにおいたまま
 床に就きました。
 
 
 災害規模や被害の大きさなどは
 翌日以降に次第に明らかになっていくわけですが、
 もともと地震や雷が大嫌いなあたくしゆえ、
 けっこうショックを受け、怖がっていたのを覚えています。
 
 長くなったので、また。
 
 こ~んに〜ちぱ〜\( ̄▽ ̄)/
 
 今日も秋晴れだった東京。
 お出かけしたいが、急ぎの仕事が入って
 てんてこてんてこしているあたくし。
 
 それならさっさと原稿書きたまえ\( ̄▽ ̄)
 と我ながら思いますが、こういう時に限って
 いろいろ興味深い記事を発見しちゃって
 ネットサーフィン(死語かな)に興じております。
 
 なにを経由してか、たどりついたこのサイト↓
 
 「レスキュー隊によって命を救われた動物たちの写真24枚」
 
 読んで字のごとくですが、
 世界のあちこちで災害に見舞われ
 レスキュー隊によって救出された動物たちの
 写真が載っております。
 
 
 
 ( ̄‥ ̄)。。。。。○
 
 
 そういえばあったな、こういうこと。
 
 
 もうかれこれ10年以上前のことです。
 あたくしは一人でバケツを持ってカナダを
 あちこちふらふらしておりました。
 
 なぜバケツを持っていたかはそのうち( ̄m ̄)
 
 で、たどりついたトロントの街。
 まずはインフォメーションセンターに寄って安い宿を探してもらい、
 地図を頼りにそのお宿に向かいます。
 
 着いてみたらば、そこはなんだかファンキーなバックパッカー宿。
 あたくし、バックパッカーではない(※)ですが
 貧乏なのでこういうところに泊まることが多いのです。
 
 ※予算が少ない個人旅行者ではあるものの、
  日本には「バックパッカー」って、絶対になにか
   厳密な“定義”があると思う。
 
 ロビーにはヒップホップが流れ、
 フロントのお兄ちゃんは鼻&眉ピアスのイケメン、
 ロビー脇のサロン(というべきかどうか)には
 ヤングな旅行者ばかりが集っています。
 
 4人部屋は運よく(?)あたくしひとり。
 冬のカナダ、お客さん少ないですな。
 
 とはいえ、ここではけっこう仲良くなった人がいました。
 日本人の男の子もいたけど、ひとりはDJ、もうひとりは
 香港から来たアーティストのバックパッカーの女の子に
 入れ込んでいたなぁ。
 時の流れとともに付き合いがなくなっちゃったけど、
 二人とも元気だろうか。
     ↑ひとりは結婚した、ってお知らせがきてた。
 
 さておき。
 
 この宿、けっこう繁華街の近くにありまして。
 昼間は人通りがかなり多い。
 で、ある日 おでかけしようと歩き出したら
 ハトの子どもが通行人の足の間を右往左往している。
 
 この宿の屋根裏が、ハトの住処となっているようで、
 毎朝大量のハトが行き来していますからね。
 きっと上から落ちちゃったんだろうな〜。
 
 産毛があちこちから見えているくらいの大きさ。
 まだちゃんと飛べないのか、人が来るとばたばたと
 羽を動かしながら走って逃げている。
 
 ありゃりゃ……と思って見ていると、
 向こうから大きな犬を連れた人がやってきました。
 
 犬はハトの子を見つけると興味を示しましたが、
 飼い主がすぐに気づいて犬を制し、立ち去りました。
 
 (〃´o`)=3
 
 あ、よかった。
 でもこの辺には猫もいるし、カラスもいるし、
 人通りも多いし……とさらに心配になったあたくし。
 
 宿に戻って例のフロントのイケメン兄ちゃんに言いました。
 
 「ハトの子が巣から落ちたみたい。
  なんとかできないかな」
 
 すると兄ちゃんはあっさりと
 
 「自然淘汰だよ。
  巣から落ちた子どもはもう育たない。
  ハトはどこにでもいっぱいいるわけだし、
  放っておくしかないよ。
  第一、ハトの巣のところまでは行けないし」
 
 ( ̄‥ ̄)。。。。。○
 え?
 
 見捨てるってことかい?
 
 兄ちゃんは両手をちょっと広げ肩をすくめる、
 あの「お手上げサ」的なポーズをとると
 読んでいた雑誌に再び視線を落とすのでした。
 
 
 
 
 工エエエエェェ(;゚Д゚)ェェエエエエ工
 
 
 ホントに〜?
 
 少しもまったくびた一文努力もせず?????
 
 
 何度か「そこをなんとか!」と説得を試みましたが、
 無理無理。の一点張り。
 
 え〜。
 どうしよう。。。
 
 
 自力でなんとかしようと、もう一度外へ出たあたくし。
 ハトポンはまだひとりであっちへぱたた、こっちへぱたたと
 逃げ回っています。
 
 う〜ん。
 どうしたものか。
 とりあえずつかまえて、安全そうなところ(どこだ?)に
 置いておくとか……。
 
 よっし。
 と腕まくりをしたところで、前方から
 おまわりさんが来るのを発見!
 
 おおっ
 
 日本においてはポリスマンは市民の味方。
 いや、海外でもそうだと思いますが、
 以前ロンドンでおまわりさんに道を聞いたら
 「警官の仕事は市民の安全を守ること。
  道案内は警官の仕事じゃありません
 と言われたことがあって、日本の警官とは違うんだな〜と
 思っとったのです。
 
 でもあたくしひとりでなんとかなるわけじゃないし、
 というわけでポリスマンをナンパ(?)しに行きました。
 
 事情を話すと俺にまかせろ、とばかりに
 あっさり胸をたたくMr.ポリスマン。
 頼もしい〜。
 惚れた❤ ←アホ秒殺
 
 「よ〜し、いい子だ。
  お母さんのところへ帰ろうよ」
 とか
 「くるっく〜」 ←声マネ
 とか
 「おじさんはコワくないよ〜」
 とか声をかけながら、逃げ惑う子バトを追いかけて
 かけまわってくれました。
 
 身長190㎝以上はありそうなほどの
 巨体を折り曲げ、右へ左へと逃げる子バトを
 追いかけること15分。
 やっとつかまえると、上を見上げ
 
 「お、あれが親バトだな」
 
 見上げてみると、屋根のところに
 こちらをじっと見下ろしているハトが一羽。
 
 おまわりさんはつかつかとバックパッカー宿に入って行き、
 フロントで雑誌を読んでいたイケメン兄ちゃんに
 子バトを見せつつ
 「屋根に出られる階段はあるかな?」
 
 兄ちゃん、隣にいたあたくしの顔を
 あきれたように一瞥し、やれやれといった表情で
 「こちらですよ」
 と屋根裏までおまわりさんを案内したのでした。
 
 
 助けを必要としている動物。
 レスキューが動物を助けるのは当たり前に見えて、
 実はそうでないこともあると思う。
 
 このフロントの兄ちゃんのように、自然淘汰とか
 動物の命は人間よりも軽いと思っている人が
 レスキュー隊員の中にもいるかもしれない。
 
 このハトポンのことにしたって、野鳥はヒトの匂いがついた
 子どもを育てない、というし、巣に戻しても
 育児放棄されちゃう可能性だってないとは言えない。
 
 動物を助けることが絶対的に正しいとか言うわけではないのだけど、
 やっぱり目の前で死にそうになっているものを見たら
 それがヒトでも動物でも助けたいと思ってしまうし、
 なんとか命を長らえることができたならよかったな〜と思ってしまいます。
 
 偽善的かなぁ。
 
 ま。
 『レスキュー隊に助けられた動物』を見ていて、
 そんな話を思い出したのでした。
   ↑相変わらず話が長いわね〜( ̄m ̄)
 
 
 
 
 ハトポンは野鳥だけどそれほどワイルドではないので
 人間のにおいがついていても子どもを育ててくれる……
 といいなぁ。
 
 
 そうだ。
 この、フロントのイケメンの兄ちゃんはけっこういい人です。
 この話だけ聞くと冷たい人って感じがするけれど、
 別件でいろいろ助けてくれたこともあり。
 その話はまた今度(´▽`)ノ
 
 カナダではいい思い出が多いのよね〜。

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