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昨日、NHKの「爆笑問題の日本の教養」と言う番組を見た。
結構好きで、時々見ている。
昨日は、裁判員制度についての話だったので、見逃せないと思っていた。
しかし、内容には失望した。
今まで繰り返されて来たような、おざなりな話だった。
個人的には、前回のアメリカの時のような、バトルトークを期待したのだが、完全に肩すかし。
司法の馴れ合いを是正する?
今更、ボケた事を言うな。
裁判官が有罪判決を出すのは、馴れ合いや経験則からではない。
検察側に悪い印象を与えないためだろう。
無罪判決は、裁判官の出世に響く。
これが一番の理由だ。
この辺を、問いただして欲しかった。
それともう1つ。
前にも書いたが、多数決の結果、裁判官3名が有罪、裁判員6名が無罪、となった場合、過半数とはならないと言う事だ。これは例えば、裁判官が恣意的に誘導した判決を、裁判員が拒否した結果としても、採用されないと言う事になる。極論ではあるが、可能性はある。
この辺の事を、突っ込んで欲しかった。
昨日の話では、全く説得されない。説得される材料が皆無だった。
もう1つ言うと、例えば、自分は無罪と思っても、多数決の結果有罪となった。この場合は、自分は無罪を確信していたのだから、責任は果たした、と思えるでしょ?と言うような話をしていたが、それを知っているのは、参加した人達と自分だけだ。それが世間的に公になることはない。自分の心の中では納得出来るかもしれないが、世間的には非難される事になる場合もある。それを一人で乗り越えろと言うのは、あまりにも慈悲がなさ過ぎる。アメリカの陪審員制度の様に、投票の公開を法廷内で可能とするのだろうか?陪審員制度では、弁護側からの要求(だけではないかも)で、投票の公開が行える場合もあるようだ。そうすれば、自分は無罪に投票した、と言う事が、少なくとも傍聴している人々には判る訳だから、少しは救われるかもしれない。反対に苦しむ場合もあるだろうが。
いずれにしても、一般の人々に法律は自分を守るツールだと理解してもらう事、司法に参加し社会的な責任を担う事、そんな事を教える為だけに、この制度を使おうとする事には、抵抗がある。
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