神職つれづれ

深く、深く神道を学びたい。

巨人の肩

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やh-今週はなかなか気分がすぐれず、ごろごろしながら雑誌を読んでいたら
一つの出会いがありました。

「宇宙船地球号」の考案者であり、発明家のバックミンスター・フラーです。


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フラーは1885年、マサチューセッツ州に生まれた。型にはまらない性格をしていたという。

ウィキペディアでの略歴はこのとおり。

1915年、ハーバード大学中退。機械整備工として働き始める。

1917年、メリーランド州、アナポリスの海軍兵学校入学。アメリカ海軍に勤務。
      船の航海中航跡の泡から直観を得る。
      建築家ジェームス・モンロー・ヒューレットの娘アン・ヒューレットと結婚。
      海軍の移動体、固定局間の無線通信実験に立ち会う。
      第一次世界大戦後除隊。
      長女アレクサンドラ誕生。
      会社勤めするも倒産。

1922年、ジェームス・モンロー・ヒューレット発明の「ストーケッド・ブロック」(軽量ブロック)
      製造発売を主とする会社を設立。同年、長女アレクサンドラ病死、
      失意により酒におぼれる。

1926年、事業に失敗、社長辞任。

1927年、次女アレグラ誕生。シカゴに移住。自殺を考えるもミシガン湖畔で回心。
      以後1917年の直観をもとに研究生活へ。「エネルギー/シナジー幾何学」をまとめる。


以下まとめている方がいらしたので、引用させていただきました。


32歳の失意のフラーは、1927年に自殺しようとミシガン湖畔に佇んでいて最後の思考に
入ったそうです。そこで起こった意識の変革から、「宇宙船地球号」という概念の発明者として、
あるいは現代のダヴィンチとして知られるような後の思想家、幾何学者、発明家、詩人、建築家
等々としての活躍がはじまることになります。

 すべてがひとつの考えからはじまった。

「これがおまえの心を使う最後の時。だから、うまく使うんだ。自分自身で考えろーおまえがほんとうに考えたことだけに目を向けるんだ」


 それはこの上なく貴重な瞬間だった。時間が消えて、突然本質が顔を出す。
澄みきった思考の流れが注ぎこみ、他のすべての考えを一掃する。かつてなかった明晰さ。
魂が釘付けにされる瞬間だ。突然フラーは、彼の苦痛のほとんどが、自分自身ではそう
感じたり直観したりしていないのに、ただ他人が信じろと言うことを信じようとしたこと
から生まれてきたものであることを理解した。
________________________________________

 苦しみの多くは、利己的な行為からも生じていた。他の人々のことではなく、自分のことだけを
考えたとき、あるいは「自分の取り分はどれなんだ」といった態度で人生を生きたとき、苦しみは
やってくる。利己的な行為こそ苦悩の源なのだという思いが、なにか深い、直観的なところから
沸きあがってきた。なんで自分の考えを変えないのか?彼は自分のことをふりかえって、そう考えた。


「人生を違ったふうに見てみたらどうだろう?これ以後、”自分”のためには生きず、
 私の人生と経験を 他人のためだけに使ってみたらどうだろう。

 私は考えた。われわれは誰なんだ?生きるとはどういうことなんだ?

 そして私は気づいた。私たちは一人一人はかけがえのない経験の目録なんだ。
 そして私は、他の人たちが私と同じようにやって傷つくことがないように、
 自分の経験を使うことができる。

 わたしが感じたような苦しみを他人がかんじないですむように、彼らを助けることができるんだ」

________________________________________

 もしも苦痛というものが、他人から徐々に埋め込まれた誤った信念にもとづく
 行為からうまれてくるものなら、今、彼が信じるべきことはなんなのか?
 いったいなにを信じればいいのか?いや、信じるべきではないのなら、どうすればいいのだろうか?
 

 フラーは科学に糸口を見つけた。そこには真実へ至るための厳密な方法がある。
彼は科学的方法を道具として、それを自分の人生に適用したのだった。もう根拠の
ない信念など、すべて機能しなくなった。「信念」など、非科学的なできあいの盲信
にすぎず、リアリティの顔を曇らせてしまう。決定的な証拠がないような経験の領域では、
誠実で細心な科学者でいよう。

________________________________________


 そして、究極的な理解に行きついた。つねに存在する愛についての理解だ。

 ここに、愛に、フラーは人智を超えて作用する力の証拠を見たのだった。

  「その瞬間、愛についてほんとうにたくさんのことを考えた。

   我々が”愛”と呼んでいる現象は、もうほんとうに驚くべきことなんだ。

   石は石を愛さない。ところが人間は、愛を当然のことと思っている。

   子供のことを考えたよ。子供のときの方が愛をすごく感じるもんだ。
   
   それは絶対的に重さがない、驚くべき現象なんだ
   
   だから私は、私たちの理解を超えて作用するなにかがあると知ったわけだ」

________________________________________


 突然フラーは、自分が失ったものはなにもなかったことに気がついた。

自分の人生経験で、他人のために使えないものはなにもない。機械工としての日々は、
目には見えないが、人間の必要を満たすために使える、驚くべき力の領域が存在する
ことを教えてくれた。

 海軍での日々は、分けては考えられぬ全体として、つまり全人類が乗客として運命を
共にする「宇宙船地球号」として、世界を見ることを教えてくれた。ビジネス上の失敗も、
商業的、政治的支配の限界を、彼に教えてくれるものだった。

 このとき、バックミンスター・フラーの人生から良い、悪いという評価が消えた。
楽しいこともあれば悲しいこともある。しかしそれは経験の宝庫であり、どれも宇
宙船地球号に乗り合わせた仲間の乗客たちの利益のために使いうるものだった。


 「私がなぜここにいるのかはわからない。けれども、人類からこの私という特別の経験目録を
  勝手にとりのぞいてもかまわない、などと言うことはできない。

  そうなのだと、私は自分に言いきかせた。

  私たちは他人を助けるために生まれてきたこと、
  そして各人は全人類と関係していることもわかった。

  大いなるデザインの一部として自分自身を見てみれば、
  私の経験を全人類のために役立たせることができる。

  しかし、身を投げてしまえば、そんなことはできなくなると思った」


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 自分には自殺をする権利なんてない、というようにも取れます。

その後のフラーは実験と発明を通じて人類のために尽くそうと心に決めます。
もともとすぐれた発明的センスを備え、自分の研究を専門的にではなく、
総合的なものとなるよう心がけていたフラーはものごとを全体の関連の中に
把握しようとする科学者でした。

宇宙船地球号という彼の言葉にもそれが表れています。

地球環境の保護も情熱的に訴えていました。

「環境に負荷をかけたり、誰かの害になることなく、100%人類のための世界を作ること」

が目標で、あの不都合な真実のアル・ゴア大統領もフラーの言葉をときおり口にするようです。

アイディアは尽きることなくあふれ、メモやスケッチを集めたスクラッチブックを
横に並べたときの長さは80m。

時代を何十年も先取りしていたので実際当時専門家達にも理解されず、
また現代でも正しい評価がされていないといわれています。

バックミンスター・フラーが亡くなったのは88歳のとき。
死の直前まで公演活動で世界中を飛び回っていたそうです。


◎ホイットニー美術館で行われた"バックミンスター・フラー"展の動画


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食は命を運ぶ

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水野南北(1757〜1843年)

この水野南北という人は顔の相を観るだけで、人の過去・現在・将来の人生を見渡すことの
できる観想術の大家と呼ばれた人物です。

南北自身の人生も様々な曲がり道とターニングポイントがあり、その中で人の運勢は顔に表れる、
しかし運命を左右する原因は食の節制にあるとして、運命の好転のためには食を慎むをいうことを
何にまして強調した方です。現在では生き方そのものが半ば伝説化されています。


 以下 -- コピペ de 紹介 --

○日本一の観相家-------------------------------

 江戸時代中期の頃に生きた水野南北は、日本一の観相家といわれ、「節食開運説」を唱えた。
いわゆる霊能者と呼ばれる類ではないが、その人物史を見てみると、霊妙不可思議な出来事に
何度も遭遇している。


 まだ幼児の時に両親を失って孤児となり、鍛冶屋をしていた叔父に引き取られるが、
性格はすさみ、10歳の頃から飲酒を始め、喧嘩ばかりしていたという。
そして18歳頃、酒代欲しさに悪事をはたらき、入牢するに至っている。

 だが、牢内での生活を通じて南北は、人相について興味深い事実を発見する。

 罪人として牢の中にいる人の相と、普通に娑婆生活を送っている人の相の間に、
明らかな違いがあることに気づくのである。これがきっかけとなり、南北は観相家と
いうものに関心を持つようになった。
 
 出牢後、南北はさっそく、当時大阪で名高かった人相見を訪れ、自分の相を見てもらった。
するとなんと、「剣難の相であと1年の命」と宣告されてしまった。
愕然とした南北が、助かる方法はあるかと問うたところ、その唯一の方法は出家であると言われた。

 南北は天下稀に見るほどの悪相・凶相の持ち主だったのである。

 そこで禅寺を訪れて入門を請うが、住職は南北の悪人面を見、断ろうと思い、
「向こう1年間、麦と大豆だけの食事を続けることができたなら、入門を許そう」と告げた。
 
 助かりたい一心の南北は、この条件を忠実に実行に移す。港湾労働者として従事しながら、
1年間、麦と大豆だけの食事を実践するのである。

 こうして1年が経過し、約束通りのことを実行した南北は、禅寺の住職のところへ行く
途中に、再び例の人相見を訪ねてみた。と、この人相見、南北の顔を見るなり驚いて、
「あれほどの剣難の相が消えている。貴方は人の命を救うような、何か大きな功徳を
積んだに違いない」と言った。南北が、食事を変えて1年間貫き通したことを話したところ、
それが陰徳を積んだことになって、彼の凶相を変えてしまった、というのである。

 これで禅寺に行く必要のなくなった南北は、自分も観相家の道を志そうと決意し、
諸国遍歴の旅に出た。水野南北、21歳の時である。

 南北はまず髪床屋の弟子となって、3年間人相を研究し、続いて風呂屋の手伝いをして、
やはり3年間、全身の相について研鑽を深め、さらに火葬場の作業員となって、ここでもまた
3年間、死人の骨格や体格などを詳しく調べ、人の運命との関連について研究を重ねたという。
 
 この修業時代に南北は、相学の淵源は仙術にありとの思いから、仙師を求めて深山幽谷に
分け入ったりしている。そして25歳の時、奥州の金華山山中でようやく求める仙人と出会う
ことが叶い、100日間に及んで相法の奥義を伝授されているのだ。

 この仙師は、「これすなわち相法の奥秘にして寿を保つの法なり。たとえ俗人といえども
この法を行なう時は寿命百歳に至りなお天気に至ること自らやすし」と教えたという。

 仙道には、食について厳格な規則がある。その理想とするところは、不老不死である。
相法の奥義も、病まず弱らない体のまま長寿を全うすることにあるとすれば、「運命(長寿)」と
「食」とを関連づける両者の接点は大いにあると考えられる。

 さらに南北は後年、そのことを確信させる神秘な体験をしている。

 おそらく50歳頃のことであったと思われるが、彼が伊勢神宮へ赴き、五十鈴川で
3×7、21日間の断食と水ごりの行を行なった際、豊受大神の祀られている外宮で、
「人の運は食にあり」との啓示を受けるのである。

 豊受大神は、五穀をはじめとする一切の食物の神で、天照大神の食事を司ると言われる。
南北は、「我れ衆人のために食を節す」という決意のもとに、生涯粗食を貫いた。

その食事の内容とは、主食は麦飯で、副食は一汁一菜であった。米は一切口にせず、
餅さえも食べなかった。また若い頃はあれだけ好きだった酒も、1日1合と決めて、
けっしてそれ以上は飲まなかったという。

 このような食生活を、盆も正月もなく続けたのである。南北はひどい凶相で、短命の相の
持ち主であり、長生きしたり成功する相などは持ち合わせていなかった。しかし、食を慎んだ
ことで運が開け、健康のまま78歳まで生き、大きな財を成したのである。
 
 ● 食事の量が少ない者は、人相が不吉な相であっても、運勢は吉で、それなりに恵まれ
   た人生を送り、早死にしない。特に晩年は吉。
 
 ● 食事が常に適量を超えている者は、人相学上からみると吉相であっても、物事が調い
   にくい。手がもつれたり、生涯心労が絶えないなどして、晩年は凶。
 
 ● 常に大食・暴食の者は、たとえ人相は良くても運勢は一定しない。もしその人が貧乏で
   あればますます困窮し、財産家であっても家を傾ける。大食・暴飲して人相も凶であれ
   ば、死後入るべき棺もないほど落ちぶれる。
 
 ● 常に身のほど以上の美食をしている者は、たとえ人相が吉であっても運勢は凶。美食を
   慎まなければ、家を没落させ、出世も成功もおぼつかない。まして貧乏人で美食する者
   は、働いても働いても楽にならず、一生苦労する。
 
 ● 常に自分の生活水準より低い程度の粗食をしている者は、人相が貧相であっても、い
   ずれは財産を形成して長寿を得、晩年は楽になる。
 
 ● 食事時間が不規則な者は、吉相でも凶。
 
 ● 少食の者には死病の苦しみや長患いがない。
 
 ● 怠け者でずるく、酒肉を楽しんで精進しない者には成功はない。成功・発展しようと思う
   ならば、自分が望むところの一業をきわめて、毎日の食事を厳重に節制し、大願成就ま
   で美食を慎み、自分の仕事を楽しみに変える時には自然に成功するであろう。食を楽し
   むというような根性では成功は望めない。
 
 ● 人格は飲食の慎みによって決まる。
 
 ● 酒肉を多く食べて太っている者は、生涯出世栄達なし。

 また南北は、「運が悪くて難儀ばかりしているが、神に祈れば運が開くでしょうか」
 という質問に対して、こう答えている。

 真心をこめて祈らなければ、神は感知してくれない。真心をもって祈るとは、
自分の命を神に献じることである。そして食は、自分の命を養う基本である。
これを神に献じるということは、すなわち自分の命を献じるのと同じことである。

 どうするかというと、1日にご飯を3膳食べる人なら、2膳だけにしておいて、
1膳を神に献じる。といっても本当に1膳分を神棚なら神棚にお供えする必要はなく、
心の中で念じればよい。自分が祈りを捧げたい神仏を思い浮かべて、その神仏に
向かって『3膳の食のうち1膳を捧げ奉ります』という。そうして自分で2膳を食べると、
その1膳は神仏が受け取ってくれる。(中略)
 そうすれば、どんな願いごとでも叶えられる。小さい願いごとなら1年で、
普通の願いごとなら3年、そして大望は10年で叶うのである。



普通の観想家として生きることに満足のできなかった南北は、「修身録」を著し、
命と食の節制について述べました。


神社によっては放生会(ほうじょうえ)といって捕獲した魚や鳥獣を野に放し、
殺生を戒める儀式が行われている所もあるのですが、この放生会についても、

「その放つ生き物も鳥・魚など、みな人間の食するところのものばかりで、
ねずみや犬・蛇の類はしない。それが殺生の戒めというならば、日々人間の
食する鳥魚を慎み食べなければこれが真の放生会ではないだろうか。

 また米でいえば1粒のモミを撒けば秋には何十粒となり、その粒は翌年何百粒
となる。ならば一日一食ずつ減らせば3年後にはものすごい量となろう。これが
放生を日々行うということである。さらにこのことを生き物に当てはめるならば
三年目にはどうなるか、真の放生会とはこういうことである。」

と、所見を述べられており、そうだなあと思いました。

厄年についても厄の前後三年間、自分が信じるところの神仏に祈り、

「日々3度の食事の際に、心の中でこの半椀を献じ奉り、己は食いたい心を離れ、謹んで
その半椀を食うべからず。三年間食物の類はすべてこのようにして、少しといえども
自分が食べずに神仏・厄神に献じまつるべきである。そうすれば厄難を免れることと
思って間違いはない。」

というようなことを「修身録」の中で述べています。

こういうことを知ると、厄払いのご案内の中でも社頭でのお祓いだけでなく、食のことにも
触れたほうがいいのかな、という気がしてきました。

南北の一番言いたいことは、食を慎むという努力によって運命を良い方向に変えることが
できる、顔つきも穏やかに変わっていく、ということでした。


ちなみに最晩年の南北は、このときまだ2歳の子供--やがてあの易聖として名を馳せる
高島嘉右衛門---の手相を観て、百万人に一人という相を持っていると語った逸話もあるようです。

晩年は節制によって蓄えた財で悠々自適な生活を送ったそうです。
でも生活はごく質素。

謙虚でありつつ腹八分目、今の時代にもあっていることですね。
簡単そうでなかなか難しいことですが(苦笑)

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'緑'の錬金術師

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      トゲなしサボテン

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    エジソン       バーバンク       フォード


今日スーパーへ食料を調達するため買い物に。
そこでブドウとプルーンの売り場の前を通りかかったら、


 「 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
|  プルーン  |
|(バーバンク) |
 |        |
   ̄ ̄| ̄| ̄ ̄ ̄  
      | |


という札が立っていました。

それを見て、バーバンクという人を思い出したのでちょっと紹介。

この人には神道的なものを感じるので。


−−−−−−−−

[コピペ de 紹介]

ルーサー・バーバンク(1849年-1926年)

アメリカの植物学者・園芸家・育種家。多くの植物の品種改良を行った。

バーバンクによって作り出された植物の品種のうち代表的なものは、
シャスターデージー、とげのないサボテン、バーバンク種のジャガイモなどである。

マサチューセッツ州のランカスター生まれ。15人兄弟の13番目で、小学校程度の教育しか
受けなかったが、農場で育ち、母親の持っていた広い庭で植物に親しんだ。

              ***

ルーサー・バーバンクという人は、我が国ではあまり知られていません。

しかし、アメリカが生んだ偉人の一人として、バーバンクはトーマス・エジソンや
ヘンリー・フォードとともに、世界の人々が忘れてはならない人です。

エジソンがさまざまな機械の発明者として、私たちの生活を便利で豊かにしたように、
バーバンクは植物の世界における発明者として人類の生活に大きく貢献したのです。

彼は一生の間に、何と三千種類以上の植物を改良し、数多くの新しい植物を作り出す
ことに成功しました。それはただ、人々の目を驚かせたばかりでなく、人間の生活を
豊かにし、人類の幸福に大きく貢献したのでした。

地球上には未だに利用されていない砂漠や荒野がたくさんあります。

バーバンクは植物の持っている可能性を最大限に引き出すまったく新しい方法を開発し、
これまで世になかった<刺なしサボテン>や<プルーン>など、どんなところでも育つ
植物を作り上げました。

−−−−−−−−

 バーバンクが生きていた19世紀後半に、もしかすると世界中規模でジャガイモの凶作が
 起こるかもしれないといううわさが流れたことがありました。

 ジャガイモというのはご存知の人もいるでしょうが、親芋からの種芋でどんどん
 増やしていくことが出来ます。
 
 そのやり方の栽培がもうずいぶん長いこと行われていたので、ジャガイモは種を作る力が
 とても弱くなっていたのでした。
 
 バーバンクはまだ種を作る元気なジャガイモの品種を見つけ出し、改良して、今までの
 品種よりも優れたジャガイモを作り出したのでした。

 こうしてジャガイモの飢饉は杞憂に終わりました。

 このバーバンクポテトは現在でもアメリカで一番生産されているジャガイモの品種だそうです。
 ロッテリアやマクドナルドでもフライドポテトはこれを使ってますね。
                          (新たな課題として農薬が心配ですが)
 
 もうひとつ有名な改良品で、トゲなしサボテンがあります。
 
 これはその名の通りまったくトゲトゲのないサボテンで食用にするために作られたそうです。
 水分に富むサボテンは乾燥地帯では動物の貴重な食料でした。

 
 ‥どうしてサボテンにはとげがあるのか?
 
 ‥それは食べようとする敵(動物)から身を守るためだ。

 
 と考えたバーバンクは農場のサボテンにしばしば、
 
 「もう大丈夫。ここにはお前に危害を加えるようなものは何も無い。
  安心しなさい。」
 
 こういうことを語りかけ、サボテンには特に愛情をかけて接していたそうです。

 サボテンのトゲはサボテンの恐れの外的な表現、と読んだのでしょう。
 トゲの無い姿こそが、サボテン本来の姿と思うべきなのかもしれません。

 結果、その後の長い試行錯誤の末、世界初のトゲなしサボテンが生まれました。

 
 バーバンクは植物改良の秘訣は、植物の方から、その答えを教えてくれるような
 心の状態ににあるんだと、ある講演で語ったそうです。

 このトゲなしサボテン、食べたことはないんですが思ったより甘い味がするらしいです。
 そういえば、ドラゴンフルーツもサボテンの仲間ですね。
 

○バーバンク語録(長いです。これでも割愛しました;)

 □植物育種は未だ幼少時代に属する。その可能性や、根本原理などに精通する人は至って少ない。


 □現代人は立派に蒸気や電気の貢献した功績を認めるに至ったけれども、植物生態に秘め
  られた生命の指導を得たならば、その恵みは決して蒸気や電気の与える恩恵の比ではない。


 □植物育種家は無限界に進入する探検者である。(中略)驚くべき美と価値が、具体化した
  力の新表現によって生じ、我々の命令を待ち焦がれていた自然は、喜び勇んでその宝庫を
  開くであろう。これは一年や十年の計を立てるのではなく、実に未来永劫地上に生息する
  いっさいの人々の潤沢な遺産となるであろう。

 
 □植物界の法則と、その中に潜んでいる原理についての私の考えは、いろいろな点で物質論者の
  学説と反対である。私は深く人間力以上の力を信じている。
 
  今までの私の研究によれば、生命のない物質的宇宙が、色々な種類の力によって撹乱されている
  という観念から抜け出て、宇宙は絶対にすべて生命、心霊、思想、その他名前は何でもいいが、
  とにかくそのようなものから成立しているという信念に導かれた。

  いっさいの原子、分子、植物、動物、ないし惑星は、その組織されている単位の力の集合体が、
  いっそう強い力によって支持されているに過ぎない。

  そしてこれは、想像できない程に満ち溢れているけれども、今しばらくの間は隠れて潜在してい
  るのである。地上一切の生命は、言わばこの無限な力という大海原の岸辺にあるようなものである。

  宇宙は半分死んだものではなく、まったく生きているものである。


リンク:緑の錬金術師 バーバンク
http://oak.zero.ad.jp/nexus/BURBANK.html

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はじめての皆様、どうぞよろしく。


今日は終戦の日、8月15日ですね。

正午のサイレンに合わせて神社にお参りに来ていた方々とも一緒に、
職員一同で黙祷を行いました。

黙祷を捧げたのはわずかな時間でしたが、
黙祷にはすごく力があるのだなと思いました。

亡くなった方々に届いていてほしい。

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