またふらふらしてる、岩佐史絵

このところシンクロニシティな日々。ふしぎ〜

あなたのやさしさ、忘れないわ

[ リスト | 詳細 ]

旅先でいろいろ助けてもらったこと、ありますよね。あまりにも小さな出来事。でも、すご〜く助かった! そんな小さな美談を、忘れないようにつづってみました。
記事検索
検索

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 前のページ | 次のページ ]

 
 こんばんみ。
 突然涼しくなった東京。
 しかしまだまだ油断はできませんぞ。
 今週はまた暑くなるやもしれん(>_<")
 
 
 ま。
 あたくしにはかんけーないけどね〜( ̄ー ̄)〜♪
 
 ↑
 なにその余裕。
 
 だって火曜日からマレーシア取材なんだもんね。
 
 いや、ここまで暑いと、東南アジアのほうが
 むしろ涼しいのですよ。
 
 節電モードじゃないから、というだけでなく、
 大都会クアラルンプール(KL)やバンコクでも
 東京より緑が多いですからね。
 
 同じ暑いといっても焼け付くような暑さではなく
 なんとなくさわやかな暑さという印象です。
 
 今回の取材はマレーシアにしては若干長めの
 10日間。
 首都KLはもちろんですが、ほかの場所もじっくり
 取材してくる予定です\(∇⌒\)(/⌒∇)/
 
 そうか。
 10日間か。
 せっかく長く行くのだから、マレー語でも
 ちょっと勉強しようかな。
 
 マレーシアって英語教育が進んでいて、
 かなりの確率で英語が話せる人にあたるので
 あまり必要ないですが、やはり公用語が
 ひとつでも話せると楽しさが違います。
 
 マレー語ってインドネシア語とそっくりだし、
 インドネシア取材もけっこう多いあたくしなので
 この際日常会話くらいゲットしたらいいんでは( ̄‥ ̄)=3
 
 ……と意気込んで、ふと思い出した。
 
 10年くらい前のこと。
 バリ島のガイドブック取材で2週間近く
 バリ島を旅したことがありました。
 
 あたくしはサヌールというビーチリゾートの担当で、
 1週間以上滞在したかな。
 もうしらみつぶしの状態でショップ取材をかけ、
 カメラ機材を持って目抜き通りを行ったり来たりする
 あたくしの姿はその時けっこう地元の人々の間で
 有名(?)になっておりました。
 
 その証拠に。
 
 通るとあちこちから名前を呼ばれる( ̄▽ ̄#)>
 しかも、なぜか苗字。
 
 「Hey! Iwasa!!!」
 
 って感じに。
 呼び捨てかいな。
 
 で、そのときもインドネシア語を勉強したほうが
 もっといろんな人と話せるのに!
 と思ったのか、それとももっと勉強したまいよと
 相手に思われたのかわかりませんが、
 毎日仕事が終わってから飲みに行っていた
 バーのにぃちゃんが簡単なインドネシア語の
 会話リストを手書きしてくれたんですよね。
 
 小さい紙ではありましたが、5〜6ページあったかな。
 Selamat Pagi(おはよう)から始まり、
 おいくらですか? とか ちょっと高いですね みたいな
 実用会話集を作ってくれたのです。
 
 観光地でもお年寄りなどでは英語が通じないことも
 多いし、英語があまり通じない田舎のほうまで
 取材に出たりもしたので、すごく役に立ったのだわ。
 
 あれ、長い間すごく大事にとっておいたのに
 引っ越したりしてなくしちゃった……(;´Д`)
 
 なんて恩知らずなあたくしorz
 
 
 そのうえ、ありがとうとおはようとお元気ですか
 しか覚えていないし。
 
 紙を作ってくれたPutuくん、その後しばらくは
 メールでやりとりをしていたけれど
 あるときぷっつりと連絡がこなくなり、そのままに。
 
 全身タトゥーだらけ&ドレッドヘアとうファンキーないでたち。
 それでいて人一倍マジメで律儀な性格の彼。
 便りのないのは元気のしるしと信じております。
 
 
 彼への恩返しができるとしたら、
 インドネシア語(マレー語ね)をがっつり
 マスターするしかないo('へ´)
 
 いや、もちろん通訳とかそこまで目指しませんが、
 せめて彼が書いてくれた紙にあったような
 フレーズくらいはさらっと言えるようになりたいものです。
 
 オレはやるゼ( ̄‥ ̄)=3
 
   ↑宣言しちゃったよ。。。
 
 こんにちぱ〜
 
 ずいぶんご無沙汰いたしました。
 みなさま、楽しいゴールデンウィークを
 過ごされましたでしょうか?
 
 あたくし?
 
 
 ( ̄m ̄)
 
 
 
 
 
 
 仕事でした(;´Д`)
 
 
 ま。
 三歳女児が家にいたので、
 昼間はどこかしら出かけましたが、
 夜原稿を書かなくてはならなかったため
 あまり遠出せず。
 
 つつがなく過ごしておりましたぞ。
 
 
 GW中の日本人出国率が例年に比べ
 半分くらいに落ち込んだというニュースもあり、
 今年はやはり若干の自粛ムードによる
 影響があったようですね。
 
 とはいえ。
 あたくしの友人・知人の半分以上は
 海外脱出組でした。
 
 MixiやFacebookに、楽しかった旅の
 思い出がUPされているのを見ていると
 こちらまで旅心を掻き立てられます。
 
 旅行は経済を活性化させるだけでなく、
 楽しい気分も活性化させてくれるので
 やっぱりおすすめ!
 
 ぜひとも〜
 
 
 と、前置きはここまでにして。
     ↑長すぎ( ̄▽ ̄#)>
 
 
 このところ、世界各地で広がる
 日本支援の波。
 
 インドネシアのフラッグキャリア、
 ガルーダインドネシア航空(GA) 
 もまた、4月1日から今年の12月31日までの搭乗者
 ひとり当たり300円の寄付を行う旨を発表しました。
 詳細はこちら↓
 
 決定も発表も先月ですけどね( ̄▽ ̄#)>
 ちょっと先月忙しくて、情報遅くてごめんちょ。
                   ↑致命的
 
 
 この300円は『あしなが育英会』に
 寄付されるわけですが、数ある支援団体の中で
 こちらが選ばれたのには理由があります。
 
 2004年のインド洋大津波で、インドネシアでも
 多くの災害遺児がうまれてしまいました。
 『あしなが育英会』はそのポリシーに則り、
 インドネシアの災害遺児へも精神や教育サポートを
 つづけ、中には早稲田大学に進学(留学)することが
 できた子もいるとのこと。
 
 両親を失ったとなると、早いうちに経済的自立を
 しなくてはならない必要から、日本でも大学などの
 高等教育をあきらめざるをえない人が少なくありません。
 まして留学なんて、ですよね。
 
 親を失った絶望感の中、勉学を目指すこどもの
 可能性をつぶさない、その希望となるのが
 この『あしなが育英会』なのです。
 
 
 こんどはインドネシアが日本の遺児を助ける番!
 
 もともとGAはインドネシアの災害遺児が
 日本で開催される交流会に招待されたときなど、
 無料航空券を提供するといった形で常に支援をしています。
 
 でも今回いちはやくあしなが育英会への寄付を決定したのは、
 インドネシアの子供たちを支援してきた
 日本のNGOに対する恩返しの意味もあったのでは、
 なんて勝手に感じております。
 
 
 GAといえば、日本からバリ島(デンパサール)まで
 直行便を飛ばす唯一のエアライン。
 今月中(2011年5月10日から31日)は成田線/デンパサール線が
 ジャカルタ経由になっちゃうみたいだけど、
 まぁ大幅な予定変更の必要はなさそうな感じ?
 
 今年の2月に直行便と経由便のどちらがお得か
 検証した日記をUPしましたが(利用航空会社はANAでした)、
 GAの場合は機内入国審査という強みがあるため、
 乗り継ぎ時間1時間を実現できるのよね。
 
 
 日本(と旅行業界)の経済再活性をめざし、
 ぜひとも旅行を!
 
 そして海外にお出かけをご検討中で
 バリ島とかインドネシア各地とかアジア各国も
 いいな〜なんて思っているそこのアナタ
 
 ガルーダ・インドネシア航空を利用することで
 寄付もできますわよ〜ん\( ̄▽ ̄)/
 
 ぜひぜひとも〜☆
 
 
 
 こんにちぱ〜
 
 昨日、久しぶりのタイから戻ってまいりました。
 
 タイ。
 約半年ぶりでしたが、相変わらずナイスです。
 今回はロイ・クラトンという、灯篭流しの
 イベント取材でタイ北部のチェンマイへ。
 このイベントはすばらしかった。。。
 世界各地でいろいろなイベントを見学しますが、
 中でも大変思い出に残るものでした。
 
 某トラベルサイトに記事を掲載する予定ですので、
 載ったらまたお知らせしますわね。
 
 さておき。
 
 以前からちょいちょいネタにしている、
 My Flight Logbook
 こんなの↓
 
 自分の乗ったフライトレコードを残せるという
 ちょっとオタクなシロモノですが、
 あたくしはこのノートのほかにタイ航空(TG)
 子ども向け(おそらく)の機内サービスのひとつとして
 発行している「Captain's Book」というのも持っています。
 
 こちらはその名のとおり、自分の乗ったフライトのキャプテン、
 つまりパイロットにサインをしてもらうというもので、
 大人のくせに持っているのはさらにオタク感が……。
 
 こちらはTGに乗ったときだけお願いしているのですが、
 今回もキャリアはもちろんTG。
 往復とも深夜便でしたが、クルーの方々の手が
 空いてくる時間帯にはしっかり目を覚まし、
 ログブックとともにキャプテンブックもお願いしました。
 
 ところでみなさま。
 今までひた隠しにしてまいりましたが、
 実はあたくし、けっこうずぼら。
 
 え。
 知っていた?
 しかも、「けっこう」どころか「すごく」じゃないかって?
 
 
 ……なぜそれを( ̄m ̄)。
 あなたはもしやエスパーでは。
 
 まぁいいや。
 ずぼらゆえ、着陸間際にログブックが手元に戻されたとき、
 中をあまり確認しなかったんですよね。
 
 でね、家に戻ってごはん食べて娘と遊んで昼寝してから
 ふと、「あれ? キャプテンブックは??」と気づいたのです。
 
 ログブックの今回のフライトのページにははさまっていない。
 ほかのページもぱらぱらと見ましたが見当たらない。
 
 さっそくTGの空港オフィスに電話して確認です。
 
 すでに時間が経っており、あたくしが乗ってきた飛行機は
 クルーとともにタイへ帰ってしまったそう。
 クルーにも確認した結果、手元に持っている人もおらず。
 
 紛失かぁ。。。
 
 がっかりするしえ。
 空港オフィスの男性も「申し訳ありません」と
 神妙なお声で対応してくださる。
 一応、引き続き1週間くらい探してくれるのだそうです。
 でも当日に連絡して見つからなかったものが
 1週間後に見つかるとは考えにくい。
 
 先月のマレーシアで忘れ物が見つかったという
 奇跡の興奮覚めやらぬ今。
 同じ奇跡を願うのは無理というものなのか。
 
 TGの国際線だけで10フライト以上のログがありましたからねぇ。
 そういえば、往路のクルーが新しいキャプテンブックを
 くれたんですよね。。。それはこの伏線だったのかしら。
 また始めるけど、でもあんまりうきうきしないスタートだわ。。。
 
 しょんぼりと無事に戻ってきたログブックのページを繰るしえ。
 
 ( ̄‥ ̄)。。。。。○
 
 ありゃ。
 
 
 
 w(゜o ゜)w おお、これは……
 
 今回の該当ページとその周辺しか探していなかったため
 見落としたらしい。
 ちゃんと昨日の日付とキャプテンのサインが書き込まれた
 キャプテンブックは、前のほう、ほかのエアラインで
 書いてもらったページにきちんと挟まっていました。
 
 あった。( ̄▽ ̄#)>
         ↑はずかしいヤツ
 
 と、さっそくTGの空港オフィスの電話するしえ。
 ずっと対応してくださった男性は、それまでの
 暗いトーンとは打って変わって、「それはよかった!」と
 こちらのミスをせめるでもなく喜んでくださいました。
 
 そればかりか
 
 男性「ログ集め、よくやるんですか?」
 しえ「仕事柄、よく海外に行くものですから。。。
    オタクっぽくてお恥ずかしい( ̄▽ ̄#)>」←さらにはずかしいしえ
 男性「いやいや、私も昔はよく集めましたよ。 ←フォローまでしてもらってるしえ
    思い出深いですものね、見つかって本当によかったです」
 しえ「ありがとうございます」
 男性「次のフライトはいつですか?」 
 しえ「タイはまだ決まっていませんが、
    ほかの国なら来週くらいかと」
 男性「では空港にお越しの際はお電話をください。
    ステッカーなど、当社グッズがいろいろありますから、
    さしあげますよ」
 
 ( ̄‥ ̄)。。。。。○
 
 ( ゚д゚)まじですか?
 
 なんという心意気・゚・(ノД`)・゚・
 こちらの勘違いでタイまで連絡したりして
 ノートを探し回るという手間をかけさせたにもかかわらず、
 そのうえ悪くもないのに謝らせてしまったにもかかわらず、
 コレクターズアイテムをくださるとは。。。
      ↑そうなのか?
 
 これからはもうTGしか乗りません
 という気持ちになりました。
 
 ナイス! タイ航空!
 ビバ!! タイ航空!!
 アイラブ タイ航空!!!
 
 みなさま、忘れ物に注意するのもさることながら
 勘違いにも気をつけましょう〜( ̄▽ ̄#)>
 
 ちなみに、TGの本名は「タイ国際航空」でござんすよん。

 こんにちぱ〜。
 なんとなく暖かな東京。
 もう春かしら〜
 だって眠いんですもの、春よねきっと。

 そんな本日。
 なんとなくFACEBOOK(海外ではやっているSNS)をのぞく気がしません。

 といいますのも。

 Facebookって友人の誕生日の数日前から
 「今日は●●さんの誕生日です。カードを送りましょう」
 みたいなメッセージが出るのですが、
 今日はある友人の誕生日なのです。




 そう。
 以前にもブログにも書いた、プーケットで殺し屋によって
 殺されてしまった友人の誕生日。
 
 詳しくはこちら→ http://blogs.yahoo.co.jp/simpatique44/59172690.html


 記事を読んでいない人のためにちらとお話いたしますと、
 彼は仕事上のトラブルからプロの殺し屋によって銃弾を浴びせられ、
 無残にも3歳の娘の目の前で亡くなったのです。
 その日は奇しくも彼の誕生日。
 当時付き合っていたガールフレンドと娘とともにレストランへ出掛けるところでした。


 だから彼の誕生日は彼の命日なのです。


 突然亡くなったわけですから、FACEBOOKには彼のページがまだ残されています。
 誰もパスワードを知らないため、削除もされずにそこに存在している。
 あたかもまだ彼が生きているかのように。
 今でも彼にバースデーカードを贈るよう促すメッセージが入ってくる。


 彼のページ、この間のぞいたときには今でもまだたくさんのメッセージが届いていました。
 中には彼が亡くなったことを知らないんじゃないかな、と思われるものも。

 Happy New Year!!
 all wishes for your prosperous new year!
 (あけましておめでとう! あなたにとって輝かしい1年になりますように)

 とかね。
 自動メッセージかもしれませんけどね。



 今日はFacebookをやっている人がいっせいに彼のことを思い出す日。

 きっとそのようにしてたくさんのメッセージが入っているんだろうな〜と思われます。
 中には、今日事実を知って悲しみに暮れる人もいるでしょう。

 でもあたくしには、なにもかける言葉が浮かばない。
 彼があたくしが生きている同じ時代と同じ世界に生まれたことはとてもうれしいけれど、
 彼が志半ばにして亡くなったことはうれしくない。

 小さな娘Nちゃんを遺して亡くなるその無念さが、痛いほどわかる。
 そしてこの間4歳になったNちゃん、パパに会いたいと泣いているのではないだろうか。
 そんな孫娘をなぐさめ、なだめる彼の母親(※)だって、
 できることなら彼を守りたかったと悲しみにくれていることだろう。

 ※彼が溺愛していた娘、Nちゃんは彼女の生母と祖母(彼の母親)が熾烈な
  親権争いした結果、祖母に引き取られることになりました。
  

 彼の誕生日は、むしろ悲しい日になってしまった。
 そう思うと、ちょっと心が沈むあたくしでした。



 しかし。
 以前、彼の死について詳細を聞くため、面識はないものの彼が当時つきあっていた
 女性と連絡をとり、FACEBOOK上の「友人」になりました。

 彼女が投稿する記事や写真はいつでもあたくしのページにも表示されます。


 今彼女がどうしているかというと……。




 すっごく楽しそう!

 もともとゴーゴーガールだった(彼はそういう女性が好きだったので)彼女、
 突然目の前で恋人を失った悲しみからすっかり立ち直ったようで
 連日連夜のパーティや旅行のお話をUP。
 どの写真にも新たな恋人とおぼしき男性と一緒にスパークしている姿が映っています。


 ちょうど彼が亡くなった3ヶ月後くらいに、彼のボードに彼女が書き込んだのはこんな言葉。

 「I wish you were here with me.
  I know you don't like me to be in sorrow.
 OK, I smile,
 I dance,
 I laugh it out laud as you always loved me to do」
 (あなたがそばにいてくれればいいのに……。
  あなたはこうして私がめそめそしているのを喜ばないでしょうね。
  だから私はいつものように踊りまくって笑いとばすわ)

 
 彼女、タイの人ですから死生観は日本人のあたくしとはだいぶ違うと思いますが、
 とても潔いと思いました。
 もちろん、そんな心境になるまでどれほど辛い気持ちでいたかは
 あたくしには想像もできません。

 でも。

 彼はもういない。
 泣いても笑っても戻っては来ない。



 だから私は笑います



 それでいいのよね。
 とても辛いことだけれど、あたくしたちの人生はまだまだ続いている。
 たとえこの日1日だけでも、彼のことを思い出して泣くよりは
 笑って過ごすほうが幸せです。




 あたくしはこの先、彼よりももっと大切な人を失うことがあるでしょう。
 そんなときも笑って生きていこうと思います。


 やっぱり今日は

 Happy Birthday Francis!

 にしよう。


 今日はあなたがもういないということよりも、
 イケメンのくせにけっこうひょうきんだったことを思い出します。

夕陽スイッチ

イメージ 1

 へろ〜みなさま。

 無事にプーケットから戻りました。

 先週はサイパンネタでしたね。
 そうです。
 今月はサイパン、プーケットと立て続けにお仕事だったのです。

 はい。
 ハードでした。

 そして今もハードです。
 仕事てんこもりで(;´Д`)



 先日、プーケットで若くして亡くなった友人のことを書きました。
 http://blogs.yahoo.co.jp/simpatique44/59172690.html


 彼の死をFacebookやメールで知ったためか
 あまり現実感がなく、今週プーケット行くまで
 「彼に連絡したっけ?」とか思ってしまっていました。

 そしてその都度「そうだ、もう亡くなったんだった」と思い直すのです。


 出発まではそんな気持ちでしたが、今回は娘も一緒の海外取材なため
 いざプーケットに到着するまであまり彼のことを思い出すこともありませんでした。


 空港に着き、リゾートからの迎えのバスに乗り込んでぼんやり外を眺めていると。


 彼と一緒に買い物したデパート。
 食事したレストラン。
 当時彼が住んでいたエリアなどが目に入ってきました。


 もうずいぶん前のことなのに、あまり変わらないものだな。

 そんなことを考えていました。



 3日目。
 アクティビティ体験のため、サンセットクルーズへ。
 もちろん娘も一緒にいきます。

 
 クルーズ船に乗るためリゾートからちょっと離れた桟橋へ。

 ……あ、ここは!


 ここにも彼との思い出がありました。
 とても長い桟橋なのですが、ずいぶん長い時間話をしながら
 彼と行ったりきたり散歩したんだった。


 もうすぐ陽が落ちる、というその時間帯も同じくらい。
 今回は船の近くまで車で行きましたが、同じ空気、同じ時間、同じ場所、
 そして同じ太陽を見た瞬間、一気にどど〜っと彼との会話の内容が思い出されました。

 すごくくだらない冗談とか、あたくしが勘違いして覚えていた英単語のこと、
 彼の将来の夢、子どもが欲しいとか、欲しくないとか。。。


 たわいもないことを延々と話しながら、陽が落ちるまで歩いていた。


 いつのまにか、じんわりと涙があふれていました。
 


 そういえばあのとき、話題が子どものことになったとき、
 「別に子どもはいらないな〜」と言ったあたくしに向かって、
 彼は「産むなら絶対かわいい女の子だ」と言いきっていたっけ。


 彼の予言(?)どおりかわいい女の子を授かりましたな(;´Д`)


 ひとり、サングラスの下で泣き笑いです。




 クルーズ船から見た夕陽はさわやかで、同行した人々も楽しくて
 あのときと同じように気持ちよく笑いながら眺めました。



 10年経っても、20年経っても、また同じ夕陽を見れば彼のことを思い出すのだろう。

 こうやって彼を知る人々の胸の中に、彼はあざやかなワンシーンをたくさん残している。
 あたくしの場合は、夕陽がスイッチとなってそれが再生される。
 あの時の感情をも一緒に。

 みんなそれぞれ、違うスイッチを持っているんだろうな。
 
 あたくしのは、きれいなスイッチでよかった。



 またプーケットにいくからね。
 それまでまたお別れだが、ゆっくり休みたまいよ、フランク。


 ※写真は、マニャガハ島からの夕陽。
  プーケットのはサイズが大きすぎてアップロードできないため、
  代わりにこちらをば。

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 前のページ | 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事