目の星は人類の母――天狼星信仰之謎

人類に平和をもたらす真実、その鍵は日本に隠されています

日本神話

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 日本人のルーツを探るには大きな手掛かりとなるのが姓氏や家紋であると考えられます。特に古くから神職を務めている家柄がヒントになるでしょう。

 日本字の名字は識別という手段以上に重要な役割があります。それは歴史学、民俗学、地理学、宗教学、国語学、言語学上の重要な手がかりとなるのです。

 姓氏に使われている多くの「大和ことば」は長い歴史を持ち、先祖が残してくれた言い伝えなどをも織り込んでいると思われます。

 日本人の多くの名字は明治八年にできたばかりとは言え、先祖の家柄なども巧みに取り入れられていると考えられます。

 たとえば、五来(ゴライ)と言う名字の場合、今は「ゴライ」のように音読になっているが、もともとは「イツキ」という大和言葉で呼ばれていました。「五木」のように書かれている場合が多いが、その意味は「神を斎き(イツキ)、祀ること」に由来しています。

 だから有名な民族学者の五来(ゴライ)先生や作家の五木(イツキ)先生はともにこの神を祀る「イツキ」に関係しています。

 姓氏紋章は先祖からのメッセージであります。

 入門書として分かりやすく書かれている新人物往来社の『日本姓氏紋章総覧』をお勧めします。

 

「久米歌」の謎

 久米歌(来目歌)1

うたのたかきに しぎわなはる わがまつや 
しぎはさやらず いすくはし くぢらさやり 
こなみが なこはさば たちそばのみの なけくを こきしひえね 
うはなりが なこはさば いちさかきみの おほけくを こきたひえね

 『日本書紀』の「久米歌」はここで終わり、『古事記』はさらに次のように続きます。

ええ しやごしや
こはいのごふぞ
ああ しやごしや
こはあざわらふぞ

 久米歌(来目歌)2

かむかせの いせのうみの おほいしにや いはひもとへる しただみの しただみの
あごよ あごよ しただみの いはひもとへり うちてしやまむ うちたしやまむ

 

 日本書紀より、神武東征のなかで歌われている久米歌(来目歌)・・・
現代語訳で、一つを簡単にご紹介しますと〜

1 宇陀の高城に鴫(しぎ)をとるワナを張って、俺が待っていると、鴫(しぎ)はかからず、鷹(たか)がかかった。これは、大漁だ。
古女房が獲物をくれといったら、ヤセそばの実のないところを、うんとやれ。

若女房が、獲物をくれといったら、斎賢木(いちさかき)のような実の多いところを、うんとやれ。

2 伊勢の海の大石に這いまわる 細螺(しただみ きしゃご)のように わが軍勢よ わが軍勢よ 細螺(しただみ)のように這いまわって 必ず敵を討ち負かしてしまおう。

3 忍坂の大きい室屋に 人が大勢はいっているが、はいっていても 御稜威(みいつ)を負った 来目部の軍勢の頭椎(くぶつつ 柄頭が椎の形をした剣) 石椎(柄頭を石で作った剣)で、敵を討ち敗かそう。
4 今はもう 今はもう ああしゃを(敵をすっかりやっつけた)今だけでも、今だけでも、わが軍よ わが軍よ。

5 夷を、1人で100人に当たる強い兵だと人はいうけれど、抵抗もせず負けてしまった。

6 伊那瑳の山の木の間から、敵をじっと見つめて戦ったので、我らは、腹が空いた。
鵜飼をする仲間たちよ。今、助けに来てくれよ。

7 天皇の御稜威(みいつ)を負った来目部の軍勢の その家の垣の本に 粟が生え その中に韮(にら)が一本まじっている。

その韮の根本から芽までつないで、抜き取るように、敵の軍勢をすっかり撃ち破ろう。

8 天皇の御稜威(みいつ)を負った来目部の軍勢の その家の垣の元に植えた山椒(さんしょ) 口にいれると口中がヒリヒリするが、そのような敵の軍勢の手痛さは、今も忘れない。今度こそ、必ず撃ち破ってやろう。

 いろいろな解釈が存在しているので、ここで注目したいのが、「来目歌」という言葉です。

 原文は万葉仮名で書かれ、によって、音を第一に考えるべきだと思われます。「来目」を「来るべき目の星」と解釈すると、あらためて「久米歌」を考え直す必要があるのではないかと思います。

 「八咫烏」や「伊勢」との密接的な関係から考えても、その可能性が否定できません。

明治神宮の三鳥居

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 明治神宮には出雲大社のように、鳥居が三つたってられています。

 南参道と北参道の出合い口のところに大鳥居(二枚目写真)があります。高さが12m、幅が17m、柱の太さが直径1.2m、重さが13tもあり、木造の明神鳥居としては日本一の大きさを誇っています。実は、一代目の鳥居は昭和41年に落雷で損傷を受け、この鳥居は二代目の鳥居なのです。

 写真は一の鳥居、二の鳥居(大鳥居)、そして本殿前の鳥居になっています。

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蘇民将来の信仰

 蘇民将来の説話は、『釈日本紀』などに収められた『備後国風土記』の逸文に記されています。

 やさしい兄の蘇民将来の物語は古くから知られています。

 愛知県の津島神社や京都府の八坂神社など、スサノヲノミコトを祀る神社では祭神と縁の深い信仰があり、伊勢・二見地方では、正月の玄関の注連飾りに「蘇民将来子孫之家」の木札を付する風習もよく知られています。

 現在、蘇民守を伝えるなど蘇民将来に対する信仰が継承されている地域は、日本全国約80ヶ所余りが残されています。

 信濃国分寺には文明12年(1480年)に書写された「牛頭天王祭文」が伝わっており、それを見る限りスサノヲ・牛頭天王・薬師如来の習合が浮かび上がってきます。

 蘇民将来の名が記された木簡は、呪符木簡とも呼ばれ、まじないや呪術的な要素を含んだものとされています。

 もう一度ドゴン族の伝承を確認すると、「魚形」の神は必ずふたたび地球に戻って来るという内容が見えます。

 「蘇」という漢字の意味はすでに書いているように、「蘇る」を意味する文字であり、その主役は「魚」であります。

 単純に「蘇民将来」という言葉を解くと「蘇の民はふたたび来る」という意味になります。後世に伝えるため、信仰の真相を物語にして、人名にされたと考えられます。

 私はシリウス星人がふたたび地球に戻るときを迎えることが出来るとすれば、その場所は三重県の伊勢神宮であると考えています。五十鈴川、それはシリウス星系の軌道の象徴であり、そして、五十鈴宮、それはシリウス星人のために用意されています。それもそんなには遠くない、一桁以内に・・・

 もしかして、その日を迎えることなく地球が破滅するかもしれません。

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 日本の民俗学の父・柳田國男は、一寸法師に代表される「小さ子」が「水界」と密接につながっていたと指摘したことがあります。

 たとえば、水の精霊としての「河童」はその一つであると思われます。

 昔話には「小さ子」の話は数多く存在します。住吉の申し子である一寸法師と似たような話は各地に残されています。

 桃太郎、かぐや姫など。

 体が小さいながらも普通の人間ではかなわない「鬼」を退治することができたというパターンが見られます。

 これが日本人の物を縮む志向につながる根本的な原因であると考えられます。

 
 * 写真はJR岡山駅前の桃太郎像と東京水天宮の河童像です

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