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			<title>目の星は人類の母――天狼星信仰之謎</title>
			<description>　人類に真の平和をもたらすキーワードはシリウス信仰に隠されています。私と共にもう一度人類の歴史を見つめ直しください。きっと真実が見えてくるようになります。今日まで、人類は何を信じ、どのようにして、それを守ってきたのかを、ご一緒にその道筋を辿ってみましょう。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinagawa50</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>目の星は人類の母――天狼星信仰之謎</title>
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			<description>　人類に真の平和をもたらすキーワードはシリウス信仰に隠されています。私と共にもう一度人類の歴史を見つめ直しください。きっと真実が見えてくるようになります。今日まで、人類は何を信じ、どのようにして、それを守ってきたのかを、ご一緒にその道筋を辿ってみましょう。</description>
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		<item>
			<title>最後の伝言</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e1-7b/sinagawa50/folder/855824/05/21878405/img_0?1136028374&quot; width=&quot;500&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　人には「運命」があり、これと同じように、国や民族、あるいは人類にも「運命」というものがあります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「命」とは、生れ付き、つまり不変的なものであるに対して、「運」は可変的なものであります。不変な「命」に可変な「運」を加え、はじめて「運命」が成り立ちます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　今日まで、伝えるべきことを伝えてきましたが、大勢の方が訪れ、ご覧になったことを感謝しております。あらためてお礼を申し上げます、本当にありがとうございます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　２００６年という年は、どんな一年になるのか？日本をはじめ、人類の未来に関わる重要な年であると思っております。救いの年になるのか、あるいは破滅の年になるのか？すべてはいくつかの選択肢の中で人間自身の行動によって決められます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　慎んでお考えください。これが私の最後の伝言であります。これを持ちまして、最後の記事と致します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ご縁があって、このブログで出会った方々にふたたび感謝の気持ちを伝えておきます。約１００日間の短い間ですが、本当にお世話になりました。ありがとうございました！</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinagawa50/21878405.html</link>
			<pubDate>Sat, 31 Dec 2005 20:26:14 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>文字は人間同士のコミュニケーションのために創られたのか</title>
			<description>　人間は社会を形成して生きています。社会は互いに自分の意志を相手に伝え、認識を共有することで営まれています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　意味を持った言葉の形成にともない、人間は思考を言葉で行い、そして意志や感情を言葉で表現することによって、相互理解を深めていきます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　古代文字の成立の事情から考えると、文字が神事に関して、人間の意志を載せ、神と交通する手段として生まれ、出発したものであることを、示しているものと思われます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　シュメールの楔形文字、古代エジプトのヒエログリフ、古代マヤ絵文字、中国の甲骨文字など、すべて神殿との関わりを持つものであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　漢字学者白川静先生が『回思九十年』という著書の中で、次のように述べられています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「文字は社会組織が複雑になって、お互いの情報の交換であるとか、意志の伝達であるとか、記録であるとか、そういう実用的な目的で生まれるなら、どの文明社会も文字をもたなければならないはずです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　文字が何故生まれたかということを考えますと、エジプトや中国のことを例にとるとよく分かります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　最初にヒエログリフという神聖文字が生まれてから、ツタンカーメンの時代までの二千年近い間、文字は少しも進化していないのです。同じように絵文字ばかり書いている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　もし、文字というものが文明の手段としてあったとするなら、社会の変化につれて進化しないはずはない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　これが、何も変化していないということは、つまり社会生活と離れたところに文字があったということですね。」　　　　　　（『回思九十年』P210より）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　文字は選ばれた王と神々の交通手段として生まれて、すなわち、人間同士のためのではなく、人間が神意をうかがうための道具として創られたのであります。文字を学ぶのも、選ばれた神官たちの特権であります。これはすでに明らかにされたことであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　したがって、文字は人間同士のコミュニケーションのために創られたものではないと考えられます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinagawa50/21699367.html</link>
			<pubDate>Thu, 29 Dec 2005 23:29:05 +0900</pubDate>
			<category>人類学と考古学</category>
		</item>
		<item>
			<title>姓氏紋章に隠されている日本人のルーツ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e1-7b/sinagawa50/folder/855816/28/21495128/img_0?1135688769&quot; width=&quot;375&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　日本人のルーツを探るには大きな手掛かりとなるのが姓氏や家紋であると考えられます。特に古くから神職を務めている家柄がヒントになるでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　日本字の名字は識別という手段以上に重要な役割があります。それは歴史学、民俗学、地理学、宗教学、国語学、言語学上の重要な手がかりとなるのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　姓氏に使われている多くの「大和ことば」は長い歴史を持ち、先祖が残してくれた言い伝えなどをも織り込んでいると思われます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　日本人の多くの名字は明治八年にできたばかりとは言え、先祖の家柄なども巧みに取り入れられていると考えられます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　たとえば、五来（ゴライ）と言う名字の場合、今は「ゴライ」のように音読になっているが、もともとは「イツキ」という大和言葉で呼ばれていました。「五木」のように書かれている場合が多いが、その意味は「神を斎き（イツキ）、祀ること」に由来しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　だから有名な民族学者の五来（ゴライ）先生や作家の五木（イツキ）先生はともにこの神を祀る「イツキ」に関係しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　姓氏紋章は先祖からのメッセージであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　入門書として分かりやすく書かれている新人物往来社の『日本姓氏紋章総覧』をお勧めします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinagawa50/21495128.html</link>
			<pubDate>Tue, 27 Dec 2005 22:06:09 +0900</pubDate>
			<category>祭りと伝統</category>
		</item>
		<item>
			<title>「音声言語」と「文字言語」</title>
			<description>　一般に言語は、まず、最初は音声言語として成立したと考えられています。世界の言語の中で文字を持たない言語というのはあるが、音韻を持たない言語というものはありません。そう言った点で、言語というのは音声言語が第一であり、ある意味ではそれが言語のすべてであると言っても過言ではありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　音声言語の特徴としてあげられるのが、まず声を言った、ものを言ったその瞬間にそのかたちや内容というものは維持できず、消えてしまいます。また、同じときに同じ場所、そこだけの限られた相手との伝達しかできないということもあげられます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そこで、何らかの手段によって、その内容を時間的にも・空間的にも離れた相手に伝達しようとする工夫が重ねられてきました。これが文字の発達につながった理由であると考えられます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　文字の誕生と文字の発達は同じ理由によるものであるとは考えていないが、音声言語の補助手段として、文字は絶大な役割を果たしてきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　言語の本質的な機能、「伝達機能」から言うと、「音声言語」は、時間的・空間的にかなり制約されたものであります。つまり、「音声言語」というのはその本質からして一過性のものにすぎないのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　得られた知識を、あるいは後世に伝え残さなければならない記憶をもっと恒久的に記録しておきたいという動機は新たな文字を作り出す、あるいは発達させた原動力であるでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　文字の発達とは、もっと恒久的に記録しようと努めた試みの産物であると思われます。文字がそれぞれの言語の音声を決めたのではなく、それぞれの言語の音声を表記するのが文字であって、つまり文字とは、音声言語の一過性を補う手段であると考えられます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinagawa50/21369333.html</link>
			<pubDate>Mon, 26 Dec 2005 18:35:08 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>「エルサレム」、平安の都よ、永遠あれ</title>
			<description>　今日はクリスマスです。もともとは太陽の新生を祝う「冬至の祭」がキリスト教化されたものであるが、いずれにしても、聖なるものの誕生を祝う行事であります。私の願いが届くべきところに届けるように・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　宗教といえば、世界の三大宗教が近接して生きてきた町「エルサレム」では、中東問題にかかわる国や民族の背景には、主にユダヤ教、キリスト教、イスラム教の三つの宗教があげられます。中東問題を複雑にしている「エルサレム問題」は三宗教に絡むものであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　不幸なことに、今日にいたるまで、数え切れないほどエルサレムは繰り返し「神」の御名で征服され、ときには破壊や大虐殺が行われていました。エルサレムの歴史は、宗教をめぐる近接と反発という逆方向に作用する力の積み重ねでありました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　それでもこの聖なる町では、今も町のあらゆるところで宗教が生き続けて、人々の生活のリズムとなっています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「エルサレム」という町の名前は、ヘブライ語で表わすと、「エルシャライム」になります。その意味とは、「町」を意味する「イール」と「平和」を意味する「シャローム」とが一緒になった言葉で、つまり「エルサレム」とは「平和の町」を意味する言葉であります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ヘブライ語の「こんにちは」にあたるあいさつの言葉もこの「シャローム」に由来して、毎日のように人々の間に交わされています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この「シャローム」というヘブライ語の言葉はやはり「平和・平安」を意味するアラビア語の「サラーム」と同じ語源であります。アラビア語もヘブライ語と同じように「サラーム」は「こんにちは」を意味する言葉であります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　はじめてアラビア語を勉強して、そしてはじめて覚えた「こんにちは」を意味する「アッ・サラームアライクム」という言葉は「あなたがたの上に平和が在りますように」という意味であることを知ったとき、胸が張り裂けるような思いは忘れられない思い出になりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「エルサレム」を愛するなら、「平和の聖都」になるように祈りを捧げると同時に、お互いに対立的な行為ではなく、譲り合う平和たる行動をとるべきでしょう。それが聖都の平和的な時代の到来を迎えるためであり、神に対して本当の愛や敬意でもあります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　今日に至るまで、その名（平和の町）と裏腹に対立抗争と流血の歴史が「エルサレム」という町に刻まれています。これからは、その聖なる名前にふさわしい本当の「平安の都」とするため、人々よ、行動をとりましょう。歯止めの利かない悲劇が起こるまでに・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして「エルサレム」、平安の都よ、永遠あれ・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　このこころの叫びは届くべきところにちゃんと届けるのでしょうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　聖地の奪い合いを譲り合いに変える日が一日も早く確実に訪れるように・・・</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinagawa50/21285669.html</link>
			<pubDate>Sun, 25 Dec 2005 22:02:49 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>表音文字と表意文字の違い</title>
			<description>「古代文明」と呼ぶかどうかは、その判断の基準となるのが、独自の文字体系を持つことであるといわれています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　古代文字の初形はみな象形文字でありました。つまり人類の歴史における最初に誕生した文字は、ことばの音を表す文字ではなく、ことばの意味、すなわち物事の概念を表す文字であります。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　象形文字と表意文字の違いの基礎をなすものは、記号と、それが表わす存在物とのかかわり方の度合いの違いであると言われています。「絵に近い」形は象形文字であり、もっと抽象的で絵から遠いものが表意文字ということになるでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　象形文字にしても表意文字にしても、それらを特徴づける鍵の一つは、どちらの場合も、個別言語の単語やその音声を反映していないということであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　たとえば、&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　象形文字は言語との結びつきなしに成立したため、誰でも象形文字はすぐに、言語とは無関係に理解することができるのでしょう。文字は今日の意味で、「読むことのできるもの」になりました。抽象概念や動詞、接続詞などを表わす記号も産み出されました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして、元来の絵の羅列から真の文章文字が生じ、それは同時に単語文字（漢字のような一つの文字・記号が一つの概念や単語を示す表意文字）から音節文字（日本語のひらがなあるいはカタカナやハングルなど複音を表わす表音文字）への移行をも実現させました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さらに、一つの音素だけを表わす音素文字（アルファベットのような表音文字）が作られたことによって、真の音声言語を書きとめる手段として、文字は言葉の流れと平行に並べられる記号になったのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　漢字の字音は、時代とともに異なります。その字音の変化は、中国の記録では容易に明らかにしがたいが、幸い、日本語の仮名書きの読音や、国語の漢字訳などによって、その変化の相を知ることができます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　古代中国語においては、書き言葉と話し言葉とはあまりも離れていたので、字音は約束として存在していたが、特に表記されることはなく、字音と字義との結合が不安定なものであったと思われます。これに対して、異なる時代の人々との交流によって、各時代の漢字音が日本にもたらされ、音読みとして残されています。すなわち、仮名文字の表音的な特徴によって、漢字音は異なる時代の言葉とともに定着され、今日まで伝えられてきたのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　表記手段として、中国語の文字記号、つまり漢字の中には、単語の意味は表わすが、話しことばの音は必ずしも正確に表わさない使い方があります。この使い方は現代にいたるまで使い続けられています。これによって、中国語内部の極端にへだたりの大きい方言の使い手同士が、お互いの話しことばの理解には大いに苦しむような場合でも、書きことばならまったく同じものを読みこなせることになったのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　記号としては、それらのすべてを省略しうるのであると考えられます。もともと具体的な形象でありながら、記号としては、一般的承認のもとに極度に簡略化が行われています。それは象徴的な手法であります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　古代文字の理解には、彼らの表現意識のうちにあって、このような捨象の論理に通じていなければならないと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　時代と共に、記号としての象形文字の簡略化は避けられないが、その土台である民族およびその文化が持続するかぎり、表意文字の特性を失うことがないと思います。すなわち、形が変わっても、原初の概念を表す特徴はそのまま維持されているのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　つまり、象形文字が成立した時代、その古代王朝がどこまで持続することができたか、という問題であるが、古代王朝が滅びて、代わって他の民族が支配し、他の系統のことばが入ってきたりして、文字はその表記のために転用され、結局、表音文字になってしまいます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　言い換えると、文字の借用は表音文字誕生の不可欠な条件であると考えられます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinagawa50/21189486.html</link>
			<pubDate>Sat, 24 Dec 2005 23:00:14 +0900</pubDate>
			<category>その他人文科学</category>
		</item>
		<item>
			<title>日本人の起源を探る</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-e1-7b/sinagawa50/folder/1168642/64/20955164/img_0?1135243973&quot; width=&quot;375&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　日本人ほど日本人のルーツを究明したい存在がありません。膨大な日本人論をはじめ、古くからいろんな角度から自分のルーツを論じてきました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　その中で初心者でも分かりやすく書いているのがこの『日本人の起源を探る』という本なんです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　考古学、人類学、遺伝学、言語学などさまざまな立場から書かれています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　特に資料編として、「日本人の起源を探る」ための１００冊を簡単にまとめて紹介しているので、さらに研究したい人のためにも役に立つと思います。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinagawa50/20955164.html</link>
			<pubDate>Thu, 22 Dec 2005 18:32:53 +0900</pubDate>
			<category>人類学と考古学</category>
		</item>
		<item>
			<title>日本人のルーツ</title>
			<description>　よく日本人は単一民族であるといわれていますが、地球規模から見ると、日本人ほど複雑な構成を示す民族はいません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　日本人の起源については、最近著しく発達したDNA解析による研究も進んでいます。日本列島には、人々の移住によって、いろいろな遺伝子が外から入ってきたようで、それぞれ違った傾向を示しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　 遺伝子・ＤＮＡの解読技術の進歩により、遺伝子に刻まれた記憶を分析することでルーツが探れるそうです。&lt;br /&gt;
　それはアデニン（Ａ）　&lt;br /&gt;
　　　　グアニン（Ｇ）　&lt;br /&gt;
　　　　シトシン（Ｃ）　&lt;br /&gt;
　　　　チミン（Ｔ）の&lt;br /&gt;
　４つの塩素からなる３０億対の文字が二重のらせんを描いているＤＮＡの文字配列を解読し比較することで、ルーツ探りの重要な資料となるのだそうです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　まず、本州日本人のミトコンドリアＤＮＡタイプ が解析されています。具体的に、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　日本人固有のタイプ４．８％ &lt;br /&gt;
　韓国に多いタイプ２４．２％  &lt;br /&gt;
　中国に多いタイプ２５．８％ &lt;br /&gt;
  アイヌの人々に多いタイプ　８．１％  &lt;br /&gt;
　沖縄に多いタイプ１６．１％  &lt;br /&gt;
　５集団以外のタイプ２１％ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
  日本人の中で、アイヌと沖縄の人々が、人類学的にもミトコンドリアＤＮＡ分析でも、縄文人に近くて近縁関係にあると証明されてはいるが、彼らの文字配列の違いから少なくとも１万２千年以上前には、別の集団として存在していたといわれています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　人類の遺伝子系統樹から見ると、日本人が大きくグループ気肇哀襦璽廰兇箸いζ鵑弔侶賄吠かれています。簡単で言うと日本人には人類の始祖に近い人種が含まれています。そして混血による新しい人種も含まれています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　これは極めて重要なことであって、珍しいパターンであります。このように日本人に見られる二大グループが、遺伝的基盤を共有する他のアジア人などにも見いだされるのかを明らかにする必要があると思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinagawa50/20880662.html</link>
			<pubDate>Wed, 21 Dec 2005 23:28:57 +0900</pubDate>
			<category>人類学と考古学</category>
		</item>
		<item>
			<title>ネイティブと非ネイティブ</title>
			<description>　ネイティブとは母語話者をさす言葉であるが、つまり無意識のうちに覚え、その言葉の言語的な構造を分からなくても、正しく使いこなせます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　非ネイティブはそうはいかないです。母語以外の言葉を勉強するとき、その構造をはっきり分からないと使えないのが当たり前です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　教師側はこれを常に頭に入れておかないといい先生にはなれないと思います。常に文法などを整理して頭の中に用意しておきます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　言語の四技能「読む・聞く・話す・書く」から言うと、「読む・聞く」の場合は母語の基礎もあって、そして文脈を借りて、ある程度簡単に習得できます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「話す・書く」の場合はその手がまったく使えないです。言語的な構造をどこまできちんと理解できているのかすぐばれてしまいます。だから学習者のレベルをはかるときは選択問題をやめて、言わせるあるいは書かせるといい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　同じ理由で、上達させるために聞きながら書かせる練習をさせると効果が出ると思います。これは書く力につながります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　通訳者を訓練するために、「シャドウイング（shadowing）という方法があります。通訳者に不可欠なワーキング・ボキャブラリー（自在に使いこなせる言葉）を増やすための基本的かつ効果的な訓練です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　訓練方法はとても簡単です。録音テープ（ビデオテープも可）の内容が聞こえてきたら少し遅れて音声の後を影のように追います。あたかも自分の言葉で話しているようにできるまで何回も練習します。慣れないうちは短いものを使い、段々長くします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　注意点として、途中でつかえても、テープは絶対に止めない、数秒間言葉を飛ばして、また次の文頭からついていくようにします。自分の声がテープの声の邪魔をしないようにコントロールします。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　大人の脳は子供と違い、理解していない言葉や知らない言葉をそのまま音声だけ真似るということが難しいので、この練習を通じて、話す力をアップさせます。毎日少しずつ練習するのが大事です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　頭で分かっていっても、いったん口で言ってみると案外正しく言えない、これが非ネイティブです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinagawa50/20765421.html</link>
			<pubDate>Tue, 20 Dec 2005 22:10:11 +0900</pubDate>
			<category>ボランティア活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>「久米歌」の謎</title>
			<description>　久米歌（来目歌）１&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
うたのたかきに　しぎわなはる　わがまつや　&lt;br /&gt;
しぎはさやらず　いすくはし　くぢらさやり　&lt;br /&gt;
こなみが　なこはさば　たちそばのみの　なけくを　こきしひえね　&lt;br /&gt;
うはなりが　なこはさば　いちさかきみの　おほけくを　こきたひえね &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　『日本書紀』の「久米歌」はここで終わり、『古事記』はさらに次のように続きます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ええ　しやごしや&lt;br /&gt;
こはいのごふぞ&lt;br /&gt;
ああ　しやごしや&lt;br /&gt;
こはあざわらふぞ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　久米歌（来目歌）２&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かむかせの　いせのうみの　おほいしにや　いはひもとへる　しただみの　しただみの&lt;br /&gt;
あごよ　あごよ　しただみの　いはひもとへり　うちてしやまむ　うちたしやまむ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　日本書紀より、神武東征のなかで歌われている久米歌（来目歌）・・・&lt;br /&gt;
現代語訳で、一つを簡単にご紹介しますと～&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１　宇陀の高城に鴫（しぎ）をとるワナを張って、俺が待っていると、鴫（しぎ）はかからず、鷹（たか）がかかった。これは、大漁だ。&lt;br /&gt;
古女房が獲物をくれといったら、ヤセそばの実のないところを、うんとやれ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
若女房が、獲物をくれといったら、斎賢木（いちさかき）のような実の多いところを、うんとやれ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２　伊勢の海の大石に這いまわる　細螺（しただみ　きしゃご）のように　わが軍勢よ　わが軍勢よ　細螺（しただみ）のように這いまわって　必ず敵を討ち負かしてしまおう。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
３　忍坂の大きい室屋に　人が大勢はいっているが、はいっていても　御稜威（みいつ）を負った　来目部の軍勢の頭椎（くぶつつ　柄頭が椎の形をした剣）　石椎（柄頭を石で作った剣）で、敵を討ち敗かそう。&lt;br /&gt;
４　今はもう　今はもう　ああしゃを（敵をすっかりやっつけた）今だけでも、今だけでも、わが軍よ　わが軍よ。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
５　夷を、１人で１００人に当たる強い兵だと人はいうけれど、抵抗もせず負けてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
６　伊那瑳の山の木の間から、敵をじっと見つめて戦ったので、我らは、腹が空いた。&lt;br /&gt;
鵜飼をする仲間たちよ。今、助けに来てくれよ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
７　天皇の御稜威（みいつ）を負った来目部の軍勢の　その家の垣の本に　粟が生え　その中に韮（にら）が一本まじっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その韮の根本から芽までつないで、抜き取るように、敵の軍勢をすっかり撃ち破ろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
８　天皇の御稜威（みいつ）を負った来目部の軍勢の　その家の垣の元に植えた山椒（さんしょ）　口にいれると口中がヒリヒリするが、そのような敵の軍勢の手痛さは、今も忘れない。今度こそ、必ず撃ち破ってやろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　いろいろな解釈が存在しているので、ここで注目したいのが、「来目歌」という言葉です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　原文は万葉仮名で書かれ、によって、音を第一に考えるべきだと思われます。「来目」を「来るべき目の星」と解釈すると、あらためて「久米歌」を考え直す必要があるのではないかと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　「八咫烏」や「伊勢」との密接的な関係から考えても、その可能性が否定できません。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/sinagawa50/20653118.html</link>
			<pubDate>Mon, 19 Dec 2005 21:04:38 +0900</pubDate>
			<category>祭りと伝統</category>
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