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人間は社会を形成して生きています。社会は互いに自分の意志を相手に伝え、認識を共有することで営まれています。
意味を持った言葉の形成にともない、人間は思考を言葉で行い、そして意志や感情を言葉で表現することによって、相互理解を深めていきます。
古代文字の成立の事情から考えると、文字が神事に関して、人間の意志を載せ、神と交通する手段として生まれ、出発したものであることを、示しているものと思われます。
シュメールの楔形文字、古代エジプトのヒエログリフ、古代マヤ絵文字、中国の甲骨文字など、すべて神殿との関わりを持つものであります。
漢字学者白川静先生が『回思九十年』という著書の中で、次のように述べられています。
「文字は社会組織が複雑になって、お互いの情報の交換であるとか、意志の伝達であるとか、記録であるとか、そういう実用的な目的で生まれるなら、どの文明社会も文字をもたなければならないはずです。
文字が何故生まれたかということを考えますと、エジプトや中国のことを例にとるとよく分かります。
最初にヒエログリフという神聖文字が生まれてから、ツタンカーメンの時代までの二千年近い間、文字は少しも進化していないのです。同じように絵文字ばかり書いている。
もし、文字というものが文明の手段としてあったとするなら、社会の変化につれて進化しないはずはない。
これが、何も変化していないということは、つまり社会生活と離れたところに文字があったということですね。」 (『回思九十年』P210より)
文字は選ばれた王と神々の交通手段として生まれて、すなわち、人間同士のためのではなく、人間が神意をうかがうための道具として創られたのであります。文字を学ぶのも、選ばれた神官たちの特権であります。これはすでに明らかにされたことであります。
したがって、文字は人間同士のコミュニケーションのために創られたものではないと考えられます。
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